元阪急捕手・岡村浩二さんお別れの会が4・29に高松で開催…高松商OB会が主催 (original) (raw)
阪急の捕手として4度のリーグ優勝に導き、1月29日に死去した岡村浩二さん(享年82)のお別れの会が、母校の高松商野球部OB会の主催で4月29日の午後6時から高松国際ホテルで開かれる。
岡村さんは中国・天津市生まれ。6歳で香川に引き揚げ、高松商では春夏の甲子園に出場し、ともにベスト8進出。立大中退を経て、1961年に阪急入団。69年には南海・野村克也との争いを制し、捕手のベストナインに輝いた。
同年の巨人との日本シリーズの重盗は語り草だ。巨人が2勝1敗で迎えた第4戦(後楽園)。阪急3点リードの4回裏、巨人は無死で一塁に王、三塁に土井を置き、打者・長嶋。フルカウントから王がスタートした。長嶋は空振りし、岡村さんが二塁に送球すると、土井が本塁を狙った。二塁手は返球し、岡村さんはブロック。土井はライン外側へ倒れ、本塁突入は阻まれたかに見えたが判定はセーフ。岡村さんは「ベースの前に左足を出して完全にブロックした。土井の右足は踏む場所がなかった」と激怒し、球審の胸を突いた。「退場!」。そう告げられると、今度は左ストレートを顔にたたき込み、シリーズ史上初の退場処分を受けた。
72年東映移籍。74年の引退まで14年間で球宴出場5度。通算1370試合で打率2割2分4厘、85本塁打、395打点の成績を残した。
退場となった試合で阪急のセカンドを守っていた山口富士雄氏(80)は現在、高松商のOB会長を務めている。そのような縁もあり、同校OB会の主催となった。
母校・高松商を愛し、昨夏は浅野翔吾外野手(現巨人)の活躍に胸を躍らせていたという。岡村さんの人柄に魅了された多くの人々にとって、4月29日は胸いっぱいの日になりそうだ。