直近1年間で読んで面白かった本10選 (2023年下期 - 2024年上期) (original) (raw)
気がついたら2023年どころか2024年も半分過ぎていた。
仕方がないので直近1年分をまとめて紹介する。
無駄にページ分割されているのは嫌いなので。
ついにここまで先延ばしにしたという感じだ。以前、下半期に読んだ本を4月に紹介したことがあったが*1、まさか7月まで引っ張ることになるとは。こうなってしまった理由は2つある。1つは週刊プレイボーイでの連載のため。
忘れている人もいるかもしれないが、何だかんだで連載は続いている。隔週連載であり、現時点で18回まで載った。こっちでひたすら本の紹介をしているのだから、どうしても本しゃぶりに割ける時間は減るし、書くのも読書以外のネタとなりやすい。
もう1つは年末年始のフランス旅行だ。今回はパリ、コルマール、モン・サン・ミッシェルに行ってきた。11月頃から準備を始めていたので、やはり本しゃぶりを書いている時間は無い。なにせこれもまだ記事にしていないくらいだし*2。
言い訳はこれくらいにして本題に入ろう。2023年下半期に読んだ本は53冊。ここから5冊紹介する。
2023年の読了数推移 ブクログ
イーロン・マスク
スティーブ・ジョブスの伝記を書いたウォルター・アイザックソンが、2年間に渡りマスクに密着し、多数の関係者に取材して書いた伝記。ジョブズの時も良いタイミングで書いたと思ったが、今回もなかなか凄い。Twitter買収の内側を観察できたのだから。これが読めるだけでも本書の価値はあった。2023年下半期で読んだ中で一番のお勧めだが、Twitter買収の記憶が鮮明なうちに読んだほうがより楽しめる。
Twitter関係以外だと、マスクの仕事の進め方が印象に残る。要件はすべて疑い、従うのは物理法則のみ。「なぜそれをするのか」に対して「決まりですから」は理由にならない。どこの誰が決めたのか、なぜそうでなければいけないのか。これを説明できないとマスクは納得しない。これは正論ではあるのだが、「1ヶ月? 2週間でやれ」という進め方の中で、こんなことを言われても困る。マスクには尊敬すべき点もあれば、クソみたいな点もあるのだが、どちらにしても彼の下で働きたくない。そう思ってしまう伝記だった。
せっかくなのでnoteでの感想も貼っておく。
ブラジャーで天下をとった男――ワコール創業者 塚本幸一
ワコールの創業者である塚本幸一の伝記。彼は戦後の日本において女性用下着市場を開拓し、ワコールを世界的なブランドに成長させた立役者である。ワコールの研究を本しゃぶりで参照したことがあるので*3、どんな会社か気になっていた。その創業者の伝記が新たに出たので読んだわけだ。
感想としてはブラジャーというよりギャンブラーの話。チャンスとみたら勝つことを前提とした賭け方をし、それで勝って成長する。ひたすら倍プッシュの繰り返し。賭けに負けたら全てを失うかもしれないが、彼はそれを恐れない。なぜなら彼はインパール作戦の生き残りであり、本当の死地を知っているがゆえに度胸と覚悟が違う。そんな男が選んだ商材が、女性用下着というのもギャップがあって面白い。真似したいとは思わないが、英雄譚として楽しめるタイプの伝記。
BUILD 真に価値あるものをつくる型破りなガイドブック
AppleでiPodやiPhoneの開発に携わり、Googleに買収されたスマートホーム企業Nestの創業者であるトニー・ファデルが、イノベーションや製品開発に関する洞察を書いた本。本書は去年ブラックフライデーの時に紹介した。
この記事でも書いたが、「ものづくり」は製品そのものだけでなく、チームビルディングからカスタマーサポートまでを含めてというのは示唆に富む。顧客の体験全体を考えるからこそ、マーケティングツール兼カスタマー・サポートとしてドライバーを製品に付属させるという発想が出てくるわけだ。上の2人と違って、素直に真似するべきだと思うタイプの本だった。
運動の神話
ヒトの進化と運動に関する考察が詰まった本。本書もブラックフライデーの記事で紹介した。
運動や健康に関する本はいろいろあるが、ダニエル・E・リーバーマンの本は定量的な研究だけでなく、フィールドワークの話が豊富なのが良い。例えば座りっぱなしの問題を取り上げるなら、イヌイットの犬ぞりに何日も座り続けるのは辛かったとか、ハッザ族との食事でしゃがみ続けられず転んでしまった、といった話が出てくる。
これは単なる面白エピソードなだけではない。つい人体の研究というと、ついデータを集めやすい先進国の人間だけが対象となりがちである。しかし世界には様々な文化・生活習慣があるわけで、本当にヒトの身体と運動について知りたければ、他の文化圏の人類も対象とするべきだ。本書はデータに多様性があり、しかも著者本人が現地へ行って直接確認した話も多い。それゆえに唯一無二で説得力のある内容となっている。
遺伝と平等―人生の成り行きは変えられる―
本書は遺伝学の視点から見た社会的公正や機会の平等に焦点を当て、科学的根拠を基にした洞察を提供する。遺伝と能力の関係や、優生学の話を論じたい人は読んでおいた方がいい。というのも、この手の話はすぐに「自然主義的な誤謬」か「道徳主義的な誤謬」にまみれてしまうからだ。
- 自然主義的な誤謬: 自然なものは善であるとし、だからそうあるべきだとする誤り。優生学はこの誤謬を犯している。
- 道徳主義的な誤謬: 善であるものは自然なものとする誤り。平等であるべきという思想から、人の能力は全て後天的なものとするのはこの誤謬を犯している。
前者が問題なのは分かりやすいが、後者もなかなか厄介だ。現実の理解が歪められ、科学的事実に基づかない政策や判断が行われるリスクがあるからだ。研究にとっては道徳主義的な誤謬の方が問題かもしれない。著者は同僚から、遺伝的性質と教育との関係を研究したりすれば、ホロコースト否定論者と大差なくなると注意を受けたという。イデオロギーによって、事実を明らかにすることが難しくなっているのだ。
これは優生学を復活させないという善意ゆえのことなのだろう。しかし、見ないふりをしては逆に不公平な結果を産むことに繋がるし、事実を隠したことで優生学こそが真実を語っていることにもなりかねない。
ゆえに現実を直視し、遺伝と能力の関係について理解した上で、あるべき社会を構想するのが正しい。生まれによらず公平な社会を求める人こそ、本書を読んで欲しいと思う。
2024年上半期に読んだ本
2024年上半期に読み終えたのは44冊。理由の7割くらいは連載のため。残りの3割は画像生成。
2024年上半期の読了数推移 ブクログ
Science Fictions あなたが知らない科学の真実
科学界における不正や誤解、そしてその影響について掘り下げた本。科学研究の世界で起きている問題を具体例を交えて説明し、科学がどのようにして真実から逸れてしまうことがあるのかを解説している。
やっと邦訳が出たかという感じ。俺が本書を知ったのはこの時だった。
なぜ不正や再現性の無い研究が生まれるのかは、上の記事を書くために調べて知っていたわけだが、やはりこの問題は難しい。単純な不正のような悪意のあるものはまだいい。やる奴が悪いのは間違いないし、防ぐための取り組みも行われているからだ。しかし、出版バイアスのようなインセンティブが絡む問題は、そう簡単に解決はしないだろう。
研究者は成果を出すことを求められている。いかに画期的で、人類の進歩として意味があり、利益につながる。そんな研究を皆が求めている。誰だって自分の払った税金が、意味のないことに使われたくないだろう。
しかしそれが派手な結果だけが報告されるという偏りを生じさせ、科学研究の価値が損なわれることに繋がる。誰も悪くなくても、誰も望まない方向へと進んでしまうわけだ。
さらに厄介なことに、学術研究の外の世界ではさらに歪みが大きくなる。研究結果をさらに誇張させた本が売られ、それを読んだ人が大げさに紹介する。正確であることよりも、派手であることの方が広まりやすい。こうやって書いている俺自身も、この問題を構成している一部だ。実際、上の記事で書いたようにやらかしたこともあるわけだし。
俺もこのままで良いとは思っていないので、自分の記事では透明性を重視している。なるべく元の論文へのリンクを貼っているし、実験条件と実験手続きを説明することもある。だが、これが意味を成すのは再現性の危機を知っている人に対してだけだろう。そうでなければ、ただエビデンスが多いので信用するとしかならないためだ。
なので本書は今回紹介する中で、最も読んで欲しい本である。
魔女狩りのヨーロッパ史
中世から近世にかけてヨーロッパで行われた魔女狩りの歴史とその背景を説明した本。魔女狩りがどのようにして起こり、広まり、そして終焉を迎えたのかを多角的でありながらコンパクトにまとめている。魔女狩りについて学ぶ最初の1冊として良い。
ほとんどの人は魔女狩りなんて自分には関係ないと思うかもしれないが、俺は現代こそ魔女狩りの知識は重要だと思っている。なぜなら炎上は魔女狩りと同じ構造だからだ。両者とも人々の不安と正義感が暴走し、メディアがそれを煽る構図である。もっともらしい「証拠」が作られ、ターゲットが一方的に糾弾される点も共通している。きっと正義側であったはずの人々が、後に野蛮な集団ヒステリーと否定されるのも同じだろう。
炎上のリスクは日に日に高まっている。炎上する側ではなく、炎上に参加する側として。2022年に侮辱罪の法定刑の引上げが行われた今*4、裁く側のはずが裁かれる側になることは普通にありえる話だ。だからこそ、魔女狩りの歴史と構造を学ぶことが大切である。知識があれば、ネット上で誰かを批判したくなったとき、「これって魔女狩りと同じじゃない?」と立ち止まって考えられるはずだ。
正義感に溺れず、冷静な判断ができるために、本書を読んでおきたい。
BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?
ネットでも話題になっていたメガプロジェクトの成功と失敗に関する本である。メガプロジェクトはだいたい上手く行かない。予算と納期を大幅に超過し、利益は出ない。プロジェクトの規模が大きくなると、失敗もクソデカになってしまうのだ。だが中には成功するプロジェクトもある。なぜ大半は上手く行かず、どうしたら成功できるのか。
事例の規模が大きいので、普通に読んでもそれだけで面白い。特に自分とは関係のない他国のことならなおさら。しかし、自分が関わっているプロジェクトを思い出すと…… いや、やめておこう。せっかく面白い本の紹介をしているのに、嫌な気分になる必要はない。
本書はメガプロジェクトを題材としているが、個人的な小規模なプロジェクトにも当てはまる話は多い。成功させるポイントを一つ挙げるなら、小さく試すこと。なるべくコストをかけず、小さく何度も試し、上手く行ったら規模を拡大する。ビジネスからアート、さらには生物学でもよく聞く話だ。きっと不確定要素のある分野なら、全てに通じる真理なのだろう。何かに挑戦しようと思っている人は読むと良い。
バッタを倒すぜ アフリカで
id:otokomaeno の新刊。
前作も面白かったが*5、今作は全体的にパワーアップして戻ってきた感じがある。研究では成果を出し、論文が掲載された。モーリタニアだけでなく、アメリカやフランス、モロッコと世界各地へ飛び回る。金の使い方もインフレしている。前回はヤギを駆除チームにプレゼントするくらいだったが、今回はミュージカルのスポンサーになったり賞金を防除センター全員と山分けしたりと、いちいちやることが大きい。そうやって学術書と紀行文とエッセイを足して割らないものだから、新書のくせに脅威の608ページ。
それにしても読んでいて関心するのは、異国の地で上手くやっていく能力の高さである。ただ単に交流しているとかではなく、出てくる人がみんな身内のように扱われているのだ。心からそう思っていないとこうは書けない。パフォーマンスを測定できない分野では、成功はネットワークで決まるというが*6、著者はもう時間の問題だと思う。人付き合いや贈り物が苦手な俺にとって、本書はとても参考になる。
イラク水滸伝
本書もまた異国の地で頑張るタイプの本である。これまでも世界各地の危険なところを旅していた著者が次に選んだのはイラクだった。しかも首都バグダードではなく、無政府状態の湿地帯を旅するのが目的である。イラクに何の伝手もない中、どうやって目的を達成するか。壮大な旅行記は、調査・学習から始まる。
少しずつイラク湿地帯の様子が明らかになっていくのが面白い。湿地帯に関する情報が無いから、仮説を立て、人に会い、手探りで前へと進んでいく。そうしていく中で次第に湿地帯での暮らしぶりや、政治情勢、文化や価値観が見えてくるわけだ。最終的には表紙の通り、伝統的な舟タラーデを作り、乗るまでに至る。湿地帯そのものも面白いが、この目的達成の過程に本書の価値を感じた。
終わりに
今回は全てノンフィクションとなった。この1年で読んだ本の中にはフィクションもあり、星5を付けるほどに面白いのもあった。だが、5冊ずつに絞り込んだら全てノンフィクションとなる。まあ、これは俺の好みだから仕方ない。
週プレ連載によって本しゃぶりの更新はガクッと減り、単純な読了数も減ることになった。しかし一方で、連載をしているからこそ読んだ本もある。『魔女狩りのヨーロッパ史』がそうだし、『イラク水滸伝』も納豆回で『謎のアジア納豆』を読み、それが面白かったので著者繋がりで読んだ本だ。そう考えると、読む本のジャンルは連載で広がったのではないか。
2024年下半期も、幅広いジャンルの本を読んでいきたいと思う。本しゃぶりで紹介するのはいつになるか分からないが。noteではリアルタイムで紹介しているため、早く知りたい人はそっちで。