BTSの限りなき楽観主義/Esquire 2020年記事 (original) (raw)

BTSが表紙になったEsquireの2020年の記事全文訳です。

www.esquire.com

こちら、Esquire日本版に公式な訳があるのですが…

無限に広がる「BTS(방탄소년단)」の楽観主義【US版独占インタビュー】

意訳というか、割とクセがあったので、参考にしつつ改めて自分が原文をDeepLに突っ込みながら読んだ物を掲載します。もうちょっと直訳っぽくなっていると思います。比べながら読んでいただければ。

長いのでブログ主が便宜的に中見出しをつけました。

BTSの限りなき楽観主義

世界最大のバンドはポップの頂点に上り詰め、名声を再定義し、伝統的な男らしさに挑戦してきた。そのすべてを成し遂げたのがこの20代の若者たちだ。彼らが今求めているものとは。

By Dave Holmes
Nov 22, 2020

感謝祭(サンクスギビング)に似た韓国の収穫祭、チュソクの朝、BTSのメンバーたちは、本来なら家族と一緒にトック(伝統的な餅入りスープ)を食べて過ごすはずだった。その代わりに、ジン(28歳)、SUGA(27歳)、J-HOPE(26歳)、RM(26歳)、ジミン(25歳)、V(24歳)、ジョングク(23歳)は仕事中だ。練習して振り付けに磨きをかける。あと数日で、世界最大のミュージカル・アクトがライブストリーミング・コンサート(『BTS MAP OF THE SOUL ON:E』*1)に出演する。今この瞬間、彼らは韓国ソウルにあるBig Hit Entertainmentの本社、つまり彼らが建てた家の中に座っている。彼らは礼儀正しい。そしてぐったりしている。

この取材が終わる前に、そのチャートが存在した60数年間でほんの一握りしか達成されていない、BillboardHot100での1位と2位をBTSは獲得するだろう。彼らの次のアルバム『BE』のリリースは数週間後に迫っていて、レコード、トラックリスト、声明文に関する憶測がインターネット上で飛び交っている。

控えめに言っても、BTSは巨大だ。

完全な世界征服には、友情を深める何かがある。BTSのメンバーとのつながりで目に飛び込んでくるのは、お互いの親密さのレベルだ。緊張感は、たとえZoom越しであっても翻訳者を通してであっても、はっきり分かるものだ。だが彼らは家族のようにリラックスしている。互いの肩に腕を回し、袖を引っ張り合い、襟を直し合う。互いのことを話すときは、優しさに満ちている。

「ジミンは舞台に対する特別な情熱があって、パフォーマンスについて本当によく考えています。そういう意味で、彼から学ぶことは多いですね」とJ-HOPEは言う。「たくさんのことを成し遂げてきたにもかかわらず、彼はいまだにベストを尽くし、新しい何かをもたらしてくれるんです」

「僕のことをそんな風に言ってくれてありがとう」とジミン。

ジミンはVに目を向け、「彼は多くの人に愛されています」と説明し、親友の一人だと表現する。SUGAが割って入り、ジミンとVがグループの中で一番ケンカしていると話す。Vは「もう3年もケンカしていないよ!」と答え、今は最年長と最年少のジンとジョングクがケンカ相手だという。「最初は冗談でも、だんだん本気になるんですよ」とジミン。

youtu.be

ジンもそれに同意し、彼らの言い争いの様子を再現してみせた。「そんなに強く叩くなよ!」と彼は言い、ジョングクの返事を真似て「そんなに強く叩いてないよ」。そして二人は殴り合いを始めるわけだ。しかし、そんなに激しくはない。

「男らしさ」とは?

BTSはキャリアをスタートさせた当初から、その美学、パフォーマンス、ミュージックビデオに確かな自信を示してきた。BTSは 「バンタンソニョンダン」の略で、直訳すると 「防弾少年団」だが、彼らの人気が英語圏で高まるにつれ、その頭文字は 「Beyond the Scene」という意味に改められ、Big Hitはそれを 「今の現実に甘んじることなく、扉を開いて成長を遂げるために前進する若者の象徴」と表現している。

そして、彼らの互いへの愛情、彼らの生活や、歌詞における弱さや感情の開放は、アメリカの少年たちが自分自身や仲間に強いる、必死なあら探しやトーンポリシングよりも、より大人で男性らしいと私には感じられる。まるであるべき未来のようだ。

「世界制覇は計画にはなかった」(by JIN)

「男らしさを特定の感情や特性で定義しようとする文化がありますけど、僕はその手の表現は好きじゃないんです」とSUGAは私に言う。

「男らしいってどういうことでしょう?人間のコンディションは日々変化するものです。体調がいいときもあれば、悪いときもあります。それに基づいて、その人の体の健康状態がわかります。それと同じことが心にも当てはまるでしょう。コンディションが良い日もあれば、そうでない日もある。多くの人は、まるでそう言うと自分が『弱い人間』になってしまうかのように『自分は弱くない』と言って、大丈夫なふりをします。でもそれは違うと思う。体の調子が悪くても、誰もその人ことを『弱い人間』だと思ったりしません。心だってそうあるべきだと思うんです。そのことを社会はもっと理解して欲しいと思います」

2020年10月、「COVID-19で死ぬのは弱いヤツだけだ」と盛んに主張する指導者のいる国の自宅からこの言葉を聞いていると、それもまた、未来を語っているように聞こえる。

◆―――――――◆

BTSの魅力とMOTS ON:E

もしいまから、BTSの魅力を堪能しようと思ったのなら、その多さに圧倒されるのは当然だ。今この時点から「マーベル・コミック*2を読んでみよう」と言うようなものだ。

ストリーミング時代に、BTSは14枚のアルバムで2,000万枚以上のフィジカル・ユニットを売り上げている。『花様年華』『Love Yourself』『Map of the Soul』といった複数アルバムのコンセプト・サイクルは、複数のレコードやEPで展開されている。サムスンとのBTSスマートフォンなど、ブランドとのコラボレーションもある。BU(BTSユニバース)と呼ばれる短編映画やミュージックビデオのシリーズがあり、BT21と呼ばれるアニメーションの世界では、全員が性別にとらわれないアバターで表現されている。

ARMYと呼ばれる彼らのファン層は、それ自体が世界的な文化的ムーブメントとなっている。

彼らの初の英語シングルであり、初のアメリカでのナンバーワンである 「Dynamite」は、純粋でうっとりするポップスだ。ピカピカで陽気。彼らが、多くの同業者や彼ら以前に世界的な名声を獲得した多くのポップ・アーティストと一線を画しているのは、それ以前の作品たちだ。

輝きとビートの下には、常に人間の感情に対する冷徹な考察がある。彼らの歌詞は、社会の慣習に異議を唱え、疑問を投げかけ、糾弾しようとさえしている。

2013年6月のデビュー・ショーケースで発表されたBTSのファースト・シングル「No More Dream」は、韓国の学生が直面する、順応と成功への強いプレッシャーについてだった。

SUGAによれば、韓国のポップミュージックには若者のメンタルヘルスについての歌詞がほとんどなかったという。「僕が音楽を始めた理由は、夢や希望、社会問題について語る歌詞を聴いて育ったからです。それで音楽を作るとき、自然とそうなったんです」。

チームのシーズン1

SUGAが音楽を作りたいという初期の野望は、グループに所属することではなかった。約10年前、故郷である韓国第4の都市・大邱で、ヒットマン・バンとして知られるソングライター兼プロデューサーのバン・シヒョクの初期の作品を聴き、学びながら、Glossという名前でアンダーグラウンド・ラップのレコーディングを始めた。バンはBig Hit Entertainmentの創設者兼CEOだ。

2010年、高校3年生だったSUGAは、プロデューサー兼ラッパーとしてBig Hitに参加するためにソウルに移った。そして、バンは彼にグループの一員になるように頼み、Big Hitの新入であるRMとJ-Hopeと一緒にヒップホップ活動をすることを思い描いた。彼らはこれを「シーズン1」と呼んでいる。

「男らしさ」を

特定の感情や特性で定義しようとする文化がありますが、

僕はその手の表現は好きではないんです

SUGA

「当時、レーベルは僕たちをどうしたらいいのかよくわかっていなかったと思います」とRMは言う。「レーベルは基本的に僕らをそのままにしておいてくれたし、レッスンも受けました。でも、ただのんびりと音楽を作ってることもありました」

グループづくりはより激しくなり、ファミリーが増え、時には偶然もあった。

Vは大邱で行われたBigHitのオーディションに精神的な支えのために友人に同行した。

ジョングクは、タレント番組『スーパースターK』を降板させられた後、数多くの芸能事務所からオファーを受け、RMのラップに感銘を受けてBIG HITに落ち着いた。

ジミンは、釜山の学校で9年連続でクラス委員長を務めたダンスの生徒だった。

そして聞いてみると、ジンは路上でナンパされたのだという。「ちょうど学校に行くところだったんです。会社の人が声をかけてきて、『ああ、こんなルックスの人を初めて見た』って。彼は僕と面接しようと提案してきたんです」。

「シーズン2は、僕たちが正式にハードなトレーニングを受けたときです」とJ-hopeは言う。「ダンスを始めて、チーム作りが始まったんだと思っています」。

昼間は学校、夜はトレーニング。「授業中は寝ていました」とVは言う。「練習スタジオで寝てたよ」とJ-hopeが切り返す。

ヒットマン・バンはプレッシャーを比較的低くしていた。そして彼は、自分たちで曲を書いてプロデュースすること、歌詞に自分の感情を正直に書くことを勧めた。SUGAは、BTSのアルバムは社会を批判する曲なしには完成しないと公言している。

Dynamite と BE

しかし、ニュー・アルバム『BE』では、それはいったん脇に置くことにした。それさえも、メンタルヘルスに関する大きな目的のためだ。

グループのメイン・ラッパーであるRMは、「今度のアルバムには、社会問題を訴えるような内容の曲は入っていません。今、世界のすべての人々がつらい日々を経験しています。なので、あまりアグレッシブな曲はこの時期にはふさわしくないという考えになりました」

みんなが見ているものは、純粋なスターのパワーだった。
純粋な才能。すぐに、ああこれがすべてなんだと思った。
あれほどパワフルなら、言語なんて超越しているね
Jimmy Fallon

COVID-19の新しいルールにより、彼らはここに来て『BE』を宣伝することはできないが、その最初のシングルは、パンデミックがなければそもそも生まれなかったかもしれない。

「もしCOVID-19がなかったら、『Dynamite』はなかったでしょう」とRMは言う。「この曲は、簡単でシンプルでポジティブなものにしたかったんです。ディープなヴァイブスや影のようなものではなくね。ただ気楽にやりたかったんですよ」

ジンも同意する。「僕たちは、癒しと慰めのメッセージをファンに伝えようとしたんです」。一度言葉を切り、こう続けた。「世界制覇は『Dynamite』をリリースするときの計画にはなかったんです」 「世界制覇は時々起きてしまうもの。でしょう?」

◆―――――――◆

『MAP OF THE SOUL ON:E』は、彼らのオンライン・ファン・プラットフォームで放送され、191カ国で約100万人の視聴者を集めた。彼らは、その巨大さについて考えないようにしていたと言う。

J-HOPEは、「これが生放送されると知って、少し緊張しました。スタジアムでライブをするほうが緊張しません」。「J-HOPEはスタジアムでライブをするために生まれてきたようなものだから 」とジンが笑顔で答える。

タイトルのグラフィック・レイアウトは、最後のNとEの間にコロンが入るため、「Map of the Soul On: E」のように見える。 午前3時にオフィスで、ノイズキャンセリングヘッドホンと湯気の立つコーヒーを片手にライブを観ていると、まさに、“MAP OF THE SOUL on E”という気分だった。

ディオニュソス」の酒に酔ったスワッガーから「ブラック・スワン」のエモ・トラップ的内省まで、4つの巨大なステージで色彩とファッションと情熱が爆発する。ひとつのステップも、一挙手一投足も、髪の毛一本さえも無駄なものは何一つなかった。緊張があったとしても、それは伝わってこなかった。

「Spring Day」とBLM

『Map of the Soul ON:E』の最後には、2017年の楽曲 「Spring Day」の親密なヴァージョンが収録されている。表面的には、抽象的な愛と喪失、過去への憧れについて歌っている。「この曲は本当に僕を象徴していると思います」とジンは言う。「過去を見つめて、その中にどっぷり浸るのが好きなんです」。

しかし、この曲のビデオとジャケットのコンセプトには、最近の韓国史における特定の事件が暗示されていることは否定できない。「Spring Day」がリリースされたのは、韓国最大の海難事故のひとつである、セウォル号フェリー沈没事故のわずか数年後だ。

この事故では、検査が不十分かつ過積載の状態のフェリーが急な右旋回で転覆、数百人の高校生が溺死した。船が沈没する際、客室にとどまるよう命じられたからだ。一部の報道によれば、韓国政府はこの悲劇に抗議する芸能人を積極的に黙らせようとし、韓国教育省はこの悲劇を追悼する黄色いリボンを学校で使用することを全面的に禁止したという。

具体的な悲しい出来事を歌ったものなのかと私が尋ねると、ジンはこう答えた。 「おっしゃったように、これは悲しい出来事についての歌です。でも同時に恋しさについて歌ってもいるんです」。

この歌は、韓国の若者とメディアにあの厄災を常に意識させ続け、間接的に当時の朴槿恵大統領の弾劾と罷免につながった。

過積載で、整備が行き届かず、動きの鈍い船が、無謀な右折のために転覆した事件が、韓国が抱える問題を象徴しているようでBTSがより強く訴えたのだとしても、それ以上のことを彼らに望むことはできないだろう。

「我々は部外者なので、アメリカについて感じていることをそのまま表現することはできません」とVは言う。しかし、ジョージ・フロイド殺害事件とそれに続くアメリカでの抗議行動を受け、彼らはBig Hit Entertainmentと共にBlack Lives Matterに100万ドルの寄付を行い、BTS ARMYもそれに同額を寄付した。

ARMYのファン活動

ARMYたちは、熱狂的なファンの文化をとても魅力的な方向へとシフトさせていっている。他の多くの熱烈なオンライン・ファン・ベースのようにライバルをいじめるのではなく、ARMYは音楽のポジティブなメッセージを行動に移している。

彼らの活動は深い。少額寄付を通じて、彼らは熱帯雨林を再生させ、クジラを養子にし、ルワンダの若者たちに何百時間ものダンスクラスを提供し、世界中のLGBTQ難民に食事を提供するための資金を集めた。一世代前のポップファンなら、アイドルの誕生日にテディベアやカードを贈ったかもしれないし、5年前なら、YouTubeの視聴者数を増やすためにハッシュタグを宣伝したかもしれないが、9月のRMの26歳の誕生日には、国際的なファン集団であるOne in an Armyが、COVID-19危機の際に農村部の子どもたちの教育へのアクセスを改善するためのデジタル夜間学校のために2万ドル以上を集めた。

ARMYは、6月に何十万枚ものタルサでのトランプ集会のチケットがネットで買い占められたことで、2020年の大統領選挙の話題にもなったかもしれない。このイベントの実際の参加者は、情けないほど少なかった。

この一流の荒らし行為について、特定の人物や団体が手柄を主張することはなかったが、BTSファンにその集会への参加を促す動画は数十万回再生された。私たちはこのファンを応援するしかない。

その関係性は実に強固なものだ。「僕たちとARMYは、常にお互いのバッテリーを充電し合っています」とRMは言う。「へとへとなとき、家庭教師プログラム、寄付、そしてあらゆる良いことに関する世界中のニュースを耳にして、改めて自分たちの責任の大きさを感じます」。

彼らの音楽が善行に刺激を与えているのかもしれないが、そのような善行もまた音楽にインスピレーションを与えてくれているのだ。「僕たちはもっと大きく、もっと良くならないといけません」「音楽やアーティストとしてよりもまず、僕たちがより良い人間になるために、そうした行動すべてが常に影響しているのです」 とRMは続ける。

ポップスの歴史的瞬間

そんな献身的なARMYたちと同様、以前からBTSの活躍を期待しながら応援していた人物がいる。この秋、『トゥナイト・ショー』で1週間にわたってBTSのホストを務めたジミー・ファロンもその一人だ。「通常、アーティストがすごく人気が出ているとき、私は前もって彼らの噂を耳にする。でもBTSの場合は、彼らの勢いが凄まじいことは知っていても、彼らのことを聞いたことはなかったんだ」。

かねてから、私が面白いと思っていたことがある。1964年2月9日の『エドサリヴァン・ショー』の生中継*3の観客の中には、ビートルズを見に来たわけではない人たちがいた。エルヴィスは軍にいたし、バディ・ホリーはいなかったし、『ミート・ザ・ビートルズ!』が一位になる数ヶ月前の3枚の一位のアルバムは、アラン・シャーマンのコメディ・レコード『Hello Mudduh, Hello Fadduh! 』に、オリジナルキャスト版『ウェスト・サイド物語』に、シンギング・ナンことスール・スーリールのアルバムだった。

つまりこの頃、アメリカのミュージックシーンはロックンロールからしばし離れ、目標を見失ってバラバラになっていた。次は何を手にすればいいのかわからない状態だった。

若くてそこそこ流行に敏感で、文化的意識の高い人間が、その週の公演のチケットを買って席に座り、「ブロードウェイ・ミュージカル『オリバー!』のナンバーメドレーとバンジョーのセンセーション、テッシー・オシェアをどうぞ」と言ったと想像することは可能だ。

直感的に人を笑うことは、そう悪いことではない。それがバカにした笑いでなければ。でもいつあなたが笑われる側になるかもしれないことも、考えておくべきだろう。

時には、自分の世界と隣り合わせに、頑固すぎる誰かには見えない世界がある。

色彩に溢れ、誰かのためにと思っていた喜びが弾け、もう踊り終わったと思っていたビートがそこにあるのだ。

BTSは今、地球上で最もビッグな存在であるにもかかわらず、特にアメリカでは、彼らを新しい誰かに紹介する作業は十分なされてないようだ。

たぶんそれは、彼らが、絶叫するティーンエイジャーに憧れられていて、私たちは絶叫するティーンエイジャーがほぼ常に正しいということを忘れるほど、家父長的な社会に住んでいるからだろう。

もしかしたらそれは文化的な隔たりのせいかもしれない。我が国が外国人恐怖症であることを恥じることなく、英語の場合は「1」を押さなければならないことに公然と腹を立てているのが現在なのだから。1989年以前にマイケル・スタイプが歌った言葉を、まるで私たちが理解していたかのように。

理由が何であれ、その結果、あなたはパラダイムシフトとポップの偉大な歴史的瞬間を見逃しているのかもしれない。

◆―――――――◆

プレッシャーと恋愛

BTSが公の場での発言に少し慎重であるように見えるとしたら、それはおそらく歴史上どの巨大なポップ・アクトよりも、そうでなければならないからだ。

私たちが2度目に会った直後、BTSは米韓関係の進展に多大な貢献をしたとして、米国を拠点とするコリア・ソサエティからジェームス・A・ヴァン・フリート将軍賞を授与された。

受賞スピーチでRMは「私たちは、両国が共に分かち合った苦難の歴史と、数え切れないほどの男女の犠牲を常に忘れないでしょう」と、一見外交的で無邪気な発言をした。しかし、朝鮮戦争で亡くなった中国兵について言及しなかったため、評判は芳しくなかった。

サムスン製のBTSスマートフォンは中国のeコマース・プラットフォームから姿を消し、フィラとヒョンデは中国でBTSをフィーチャーした広告を取りやめ、民族主義的な新聞『グローバル・タイムズ』は中国市民の感情を傷つけ、歴史を否定していると非難し、ソーシャルメディア・サイトのウェイボーでは「BTSは中国を辱めた」「私の国より優先されるアイドルはいない」というハッシュタグがトレンド入りした。プレッシャーは小さくない。

世界ナンバーワンのポップ・グループであっても、日々懸命に努力しても、何千万人もの熱狂的なファンが文字通り彼らの名のもとに地球を癒し「熱狂的なファン」という概念を再定義しても、彼らはいまだにインポスター症候群*4に苦しんでいる。

「マスク・コンプレックスというものがあると聞いたことがあります。いわゆる成功者の70%が、精神的にこれを持っているそうです。つまりこういうことです。自分は仮面をかぶっていて、誰かがこの仮面を取ってしまうのではないかと恐れているんです。僕たちにもそういう恐れはあります。でも、70%と言ったように、それはとても自然なことだと思います。ある意味で成功するための条件になることもあるでしょう。人間は不完全で、欠点や欠陥があるものです。そして、このプレッシャーや重圧に対処する一つの方法は、その影を認めることなんです」

音楽は助けになる。「曲や歌詞を書くとき、僕たちはその感情を研究し、その状況を認識し、感情的に共感します」とJ-hopeは言う。「だから曲がリリースされたとき、僕たちはその曲を聴いて、その曲からも慰めを得ることができるんです。僕たちのファンも、もしかしたら私たち以上にそういった感情を感じていると思う。そして、僕たちはお互いに良い影響を与え合っていると思います」。

自由な時間と、中国外務省が公式声明を発表することなく自由に発言する能力以外に、彼らが犠牲にしているものがあるとすれば、それは恋愛だ。

私はデートについて、「してる?」「時間はある?」「できる?」といった大まかな質問をする。「今一番大事なのは寝ること」とジョングクは主張する。SUGAは「僕のクマが見えませんか?」。いや、クマなんてないので見えなかった。海を挟んだZoom越しでも、その肌にシミひとつないことがはっきりと分かる。

なので彼らは、少なくとも公の場では誰とも恋愛関係にはない。彼らの大人への道しるべとなった強い関係があるとすれば、それはBig Hitとの関係だ。

「僕たちの会社は20人から30人でスタートしましたが、今ではたくさんの従業員を抱える会社になりました」とRMは言う。「ファンがいて、音楽がある。だから、守らなければならない責任がたくさんあります」。彼は少し考え、「それが大人というものだと思います」

「僕らは24時間、週7日、世界中のARMYと恋愛関係なんです」とRMは付け加えた。

IDOLのパフォーマンス

平均的なポップミュージック・ファンにとって、すぐに理解できないものはすべて砂をかけようとするこの世界で、韓国文化を知ってもらうことに関しては、BTSはそのままにしようとはしない。

トゥナイト・ショー・ウィーク初日の1曲目は、ファロンとルーツと一緒に「Dynamite」を楽しげに、しかし期待通りに歌った*5。彼らは2度目のパフォーマンスで、いくつかのチャンスをものにした。

私の友人でロサンゼルスに住む33歳のBTSファンは、私にこう言った。「2曲目に披露したのは、2018年の『LOVE YOURSELF:Answer』に収録されている『IDOL』*6で、完全に韓国的だった。彼らはこの曲をソウルの景福宮で披露したんだ。韓服と呼ばれる伝統的な服にインスパイアされた服を着ていて、ほとんど韓国語だったので、超破壊力があった。ファンとしてはこう解釈したね。『Dynamite』はほんの名刺代わりであって、これこそが僕たちであり、ここが僕たちのホームなんだって」。

グラミー賞は、

アメリカの旅の最終章のようなものだと思う

RM

「みんなが理解できないかもしれないと少し心配だった」とファロンは言う。「英語がひとつも出てこないから。でも、みんなが見ているものは、純粋なスターのパワーだった。純粋な才能。すぐに、ああこれがすべてなんだと思った。あれほどパワフルなら、言語なんて超越しているね」。

21世紀のアメリカのポピュラー音楽は、アラン・シャーマン、レナード・バーンスタインスティーヴン・ソンドハイム、そして歌う修道女がナンバーワンの座を争っていた時代と比べると、かつてないほど細分化されている。ビートルズがもたらしてくれた単一文化は息を引き取った。私たち一人ひとりが、自分だけのラジオ局の番組ディレクターで、自分の過去の習慣とストリーミングサービスのアルゴリズムに任せて、自分の望むものに近いものを提供されている。

それは素晴らしいことだろう。ただし、偉大な瞬間が私たちの耳を通り過ぎてしまう可能性があることを除けば。

私たち一人ひとりが、たとえ両親が私たちと同じ年齢だった頃よりも情報に精通していたとしても、時代を決定付けるような素晴らしい作品を聴き逃してしまう可能性があるのだ。

特に、ラジオがSpotifyのDiscover Weeklyだったり、大学時代に着ていたTシャツのバンドのPandoraチャンネルだったりするとなおさらだ。プライムタイムがNetflix三昧で、Tonight Showの1時間が寝る前のもう1エピソードに費やされるなら、私たちは一瞬をやり過ごしてしまうかもしれない。

しかし、そうすべきではない。「正直言って、私たちがBTSと共に生きているのはひとつの歴史だと思う」とファロンは言う。「私がこの番組を始めてから見た中で、間違いなく最大のバンドだ」。

◆―――――――◆

グラミーと勝利

ビートルズや、文字通りアメリカでブレイクした他のあらゆる世界的なセンセーションと違って、BTSはわざわざそんなことをする必要はない、という小さな事柄もある。彼らは世界中で大ブレイクしているのだから。

各メンバーがパートナーであるBig Hit Entertainmentが最近IPOしたおかげで、彼ら全員が、信じられないほど裕福になった(ヒットマン・バンは、億万長者になった最初の韓国のエンターテインメント界の大物である)。これほど上り調子のポップアクトにとって、衰退しつつある文化に何の意味があるのだろうか?

「アーティストになることを夢見たとき、僕はポップスを聴き、アメリカのアワード番組をすべて見ました。アメリカで成功し、ヒットすることは、もちろんアーティストとしてとても名誉なことです」とSUGAは言う。「僕はそれをとても誇りに感じています」。

彼らは、彼らを崇拝するか、あるいは彼らに気づかないかのどちらかの国でブレイクしている。では、彼らはアメリカで十分な尊敬を受けていると感じているのだろうか?

「全ての人の尊敬を集めることなんて無理でしょう?」ジンは訊ねる。「応援してくれる人たちから尊敬されるだけで十分だと思います。世界中どこでも似たようなものです。すべての人を好きになることはできないし、本当に自分を愛してくれる人たちから尊敬されるだけで十分だと思います」。

SUGAも同意する。「常に快適でいることはできないし、それも人生の一部だと思います。正直なところ、僕たちはデビューしたての頃から尊敬されることに慣れていませんでした。でも、アメリカであろうと、世界の他の地域であろうと、僕たちがより多くのことをやっていくうちに、徐々に変わっていくと思います」。

グラミー賞は、間違いなくミュージシャンに対するリスペクトの証である。彼らはこれまで一度だけノミネートされたことがあるが、それは最優秀レコーディング・パッケージ賞だった。しかし、彼らの狙いは来年の大賞にある。RMはこう言う。「ノミネートされたいし、もしかしたら賞をもらえるかもしれません」。

古臭く、後進的で、欧米中心のグラミー賞を、意志と才能と努力の力で、ゴージャスでグローバルな現在の世界に引きずり込む?とても不思議なことが起きている。「グラミー賞は、アメリカの旅の最終章のようなものだと思う」と彼は笑顔で言う。「だから、そう、そのうちわかるでしょう」。

レコーディング・アカデミーのお墨付きは確かに大きい。しかし、BTSはすでに世界を征服し、暴君を道化にし、一人ひとりのファンを励まして小さくても達成可能な活動を実行させ、集団で地球を救い始めている。弱さをもってリードすることで有害な男らしさに挑戦し、その過程で億万長者と国際的アイドルになったのだ。

グラミー賞が彼らに注目するかどうか」は、1964年2月のあの夜、『エドサリヴァン・ショー』を見ていた観客たちの期待と同じだ。

BTSはすでに勝利している。

写真 HONG JANG HYUN