自然が私にみせる芸術には敵わない (original) (raw)

2024年5月16日

早朝5時半。私の部屋の窓辺で、ホーホケキョ!(?)(追記:たぶんハト)と明朗に鳥が囀るのが2度3度聞こえた気がして、あまりの鮮明さに驚いてパチリと目が覚めた。昨晩やっと寝付いたのが深夜3時だったので、今晩はまだ2時間しか寝ていないというのに、その後どうにも二度寝ができず、今日も潔く布団からは出ることにした。

というのも今月に入り、朝の5時ごろに目が覚めてしまうことが(就寝はおよそ0時前後なので十分寝たから目覚めたわけではない)しばしばあったし、そういう早く目が覚めてしまった日に結構たっぷりお昼寝をしてしまい(在宅中心フリーターのよくないところだ)先週末には(一日だけで済んだが)昼夜逆転をしてしまっていたので、まあリズムが乱れているんだよなぁという感じ。

きっかけはおそらくピルの副作用の吐き気で、今月に限らず、これまでも何度か吐き気で朝方に目覚めることはあったのだけど、最近の頻度は流石に生活に支障をきたすレベルだったので、今日はこのまま朝一番の診断時刻目掛けて婦人科クリニックに行くことに決めた。今月はそんなふうなので、自律神経の乱れか何かが原因の謎の発熱におかされたり、ひどい疲労感、倦怠感で長い時間を布団で過ごしたりしていた。

空は白い雲に覆われていて、霧雨が降っていた。結構肌寒い。ゴミ出しの日だったのでゴミをまとめて出したり、昨日食材だけは準備しておいたカレーライスを作って食べたりして早朝の時間を過ごした。

夏の展示に向けてアルバイトの量をセーブするので、お金に余裕がなくなる来月以降を見越して自炊を意識する今日この頃。大学へ向かう彼を見送っていざクリニックへ。オープン15分前に着いたので、ビル4階の非常階段の踊り場から見下ろすいつもの街並みのいつもと違う景色を楽しんで過ごす。

私の説明が下手なのもあったが、オンラインピル処方を良く思っていなさそうな先生に、最初のうち怪訝そうに話を聞かれたのには本当に困った。前回別の症状でここへ来た時たときに、この先生なら信頼できると直感していたので、泣きそうになりながらも一生懸命経緯を伝える。もともと性格の一部のようにして鬱っぽさはあったものの、PMSと生理痛がひどいことは確かだったので(ピル服用前の症状を交えて話す。生理痛は大学受験期間中に痛み止めを服用しなくては歩くこともままならない生活困難な状態となり、母の他界後には痛み止めが間に合わず呼吸をするだけで精一杯なほどに痛み、床をのたうち回り、パニックになり救急車を呼んでしまったこともあるような有様である。)改善するためにピルを服用していること、最近悩まされている吐き気の様子、生活にどう支障をきたしているのか…ろくに寝てない頭はパニック状態で、身の上話までする頃にはボロボロと流した涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔。あなたは心療内科に行くべきだと言われたが、それは承知の上でここへ来たのだと返す。とりあえず今日、眠れる薬と吐き気を抑える薬が欲しいと伝える。超低容量のピルに切り替えることをお勧めされたのでそうすることにする。それから、体重増加に伴うにしては激しすぎるお腹の張り(便秘ではない)が気になっていたので一応子宮と卵巣を診てもらったが、こちらは全く問題ないとのことで一安心。(つまりこのお腹の激しい張りはただの皮下脂肪ってこと?もしピルの種類変更で吐き気が治らなかったら今度は消化器内科に行くべきか)以上が診断の様子。涙も伝えたいことも出し切って、ヘロヘロになって帰宅。

帰宅後、診断内容や薬の詳細をノートにまとめて、連絡をくださった方々に夏の展示のDMを出す作業を進めた。先生にたくさん話を聞いてもらえて、薬ももらえて一安心、涙をたくさん流したことも良かったのかもしれない、なんだか気持ちがスッキリして作業が捗った。DMにはお世話になった方々、久しい友人たちにひとつひとつ手紙を添えて、感謝を込めて郵便局へ。

ひと段落ついて、そろそろ二度寝の時間かと思ったけれど、家に1人でいるのがなんだか不安で、布団に横になるのは特に無理、発狂しそうな気持ちだったので、昨夜作っておいた福岡土産の梅の実ひじきを混ぜたおにぎりを持って図書館へ。雨が上がり、グラウンドの乾きかけた木のベンチに腰掛けてひとりおにぎりを齧る。資源回収が近いようで、付近にお住まいの老人や主婦などが頻繁に行き来するのを遠くから眺める。主婦の集団が立ち話し、時折大きな笑い声を上げるのをみて、私もあれになる日が来るのかな、いやなれない気がする、と、いらない妄想をして思考は暗い方へ。確かに私は世間一般からしたら鬱病と呼ばれるような人生を送ってきたのかもしれない。(追記:婦人科の先生に心療内科に行けと言われたのをめちゃくちゃ引きずっている。)経歴が普通じゃないのは病気が先か環境が先か。なにがダメだったのか、どこで選択を間違えたのか、と1番考えたくない、これまで何度も考えて涙を流した答えなどない暗い思考に陥りかける。最善を選んできた結果がこれなのだと信じている。もしもわたしが鬱病なのだとしたら発症したのは10年も前のことになる。私はこれまでの10年間、自分のことをこういう性格として受けとめ認める努力をずっとしてきた。幸い、自分の能力や家庭環境、今は一緒に暮らす彼氏に恵まれているのもあって、人並みに自分を愛して生きている。だからまだ、今は、とりあえず今日は、大丈夫。とにかく本が読みたい気分。なんだか今日はいい本に出会える予感がする。ワクワクしながら図書館に向かったら休館日だった。軽く絶望。ベンチに戻りこの後の作戦を立て直す。しばらく考える。雲の切れ目から青空が覗く。家には戻りたくない気持ちであったがこれ以上遠くへは体力的に行ってはいけない気がして、諦めて帰って寝ることにする。

1時間ほど眠ったかというところで彼が帰宅した物音で目が覚める。気分が悪い。唸る。なんとか再び眠ろうと足掻いたが、無理だ、横になっているほどに気分が悪くなるようで、諦めて布団から出る。水を飲む。呼吸が浅い。調子の悪そうな私を横目に入れつつもいつも通りゲームに没頭し始めた彼氏に、つい苛立つ。今朝処方された漢方薬を口にしたが、ただでさえ気分が悪いのに、この味、粉の飲みにくさ、飲み込めない。口から吐くようにして出す。泣く。お前がいるから眠れない、出て行けと彼氏に喚く。ひとりになる。声をあげて泣く。寂しい。悔しい。誰か私を看病してくれ。子供の頃に戻りたい。風邪をひけば母が看病をしてくれた。お腹が空けば母の手料理が待っていた。いつも清潔な住居で、姉妹と遊んで楽しく暮らした。寂しくも、ひもじくも、辛くもない。私の暮らしは完全で完璧だった。今はもう、私の面倒を甲斐甲斐しく見てくれる人なんていない。あたりまえだ、私が子供に戻りたいのは、私が大人になってしまったからだ。馬鹿だ。甘ったれてる。大人になんてなれない、母親が欲しい。私が完全で完璧であれるように、常に誰かにサポートしてほしいと本気で願う自分が恥ずかしい。我儘で弱い自分が嫌だ。悔しい。鬱病なんて認めたくない。何と闘えばいいのだ。漠然とした環境と、私が鬱病になった経緯をひとつひとつ洗い出した不快などうしようもない過去と、闘うのか。…まあ、脳みその神経の病気と思えばいいのだろうが。

泣いても喚いても何も変わらないというのに、無様に必死な自分が馬鹿らしくなって、布団から抜け出してブラインド越しに太陽の光を浴びて、読みかけだった美術手帖などを読んで過ごす。やけに明るい陽光に惹かれて散歩に出かけたら、空は雨上がりのピカピカの青で、千切れた雲たちが次々と強い風に乗って青い空をスイスイと流れていった。

さっきはごめんね、なんでも買ってあげるからと彼を誘ってミスタードーナツへ。夕日へと傾きかけた眩しい太陽の光がギラギラと差し込む2階のカウンター席から、人や車が忙しなく往来する駅前の交差点を見下ろして、美味しいイチゴのオールドファッションとリンゴジュースをいただいた。

雨上がり晴れの清々しさにつられて、爽やかに晴れやかになった気分。このままどこか遠くへ遊びに行こうと彼にしつこくせがんだがやんわり断られた。大学へと消えていく彼を見送り、いつものとおりフラフラと上野公園へ。時刻は午後4時で、何をするにも微妙な時間。今日は国際子ども図書館を観覧することにした。するとこれが大正解だったこと!特に、3階で開かれていた企画展「子どもの本の夜明け 帝国図書館展」の内容の素晴らしさよ…。閉館までのたっぷり1時間、厳かな洋風建築と、明治・大正時代の文豪たちがこの図書館で過ごした日々を記す資料たちに夢中になって過ごした。頭は冴え渡り、目を輝かせ、見開いて、ものすごい好奇心と凄まじい集中力で隅々まで熟読し、熟考した。時の流れ、時代というものに存分に思いを馳せた。

金色の西陽が差し込む上野公園の立派な木々の陰にある、冷たい石の椅子みたいなとっかかりに腰掛けて、ぞろぞろと駅に向かって流れていく人混みを眺めた。強い風がザワザワと梢を掻き鳴らして私にぶつかっては通り過ぎていく。木々から伸びた枝たちが地面に映す歪んだマーブル模様の影を風が不規則に揺らして、スローモーションにした複数の残像をバラバラに重ねるようにした見事な自然の芸術的映像を私に見せる。

遡って 2024年 5月3日 早朝6時

昨晩は21時ごろ、YouTube窪田等さんの朗読をうとうとと聞いていたらそのまま眠っていた。

とんでもない悪夢を見て、慌てて目覚めたのが深夜2時45分ごろ。また今日も5時間ほどで目が覚めてしまう。昨朝早く目覚めてしまったのはピルの副作用の吐き気が原因であったが、今朝は多分睡眠に貯蓄があった(昨朝は二度寝の末11時半に起床した)からだろう。しかし最近はなんだか悪夢が続く。よくある何かに追われたり交通事故をおこすようなものではなく、過去にあった出来事や最近夢中な事柄に対する事実が、おかしなふうに改変されていて、夢の中でその改変された事実のせいで感情が激しく揺さぶられた時に、何かがおかしい、これは夢だと気づいて飛び起きる。

まだ外は暗い。静寂に包まれる。ピーーと止まない耳鳴りが気になりだす。もう一度布団に戻ったが寝付けず、試しにまた朗読を聞く。宮澤賢治セロ弾きのゴーシュを40分間、梶井基次郎檸檬をもう数分間… 思いのほか熱心に聞いてしまう。檸檬の朗読の後ろで流れていたクラシック音楽のタイトルが気になって、何度か聞いたことのある曲であったから自分のYouTubeのプレイリストを一生懸命探したが遂に見つからなかった。しばらく適当なピアノクラシック音楽を流してその美しい音色にうっとりと聞き惚れていると、数年前に祖父にプレゼントした海外製の安いウォークマンに、色々と音楽を入れてあげたかったのにできずに東京に来てしまったことを思い出してモヤモヤしはじめる。思考が過去のあれこれに囚われ苦しくなりはじめたので布団から出ることにする。夏日が続いた4月末から一転して一昨日から気温がぐんと下がり、今朝は特に冷え込んでいた。もしかしたら眠れないのも悪夢を見るのも急な気温の変化のせいかもしれない。薄手のダウンジャケットを羽織り散歩に出かける。

金色の朝日に包まれてて息を呑む。凛と冷えた空気を温かい朝日が緩やかに溶かすようにして、空気は瑞々しく、静かに澄み渡っていた。私はすぐに自分の体が軽くなったのを感じて、地面からほとんど浮かぶようにしてスキップをして木々の生い茂る方へ自然と足を運んだ。

セブンイレブンでホットのカフェラテを購入。美味すぎる。なんとも贅沢な時間。ジョギング中の爽やかな男女とすれ違い、眩しい朝日に、目を細めながら歩く。

今日は、墓地へ来た。墓地の裏通りの曲がりくねった桜並木を歩く。すると、丁度曲がり角を曲がったところで一匹の黒猫と出会った。道にまん丸くうずくまって、金色の目だけをこちらにやっていた。これは私が5月のある朝のこととして、黒猫の絵を制作するきっかけになった出来事だ。黒猫は、カメラを向けて追いかけると金色の木漏れ日が美しく差し込む墓地の奥の方へと消えていった。

そこらじゅうの庭に、アパートの脇に、薔薇の花が咲き乱れていた。朝の冷えた瑞々しい空気を吸って、美しく、若々しく、咲いていた。紙とペンを持ってこなかったことを後悔した。だから必死に頭の中で、この素晴らしい5月の朝をスケッチした。風景を絵にし、感じた思いを言葉にして、頭の中に慎重に描いた。

場所を移して、今度は上野公園へ。少しずつ通勤者が現れ始めた。でも、ほとんどは老人。朝の、ラジオ体操と太極拳の時間。私も隅っこのベンチに座って、朝活の一員になる。充実、居心地の良さ、心は穏やかで、ずっとこの時間が続けばいいのにと思う。忘れないように、頭の中に目の前の映像を絵と言葉にして描き起こし続ける。

ここまでの5段落は追記で、10月に書いたものだ。スラスラと書くことができたのは、この時の頭の中のスケッチがきちんと残っていたからだろう。

最後に、残っていたiPhoneのメモ

早朝の上野公園、老人と老犬(可愛らしいむっくりと太った芝犬)がのんびりゆったりと散歩をしている。おじいさんはリードを長くもち、弛んだリードの先、おじいさんから少し離れたところを、ヨタヨタとマイペースに老犬は歩く。まだ人通りが少なく、広く開放的な上野公園を、1人と1匹はマイペースに歩く。