星のつぶやき (original) (raw)

紫金山-アトラス彗星(C/2023 A3)は、2023年1月9日に中国の紫金山天文台、同年2月22日に南アフリカ共和国小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS) によって独立して発見された、「オールトの雲」由来の新彗星です。

当初の予想では、久々にマイナス等級に達する彗星として期待されたのですが、2024年5月ごろから光度の伸びが著しく鈍化。核の崩壊を示唆する論文が出たりしたこともあり、古い天文ファンの中には同じオールトの雲出身のコホーテク彗星(C/1973 E1)やオースチン彗星(C/1989 X1)、あるいはアイソン彗星(C/2012 S1)の悪夢を思い出した人も少なくなかったと思うのですが……幸い、彗星は崩壊することなく7月を過ぎると再び増光を始めます。8月ごろには、控えめに見積もっても近日点通過前後に2等程度にはなるはずと予想されました。

紫金山-アトラス彗星(C/2023 A3)、たしかにここにきて息を吹き返してきた感が>RP とはいえ、まだまだ予断は許さない……。 pic.twitter.com/UxHrzamH3I

— HIROPON (@hiropon_hp2) August 7, 2024

この明るさなら、都心でも十二分に撮影対象になりえます。さらに、近日点通過が近づくと「前方散乱*1の効果により最大マイナス4等程度にまで明るくなるかも」という予測(http://www.cbat.eps.harvard.edu/iau/cbet/005400/CBET005445.txt)まで出てきて期待が高まります。これはもう、撮らないわけには行きません。

最初のチャレンジは10月2日の明け方。事前にロケハンを済ませて、どのあたりに彗星が昇ってくるかは確認済みです。

追尾については、ペンタックス一眼レフの特権「アストロトレーサー」を利用し、機材をなるべく軽量に済ませます。撮影場所の多摩川河川敷がいつもの公園よりずっと遠く、重量級の機材は使いたくなかったのです。このセッティングは、以前パンスターズ彗星(C/2011 L4)やアイソン彗星(C/2012 S1)の撮影でも用いたものです。

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ところがこの日は、運の悪いことに東京湾岸の工場(ENEOS川崎製油所?)のフレアスタックの炎(上写真奥)が東の空を明るく照らし、そのせいもあってか双眼鏡でも彗星が視認できません。それでも「おそらくこの辺だろう」と推量を付けたあたりにカメラを向けてシャッターを切ったのですが……

(メ゚益゚) ぐぎぎぎg……!!

写ってないわけではない。写ってないわけではないのですが……orz

せめてこれが左端なら、伸びた尾を捉えたということで最低限目標をクリア、ということになるのですが、これではどうにもなりません。しかもこれは彗星が写っていた最初のコマ。東の空を撮っているので、時間がたてば彗星は日周運動に従って右上へと昇っていくわけで……。せっかく撮りましたがゴミ箱行き決定です。

そのあとは、東京はひたすら曇り&雨続き。海外などから送られてくる立派な彗星の姿に歯噛みするしかありません。

しかし、10月第2週の週末になって、ようやく晴れ間が戻ってきました。この頃には、嬉しいことに前述の前方散乱の効果によって明るさが大きく増しているという情報も入ってきていました。これなら、高度がかなり低くても見えるかもしれません。いそいそと近所の多摩川河川敷まで出撃します。

ところが、11日は西空が雲に覆われてダメ、12日も雲が低空に居座っている上、霞もかなり酷くて彗星の位置を確認できず……と、なかなか思うようにいきません。こんな状態で13日日曜日の夕方を迎えました。

この日は、低空まできれいに晴れ渡りました。この天気が日没後まで続いてくれれば、今度こそ彗星をモノにできそうです。

追尾は、今回はアストロトレーサーではなくAZ-GTiを用います。各所からの報告によれば、彗星はかなり明るそうですが、自分は目が悪いので視認に不安がありますし、ここまできて万が一、彗星を捉えられなかったとなれば悔いが残るどころの話ではありません。事前に月や金星でアライメントを取っておいて、あとは自動導入の力を信じることにします。

やがて日が沈み、あたりがだんだん暗くなっていきますが、彗星はまだ見えません。今か今かと双眼鏡を片手に待っていると……

「ひょっとしてHIROPONさんですか?」

声をかけられてビックリ。なんと、X(旧Twitter)で相互フォローさせていただいている「さすらい」さんご夫妻でした。本当に「たまたま」だったそうですが、多摩川河川敷といっても長くて広いのに、ピンポイントでばったり出会うとはなんという天文学的確率……(^^;

そうこうしているうちに、夕暮れの残照も徐々に暗くなっていき……日没から30分ほどたったころ、とうとう双眼鏡の視界に彗星を捉えることができました。背景はまだそれなりに明るさが残っているのですが、それでも尾を引いている姿がかなりハッキリと分かります。

以前見た彗星の印象からすると、パンスターズ彗星(C/2011 L4)あたりは明るさ的に近いですが、それよりはるかにしっかり大きく見え、久々に「彗星らしい彗星」という感じがします。周囲に適当な比較対象がないので分かりませんが、全光度で0~1等程度の明るさはあったように思います。

AZ-GTiで追尾させていたカメラの方もフル稼働。カメラの背面液晶で見る限り、尾はかなり長く伸びている様子です。ダストリッチな彗星ということもあり、尾はしっかり太い印象で見栄えはかなり良いです。青緑色に輝くイオンリッチな彗星もきれいですが、やはり明るさや存在感という意味ではこちらに分があります。

結局、撮影は18時10分過ぎまで続きましたが、このあたりで彗星が薄雲に突入したらしく、明るさが大きく減ってにわかに双眼鏡での確認が困難になってきました。高度も4度ちょっとと低くなりましたし、ここで終了となりました。お付き合いいただいたさすらいさんご夫妻、大変楽しかったです。ありがとうございました。


さて帰宅後、早速画像処理に取り掛かります。「撮って出し」はこんな感じ。

現場でも尾は十分伸びているように見えましたが、ここから実際にデータを炙り出してみるとさらに長く伸びているようです。データを破綻させないように注意しながら処理していって……はい、ドンッ!


2024年10月13日 ペンタックスK-5IIs+D FA MACRO 100mmF2.8 AZ-GTiマウント
ISO200, 2秒×32
ステライメージVer.9.0oほかで画像処理

東京都心にもかかわらず、4度近くも尾が伸びる立派な姿を捉えることができました。自分が天文趣味に復帰した2011年以降、こんなに立派な彗星はちょっと記憶にありません。天文ファン的には「期待にたがわぬ大彗星」と言ってしまってよいでしょう*2

このあと、彗星は太陽や地球からどんどん遠ざかっていき、11月上旬には肉眼等級を切ってくるものと思われます。とはいえ、日没時の彗星の高度は逆に上がってきて観測しやすくなるので、もうしばらくは楽しめそうです。

本日、とうとうVSD90SSとのお別れの日がやってきました。またいつの日か、大きくなって帰ってこいよ~!(ぇ

さて、VSD90SSがウチに来てから約2週間ちょっと。VSD90SSを可能な範囲で使い倒したので、本レビュー企画のシメとして、評価をまとめてみようと思います。

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まず、ハードウェアとしての鏡筒についてですが、従来のビクセン製鏡筒と比較してはるかにしっかりしています。太く頑丈なドローチューブはスムースに動きますし、ドローチューブクランプの使い心地も軽快で、気持ちよく撮影に移れます。ファインダー台座取付部が左右にあることや、アイピースやリングの固定ねじがすべてナイロンチップ内蔵なのも地味な評価ポイントで、使いやすさや安心感につながっています。さすがはフラッグシップ機というところで、撮影機材としての使い勝手は上々です。

ただ、あらゆる面ですべてが大絶賛……というわけでもなく。

最大の難点は、他の方も指摘されていますが、やはりフードおよびキャップの仕様です。暗い中で行うフードの付け外しは、ワンアクションとはいえやはりストレスになりますし、これをしないとキャップすらはめられない(やってできないわけではないけど非常に難しい)というのは、仕様としてさすがにどうかという気がします。

また、本体のつかみどころがないのもマイナスポイント。例えばケースから持ち上げる場合、鏡筒の前後を支えようとうっかりフード部分にも手をかけると、なまじフードが「ねじ込み式」なのが災いしてフードが不意に回転、鏡筒を取り落としそうになります。そのあたり、Askarなどの鏡筒のようにハンドルに他の機能を持たせたり、あるいは簡単にハンドルの付け外しが可能などなんらかのギミックがあると良かったのですが……。

一方、写真性能についてはほぼ言うことはありません。星像は隅々までほぼ完璧で、レデューサーを使ってもほぼ影響が出ないというのは、ほとんど信じられないレベルです。周辺減光もレデューサーの有無にかかわらず非常に小さく、しかも減光パターンが素直なのでフラット補正も簡単です。迷光の類も皆無。街なかでの撮影には非常に大きな力となるでしょう。

ただ、写真性能を保ったまま焦点距離を伸ばす手段がないのは惜しいところで、現時点で小さめの天体を撮影するには向きません。トリミングすればある程度カバーできるとはいえ、精細な表現にはやはり限界があるので、エクステンダーのようなものがあれば応用範囲はさらに広がると思います。まぁ、無理に1本にまとめる必要もないのですが(^^;

眼視性能については、こちらも非常に優れてはいるのですが、それだけに高倍率をかけにくいのが残念なところ。同社の「HRシリーズ」が終売になってしまったのは本当に痛いです。こちらも、VSD90SSの性能に見合うような高性能のバローが欲しいところです(あるいはHRシリーズの復活)。

……と、まぁ、こまごま不満点も書きましたが、総じて非常によくできた鏡筒だと思います。初心者でも扱いやすいユーザビリティと、難しいことを考えずとも十二分に性能を発揮してくれるだろうという安心感は大きくて、使っていて楽しい鏡筒でした。これが他の鏡筒だと、どうしてもどこかに「これで大丈夫かな?うまく撮れるかな?」という懸念が湧きがちで、なかなか「楽しむ」まで行かないのです。ほぼ全幅の信頼を置けるという意味で、道具として非常に優秀だと感じました。もちろん価格は非常に高いわけですが、それに見合うだけの性能は確かにあると思います。*1

しかし本レビューの期間中にも、他社から次々と優秀な光学系が発表されてきました。AskarのSQA55しかり、高橋製作所のFCT-65Dしかり……。いずれも星像は見事なもので、ここにきて各社の競争ステージがさらに一段上がった感じがします。ビクセンもVSD90SS以降、未発表のVSD70SSやSDP65SSなど楽しみな光学系が控えていますし、国産鏡筒の一角としてなんとかうまく戦い抜いていってほしいものです。

*1:とはいえ、初心者に無条件で勧められるかというとまた別問題。同じ金額で性格の異なる鏡筒を複数本(自分の場合7本!)買えることは念頭に置いておく必要があります。

さて、VSD90SSの返却期限も迫ってきて、本レビューもいよいよ最終盤です。

17日夜は「中秋の名月」でした。夕方に空を見るときれいに晴れていて、きれいな月がぽっかりと浮かんでいます。これはチャンスということで、月が南中する前後を狙ってVSD90SSをセッティングしました。直焦点で撮影すれば、その真価が見えるかもしれません。また、この日は月のすぐ近くに土星も浮かんでいます。ついでなのでこの際、土星の拡大撮影にもチャレンジしてみましょう。

月面撮影

月面の撮影ですが、一番簡単なのはデジカメを接続しての直焦点撮影です。しかし、手元にあるEOS KissX5は画素ピッチ4.3μmで、VSD90SSの解像力に対し、解像度的に不安が残ります。そこで今回の撮影では、手元のカメラの中で最も画素ピッチの狭いASI290MM(2.9μm)でモザイク動画撮影を行ってL画像に、EOS KissX5をカラー画像にしてLRGB合成を行って仕上げることとします。

……もっとも、モザイクと言っても2コマだけなんですが(笑)

さて、このような撮り方をする場合、普段は動画カメラ側とデジカメ側とで光路をフリップミラーで切り替えられるようにしているのですが……VSD90SSで同じような組み方をしてみると、動画カメラ側でどうしてもピントが合いません。光路が長すぎるのです。

フリップミラーを接続するケースとしてチャートに示されているのは、あくまでも眼視用のもの。この場合、望遠鏡の焦点はあくまでもフリップミラー内ないしアイピース内にあります。しかし動画カメラ(特にZWOのカメラのように、31.7mmスリーブ内にノーズピースしか入らないようなもの)の場合、焦点がフリップミラー外に出なければなりませんからピントが合わないのです。

そこで一計。フリップミラーについている「42T→31.7AD SX」を取り外し、VSD70SSに付属している「接眼アダプタ―42T-31.7」に交換します。これにより光路長は30mmほども短くなり、無事合焦するようになりました。

こうして撮影したモノクロ動画はAviStack2でスタッキング&ウェーブレット処理の後、Image Composite Editerで1枚の画像につなぎ合わせます。一方のデジカメ画像の方は、8コマ撮影してコンポジットでS/N比を上げておきます。

これらを合成して……こう!


2024年9月17日 VSD90SS(D90mm, f495mm) SXP赤道儀
L画像:ZWO ASI290MM, Gain=0, 0.6ms, 約1830フレームをスタック
RGB画像:Canon EOS KissX5, ISO100, 1/800秒×8コマ

上がウェーブレット処理前、下がウェーブレット処理後です。月面の明るさが違いますが、これは処理に伴うものなのであまり気にせず。特に比較対象は用意していませんが、まずまずよく写っているかと思います。

この画像の月の直径から計算すると1ピクセルは約2km、一方、望遠鏡の分解能(1.29秒)から期待される解像度は約2.5kmなので、最低限、望遠鏡の能力はスポイルされていないはずですが……もう少し焦点距離ないしカメラ側の解像度が欲しいのが本音です。望遠レンズとして見れば、高々焦点距離500mm程度に過ぎませんし。

バローやアイピースで拡大すれば焦点距離については解決しますが、せっかくのVSD90SSの性能を生かせる拡大光学系となるとハードルが……。前回も書きましたが、やはり高性能なエクステンダーの類が欲しくなってきます。

最後に、レビューとは全く関係ないのですがオマケ。上の写真の彩度を思いっきり上げてみました。満月近い月を撮影するといつもついやってしまうのですが、地質の分布が目に見えて面白いです。

惑星撮影

一方の惑星撮影についてですが、用いた拡大撮影システムは以前組んだ「アイピース拡大系」と基本的には同じもの。

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ただし、ここで使われているNLV 40mmの代わりに同 10mmを用いています。

しかし実際にやってみると、拡大率が高い分、像はかなり暗くなります。FireCaptureが報告する値では、焦点距離は5000mm前後のようですが、その場合、F値は50を超えます。Gainを400以上にまで上げても、シャッター速度は30ミリ秒を確保するのがやっとです。像が暗いためにピントも合わせづらく、結果的に「えいやっ!」で撮らざるをえませんでした。

撮った動画はAutostyakkert!でスタッキングし、常法通りRegistax6でウェーブレット処理を施します。


2024年9月18日0時27分25秒(日本時間)
VSD90SS0+NLV 10mm SXP赤道儀
L画像:ZWO ASI290MM, Gain=400, 30ms, 2250フレームをスタック
RGB画像:ZWO ASI290MC, Gain=460, 30ms, 2250フレームをスタック

で、結果がこれ。一応写ってはいますが……イマイチ明瞭さに欠ける感じです。今年の土星は環の傾きが小さく、カッシーニの空隙は確認しづらいのですが、これも見えるような見えないような……。*1

まぁ、そもそもが短焦点で惑星撮影には全く向いていない鏡筒ですし、無理をさせてもおのずと限界があるということでしょう。それに、この高級鏡筒にこういう無茶をさせるなら、NLVのようなありきたりなアイピースではなく、ペンタックスのXPシリーズなど高性能な拡大撮影用アイピースを使いたいところです。それでもどこまで写るかは不明ですが……。

www.ricoh-imaging.co.jp

*1:暗さのせいで微妙にピンボケだったかもしれません。