宮崎県 (original) (raw)

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みやざきけん ウィキデータを編集宮崎県
日南海岸飫肥城高千穂峡 宮崎神宮日向岬
宮崎県の旗 宮崎県徽章 宮崎県旗 宮崎県徽章
日本の旗 日本
地方 九州地方
団体コード 45000-6
ISO 3166-2:JP JP-45
面積 7,734.16km2(境界未定部分あり)
総人口 1,030,361[編集]推計人口、2024年10月1日)
人口密度 133人/km2
隣接都道府県 大分県の旗 大分県熊本県の旗 熊本県鹿児島県の旗 鹿児島県
県の木 フェニックス(1966年9月3日制定)ヤマザクラ(2003年2月6日制定)オビスギ(2003年2月6日制定)
県の花 ハマユウ(1964年12月22日制定)
県の鳥 コシジロヤマドリ(1964年12月22日制定)
県の歌マスコットシンボルマーク標語 宮崎県民歌(1964年制定)みやざき犬(2011年11月11日制定)ひなたロゴマーク(2016年制定)日本のひなた 宮崎県(2016年制定)
宮崎県庁
知事 [編集]河野俊嗣
法人番号 4000020450006 ウィキデータを編集
所在地 〒880-8501宮崎県宮崎市橘通東2丁目10番1号北緯31度54分39秒 東経131度25分25秒 / 北緯31.9108度 東経131.4236度 / 31.9108; 131.4236座標: 北緯31度54分39秒 東経131度25分25秒 / 北緯31.9108度 東経131.4236度 / 31.9108; 131.4236地図県庁舎位置宮崎県庁宮崎県庁本館
外部リンク 公式ウェブサイト
宮崎県の位置 宮崎県行政区画図 ■ ― 市 / ■ ― 町 / ■ ― 村
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宮崎県(みやざきけん)は、日本九州地方に位置する県庁所在地宮崎市

高千穂峰

宮崎県は九州の東南端を占め、東経130度42分から131度53分、北緯31度21分から32度50分の間に位置する。

全体的に日照時間降水量ともに全国で上位で、特にえびの高原鰐塚山降水量は日本有数となっている。平野部での降雪・積雪は稀であり、宮崎市の気象台では初雪が観測されない年がある一方、九州山地では積雪する地域があり、日本最南端の天然スキー場もある。標高1150 mにあるえびの高原は九州屈指の寒冷地とされ、1968年2月26日にはマイナス20.2℃という九州地方における最低気温を記録している[1]。夏は季節風の南東風により蒸し暑い状態が続くものの、海風であるためそれほど高温にはならない。むしろ九州山地などを吹き降ろす南西風が多くなる梅雨末期の方が高温である。台風銀座でもあるため、夏から秋にかけては台風が襲うが、台風本体が接近していない段階から湿った東風により長期間雨に見舞われることが多いためか、被害がさらに拡大することもある。冬は乾いた西風が卓越し、快晴の日が多い。国内で冬に多照となる地域では最も暖かいこの気候を利用し、スポーツチームのキャンプやゴルフ客が多数訪れる。日向市以南の日向灘沿岸には無霜地帯が存在する。

宮崎県各地の平年値(統計期間:1971年 - 2000年、出典:気象庁・気象統計情報

平年値(月単位) 北部沿岸部 北部内陸部 南部沿岸部 南部内陸部
延岡市古江 延岡 日向 高鍋 西都 高千穂 五ヶ瀬町鞍岡 美郷町神門 西米良 宮崎 宮崎市赤江 宮崎市青島 日南市油津 串間 都城 小林 えびの市加久藤
平均気温(°C) 最暖月 26.7(8月) 26.4(8月) 26.7(8月) 26.8(8月) 27.0(8月) 24.7(8月) 22.8(8月) 24.8(8月) 24.9(8月) 27.0(8月) 26.7(8月) 27.2(8月) 26.7(8月) 26.3(8月) 25.6(8月)
最寒月 7.3(1月) 6.5(1月) 7.0(1月) 7.2(1月) 6.7(1月) 3.6(1月) 1.6(1月) 3.4(1月) 4.6(1月) 7.6(1月) 8.1(1月) 8.5(1月) 7.5(1月) 5.6(1月) 4.7(1月)
降水量(mm) 最多月 369.6(6月) 374.0(6月) 375.9(6月) 406.6(6月) 437.8(6月) 402.0(7月) 408.5(6月) 566.7(8月) 506.8(6月) 315.8(6月) 457.6(6月) 449.7(6月) 382.0(6月) 455.1(6月) 539.2(6月)
最少月 34.5(12月) 40.8(12月) 45.0(12月) 37.5(12月) 42.0(12月) 36.0(12月) 66.2(12月) 40.8(12月) 50.2(12月) 51.8(12月) 53.6(12月) 63.7(12月) 52.3(12月) 51.1(12月) 49.9(12月)

宮崎市橘通

延岡市街地

西米良村村所

宮崎県の位置(宮崎県内)

県北、県央、県西、県南の4地域に以下の9市6郡14町3村がある。宮崎県では、町はすべて「ちょう」、村はすべて「そん」と読む。★は出先機関の県税・総務事務所が所在する自治体。

県北

県央

県西

県南

平成の大合併

平成の大合併では以下の各市町村が合併し、南那珂郡宮崎郡が消滅した。

宮崎県では、平成の大合併で周辺町村との新設合併(対等合併)を行った都城市・小林市・日南市の3市はいずれも市名を継承したため、平成の大合併で新名称の市は誕生していない。なお、宮崎県以外に平成の大合併で新しい名称の市が誕生しなかった都道府県は、編入合併のみで新設合併のなかった大阪府神奈川県のほか、山形県鳥取県の各府県である。

宮崎県に人々が住み始めたのは、中期旧石器時代の終わりごろの約5万年前ごろからである。遺跡としては、西臼杵郡日之影町の出羽(いずるは)洞窟と児湯郡川南町の後牟田(うしろむた)遺跡が発掘されており、前者からは片刃・両刃の礫器、後者からは集石遺構・斜軸尖頭器・鋸歯縁(きょしえん)石器(約5万年前と推定)が出土している[2]

古事記』に「竺紫(つくし)の日向の高千穂のくじふる嶺に天降りまさしめき」とあり、天照大神の孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)が降り立った国(天孫降臨神話)。この神の孫である山幸彦海幸彦の争い(山幸彦と海幸彦神話)、さらに、山幸彦の孫であるカムヤマトイワレヒコが、東征して大和橿原宮にて、天皇に即位し初代天皇神武天皇となった(神武東征神話)などの神話(日向神話)がある。

令制国における宮崎県の領域は、日向国(ただし、薩摩国および大隅国の分立後)とほぼ一致するため、廃藩置県以前の歴史は「日向国の歴史」にて記述。

1872年(明治4年)旧12月の行政区画地図における美々津県および都城県

1872年(明治4年)旧12月の行政区画地図における美々津県および都城県

廃藩置県当初(1871年)、現在の宮崎県域には飫肥県延岡県高鍋県佐土原県鹿児島県人吉県が設置されるが、1871年の府県合併によって美々津県都城県に再編。その後1873年に旧日向国の領域をもって宮崎県が設置された(初期宮崎県と呼称される[3])。県政のため、県庁を県の中央部に設置する必要が認められた結果、当時は寒村であった宮崎郡上別府村(現在地)に県庁が移された。1876年8月21日に宮崎県は鹿児島県に合併され、宮崎県庁は支庁へ格下げされた。

分県の太政官達示

1883年5月9日 - 飫肥藩士の川越進[5] らによる分県運動の結果、日向国のうち志布志郷・松山郷・大崎郷[注釈 1] を除いた地域をもって、国より再置県が認められ分県が成立した(宮崎県再置[6])。なお、同日に富山県佐賀県も再置されている(「明治16年太政官布告第15号 富山佐賀宮崎三縣設置」参照)。

分県運動は西南戦争の旧薩摩藩士族側の敗北により、鹿児島県および宮崎支庁での旧薩摩藩士族の影響が少なくなった時点で「鹿児島県所属のままでは、日向国の発展は望まれない」との認識が背景に興り、1880年に徳島県高知県から分離したことで活発になる。旧薩摩藩領であり、当時日向国最大の都市であった都城が「表立っての賛成はできないが、運動に反対しない」との立場を採ったことは分県運動への大きな弾みとなった[注釈 2]

1882年に宮崎県再置の案が鹿児島県会に提出されたがこのときは否決。川越進が県議会議長となった後、1883年3月の県議会で再度案は提出され可決し、5月9日に太政官達示により宮崎県再置が成立した[7]

江戸時代の日向国は複数の藩(飫肥藩延岡藩高鍋藩佐土原藩薩摩藩)が分立していた。この為住民の「日向国」としての意識はやや希薄になっており、宮崎県再置の為の鹿児島県からの分県運動は、日向国民(宮崎県民)として一体となって行動した初めての出来事でもあった。当時の日向は薩摩よりも人口密度が低く、県庁が遠い為に何かにつけ不便であった。分県運動が最高潮となった1881年は、金融が逼迫し、自由民権運動も盛んだった時期で、鹿児島県による宮崎支庁への支出が徴収される地方税よりも少ないという悲憤もあった[8]。一方の薩摩側は当初分離に反対の意向を示していたが、分離した方が財政上有利になるとして、分離を受け入れることになった[9]

宮崎県市町村人口増減率分布図(2005年度と2010年度国勢調査から算出)

増加 0.0 - 2.49 % 減少 0.0 - 2.5 % 2.5 - 5.0 % 5.0 - 7.5 % 7.5 - 10.0 % 10.0 % 以上
宮崎県と全国の年齢別人口分布(2005年) 宮崎県の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 宮崎県■緑色 ― 日本全国 ■青色 ― 男性■赤色 ― 女性
宮崎県(に相当する地域)の人口の推移 1970年(昭和45年) 1,051,105人 1975年(昭和50年) 1,085,055人 1980年(昭和55年) 1,151,587人 1985年(昭和60年) 1,175,543人 1990年(平成2年) 1,168,907人 1995年(平成7年) 1,175,819人 2000年(平成12年) 1,170,007人 2005年(平成17年) 1,153,042人 2010年(平成22年) 1,135,233人 2015年(平成27年) 1,104,069人 2020年(令和2年) 1,069,576人
総務省統計局 国勢調査より

2024年9月1日現在、宮崎県の人口は約103万人となっている。高度経済成長期には大幅な人口減少が起こったが、一転して1970年から1985年の15年間では12万人の大幅な人口増加期を迎えた。1985年以降から2000年頃までは117万人前後で人口は横ばいを続けたが、2000年以降は少子高齢化の進展により人口減少傾向が続いている。

表1. 国勢調査結果に基づく宮崎県の人口推移

実施年 人口(人) 増減人口(人) 人口増減率(%) 国内増減率(%) 増加率全国順位
1960年 1,134,590 - - - -
1965年 1,080,692 減少 53,898 減少 4.75 増加 5.20 42位
1970年 1,051,105 減少 29,587 減少 2.74 増加 5.54 37位
1975年 1,085,055 増加 33,950 増加 3.23 増加 7.92 26位
1980年 1,151,587 増加 66,532 増加 6.13 増加 4.57 8位
1985年 1,175,543 増加 23,956 増加 2.08 増加 3.40 28位
1990年 1,168,907 減少 6,636 減少 0.56 増加 2.12 35位
1995年 1,175,819 増加 6,912 増加 0.59 増加 1.58 27位
2000年 1,170,007 減少 5,812 減少 0.49 増加 1.08 36位
2005年 1,153,042 減少 16,965 減少 1.45 増加 0.66 32位
2010年 1,135,233 減少 17,809 減少 1.54 増加 0.23 32位
2015年 1,104,069 減少 31,164 減少 2.75 減少 0.75 32位
2020年 1,069,576 減少 34,493 減少 3.12 減少 0.75 31位

宮崎県庁舎

詳細は宮崎県公式ウェブサイト[10] を参照。

宮崎県き章

宮崎県旗

宮崎県き章

1912年制定

宮崎県旗

宮崎県再置80年を記念して1964年に制定

県の木

「緑のニッポン全国運動」の一環として1966年に県民の投票をもとにフェニックスが県緑化推進委員会で決定され[10]、2003年に全国植樹祭開催を記念して飫肥杉ヤマザクラがそれぞれ制定された。

県の花

宮崎県再置80年を記念してハマユウが1964年に制定

県の鳥

宮崎県再置80年を記念してコシジロヤマドリが1964年に制定。県内では双石山・霧島山に生息する。

宮崎県民歌

現行の県民歌は2代目に当たり、県の再置80周年を記念して1964年に制定された。作詞・酒井祐春、作曲・飯田信夫

キャラクター(ゆるキャラ

2011年11月11日にシンボルキャラクターとして3匹の**みやざき犬**(みやざきけん)が設定された。それぞれ「ひぃ」「むぅ」「かぁ」と名付けられている。寺島愛子の作品を元にデザイン化された[23]

地方債残高

衆議院小選挙区が3。参議院では、全県で1区を構成。(2011年現在)

裁判所

簡易裁判所

新田原基地

防衛省

総県民所得 約3兆16億円(全国第36位 国民所得に占める割合0.77% 2000年度調べ。本項目において、以下同じ)、1人当たり県民所得 約256万円(全国第37位 全国平均約308万円の約83% 国内最高である東京都約440万円と比較すると約58%)と低所得の自治体に位置するが、物価水準もそれに伴って低い[24] ため、所得格差ほどの生活水準の低さはない。

県民所得に占める第一次産業の比率が国内で最も高い(5.6% 全国平均は1.2%)。

日本有数の農業県であり、平成29年の統計では、農業産出額全国5位である[25]。温暖な気候を利用し、稲作においては超早場米の生産地として有名であり、また、野菜・果実などの促成栽培葉たばこ・サツマイモなどの商品性作物の生産が盛ん。また、牧畜業は乳牛・肉牛・豚・鶏の全てにおいて日本有数の生産高を誇る。以前はそれほど知名度が高くなかった農畜産物も、2007年に知事に就任した東国原英夫の全国規模のマスメディア露出により急速に知名度を上げている。

県中央部に広がる宮崎平野では、冬季の日照に恵まれた温暖な気候を利用して様々な野菜が栽培されている[26]。1953年から1960年にかけてビニールハウスが普及した[27]

**ダイコン**の作付け面積は日本国内3位であり、特に秋冬物の生産量は日本一である。切り干し大根は古くから作られていたが、1906年、愛知県から宮崎郡住吉村(現在の住吉地域自治区)へ移住した長谷川弥七らによって本格的な生産が始められた。大正時代に鉄道や港湾が整備されると北部九州方面あるいは東京方面へも出荷されるようになった。初期の産地は宮崎市周辺であったが、後に周辺部へ移り、現在は国富町清武町が主要産地となっている。作付面積は1,000ヘクタール以上、生産量5,500トン、生産額23億円は日本一である[28]

**キュウリ**は1895年、宮崎市上野町(現在は小戸地域自治区に属する)で栽培が始まった。現在では宮崎市西都市国富町新富町綾町が主要産地であり大阪、東京、福岡県へ出荷される。2007年における生産量は60,700トン、生産額は185億円で群馬県に次いで日本国内2位、特に冬春物は1位である[29]

**ピーマン**は昭和初期、高知県からの移住者により本格的な生産が始められ、昭和40年代以降に普及した[30]。現在では西都市、宮崎市、新富町、日南市、国富町が主要産地であり大阪、東京、名古屋へ出荷される。2007年における生産量は29,400トン、生産額は110億円で茨城県に次いで日本国内2位、特に冬春物は1位である[31]

油津港細島港などを本拠とした沖合遠洋漁業が盛んであり、近海カツオ一本釣り・沿岸まぐろはえ縄ウルメイワシについては漁獲量日本一を誇るが、大消費地に近い漁港で水揚げを行うため、県内の漁港の水揚げ量は少ない。近年では鹿児島県と共に九州産のウナギの養殖でも知られるようになってきている。

国産建築材料の供給基地としての役割を担っている。県木に指定されている飫肥杉シロアリの殺蟻活性成分を持ち、生産高は全国一の生産高を占める。

かつては、銅鉱錫鉱などが採掘されたが、現在ほぼ全てが閉山となっている(日本の鉱山の一覧#宮崎県参照)。

西臼杵郡高千穂町の旧土呂久鉱山においては、亜砒酸を製造する「亜ヒ焼き」が行われ、重金属の粉塵、亜硫酸ガスの飛散、坑内水の川の汚染で公害土呂久砒素公害)が発生している。

宮崎県は隣県の大分県と共に、東九州地域を医療機器産業の拠点として整備をする東九州地域医療産業拠点構想(通称・東九州メディカルバレー構想)を発表している。

農産品加工業

焼酎、木工家具、ワイン乳製品など

化学工業

県北の延岡市旭化成発祥の地であり、戦前より九州山地の水資源を活かした水力発電を利用して近代産業化を推し進め、市街地には工場群や関連企業が多数立地し企業城下町を形成している。また、同じ県北の日向市細島港近辺にも、小規模ながら複数の生産拠点を置いている。

近年、同社の製造拠点海外化などの影響を受け生産量は縮小気味であるが、医療・電子の先進分野に力を入れている。

製紙工業

県南日南市に、日本パルプ工業を起源とする、王子製紙日南工場がある。

その他

旧・日立プラズマディスプレイ(現在はソーラーフロンティア宮崎第3工場として運用)

宮崎市郊外・東諸県郡では、空港への至近性と純度の高い水資源を活かした半導体PDPソーラーパネル医薬品などの先端産業が立地している。

県の経済規模が小さいほか、交通の便などの事情もあり商圏が県内一円にほぼ限られるため、地域商業の域を出ていない。有力な地元百貨店がなく、顧客の鹿児島・熊本・福岡への流出が見られる。また、地場のスーパーマーケットチェーンも有力なものがなく、イオングループなど進出に対する地元商業の状況は非常に厳しい。

県内に本社または拠点事業所を置く主要な企業を挙げる。

宮崎交通(宮崎市、本社) ソラシドエア(宮崎市、本社) ホンダロック(宮崎市、本社) 雲海酒造(宮崎市、本社、発祥の地は西臼杵郡五ヶ瀬町) デルコンピュータ(宮崎市) 伊勢化学工業(宮崎市) 九州安井化学(宮崎市) 相馬工業(宮崎市) 丸栄工業(宮崎市) SUMCO TECHXIV(宮崎市) 宮崎エプソン(宮崎市) 宮崎沖電気(宮崎市) ソーラーフロンティア(宮崎市、東諸県郡国富町) ハンズマン(都城市、本社) 霧島酒造(都城市、本社) 南日本酪農協同(都城市、本社) 住友ゴム工業(都城市、もともとは「オーツタイヤ」) 吉川工業アールエフセミコン(新富町、本社) 旭化成(延岡市、総支社) 旭有機材(延岡市、本社) センコー(延岡市) 山崎産業(延岡市、本社) 三井(延岡市、本社) 吉玉精鍍(延岡市) 第一糖業(日向市、本社) ピーエス三菱(日向市) メディキット(日向市) 王子製紙(日南市、もともとは「日本パルプ工業」) 株式会社ニチワ(日南市) 宝酒造(児湯郡高鍋町) 南九州化学(児湯郡高鍋町) 宮崎ダイシンキヤノン(児湯郡木城町) 東横化学(東諸県郡国富町、宮崎営業所) 児湯食鳥(児湯郡川南町) 宮崎県農協果汁(児湯郡川南町)

宮崎空港

宮崎市に宮崎ブーゲンビリア空港が所在する。なお、高千穂町など北部山間部では阿蘇くまもと空港、えびの市などでは鹿児島空港のほうが至近である。

宮崎駅 高千穂口(西口)

日向市駅

日豊本線を走行する普通列車(713系電車

鉄道はJR線5路線があるが、北に隣接する大分県とともにJR線(旧国鉄)以外の普通鉄道がない[注釈 3]。鉄道事業者が県内に1つしかない県は、宮崎県のほかに沖縄県がある。県内の普通列車の本数は宮崎市近郊[注釈 4]を除いて毎時1本以下となっている。

以上の路線は全区間単線となっており、徳島県と並んで単線のみの県となっている。ただし、徳島県の佐古駅徳島駅間は単線並列区間であるため、狭義での複線区間がない県は宮崎県のみである。また、県内は長らくJR九州管内でSUGOCASuicaなどの鉄道系IC乗車カードで乗車可能な駅が全く無い区域となっていたが、2015年11月14日より宮崎駅を中心とする12駅にてSUGOCAの利用が可能となっている。特急列車も含めた県内の鉄道のほとんどがワンマン運転を実施している。

過去の鉄道路線

宮崎交通の高速バス(はまゆう号)

宮崎県に事業拠点を置く路線バス事業者。ほぼ宮崎交通の独占となる。

宮崎県は九州で最も道路改良率の低い県で、2021年3月31日現在で一般国道で84.0%(全国44位)、県道で62.2%(全国37位)となっている[34]高規格幹線道路の供用率は80%(2023年3月25日現在)で、これも全国平均や九州平均 (いずれも88%) を下回る[35]

宮崎自動車道(宮崎市)

東九州自動車道
(寺迫ちょうちょ大橋、日向市)

一ツ葉道路(北線)

高速道路・自動車専用道路・一般有料道路など

一般国道

国道269号天満橋(宮崎市)

国道265号(西米良村尾股)

県内には18の一般国道が通過しているが、そのうち国が管理する路線(指定区間)は国道10号国道220号および国道218号高千穂日之影道路・北方延岡道路(九州中央自動車道として開通した区間)の計3路線のみである。2022年4月1日現在の改良率は86.3%。全路線舗装済みであるが、そのうち18.9%は簡易舗装である[36]。なお、県内だけで完結する国道は1つもなく、どの路線も県外を経由する区間が存在する。

県道

県道377号内海加江田線(堀切峠付近、撮影当時は国道220号)

2023年現在、宮崎県は193の県道を指定しており、そのうち48路線が主要地方道(路線番号が1から54)、145路線が一般県道(路線番号が102から454)である。2022年4月1日現在の改良率は主要地方道が79.9%、一般県道が55.0%である[37]

路線名については宮崎県の県道一覧を参照。また、宮崎県道路公社が管理する有料道路として一ツ葉有料道路がある。かつて小倉ヶ浜有料道路も同社が管理をしていたが、2013年5月9日に償還が完了したため無料開放された。

宮崎カーフェリー

港湾

重要港湾の一覧。

定期就航路線

災害拠点病院

第3次救急指定病院救命救急センター

保育所

宮崎大学(木花キャンパス)

宮崎公立大学

九州医療科学大学

南九州大学(宮崎キャンパス)

大学

国立

公立

私立

短期大学

私立

通信制大学

私立

高等専門学校

国立

専修学校

特別支援学校

高等学校

中学校

小学校

幼稚園

その他教育機関

省庁大学校

農業大学校

宮崎日日新聞(エフエム宮崎が入居[38]

MRT宮崎放送

UMKテレビ宮崎

宮崎県全域を対象とする地方紙として宮崎日日新聞があり、県北部(延岡・日向)を中心に夕刊紙の夕刊デイリー新聞が発刊されている。

読売・朝日・毎日は宮崎版で県内の記事を扱う。南日本新聞は鹿児島県の地方紙であるが県西部(諸県)においても販売されており、宮崎県政・県西部の話題についても「鹿児島県内のニュース」と同様に扱うことがある。読売新聞は宮崎日日新聞の工場にて県内全域と鹿児島県(北薩および離島除く)向けに発行される分を委託印刷している。なお、西日本新聞は2018年3月31日をもって宮崎・鹿児島両県での発行を終了した(西日本スポーツも同様)。

宮崎県は、他県で多くの放送局(平成新局)が開局しチャンネル数が増加した後も、放送対象地域とする民間放送フジテレビ系列がメインのテレビ宮崎 (UMK) とTBS系列の宮崎放送 (MRT) の2局のみである。なお 1990年代に第3民放テレビ局ができる予定だったが、断念しており、現在も新局開局の予定・目途は立っていない(別項詳述参照)。

民放が2局しかない県は他に(福井県山梨県)があるが、これらの県は共聴設備・ケーブルテレビ (CATV) または直接の地域外受信により隣県の放送局が視聴可能な地域が大半である。これに対し、本県では後述のように民放数の割にはケーブルテレビの普及率が低いこと、また地域外受信もえびの市・都城市・串間市・三股町などの一部で鹿児島県を放送対象地域とする民放[39][注釈 5] が、五ヶ瀬町などの一部で熊本県を放送対象地域とする民放[40] が視聴できるにとどまっていることから、日本国内では相対的な情報格差が存在するとされている。

なお、民放が2局しかないためテレビをつけているときは視聴中でない方の局を「裏」または「反対」と呼ぶことがある[41]

宮崎県は民放が2局以下の県の中ではケーブルテレビの普及率が最も低い42.5%(2020年度末現在)[42] であるが、その一方で衛星放送加入率が高い[43][44]

ビデオリサーチによる通常の機械式視聴率調査が最後(2021年10月)に開始された都道府県の一つ(他には、福井県・山梨県・徳島県佐賀県)である[45]。2020年時点では年4回(2月・6月・10月・12月)の特定の1週間に日記式で調査が行われていた[46]他、2020年3月30日以降は全国視聴率を算出するための機械式調査は行われていた[47]。なお、本県を含むこれらの県は放送局数が少ないことから、視聴率調査が行われる場合は統計学上、民放が3局以上ある地域と比較して高い数値が出ることになる。一例として、『世界まるごとHOWマッチ!!』の関東地区での番組最高視聴率は33.8%だったが[48]、宮崎地区においては1985年2月の調査で47.9%であった[49]

親局がある鰐塚山は、標高が1,119メートルと送信条件が良好であることから宮崎県外(特に鹿児島県の大隅地方)を含めて広範囲をカバーしている[50]

宮崎県内にアナログテレビ送信所が設置される1960年7月(NHK宮崎放送局開局)以前は、宮崎市内においては鹿児島局を、鹿児島局開局以前は広島局を電離層反射を利用して受信していた[51] ほか、五ヶ瀬町や椎葉村では熊本県のテレビ局が[52]、日之影町の見立地区では愛媛県のテレビ局[53]が受信されていた。五ヶ瀬町の事情については五ヶ瀬中継局を参照。

1990年に民放第3局の割り当て(宮崎21ch)がなされ、約400件の免許申請があった[54]。その中でも日本テレビ沖縄とともに放送局設置計画を掲げていた(沖縄については南西放送を参照)が、バブル景気崩壊後の不況による影響や衛星放送へ資金を注入する必要があったことから、1993年4月までに「番組は無償で提供するが、開局支援はせずネット補償金は一切与えない」(番組スポンサーを自ら探さなければならないことを意味する。)としてキー局としての宮崎への進出を断念した[55][56]。日本テレビ以外に宮崎進出の意思表示を示すキー局がなかった[55](1993年時点でフジテレビは新局設置を考えておらず[57]テレビ朝日は宮崎県についてはクロスネット局でいいと考えていた[58])ことから第3局の設置構想は暗礁に乗り上げた形となり、2000年9月6日には電波割り当てが取り消された[59]。なお、宮崎新局のために確保されていた用地はのちに駐車場となっている。県としては、放送局などの民間企業の意向に一任し、行政主体で第3局の開局を推進することは困難であるという立場を取っている[60]

なお、東国原前知事もマニフェストにテレビ局の増設を掲載していた[61] が、これは必ずしも地上波民放のことではなく、インターネットテレビのようなものもイメージしていたという[62]。これに対し、早稲田大学マニフェスト研究所はこのマニフェストを「かなり遅れている、または方針転換」にあたるC評価(A・B・Cの3段階で最低)と判断している[63]

地上デジタル放送は2006年12月に鰐塚山親局から本放送を開始し、2008年7月の飯野・真幸中継局開局によりすべての市で、2009年10月までに西米良村(ほぼ全域が共同受信)を除く全市町村で直接受信が可能となった[64]。こちらもアナログ放送同様宮崎県外、特に鹿児島県の大隅地方でも視聴可能である。

鰐塚山送信所(2007年。アナログテレビ・デジタルテレビのサイマル放送期)

宮崎県内のテレビ局は鰐塚山に親局となる送信所を設置しており、県内の7割以上をカバーしている。鰐塚山からの電波が届きにくい地域には約50の中継局Category:宮崎県の放送送信所を参照)が設置されているが、送信出力や重要性に基づき中継局ごとに分類がなされている。微小局の大部分とミニサテライト局(ミニサテ)は地元自治体が建設費の一部を負担しており(これを宮崎方式または入郷方式[65]と呼称する。後述)山間部の一部でも直接受信することができる。中継局のない地域では共同受信設備を各々で設置しており、特に西米良村ではほぼ全域で共同受信設備を利用している。

以下に記載する分類は、アナログテレビ放送中期の1980年代時点のものである[66]プラン局#従前のプラン局も参照)。

プラン局(地上デジタル放送の置局計画では大規模中継局)と呼ばれる中継局は、中継局の設置によりカバーエリアの大幅な拡大が見込めることから、基本的に放送局ごとが単独で設置している(地上デジタル放送では一部は共同建設となる)。宮崎県内では延岡高千穂串間飯野(えびの市)の4中継局が該当し、微小局に分類される日向青島日之影も、放送局によってはプラン局に準じる形で整備された。

微小局はアナログ放送における送信出力が10W以下、0.5W以上の中継局を指し、難視聴地域のうち数百世帯をカバーする。日向・真幸(えびの市)は当初微小局に分類される中継局であったが、地上デジタル放送では重要中継局とされ、大規模中継局とほぼ同等の扱いとされた。

ミニサテライト局はアナログ放送における送信出力が0.1Wの中継局を指し、数十世帯をカバーする。宮崎県内では美々津に最初に設置され、その後20ほどの中継局が設置された。地上デジタル放送においては一部の中継局は設置されない。

宮崎方式

テレビ送信所の宮崎方式とは、中継局の設置費用の一部を受益者となる地元自治体が負担することである。

民間放送局としてはプラン局の設置だけで県内カバー率はほぼ100%となることから、山間部への中継局設置は費用対効果が見込めないものであった。これが設置の方向となったのは1973年に入郷地区(現在の美郷町・日向市東郷町・諸塚村・椎葉村)の自治体が設置費用の一部の負担を放送局側に申し入れたことによる。これにより入郷日向西郷東郷(1973年度)、北諸塚南諸塚椎葉(1974年度)に中継局が設置された。以後宮崎県内で設置された中継局に対しては基本的にこの方式が採用され、1984年度には中継局数がNHKと同じ48局に達している[65][67]

宮崎県におけるケーブルテレビは情報格差の是正(不足している系列局の補充)が主な目的である[68]

地上デジタル放送区域外再放送は、ケーブルメディアワイワイBTV宮崎ケーブルテレビQTnet各4社および諸塚村によるサービスとして実施されている。その他のケーブルテレビ局において、「自局のチャンネルサービス」として取り扱うのは県内のテレビ局のみであり、区域外再放送は上記4社からのサービス提供を受ける形をとっている。

放送局名 サービスエリア 区域外再放送 備考
ケーブルメディアワイワイ 延岡市、日向市、門川町都農町、川南町 KKT熊本県民テレビKAB熊本朝日放送 旧・テレビネットワーク延岡。愛称は「ワイワイテレビ」。セットトップボックス (STB) が必要[69]。後述する高千穂町・日之影町・美郷町も事実上エリアに含まれる。
高千穂町光ケーブルネットワーク 高千穂町 高千穂町の全世帯を対象とし、光ファイバーを活用したケーブルテレビ局を2011年6月に設置[70][71]。「チャンネルリース」としてケーブルメディアワイワイが県内地上波を除く(熊本県民テレビ・熊本朝日放送を含む)サービスを提供する。
ひのかげケーブルネットワーク 日之影町 略称は「HCN」。日之影町の全世帯を対象とした「ひのかげケーブルネットワーク整備事業」により、光ファイバーを活用したケーブルテレビ局を2011年5月に設置[72][73][74]。「チャンネルリース」としてケーブルメディアワイワイが県内地上波を除く(熊本県民テレビ・熊本朝日放送を含む)サービスを提供する。
美郷町ケーブルテレビジョン 美郷町 愛称は「きららびじょん」。旧北郷村(北郷区)による村営のケーブルテレビ局が前身[75]。2010年度にエリアを美郷町全域(西郷区・南郷区)に拡大。宮崎県の地上波放送・BSデジタル放送は美郷町が、熊本民放2波・CSデジタル放送はオプションとしてケーブルメディアワイワイが実施している[76]
諸塚村ケーブルテレビ 諸塚村 愛称は「もろつか光ネット」。諸塚村内の全世帯を対象に2011年4月に設置[77]。設置段階では区域外再放送は実施されなかったが[78]、2023年5月より熊本波の再放送を開始した(STBは不要)[79]
宮崎ケーブルテレビ 宮崎市、西都市、国富町綾町、高鍋町、新富町木城町 KYT鹿児島讀賣テレビKKB鹿児島放送 略称は「MCN」。株式会社QTnetと業務提携を行っており、両社の一部サービスを同時利用すると月額料金が割引となる「MCNテレビ with BBIQ」を提供している。セットトップボックス(STB)が必要。
BBIQ光テレビ 宮崎市 株式会社QTnetが展開しているケーブルテレビ(光放送)サービス。2018年1月4日より、宮崎市内のBBIQ光インターネット提供エリアにてサービス開始[80]。地上波について、当初は県内4チャンネル(NHK総合・Eテレ、UMK、MRT)のみの提供であったが、2020年7月1日より鹿児島放送 (KKB) と鹿児島讀賣テレビ (KYT) の提供を開始[81][82]。KKBとKYTを視聴するにはSTBが必要である。
BTV 日南局 日南市 旧・都城ケーブルテレビ。「BTVケーブルテレビ」の名でも親しまれている。県内には都城局・日南局が設置されている。かつては西諸局も設置されていたが、2023年6月末をもって都城局へ統合された[83]。都城局(都城市・三股町)は鹿児島県の民放すべて(MBC南日本放送KTS鹿児島テレビ・KKB鹿児島放送・KYT鹿児島讀賣テレビ)を再送信しているが、日南局と都城局(旧西諸局エリアの高原町・小林市野尻町)については2局のみ(KKB鹿児島放送・KYT鹿児島讀賣テレビ)の再送信となっている[注釈 6]。STB は不要(地上デジタル放送に対応したテレビのみで視聴可能)[84]。都城市高崎町については2001年に都城局のエリア拡大扱いで進出したが、2010年代以降は西諸局エリアとも扱われていた[注釈 7]
都城局(旧・西諸局) 高原町、小林市(野尻町)
都城局 都城市三股町鹿児島県曽於市財部町 KYT鹿児島讀賣テレビKKB鹿児島放送KTS鹿児島テレビMBC南日本放送
椎葉村ケーブルネットワーク 椎葉村 なし 愛称は「かて〜りネット」。地上波放送のデジタル化に伴う難視聴対策として、光ファイバーを活用し2010年4月に設置[85]。全世帯が対象。設置段階では区域外再放送は実施されていない[86]

局舎外観

NHK宮崎放送局

かつてはコミュニティFM局として宮崎市に宮崎シティエフエム (City FM77、2005年10月31日閉局)、都城市にシティエフエム都城(BTV運営、2024年3月31日閉局[87])があった。

ラジオ事情はテレビと比べてそれほど悪くなく、特にエフエム宮崎は1984年12月に開局(九州で3番目、全国民放エフエムでも53局中12番目)と比較的早いほうであった。ただ、MRTラジオについては、宮崎に電波割り当てがなされながらも開局の動きがなかったために、南日本放送(MBC、鹿児島県の放送局)が宮崎への中継局設置を計画していたところに、これを阻止するという目的で開局している[88]

MRTラジオとJOY FMはradikoを通じて、宮崎県内限定との地域制限[89] があるもののインターネット上での聴取も可能となっている。サンシャインFMとFMひゅうがについては全世界においてインターネット上で聴取できる(SimulRadioやスマートフォン向けアプリケーション「FM++」経由による)。

地域によっては周辺各県のラジオ局も受信できることがある。一例として、熊本放送[90] は高千穂・えびの方面を公式にサービスエリアとしている。

また、ラジオ放送もテレビと同じく県外での聴取が可能であり、MRTラジオは愛媛県南予南部、高知県西南地域、熊本県球磨地方、大分県南部、鹿児島県大隅半島を[91]、エフエム宮崎は高知県西南地域、鹿児島県大隅半島全域、錦江湾沿岸(鹿児島市・指宿市・霧島市・姶良市)、種子島・屋久島などを公式にサービスエリアとしている[92]。鹿児島県の地方紙南日本新聞ではMRTラジオとエフエム宮崎の番組欄が掲載されている。

この節には複数の問題があります改善ノートページでの議論にご協力ください。**出典**がまったく示されていないか不十分です。内容に関する文献や情報源が必要です。(2010年12月) **独自研究**が含まれているおそれがあります。(2012年10月)

宮崎県の典型的男性を表す言葉として「いもがらぼくと」、女性を表す言葉として「日向かぼちゃ」がある。前者は「芋がらで作った木刀」の意であり、見掛けは立派だが芯のないお人よしであることを意味し、後者は、見た目は黒く小ぶりだが味はしっかりしているということを意味しており、民謡(ただし、近年の作によるもの)にも歌われる。

そもそも、「県民性」というものがステレオタイプのものであり、多くの例外を含んでいるものであるが、宮崎県は歴史的に明治以前は一体性を欠いていたのに加え、風土も地域によってかなり異なる(例えば、冬季における温暖のイメージは、県西部においては当てはまらない)ことから、単一のイメージには当てはまらない例も多い。

「日向時間」

日向(ひゅうが)時間とは、宮崎県人が良くも悪くものんびり屋で、時間にルーズでありながらも寛大に受け止める言葉。集合の予定時間に自宅を出発する人がいるなど、時間設定の個人間のずれを指す。この習慣から、時間のずれをあらかじめ見込んで、集合時間などを早めに設定する事もある。なお、類似例は南四国や鹿児島・沖縄などの太平洋側に広範囲で見受けられる。

宮崎県の大部分では豊日方言に分類される**宮崎弁が話されているが、かつて薩摩藩領だった諸県地方では薩隅方言に分類される諸県弁**が話される。2007年から2011年に県知事を務めた東国原英夫が初議会で発言した「どげんかせんといかん」が流行語になったが、これは諸県弁であり、宮崎弁に直せば「どんげかせんといかん」となる。東国原など苗字が他県と違う特徴があり、東国原の出身が鹿児島県と隣接する都城市であることから、宮崎県全体では「どんげかせんといかん」の方が通じる。

チキン南蛮

郷土料理

ご当地グルメ

経済産業大臣指定伝統的工芸品

伝統工芸品

野球

バスケットボール

サッカー

陸上競技

野球

ゴルフ

ビーチバレー

マラソン

車いすマラソン

トライアスロン

その他

年度 団体数 参加人数 延べ参加人数 主な春季プロスポーツキャンプ
国内 韓国 中国
2005年度[93] 898団体 22,103人 136,594人 サッカー日本代表プロ野球5球団/全12球団中J1 9チーム/全18チーム中J2 4チーム/全13チーム中 Kリーグ 1チーム/全14チーム中 -
2006年度[94] 933団体 22,362人 151,894人 プロ野球5球団/全12球団中J1 9チーム/全18チーム中J2 6チーム/全13チーム中 プロ野球 2球団/全8球団中Kリーグ 1チーム/全14チーム中 プロサッカー 1チーム
2007年度 1,041団体 27,335人 162,148人 不明 不明 不明
2008年度[95] 1,122団体 27,281人 160,858人 WBC日本代表プロ野球5球団/全12球団中J1 9チーム/全18チーム中J2 9チーム/全18チーム中 プロ野球 2球団/全8球団中 -
2009年度[96] 1,129団体 30,513人 162,767人 プロ野球5球団/全12球団中J1 11チーム/全18チーム中J2 7チーム/全19チーム中 プロ野球 2球団/全8球団中Kリーグ 1チーム/全14チーム中 プロサッカー 1チーム
2010年度[97] 1,040団体 24,424人 155,369人 プロ野球 5球団/全12球団中J1 9チーム/全18チーム中J2 5チーム/全20チーム中 プロ野球 2球団/全8球団中Kリーグ 1チーム/全14チーム中 -
2011年度[98] 1,115団体 27,951人 166,492人 プロ野球 5球団/全12球団中J1 10チーム/全18チーム中J2 13チーム/全22チーム中 Kリーグ 2チーム/全14チーム中 -
2012年度[99] 1,241団体 30,540人 168,017人 WBC日本代表プロ野球 5球団/全12球団中J1 10チーム/全18チーム中J2 9チーム/全22チーム中 プロ野球 1球団/全9球団中Kリーグ 1チーム/全14チーム中 -
2013年度[100] 1,211団体 29,738人 173,633人 プロ野球 5球団/全12球団中J1 12チーム/全18チーム中J2 7チーム/全22チーム中J3 1チーム/全12チーム中 プロ野球 1球団/全9球団中 -

野球キャンプ(サンマリンスタジアム宮崎)。

1960年代には新婚旅行のメッカとして全国的に有名であり、「観光宮崎」として地域経済に貢献したが、日本人の余暇や観光に対する価値観の変化に対応できず低迷している。また、本県の観光はいわゆる「南国情緒」が売りものであったが、1972年の沖縄返還以降は同様のイメージでは沖縄県と競合、同県は沖縄振興特別措置法に基づく税制面での特例[注釈 8][注釈 9] が適用されることから、本県の競争力は相対的に低下した。さらに、1990年代以降は円高や規制緩和などにより格安となった海外旅行との競合もある。これらの悪条件に対し、1990年代末までは個人消費の拡大などによって乗り切ったが、ITバブル期を経た2000年代初頭には県内の大型リゾート施設であるシーガイア会社更生法の適用を申請したほか、県内最大の交通企業であり、観光宮崎の牽引役であった宮崎交通産業再生機構の支援を仰ぐことになった。

また有力な観光資源である温泉については、隣県の大分県熊本県鹿児島県とは異なり、本県は西日本火山帯の火山フロント[101] より東側にあることから、火山性温泉にあまり恵まれていない。

県内に国宝がない(県内からの出土品である日向国西都原古墳出土金銅馬具類が東京都五島美術館に所蔵されている)。2018年現在、国宝が1つもない都道府県は、徳島県と当県のみである。

観光業復活の鍵として、プロ野球巨人広島ソフトバンク西武オリックス東京ヤクルト(ファームのみ)楽天(ファームのみ)7球団)・サッカーのキャンプ地巡るツアーや、宿泊を含めたゴルフプランが主催されているほか、近隣国(韓国中国台湾)からの顧客開拓を図っている。2019年の訪日外国人観光客数は166,042人で、最も多かった国籍は香港で49,236人、そして台湾の41,663人、続いて韓国の36,104人という[102]

宮崎県は、サーフィンに好適で空港や高速道路からのアクセスの良い海岸に恵まれた日本最南端の県である[注釈 10]。このことは、国内の主要サーフィン大会は5月に行われる本県での国際大会(WQS 4-starランク)から始まることや、日本サーフィン連盟協力サーフショップの数が九州で1番多いことからもうかがえる。ただし、一般的にサーフィンは特段の施設を利用しない(天然の海を利用する)余暇であることから、観光業にとっては宿泊と最低限の飲食費以外の経済効果が薄いという見方もある[_要出典_]。

飫肥の町並み

宮崎県内では重要伝統的建造物群保存地区が3か所選定されている。

アニメ

特撮

連続ドラマ

単発ドラマ

韓国ドラマ

台湾ドラマ

日本映画

韓国映画

イギリス映画

日本のCM

韓国のCM

台湾のCM

※印は県民栄誉特別賞。宮崎県県民栄誉賞の受賞者一覧(外部リンク、宮崎県総合政策部秘書広報課栄典担当)を出典とする。受賞事由などの詳細については同サイト参照のこと。

受賞者氏名 職業 授賞年月日
井上康生 柔道選手 2000年10月10日
アイザック・スターン ヴァイオリニスト 2002年5月18日
田中幸雄 プロ野球選手 2007年12月27日
松田丈志 競泳選手 2008年9月1日
青木宣親 プロ野球選手 2009年4月8日
内田順一(35代木村庄之助 大相撲行司 2011年10月31日
松田丈志※ 競泳選手 2012年9月11日
第10回全国和牛能力共進会宮崎県推進協議会 2012年11月23日
大迫たつ子 プロゴルファー 2016年5月10日
井上康生※ 柔道指導者 2016年10月13日
松田丈志※ 競泳選手
羽賀龍之介 柔道選手
第11回全国和牛能力共進会宮崎県推進協議会 2017年11月23日
青木宣親※ プロ野球選手 2017年12月26日
井上康生※ 柔道指導者 2021年12月17日
第12回全国和牛能力共進会宮崎県推進協議会 2022年11月27日
青木賢児 県立芸術劇場初代館長 2023年12月14日
戸郷翔征 プロ野球選手 2024年1月10日
スカイ・ブラウン スケートボード選手 2024年6月13日
  1. ^ 諸県郡から南諸県郡として分離。現在の志布志市大崎町および曽於市の一部。郷については外城制を参照。

  2. ^ この件について『宮崎県史 通史編 近・現代1』(2000年)など宮崎県庁側の文献に当記述がある一方で、『都城市史 通史編 近現代』(2006年)や同書を基とした小中学生向けの副読本『都城の歴史と人物〔増補改訂版〕』(2012年)などといった都城市側の文献では、当時の都城の動向を「不明」としている。

  3. ^ ただし、大分県には別府ラクテンチケーブル線がある。宮崎県内においても、2007年(平成19年)までは延岡駅から第三セクター鉄道高千穂鉄道高千穂線が分岐していた。

  4. ^ 日豊本線日向新富駅-田野駅間で毎時概ね2本、宮崎空港線は毎時2-3本

  5. ^ 『KKB鹿児島放送35年のあゆみ』掲載のサービスエリア図では、えびの市と都城市(鹿児島県境に近い地域)は「親局・中継局のカバーエリア」、都城市(左記以外の地域)と三股町、串間市は「共同アンテナまたは高性能アンテナ利用によるエリア」としている。また宮崎日日新聞では2011年7月23日付まで、鹿児島県の放送局の番組表を(KTS 串間・三股 33)のようにアナログテレビ放送のチャンネル番号とともに掲載していた(えびの市は吉松中継局、都城市は末吉中継局、串間市と三股町は鹿屋中継局)。

  6. ^ BTV都城局における南日本放送・鹿児島テレビの再送信開始については、番組表『ピッキーちゃんねる』内で2010年に告知されている。

  7. ^ BTV公式サイトでは都城市高崎町を西諸局エリアと扱う一方で、メンテナンス情報では2021年現在も都城局エリアとして掲示していた。

  8. ^ 沖縄の観光戻税制度や、航空機燃料税の50%減額など。

  9. ^ 沖縄県と他県を結ぶ空路の航空運賃については、国内他県相互間の同一距離路線に比べて5,000円程度安い。 ※参考:平成19年度税制改正に関する要望 - 定期航空協会

  10. ^ 沖縄県はサンゴ礁によって波が減衰しない満潮時に限ってかろうじて波乗り可能であるが、砂が流失しないよう沖に沈められた消波ブロックによって波がない人工砂浜が多い。鹿児島県は、夏季に波が大きい太平洋に面したサーフスポットまでのアクセスが悪い。

  11. ^ 高千穂町が第1話と第6章の主な舞台となっている。

  12. ^ 気象庁「観測所気象年報」「宮崎の気象100年」p155

  13. ^ 長津宗重「文化の曙」 坂上康俊・長津宗重・福島金治・大賀郁夫・西川誠『宮崎県の歴史』山川出版社 1999年 10-11ページ

  14. ^ 『宮崎県史 通史編 近・現代1』(2000年)など。

  15. ^ a b 鹿児島県総務部参事室編『鹿児島県市町村変遷史』 鹿児島県、1967年、pp.12-13

  16. ^ みやざきの101人 - 宮崎県

  17. ^ 『宮崎県大百科事典』(宮崎日日新聞社、1983年)、『宮崎県史 通史編 近・現代1』(2000年)など。

  18. ^ 県議会のあゆみ - 鹿児島県議会

  19. ^ 宮崎県企画局『宮崎県経済史』1954年

  20. ^ 『図説 日本の歴史16 図説 富山県の歴史』(1993年10月25日、河出書房新社発行)192ページ『富山県の成立』より。

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  22. ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、77頁。ISBN 978-4-10-320523-4

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  24. ^ 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年9月27日、55頁。ISBN 9784816922749

  25. ^ 67年前の観光案内冊子発見 - 宮崎日日新聞(2007年11月25日付)

  26. ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、102頁。ISBN 978-4-10-320523-4

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  28. ^ 東九州自動車道 佐伯IC〜蒲江IC 開通のお知らせ〜大分市と宮崎市が高速道路で繋がります!!〜 - 国土交通省九州地方整備局 記者発表資料 平成27年1月15日付

  29. ^ 平成27年4月1日 東九州自動車道に新高速バス路線誕生!「宮崎・延岡〜大分・別府線」運行開始 〜38年ぶりの直行バス復活を記念し「愛称」募集します〜 (PDF) - 宮崎交通株式会社 News Release 平成27年2月4日

  30. ^ 東九州自動車道経由 高速バス 宮崎・延岡〜大分・別府線 公募の愛称決定しました。いよいよ3/5から予約開始! - 宮崎交通株式会社 News Release 平成27年3月4日

  31. ^ 東九州自動車道(椎田南IC~豊前IC間)は平成28年4月24日(日曜)に開通します - 西日本高速道路 九州支社 2016年2月16日閲覧

  32. ^宮崎自動車道『山之口スマートインターチェンジ』が平成28年9月24日(土曜)に開通します ―宮崎県内初のスマートインターチェンジ―”. 西日本高速道路株式会社 (2016年8月10日). 2016年8月10日閲覧。

  33. ^ 「東九州自動車道」清武南IC~日南北郷IC間(延長17.8㎞) 開通1ヶ月後の交通状況及び整備効果について (PDF) - 国土交通省 九州地方整備局 宮崎河川国道事務所 記者発表資料 令和5年6月5日 Press Release

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  36. ^ 農林水産省 平成29年生産農業所得統計(2007年)は全国6位(九州2位)

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  51. ^ 『五ヶ瀬町史』(1981年)。なお、宮崎日日新聞の番組表にはケーブルテレビで再送信されていないテレビ熊本が掲載されている。

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  55. ^ 朝日新聞(1997年10月26日付、宮崎版)。同記事では、1997年9月末時点でパーフェクTV!(現・スカパー!)の加入率が2.09%で1位(2位は福井県で1.69%)であり、NHK-BSやWOWOWの加入率も上位に位置しているとしている。

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  60. ^ 『宮崎放送開局40周年記念誌』(1994年)

  61. ^ 『宮崎放送三十年史』p.240 では日向市付近から四国南部、種子島・屋久島、熊本県人吉市にかけての地域をアナログテレビのカバーエリアとし、鹿児島県大隅半島の大部分と鹿児島市付近については宮崎県内とともに「いうまでもなく」と扱われている。

  62. ^ 『宮崎放送三十年史』p.42

  63. ^ 『五ヶ瀬町史』(1981年)および『椎葉村史』(1994年)。いずれも周縁地域であったため受信は困難であったが五ヶ瀬町では「熊本県知事の名前は知っていても、宮崎県知事の名前は知らない」時期がしばらく続いたという。椎葉村では西部で直接受信されており、中心部の上椎葉では1959年に熊本放送を受信するための共同受信組合が設立された。

  64. ^ 寺岡伸悟「情報通信の地域社会史 ―宮崎県日之影町にみる―」『高度メディア社会における社会倫理の実証的研究 平成9年度研究成果報告書 』船木亨編、熊本大学文学部、科学研究費補助金(基盤研究(B))研究成果報告書、1998年(2004年6月28日時点のアーカイブ)。『宮崎日日新聞』1962年4月22日付記事「みえない県内のテレビ」からの引用として紹介。同論文をもとにした内容を含む『地域表象過程と人間 ―地域社会の現在と新しい視座―』(行路社、2003年)もある。

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  74. ^ 早大研究所、知事マニフェスト84点 「出来レース」と批判も - 宮崎日日新聞(2009年1月19日付) ※紙面記事では「テレビ局の増設」がC評価であることが記載されている。

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  76. ^ a b 『宮崎放送三十年史』pp.244-245

  77. ^ 当項目での記述は主に『宮崎放送三十年史』『テレビ宮崎10年のあゆみ』に基づく。

  78. ^ 「放送局一覧表」「テレビ・ラジオ置局一覧表(サービスエリア)」『宮崎放送三十年史』pp.294-295

  79. ^ 朝日新聞(1997年11月21日付、宮崎版)に掲載の県情報システム課高度情報係の発言による。

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