癖のための~星里もちる「ちゃんと描いてますからっ!」~ (original) (raw)

「だびんちゲーム」というそこそこ名の知れた人気連載漫画。それを描いているのは、じつはクレジットされている作者・平原先生ではなく、その娘だった。そんなゴースト作画家の平原歩未がなんとか父親に原稿を書かせようと奮闘するけれど、さいごにはなんやかんや逃げられてしまってトホホ…、代わりに書く羽目に…、となってオチる、というのが各話の基本的な流れになっているコメディ漫画である。

まあそもそも論として児童労働はどうなんだというのはあるのだが、それをいったん飲み込んでしまうと、非常にラブリーなお話が続いていく。父親がいいキャラしているんですよね。たんにだらしないだけではなく、(自分のことを棚に上げて)たまに芯を食ったことを言ったり、娘の絵にたいして大人げなくムキになったりする。ストーリーテリングの才能はあるようで、毎回ネームは打ち合わせの場で数時間で面白いものをささっと作ってしまう。ただ、原稿だけめんどくさがって毎回書かず、娘が割を食ってかわいそうな目に遭う……。

最初はダメ男(かっこいい)とダメ男になんやかんや甘い女、の構図に見えて、その癖のための、体裁をいい感じに整えてほんわかさせた、みたいな作品なのかなと思いましたが、全4巻あるうちの2巻の終わり際、まさに起承転結の「転」に当たるゾーンに入ろうとするところで物語が動いて、そのあとは「創作論」みたいな話になっていくんですよね。

世の中には漫画を描くのが好きで、手を動かしたり次のページをどうするかについて考えているときが一番充実しているという、それはそれで「癖」と言えるようなものを持っている人々がいて、おそらくそのひとりであろう作者が、「創作すること」についてのお話をするのである。

最初は男女の話なのかなと思いましたが、そうではなく癖を持ったひとりの人間の内側の物語なのかもしれない。ネームを描き上げる自分も、原稿から逃げ出す自分も、それを押しとどめてなんとか描かせようとする自分も、結局うまく行かずしりぬぐいをする自分も、すべて自分の中にいて、それら自分たちでコメディしながらなんとか今月分の作品を仕上げる、そのプロセスのための物語なのかもしれないなと。

ちゃんと描いてますからっ!① - 徳間書店

とても大きなものを背負っているお話ではないのですが、物語上の限られたリソースをうまく組み合わせてきれいなものにする力はすごい。大振りじゃないぶんのスマートさもそこに加味されています。とても面白いのでぜひ読んでみてね。