『イヴの時間』から『アイうた』へ 吉浦康裕が提示したAI表現と劇場アニメの臨界点 (original) (raw)
劇場アニメというと、大きく分ければ二種類が存在する。テレビシリーズやOVAなどの劇場版と、劇場で初めてアニメ化されるタイトルだ。または、アニメファン向けのコアタイトルと、一般大衆にも向けて公開される作品というジャンル分けも可能だろう。
現在公開中の作品でいうのであれば、『劇場版アルゴナビス 流星のオブリガート』はコアタイトルで、『**アイの歌声を聴かせて』(通称・アイうた**)は後者なのではないかと筆者は考える。
『アイうた』劇中でのセリフにもあるように、一般大衆向けのオリジナル映画では「少年少女が物語を牽引し、世界を揺るがす大事件を解決する」ことがままある。
ひとつのギミック(キャラクターないし場所・コト)に主人公たちが巻き込まれ、陰謀渦巻く事象に遭遇。それをなんとか力を合わせて解決していく……という流れだ。「ドラえもん」や「名探偵コナン」の劇場版も半ばこの流れを踏襲している、といえばわかる人もいるだろう。
この流れを半ば意識的に踏まえながらも、『アイうた』は一般大衆向けオリジナル映画のひとつの臨界点を突破したように思える。
新海誠監督の『君の名は。』のヒット以降増加したオリジナル映画路線の中、パターン化した構造を踏まえながら、吉浦康裕監督のこれまでの作家性を集結させた、今観るべき映画。それが『アイうた』なのだ。
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吉浦康裕がAIと劇場アニメの“今”にリトライ
『アイの歌声を聴かせて』は吉浦康裕監督の約8年振りとなる長編映画。大企業・星間エレクトロニクスの研究者を母に持つ少女・天野悟美は、クラスに転校してきたシオンが、母が開発したAIだと知る。
シオンはいきなり歌いだしたり、TPOを弁えずに悟美に「幸せ?」と聞いてきたり。思いがけないことで幼なじみやクラスメイトもシオンがAIであると知ってしまうが、彼らもいつの間にかその姿と歌声に魅了されていく。
だが、シオンが悟美のためにとった行動がきっかけとなり、ひとつの大騒動が勃発する。原作・監督は吉浦康裕。脚本は吉浦監督とともに大河内一楼が務めている。キャラクター原案は『海風のエトランゼ』の紀伊カンナ。キャラクターデザインは『ハチミツとクローバー』の島村秀一だ。
吉浦康裕監督といえば、個人制作『ペイル・コクーン』で頭角を現したアニメクリエイター。2008年より配信された『イヴの時間』が出世作となり、『サカサマのパテマ』や『アルモニ』、『機動警察パトレイバーREBOOT』などを手掛けている。
『アイうた』は『イヴの時間』でも取り上げられたAIを再び題材とし、2020年代のAI観と劇場アニメの状況を踏まえて吉浦監督がリトライした作品のように感じる。
『君の名は。』以降フォロワー生んだ演出を逆手に
ここで、『君の名は。』以降の一般大衆向けオリジナル映画の状況について振り返ってみたい。
2013年公開の『風立ちぬ』後、宮崎駿監督が引退を宣言(のちに撤回)。これにより、俗な言葉ではあるが「ポスト宮崎」が誰かという面で、オリジナル作品が注目されるようになる。その時点で一般層にまで名前が波及していたのは『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』の細田守。そこに2016年公開の『君の名は。』で新海誠が一躍躍り出た構図となった。
『君の名は。』で画期的だったのは、RADWIMPSによる挿入歌で日常シーンをダイジェストにする演出だろう。「前前前世」に乗せて日常シーンをバッサリ切る一連の流れは、多くのフォロワーを生んだ。『あした世界が終わるとしても』『HELLO WORLD』『君は彼方』……。類似作を挙げればキリがないほどだ。
『アイうた』も例に漏れず、挿入歌が流れる。しかし、ここは演出の妙で、AIであるシオンが自分の感情や周囲の状況をミュージカル風に歌い上げるという形でクリアしている。
シオンはAIなので、いきなり歌のバックで音が流れる現象も「スピーカーへのハッキング」で突破。「いきなりなぜ音楽が流れるのか?」という視聴者の疑問も解決する形で、新海ヒット後の命題をクリアしている。そしてこのハッキングも伏線として回収されるのだから、素晴らしいことこの上ない。
また、いきなり歌いだすという共感性羞恥に苛まれそうなシチュエーションも、「ポンコツAIがしたことだから」という説明でクリア。そしてそのポンコツAIに導かれるように、少年少女たちのコミュニケーションエラーが解きほぐされていくのが本作の魅力のひとつだ。
特にゴッちゃんとアヤの復縁には胸がキュンキュンすること間違いない。ツンデレ女子と秀才ならではの悩みを抱えるイケメンの2人は、シオンをハブにしてどのように再び結び合うのか? 観ていてとてもハラハラした描写だった。
『イヴの時間』では使役すべきモノだったAIへの価値観
そして本作で注目すべき点は、吉浦監督が描くAI観の変化にもあると思う。
例えば『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』で鮮やかなネットワーク像を打ち立てた細田守は、『サマーウォーズ』『竜とそばかすの姫』でそのイメージを更新してきた(とはいえ、『竜そば』では未来とまではアップデートできていないようにも感じたが)。新海誠も媒体に合わせてきみとぼくの関係性を発展させてきたし、時代の移り変わりによるテーマのアップデートはどのクリエイターにもつきものだ。
吉浦監督の出世作『イヴの時間』では、あくまでAIはロボット三原則(※)に基づき、人間が使役するものという価値観だった。喫茶店「イヴの時間」では、アンドロイドが人間と区別されないというルールであり、そこを軸に少年たちがアンドロイドの心の内を知っていく物語になっている。
ここではあくまでアンドロイド=モノ。主人公たちはアンドロイドが単なるモノだと考えていたが、「イヴの時間」に通うことでその価値観を変化させていく。
対して『アイうた』で描かれるAI・シオンには、人間に紛れて暮らすという認証試験が課せられる。その試験を中断させやしないと悟美は奔走するが、いきなり歌いだす彼女に対して困惑することはあれど、人格を否定することはしない。
AIであれど、シオンはシオンだと人格を認めている。むしろ、認証試験を課す側である星間エレクトロニクスの上層部こそ、AIはあくまでモノと考えている。その価値観の違いで衝突する悟美たちと大人たち、その衝突が後半部のテーマと言ってもよいかもしれない。
ここで出てくる大人たちの「AI=モノ」という価値観は、『イヴの時間』で主人公たちが当初抱えていたそれと同じだ。ただ『イヴの時間』から十年以上が経ち、AIに対する価値観は変化した。
『アイうた』で描かれたAI観のアップデート
近年のポップカルチャー領域を見ても、2016年には人工知能を自称するバーチャルYouTuber(VTuber)・キズナアイ(Kizuna AI)が登場して人気を集め、2019年には令和第1弾となった『仮面ライダーゼロワン』では、主人公が人工知能を搭載したヒューマギアに夢を持つよう語り、彼らとの共存を目指している。
こうした多様なAI観の描かれ方、広まり方は『アイうた』の制作にも影響を与えたはずだ。だからこそ悟美たちはシオンを従える存在(モノ)ではなく自分たちと対等な人として扱うキャラクターとして描かれている。
彼女たちを通じて見えてくる現代のAIに対する価値観が、回りまわって、冒頭でも触れた「少年少女が物語を牽引し、世界を揺るがす大事件を解決する」というオリジナル映画の構成に関わってくるのが、『アイうた』の妙であるように感じるのだ。
つまり『アイうた』は、吉浦監督自身が『イヴの時間』から価値観をアップデートさせた作品であると同時に、『君の名は。』以降普及した構成を逆手に取ったギミックで構築された、絶妙なバランスの上に成り立っている傑作なのだ。
※ロボット三原則(ロボット工学三原則):「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」。SF作家アイザック・アシモフのSF小説で示された原則。現実のロボット工学にも影響を与えている。
1996年生まれ、静岡県出身。編集者・ライター。編集プロダクション・TARKUS所属。アニメやライトノベル、特撮を中心に活動中。主な構成書籍に『ヤマノススメ Next Summit アニメガイド おもいでビヨリ』『石浜真史アニメーションワークス』『世話やきキツネの仙狐さん オフィシャルファンブック もっともふもふするのじゃよ!』など。担当中の雑誌に「Newtype」「宇宙船」「ドラゴンマガジン」「LoveLive! Days」など。