本を読むいのしし (original) (raw)

小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ

自動掃除機も自動食洗器も我が家にはない。

電源コード式の紙パック掃除機を抱えて掃除をするし、食器は手で洗って、ふきんで拭く。

確かに、自動で家事をやってくれるものがあると、その時間は自分の時間になるのかもしれない。じゃあ、果たして、その時間を何に使うだろうと考えれば、悲しいかな、スマホを手に取る自分しか想像できない。

これって、自分の貴重な時間と貴重なお金をあっさり企業に差し出していることではないかと、何だかもやもやしてきた。

ならば、機械に任せず、自分の手で掃除したり、自分の手で食器を洗ったりするのも余った時間の使い方であるはずだ。だから、今日もワタシは、自分の時間を、掃除機を持ち、スポンジを持って、愉快に過ごすのである。

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「小商いのすすめ「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ」 平川克美

『移行期的混乱』で、「有史以来初めての人口減を食い止める方策は、経済成長ではない。それとは反対の経済成長なしでもやっていける社会を考想することである」と指摘した著者。
本書では、その社会のあり方として「小商いの哲学」を提示する。
「身の回りの人間的なちいさな問題を、自らの責任において引き受けることだけが、この苦境を乗り越える第一歩になる」
短期的ではなく長期的な視点での復興策を、血の通った言葉で書きつづった感動的な論考!

発達障害のウソ――専門家、製薬会社、マスコミの罪を問う (扶桑社BOOKS新書)

さまざまな「個人差」は

医療を取り巻く利害関係者により

発達障害」という言葉に置き換えられた。

年齢による一般的な発達の枠内からはみ出すことを

「個人差」ではなく「障害」とし

差を埋める治療が必要だとする今の社会は

何の皮肉なのか

個を大切にする「多様化社会」ということになっている。

言葉によってウソがウソで塗り固められ

ビジネスのための医療が横行する実態を知ることができる。

3億人の中国農民工 食いつめものブルース

私たちは

中国のいったい何を知り

何を語っているのだろう、、と

頭をガツンと叩き割られたような衝撃の本でした。

ニュースでは絶対に知ることができない

骨太のルポルタージュ

机上の専門家にこんな本は書けるまい。

ぜひご一読あれ。

星の王子さま (新潮文庫)

本は読みたいけれど、目も頭も疲れていたので

それでも何かさらっと読みたいと思って

これならすぐに読めると

本棚からこの本を取り出し、久しぶりに読んでみた。

星の王子さまサン=テグジュペリ

この本は何度も読んでいるけれど

好きだから読んでいるというわけではなく

ワタシにはこれまでこの物語がいまひとつピンとこず

今度こそは、今度こそは、と思って、ときどき手に取る本である。

星の王子さまといえば

「大切なものは目には見えない」というフレーズが取り上げられるけれど

このフレーズだけが独り歩きしてるので

物語を読むたびに、これに振り回されてる気がしていた。

さて、久々に読んでみたら、、

今回はちょっと違った。

あっ、これはもしやと背筋がぞくっとした。

今まで、タイトルの「星」や「王子さま」

「大切なものは目には見えない」という美しいフレーズから

この本はファンタジーだとばかり思いこんでいたが

これは、今を生きる私たちの現実世界かもしれないと思った。

王子さまを困らせる美しい花は、配偶者やパートナーからのモラハラ、DV問題。

命令だけする王様は、権威の椅子に座りたいだけの頭が空っぽの為政者の問題。

酒をやめたくてもやめられない酔っぱらいは、依存症や中毒症の根深い問題。

机上の計算や同じ行為を繰り返すだけの労働は、ブルシットジョブの問題。

友達になりたがった狐は、エーリッヒフロムの「自由からの逃走」につながる。

この物語は、この世の地獄を描いているのかも。。

そう思ったとたん

物語のラスト、なぜ王子さまはへびに身をゆだねる決断をしたのか、ようやく合点がいった。

アマゾンでこの本の紹介文を見てみると

「一度読んだら必ず宝物にしたくなる、この宝石のような物語は、刊行後六十年以上たった今も、世界中でみんなの心をつかんで離さない。」とあった。

だけどワタシには、この物語が宝石のようにキラキラ輝いているようには、もはや思えなくなってしまった。

「静かな人」の戦略書: 騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法

内向的か外向的かと問われれば

ワタシは内向的である。

内向的という言葉が世の中にまだそれほど流通していないとき

それは、人見知り、消極的などという言葉で言い表され

そして、それは、弱点、短所、克服すべき問題と思われていた。

内向的なワタシも御多分に漏れず

子どものころからずっと、人見知り、消極的と言われ続け

学校の通知表には

積極性に欠けるだの、協調性に欠けるだのと

教師に書かれ続けてきた。

今のままでは駄目なんだ、外向的にならなきゃと思い

外向的になるための本みたいなものを読み漁り

外向的に見える人のまねをしてみたけど、うまくいかなかった。

ずっと悶々としてたとき

この本を読んで、小躍りした。

👇「内向型人間のすごい力」スーザン・ケイン

内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える (講談社+α文庫)

「静かな人の戦略書」ジル・チャン著もまた

内向型人間の生き方を後押ししてくれる1冊。

内向型で、人生いろいろとこじらせてきた。

若い頃にこんな本に出会いたかったなあとしみじみ思った。

だけど一つ思うことは

内向型の関係の本を読むと

内向型人間が、優しくて、謙虚で、、と性格が申し分ないように思えてしまう。

ワタシは、人見知りで、一人の時間が好きで、人の集まりは苦手で

友達は少なく、一人で仕事をするのが好きな内向型人間だけど

そう優しくもないし、謙虚でもないし、時にはいじわるだ。

そのあたりは、読んでてこそばゆくなってしまう。

大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書)

後期高齢者の母は、数年前から足が思うように動かず

調子が悪くなるたびに

「生きてても仕方ない、早く死にたい」と口にする。

その言葉をたびたび聞かされる身としては

もちろんあまりいい気はしない。

「そんなこと言わないでよ」というのが精いっぱいの抵抗。

この本を読んで、死への願望というのは

うちの母だけでなく

高齢者共通のモノであるのだと分かってちょっと納得。

そして、これなら安心して聞き流せると

ほっと胸をなでおろしたところである。

老いていく母を見ていると

死は生の中に内包されていることを実感する。

そして、それは、他人事ではなく自分事。

死ぬために生きていると思うと

死ぬことと生きることは同じだなと思う。

死を思うことは、安直に死につながるのではなく

実は、生きることにつながる不思議。

死に関する本から、逆に生きる元気をもらえた。

こういう本がどんどん読まれていくといいな。

じい散歩 (双葉文庫)

生きていると、いろんな悩みがあって、トラブルがあって

それでも前に進まなければならなくて。

そんな時、、

勧善懲悪

ハッピーエンド

努力は実る

棚から牡丹餅

失敗は成功のもと

などというストーリーの本を手に取るよりも

ぜひ、この本を読んでほしい。

「じい散歩」

悩みも問題も何も解決できず

たんたんと続く日常でも

前に進んでいこうという静かな勇気が湧いてくる。

そんな本。