第1517回 トランプ氏に象徴されるアメリカの今 (original) (raw)
アメリカ大統領にトランプ氏が当確という結果に、トランプ嫌いの人は失望しているだろうが、私は、個人的に、バイデン氏やハリス氏より、この方が良いのではないかと思っている。
私だってトランプ氏が好きなわけではないが、トランプ氏は、表の顔も裏の顔もあまり変わらないような気がするが、バイデン氏やハリス氏は、その差が大きいという印象が強いのだ。
大統領ともなれば、裏の顔というのは、自分個人の顔だけでなく、そこに利権に絡んだ多くの者たちの顔がある。
とくにアメリカの場合、軍産複合体の影響力が、政界にも経済界にも絶大だ。彼らの要求に、ハリス氏が向き合って対抗できるだけの胆力や馬力や勇気があるとは感じられない。
結果的に、国際社会の表側では、平和を愛する温厚な人物の笑顔を振りまきながら、実際には、ウクライナ を、アメリカの武器の見本市にするということが続けられる。
それに対してトランプ氏の頑固さに、脅しは通じないような気がする。なにしろ、銃弾が耳を引き裂いても怯むことなく拳を突き上げるように、常人とは次元の異なる我の強さなのだ。
アメリカに限らず、どこの国だって、自分の国より他の国を優先的に考えるところなど存在しない。
一人ひとりの国民は、善良で平和を愛し、環境を守ることを第一だと口にしながら、実際は、自国の繁栄と安定を優先するという国家エゴの砦に守られたなかで、好きなことが言えている。これが、本当に食うに困るようになったら、隠れたエゴが表面化してくる可能性が高く、自分が窮地に陥っても、信念を貫き通せるような悟った人の数は、それほど多くはないだろう。
ハリス氏もトランプ氏も、自国優先主義ということでは変わりがない。しかし、その方法論が異なっているだけにすぎない。
一般的に、トランプ氏の共和党は保守、ハリス氏の民主党はリベラルと言われるが、保守の方は、わかりやすい。大きな変化を望まず、伝統を重視するという考えだ。
それに対して、リベラルの方が、実は曲者で、時代環境によって、何をもってリベラルとするのか、その意味が変わってくる。
自由というのは、耳に心地よいが、エゴが強くなると、好き勝手、やり放題ということになる。
グローバル化されていない社会では、国内の一部のブルジュワが国内の労働者を搾取する構造だったので、その体制維持のため、ブルジュワは共和党を支持し、労働者が民主党を支持するという構造があった。
しかし、もともと共和党は、奴隷制支持の民主党に対して、リンカーン大統領に象徴されるように奴隷制廃止のために結成された党である。工業化が著しい北部では流動性のある労働力が必要で、奴隷を拘束して重要な労働力としていた南部の農民たちとのあいだに対立が生じて南北戦争が起きたが、共和党が勝利した。そして、共和党を支持する北部アメリカの著しい工業化が、アメリカ帝国主義となって世界に進出していくともに、共和党は、アメリカのエゴを象徴する存在となった。
そうした状況のなか、世界各国で、ブルジュワの冨の独占に対して労働者の地位向上を求める動きが盛んになり、アメリカの民主党は、そうした労働者に支えられる存在になった。
しかしながら、1980年頃、大きな分岐点に差し掛かる。アメリカの自動車産業など伝統的な大企業が衰退してしまったのだ。
古い産業を軸にしたアメリカ経済の不振は、共和党の失墜にもつながった。それをごまかすために、対外戦争で求心力を高めようとしたのが、スターウォーズ計画のレーガン大統領から、イラク戦争のブッシュ大統領(父)の流れだった。
こうした試みでもアメリカ経済は立ち直らず、新たな経済政策で現在のアメリカを築く礎になったのが、1993年から始まった民主党のクリントン政権だった。
この時、アメリカは、経済の中心を、重化学工業からIT・ハイテクに重点を移し、新しい起業家が次々と誕生するようになり、今では世界で最も裕福な人たちは、この時以降に会社を作った創業者ばかりであり、しかも、その冨の巨大さは、かつての財閥の比ではない。
いくら、かつてのアメリカ企業が、世界で大きなシェアを誇っていたとはいえ、現在のアメリカのIT産業のような独占に至っていなかったからだ。
そのため、かつて共和党を支持していた裕福な人たちは、今では民主党を支持し、その冨の恩恵にあまり預かることができない人たちが、共和党を支持するようになっている。
多くの人たちが想像していた以上に、トランプ氏がハリス氏を選挙結果で圧倒したのは、それだけ、アメリカ国内において、食うに困っている人が増えているということだろう。
民主党も共和党も、他の国よりも自国を優先することに違いはないが、民主党は、日本のアベノミクスの時のように、全体のパイを大きくすれば、そして、強いものたちを保護して好き勝手にやらせれば、彼らが大きく稼ぎ、やがては一人ひとりに冨がめぐっていくという方法だ。
しかし、日本でもそうだったが、この方法は、稼いでいるものは、さらに稼ぎ、稼ぐことができないものは、むしろ貧しくなる。
その理由として考えられるのは、かつての重工業時代と産業構造が異なっているからだろう。
重工業が中心の時代ならば、冨を持つ者の投資先は、たとえば大工場で、その時代はまだ労働集約型産業だから、正規社員の雇用を拡大した。
しかし、現代、冨を持つ者は、より効率的に儲けられるところへとお金を動かす。労働力が必要だとしても、ハイテク化が進んでいることもあって、補助的で取替え可能な労働力を、できるだけ安く獲得する方向へと意識が向く。当然ながら、非正規社員でよいということになる。
機械やコンピューターに代替えしない仕事は、特別な能力を必要とする仕事か、機械やコンピューターを設置するために投資するより低コストの雑役か、というふうに二分化してしまい、前者の数は限られているから好条件で雇用されて裕福になり、後者は、他に取替えが利くということで、待遇が悪化していく。
日本もそういう状況になっているが、アメリカは、日本以上に弱肉強食の世界だから、その差は、一段と広がっているのだろう。
その結果、かつてはトランプ氏に対して批判的な声をあげていたヒスパニック層や黒人層にも、トランプ氏を支持する人が増えたと言われる。
だとすると、トランプ氏は、民主党のやり方を、どれだけ変えることができて、その影響は、どのくらい大きくなるのか。
海外の戦争においても、民主党の発想ならば、国内の軍需産業が儲かり、軍需産業をエンジンにして国内の産業が活性化(現在の戦争は、ドローンを例えに出すまでもなく、IT技術の競い合いでもある)し、経済全体のパイが大きくなって、アメリカ経済も好調になるということになるが、トランプ氏の発想だと、軍需会社に対して支払っている莫大な政府予算を、わかりやすい形で、アメリカ国民にまわすべきだということになるだろう。
不法移民を含む海外からの安い労働者の流入は、取替え可能で使い捨てのできる人材を必要とする企業などは、むしろ歓迎だが、そうした職業分野で人があまるようになると、当然ながら、元から働いていた人たちは窮地に陥るわけで、彼らを守るために、移民の制限は厳しくなる。
また、現在、環境問題で萎縮させられている天然ガスなどエネルギー産業を活性化することは、ITなどの効率的産業と異なって、労働集約産業の構造があるから実質的な雇用拡大につながる。
さらに関税をあげて、国内産業を守る。関税は、価格だけで選ばれる農業製品に特に影響が大きく、共和党支持層である農民たちにとって救いになる政策だ。
トランプ氏は、何をやらかすかわからないという印象をもたれているが、実際には、その行動特性や思考特性は、わかりやすい。
バイデン氏やハリス氏の方が、裏の顔がわかりいくいということもあるし、当人の意思や考え以外のものに操られる可能性が高そうで、展開が読みにくいのではないかと思う。
オバマ大統領の時もそうだったが、大統領が、表向きに、リベラルで平和的で耳障りの良いことを口にしていて、アメリカのエゴが見えにくくなっていたが、世界各地で、アメリカの関与による血生臭いことが増えた。
バイデン政権もそうだった。大統領は、ニコニコと、当たり前の正しさしか口にしないが、ウクライナの戦争も、イスラエルの戦争も、アメリカが大きく関わっている。
そして、一般的には、まったくそのように思われていないが、実は、日本の伝統的な政策というのは、トランプ氏の考え方にとても近いように、私は思っている。
たとえばライドシェアの規制のように、旧産業を守るためのスローな改革、移民の制限、海外派兵は断固反対、国内の農産業を守るための高い関税、こうしたことは、自由主義の人たちから見れば、あきらかに保守的である。
自由主義の国、アメリカで同じようなことをやろうと思えば、トランプ氏のように、国境に高い壁を作るなど、激しい口調で、その正統性を訴える必要があるだけで、日本は、表向きにはうやむやな態度で、それを行い続けているとも言える。
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