仁川広域市、富平と仁川(富平市場・仁川中華街・旧日本人街) (original) (raw)
2024年10月4日(金)
- アシアナ航空で仁川へ
- 仁川国際空港から富平駅を目指す①空港鉄道
- 仁川国際空港から富平駅を目指す②仁川地下鉄1号線
- 東横INN仁川富平
- ギネス認定?富平地下商店街(とホテル周辺)
- 富平文化通り
- 富平伝統市場
- ベクマスンデクッでスンデ定食普通盛り
- 富平総合市場
- 富平駅から仁川駅へ(ソウルメトロ1号線?KORAIL?)
- 仁川チャイナタウン
- 仁川旧日本人街
- 仁川でチャジャン麺(初)
- 仁川広域市の夜は更けて
アシアナ航空で仁川へ
もう年内は海外なんて行く機会もないだろうと思ったが、不意にチャンスが来たので慌てて有休を取った。用事のある夫に乗せてもらい関空へ。
直前に取ろうとすれば残念ながらLCCとレガシーに大きな価格差はない。ということでアシアナ航空。
今日の翼。
新し目モニター機材。
大阪は雨模様。
すぐさま配布された入国書類。
いざ、韓国へ。
日本発着だが海の名前にも島の名前にも忖度なし。
軽機内食、ボックスランチ。
プルコギ的な牛肉に半熟目玉焼き。
コチュジャンがあればすべて解決。
ちなみに約20年前、同じく短距離路線の福島ソウル線の機内食は・・・当時のサービスがオーバーだったのかもしれないが、隔世の感。
参考記事
浦項の辺りから半島上空へ。
遥か下方に、一緒に半島上空に差し掛かる旅客機が見えた。
チェジュ航空のロゴ。あの高度はもう着陸態勢のよう。
韓国の国土の山がちさを実感する。
複雑な形の湖のように見えたところは忠州湖だそう。
未知の土地の地表観察は楽しい。
ソウルは近い。
そして黄海へ。
京畿道と仁川市の境目辺り。この辺長い海上高速道路が2本も見えて壮観。
仁川国際空港到着。何度目かの韓国入国ながら、仁川到着は(実質)初で緊張する。
貨物室がバカっと開いた。
どこの国でもこういう表示は嬉しい。
モニターの動画だった。
ところでターンテーブルでの感想。仁川ではセンサーが甘いらしく、下に荷物が通っていても容赦なくドカドカ重なって落ちてくるのだった。(下のスーツケースが縦になっている時は反応して止まっていたので、設定の問題かと。)
無事仁川にて入国を果たす。
仁川国際空港から富平駅を目指す①空港鉄道
さて、緊張の移動開始。空港から目的地の富平駅まではバスも出ているそうだが、初心者なので鉄道を利用する。
空港鉄道はA'REXというそうだ。駅までは少し歩くが、空港内の導線はわかりやすかった。
空港鉄道はソウル駅までノンストップの「直通」と各停の「一般」の2種類があるそうだ。「直通」は事前予約が必要で、当日だといっぱいで乗れないこともあるそう。今回はソウルへは行かないので、「一般」しか選択肢がなくT-Money(交通系ICカード)があれば余裕。
ところが、T-Moneyの残高を忘れてしまった。興味もあったので普通の切符を買ってみた。
Single Journey Ticketは₩3,000台、デポジット込みで₩4,000程度だったと思う。紙とプラの中間のようなチケットが出てきた。(乗車後に券売機に返却するとデポジット₩500が返ってくる。)
空港鉄道(一般)のホームへ。
素敵に明るい。だが暑い。
もう既に結構並んでいるタイミング。そこに加え空港鉄道とはいえ「一般」は実質普通の日常路線なので、この先どんどん混んだ。
駅にも車内にも日本語の表示が出てありがたい。お返しに日本の鉄道もハングル併記なので良かったと思う。
進行方向右側はほとんどドアが開かなくて良かったが、眺めは進行方向左側の方が若干良かったかもしれない。
空港のある永宗島(ヨンジョンド)を出る。永宗大橋。
しばらくはのどか。
仁川国際空港から富平駅を目指す②仁川地下鉄1号線
約30分の乗車で桂陽(ケヨン)駅到着。ここで乗り換える。
この空港鉄道然り、この先乗る仁川地下鉄もKORAILもホームドア完備なのでどんな車両だったかはよく見えないし撮れなかった。
T-Moneyなら乗り継げたが、シングル切符で乗って来たので一旦改札を出た。
ケヨン駅構内。いくつか粉食屋さんが並んでいて微笑ましい。老若男女がサクっと立ち寄っていく。
ここでようやくT-Moneyの残高確認。まだ1万ウォンくらい残っていたので空港からも余裕で来れたな。とはいえ一応加算しておく。
仁川地下鉄。ググると仁川交通公社とか仁川都市鉄道とか、いろんな表記が見える。
しばらくはのどかな風景の中を走り、やがて地下へ。
20分ほど走り、目的地富平(プビョン)駅到着。乗換駅なので結構な人が降りた。人がはけるのを待ってゆっくり改札へ向かった。
この辺りの位置関係をよく覚えていない。改札内だったか、外だったか。構内に飲食店がたくさん並んでいるところがあり、ここが富平地下商店街なのかと勘違いした。
めちゃめちゃ賑わっていたベーカリー&カフェの「駅の前(エキノマエ)」。まさに日本式のパン屋さんで、焼きそばパンが特に人気らしい。立ち寄りたかったが、一食の量が多い韓国で完食は至難の業で、今回はご縁がなかった。残念。
出口が全然わからずしばらく地下を彷徨い、いよいよ地上へ。
上がったのは6番出口、地上に出てみたら思ったより駅から離れていて、水に潜っている間に流された気分。
初めましての富平駅前を見渡し、駅すぐそばの今夜のお宿へ向かう。
東横INN仁川富平
東横イン仁川富平。27階、512の部屋数は韓国内の東横インの中でも最多だそう。
ホテルの前は小さな広場になっていて、観光客ではなさそうな外国人が何をするでもなく集まっている。
「実家のような安心感」と言われがちな東横イン。全面的に同意するしかない。
チェックインは16時、到着は15時頃。荷物を預けて外へ行けばいいだけの話だが、寄る年波には勝てず入会金₩15,000を払い東横インクラブに入会してチェックインを1時間早めた。なお、入会金と同額の韓国国内で使えるバウチャーが貰えるキャンペーン中だった。
安心の東横インクオリティ。
お水が1本貰えるのも海外では喜びポイント。
聖書その他(と思われる)あの書籍たちも定番。
こういうのでいいんだよ。
ちと残念だった眺望。27階建てで7階、それはいいとして、低層階の線路側はゴルフ打ちっぱなしビューだった。
わぁ緑。
ちなみに上層でこちら側の部屋だと鉄道ビューらしい。
ギネス認定?富平地下商店街(とホテル周辺)
荷物を置いて、ホテルの外に出てみるが・・・明日仁川(駅)周辺を観光しようとしていたから仁川市内に宿を得たものの、それ以外ほとんどノープラン。さてどうしたものか。
ホテル前の小さな広場には人々の暮らしを伝えると思われる像がいくつか建っている。
当てもなくまた駅の地下に行ってみる。
富平駅の地下にはギネスブックにも載ったという地下商店街が広がっているという。
ということで歩き回ってみた。エリアはそう複雑ではないようだが広いので全容は掴めなかった。
こちらに簡単な地図あり。今見てもそんなに複雑な地図ではないのだが、実際歩くと風景が変わらなくて自分の現在地がわからず混乱した。
参考記事
導線案内。大事。
そういえばこんなセルフカフェはあちこちで見かけた。
地上に出た。聳え立つ我が宿。
駅前大通りの1本東側の路地を歩いてみた。飲食店が多く、夜は賑わっていそうだった。
隅切りの建物。
興味のあるお店をいくつかNAVERマップでアタリをつけていたので、場所や一人で入りやすい雰囲気かどうかを確認して回った。あわよくば入ってしまおうと思ったが、とりあえずこちらのお店は定食の提供されるランチタイムは終わっていた。(翌日行った。)
路地を出て、駅前大通りを横断する。
富平文化通り
駅前大通りを横断したところが、「富平文化通り」の入り口になっていた。
食品や雑貨などの屋台が並び、オシャレ市場のような様相。
イタリアンな屋台の向こうに「🐙やき」の屋台。
文化通りの終点のロータリーまで来た。
ロッテシネマやボウリング場の入った高いビルが見える。去年(2023年)に一階からの出火による火災があったらしい。
ロータリーを渡ってさらに先へ。
富平伝統市場
富平に来るにあたり一番来たかったところに来られた。
富平伝統市場。
道の両脇にお店が並び、道の真ん中にも屋台が並んでいる。
一本商店街ではなく、いくつかに枝分かれしているうちの短い一路地は大きめ車道を越えて続いていた。だが短いので戻る。
市場内メイン通りをうろうろ。
その場で手作りマンドゥ販売屋台やお店もいくつか見た。
ハエ追いの手作りファンがいじらしい。
一番のメインだと思われる通りを先端まで。
韓国といえばずらっと並べられたタチウオのイメージ。
乾き切った尾びれが風で散らばる。
メイン通りの出口(と自分が認識しているところ)。
また引き返す。事前にNAVERマップで見ていた限りこの市場はカルグクスとスンデのお店が多い印象で、どこかには入りたいと思っていたが、自信がない。
ベクマスンデクッでスンデ定食普通盛り
でも遂に「ここ!」と思えるお店に辿り着いた。戸は大きく開け放たれていて中の様子がよくわかり、入りやすそう。その場でGoogleマップを見てみたら日本人の方のレビューを見て勇気が出た。
백마순대국(NAVERマップだと「ベクマスンデグッ」)。
若いご夫婦(?)だろうか、どちらも笑顔が優しそうで、特に若女将さんの接客が素敵。
メニューにはスンデクッ보통(普通)₩9,000と대(大)₩11,000が見え、勇気を振り絞ってスンデクッパ定食普通サイズをオーダーしたら、もうその普通サイズを火にかけてくれていた。
笑顔の女将さんにサーブいただく副菜とご飯。キムチと味噌、アミの塩辛。
そしてグツグツの極み、視覚的にもう美味しいスンデクッ。
これでもか!というモツの量。
初めてのスンデ。アジア各国の血を固めた系(韓国なら牛の血のソンジ)はあまり得意ではないが、この豚の血入りソーセージはとても美味しかった。
辛味噌やキムチでスープが赤くなっていく。モツにレバー、その他名も知らぬ臓物で具沢山、食べ切るのが惜しい気持ちだった。
往来を眺めながらいただく。
富平総合市場
スンデクッパに満足し、また少し市場を歩く。市場の中でもこの辺りは白地にピンクの輪の看板で統一されている。屋根はないが、後に出会う富平総合市場の一部ではないかと思う。
こんなパンチャンを買って帰って日々のおかずの一つに・・・なんて想像するだけで羨ましい。
豚足ならぬ牛足らしい?
こちらの薬局でシッケを1杯いただいた。
₩1,000。実はシッケも初めてだった。もっと甘酒っぽいのかと思ったら思いのほかさっぱりしていた。
先ほどスンデクッパをいただいたお店のそばからも見えていたアーケード商店街。종합は「総合」だそうで、このアーケードの下が富平総合市場らしい。
屋内なので品数も層も厚くなる。
美味しそうなパンチャン群の向こうにアイアンマンがいる。
さっき外でも一部この白地にピンクの看板を見た。統一しているようだ。
日本と比較したいわけではないが、どうしてもこの韓国の商店街の賑わいが羨ましく思える。そして日本ほど街でスーパーを見かけないとも思う。(特急は停まらないうちの最寄り駅ですら半径200m以内に3軒ある。)
ポンデギ、蚕の蛹だそうだ。Oh・・・!
お刺身。
エイ。
美容院のサインが可愛い。
と、こんな感じで歩き回ったが、なかなかお腹がすくものでもない。もっと食べたいのだが・・・。
やむなく富平伝統市場・富平総合市場一帯を後にした。
富平駅から仁川駅へ(ソウルメトロ1号線?KORAIL?)
まだ日も暮れていないので、明日行こうと思っていた仁川へ向かうべく富平駅へ戻る。
富平伝統市場と富平文化通りの間にある大きなロータリー。
と、そこに地下街が口を開けていた。
富平駅の地下商店街はギネスにも載っているほどだというし、もしやここから直結!?と期待したが、どうも人通りが少ない。
マップを見たら、本当にこのロータリーの下だけの地下街だった。罠かな!?
仕方なくまた階段を上り、地上へ。
地上に復帰したところにあった「ハタネ」というお店。最初「おトモトレ・・・何!?」と思ったが、よく見たらコレも「하타네(ハタネ)」じゃん!
立ち飲みや&スナックバーだそうだ。
外観もなんだか日本のコンビニみたいだな・・・
とにかく、韓国初心者としてこれまで抱いていた「韓国における日本」の立ち位置というか立場の固定観念に変化を感じる。そういえば富平、日本のラーメン屋さんもかなり多い。
今度こそ、富平地下商店街の入り口。
さて、富平駅。さっき乗って来た仁川地下鉄1号線とは違う、ソウルメトロの1号線も走っているそうだ・・・とネット上で見られる路線図にはそう書いてあったのだが・・・。
なんか雰囲気が違うな。
ホームドアにKORAILと書いてあり、間違って違う路線の駅にでも来たのかと混乱した。
これを見る限りやっぱり紺色のソウル地下鉄1号線にみえるんだが・・・どうも途中からKORAILの京仁線という国鉄路線に乗り入れてきているらしい。(カタカナ併記感謝。)
時刻表もないので来た列車に乗ったが、快速の東仁川行きだった。快速は結構駅を飛ばしてくれるが、仁川まで一駅だというのに東仁川で止まってしまう。
確かに東仁川、思いっきりベッドタウンとして栄えているように見えたが。
仁川行き各停を待つ。
乗り入れ・・・というかさっきもこれもKORAILの車両で、どういう運用なのかわからない。
というわけで、仁川駅到着。仁川駅だけはホームドアがないのでどんな車両に乗ってきたのか見返すことができた。
仁川チャイナタウン
「韓国鉄道誕生駅」と書いてあった。この京仁線が朝鮮半島最古の鉄道路線なのだそうだ。
雲一つない美しい初秋の夕暮れだった。仁川駅が映える。
そして、仁川駅前には大きな仁川中華街の牌楼。
今回ソウルではなく仁川に宿を取ったのはひとえにこの仁川駅界隈へ来たかったからだ。KBSワールドの「韓国の街歩き」という番組でここに大きな中華街があることを知った。さらには中華街に隣接して旧日本人街もある。
早速、牌楼からまっすぐ続くチャイナタウン路44番ギルを歩く。ちなみに私が勝手にそう呼んでいるわけではなくれっきとした通りの名「차이나타운(チャイナタウン)로(路)」だ。
ここ仁川も海そばの駅から急激に傾斜地になっていた。低速ギアで登る。
駅方面を振り返る。車が公営駐車場に何台も向かっていた。
観光マップ・・・ではなかった。「開港洞福祉行政センター」と日本語も併記されていたので、行政区画図か何か?
夕飯にでもお出かけか、ファミリーの後をついていく。
このギルを上がり切ったところの雰囲気はSNS向き。
さっきとは違う道を下る。こちらがチャイナタウンのメインロード「チャイナタウン路」らしい。
金曜日とはいえ平日の夕方。きっと週末ほどは人も来ないだろう。
もうお店も閉まり始めている。
海(駅)の方へ下る路地。
山の方へ登る路地。雰囲気が半端ない。
特にこの路地入り口の商店!
引き続き歩くチャイナタウン路。
路地を覗きながら。
チャイナタウン路はここで終わり、チャイナタウン路59番ギル。この先旧日本人街へ向けて近代建築が増えてくる。
一際存在感のあるカトリック教会。
そしてチャイナタウンの終わりに来た。カジュアルな牌楼で締め括られる。ここにも「차이나타운」と書いてあり、「中華街」のハングル読みではなく日本でいえばカタカナで「チャイナタウン」と書かれているような感じでちょっとほっこりする。
表から。
韓国のどの街でも見かけるプロジェクションロゴ的な装飾。
ここが、中華街と旧日本人街を分ける通りと思われる。
仁川旧日本人街
最も来たかったのが、この石段。
左側は中国風の石灯籠、右は日本風の石灯籠。かつての中国人租界と日本人租界を分けるのにこんなにも象徴的なデザインがあろうかと思う。租界の制定は1883~1884年だそうだ。明日またしっかり見るが、日本式の方は鹿も彫られて春日型。
国家遺産庁のサイトを翻訳にかけてみたが、これらの石灯籠がいつ建立されたかはわからなかった。境界線自体の遺産登録は2002年、「この階段自体の価値は少ないが」とあったので建てられたのは比較的近年のことではないかと思う。(違っていたらすみません。)
参考記事
石段からすぐそこに見えるのは신포로(Shinpo-ro)27番ギル。シンポ路は新浦路かな?「韓国の街歩き」でも目立っていた日本風と言われる建物。
この辺りの建物は日本風に造られた建物も多くすべてが往時を留めているわけではないそうだが、忘れ去ることを求められる「日本」を敢えて残す、復元する動きが見られる場所もあるというのは不思議な感じがする。
・・・と、そんな27番ギルは後で戻ってくることにして、先に隣の23番ギルから歩く。
まず現れるのは「旧大仏ホテル」。
Daebul(テブル)ともDAIBUTSUとも表記がある、日本人が建てた西洋式ホテルを復元した建物だそうだ。namuwikiには韓国初のホテルとの記述も。元の建物は20世紀終わりころに取り壊されてしまったらしい。現在は大仏ホテル展示館として使われているそう。
大仏ホテルの向かい側の建物も趣がある。この通りだけなのかこの辺一帯なのか、この辺りを開港場通りと呼ぶサイトもあるけれど、その名にふさわしい感じ。
(レンズが汚れていて非常に残念。)
旧日本第一銀行の建物だそう。現在は仁川開港博物館となっている。
これは近代建築!ちなみに翌日裏手を見たが、裏手は石の蔵のようになっていた。
お次は旧「十八銀行」だそうだ。長崎に本店を持つ銀行とのこと。現在は仁川開港場近代建築博物館となっている。
さらにその向こうには「第五十八銀行」。
暗くて時計台部分が切れてしまった・・・明日撮り直します。
歩みを進めていくとだんだん通常モードの通りとなっていく。
と思ったら「手打ちうどん」の文字!UDON UKIYA(雨熹屋)さんというお店でお客さんも結構入っていた。翌日朝通りかかると職人さんがうどんをとんとんと包丁で切る音が通りに聞こえてきて感動してしまった。
この先はもう旧租界の雰囲気ではなかったので、ここで左折。(レンズ内の反射が酷い・・・。)
横路地へ入り、今度は27番ギルを戻る。
日本に寄せていない家屋や店舗があるお陰で逆に生活感があっていいなと思う。
これは・・・寄せたかな?1階部分は古い気がするが。
仁川にゃんこが横切った。
この先は仁川広域市中区役所の庁舎で、かつては日本の領事館だったそうだ。その周囲の塀には仁川の歴史が紹介されていたが、ここには一切日本語訳はなかった。遺恨は日本人にこそ読ませたいものだろうに、一種の「配慮」だろうか。そこはわからない。
Wikipedia日本版にページもある、キム・グ氏という政治家であり抗日活動家の過酷な回顧の文だった。
仁川に残る歴史的な建築物の説明が続いた。
凹んだが、東アジア・東南アジアを旅していて戦前戦中の日本の吐瀉物を踏むことは珍しくないというか、避けられないと思っている。
蒸気機関車のモチーフ。
この辺りも非常に日本に寄せた風景になっている。どこか違和感があるのはご愛敬、ここは海外。
27番ギルと23番ギルを繋ぐ路地にカフェが2つ?3つ?ある。
そのうちの一軒「サニークラブ서니구락부」になんとも惹かれた。
ピットイン。
パッピンスなんかも美味しいらしいがもう肌寒いので・・・とはいえ歩き疲れてさっぱりしたいので、アイスアメリカーノ₩3,500(確か)。
日中両石灯籠の並ぶ租界境界の階段の下まで戻って来た。
さっき通った中華街の裏門が光っていた。可愛い。
中華街には戻らず線路の方に降りてまっすぐ駅に帰ろうとしたら、大仏ホテルや銀行のあった通りの次の通りはレンガ倉庫街の様相。
長年かけて復元された倉庫群は現在仁川アートプラットフォームというらしい。ほうほうなるほどなるほど・・・また明日歩いてみよう。
仁川行き列車らしきものが埋まっている。
そのレンガ群の先にあったのが、旧日本郵政株式会社の仁川支店。
これまた立派な近代建築。よくぞ残った。
こちらも現在は仁川アートプラットフォームの一棟となっているようだ。
というわけで、日中石灯籠の階段からそのまま下った坂道でした。(レンズの汚れよ~涙)
ジャジャン麺オブジェ。ここ仁川は韓国のチャジャン麺(ジャジャン麺)の故郷と言われている。
인화문(仁和門)という公園?らしい。この像は・・・孔子像?(不勉強でわからない。)
そのはす向かいに聳え立つのは韓中文化館。
韓中文化館の隣にとっても現代風な教会。このカオスさが好きだと思う。
仁川でチャジャン麺(初)
だいぶ歩いたので、胃にもスペースができた。午後7時半だというのに通りは静かになってしまったが、まだ開いているお店があったので入ってみる。「東宝城」。GoogleマップでもNAVERマップでも4以上の評価のお店なので安心してウォークイン。
ネトフリのグルメ番組「チャジャン麺讃歌」でもここ仁川チャイナタウンが登場していた。由来は中国だそうだが、この番組によれば韓国で一日に600万食(!)も食べられているという国民食。日本でいえばラーメンのような土着ぶり。
が、私はまだ韓国でチャジャン麺を食べたことがなかった。韓国国外では食べたことがあるので味のイメージはあるが・・・。
参考記事
取説通りに生のタマネギ、酢漬けのたくあんが出てきて思わずニヤリとする。黒い味噌はチュンジャンという黒味噌らしい。
そしてチャジャン麺登場。
甘すぎずしょっぱ過ぎず・・・色からの想像よりはちょっとパンチが弱い気もしたが、チュンジャンとたくあんでちょうどよい。
仁川広域市の夜は更けて
幸せな気持ちで仁川駅へ。仁川駅界隈の見どころは大抵見たので、明日ソウルへ行こうかなどと迷っていた頃。結局朝の仁川を見にまた来るのだが。
始発駅なので着席余裕。
20分ほどで富平駅へ戻る。
日本でもたまに見かける、お菓子の卸屋さんのような専門店を覗いたり。
地下街も静かになりかけていた。
富平駅前。ところでこの駅前、日中も夜もセールスの人や宗教の勧誘的な人に話しかけられまくって困惑した。I'm not Koreanで逃げていたが、最後の人は諦めずお仲間を召喚し英語で話しかけられて困ってしまった。
コンビニで購入。ごぼう茶はBuy 1 Get 1 Freeといわれもらったもの。薬菓とビールはお土産。これをすると荷物は預け入れ必須となる。
アーモンドのお菓子で有名なHBAF、何かアーモンドらしからぬパッケージのものを買ったら中身は干し芋だった。
オレンジの缶は日本でも一時期流行ったジョッキ缶で、商品名「하이볼에빠진자몽」をGoogle先生に聞いたら「ハイボールに落ちたグレープフルーツ」という答えが返って来た。中にスライスのピンクグレープフルーツが入っていておもしろい。
ゴルフ練習場ビューは味気ない。
列車がかすかに見える。
カーテンを開けたまま寝落ちしたら、朝4時頃だったか練習場の強力な照明がピカーっとなり、眩しくて目が覚めた。
■Flight:OZ111 KIX-ICN
■Stay:東横INN仁川富平