HAPPYEND (original) (raw)

「HAPPYEND」

監督:空音央

俳優:栗原颯人、日高由起刀、シナ・ペン、ARAZI佐野史郎

久しぶりに映画を観ようと、ネットで調べていたら「坂本龍一の息子が監督」という言葉に引っかかって、この映画を観ることにした。見終わった感想は「まるでわからん」だった。監督のプロフィールは米国生まれで日米育ちということなのだが、学園ドラマにしては、学校の景色も教室の景色も私の知る日本の学校とは全く異なった景色で、近未来の物語だから黒板がないのかと思ったが、建物の雰囲気自体が日本のドラマに出てくる景色ではなく、アメリカそのものに思えた。ペットショップにしても、今ちょうどNHKの夜ドラマでペットショップで働く女子高生が出てくるのだが、そのお店とまるで違う。街の景色も日本じゃない。ドラマのオープニングで、演奏会場の入り口でチケットを受け取っている女性が中国語を話し、警察官に取り調べを受ける高校生が在日朝鮮人であったり、主人公たちのクラスにはアフリカ系の生徒もいたりと、インターナショナルな物語につくっているのかもしれないが、物語のベースになっているのがどこの国・地域なのかわからないけど、登場人物の主な人達は日本語を話しているので、観れば観るほど違和感が膨らんでしまって疲れてしまった。社会全体が管理社会になっていると表現したかったのかもと思うが。校内での監視カメラについては校長一人の判断でできることではないだろう。ひょっとしてオーナー理事兼校長なのかな。地震対策というより、アメリカのような銃社会でのセキュリティーのためのような気がする。日本ではいらないでしょ。警察官が被疑者を顔認証ですぐに身元がわかるとかはいずれそうなるだろうと私は思う。不愉快なことだが。リアリティを感じたのは、管理された学園にたいする生徒たちの反応で、「監視されてなぜ困るんだ。悪いことしていなければ何も困ることはないじゃないか」といっていた生徒がいた。私の高校では「受験勉強一辺倒の教育は止めろ」などとの理由で紛争が起こった時に、「自分は医者の父親を早くなくして母親に苦労をかけているから、早く医者になる必要がある。だから受験教育は必要だ」といっていたクラスメイトがいた。彼は塾・予備校に通うことなく自力で学習していた。そんな彼は今では開業医として独居老人が一人で快適に暮らすためのシステムを開発して広げようとしている。人それぞれの事情を抱えている。そのことを理解することはとても大事だと思う。

地震の描写は笑ってしまうほどちゃちだった。テレビドラマでももっと迫力のある描写をするだろう。リアリティがまるでない。教師と生徒の関係も感覚的に日本的じゃないなあと思った。劇中2度歌われた「くそくらえ節」は生徒の気持ちを表現するにふさわしい歌詞の部分を歌っていたが、近未来にあの年代の人達が歌うのは違和感がある。劇中では中年教師たちのグループが歌っていたようだが、昔、新宿西口地下広場で反戦歌を歌って反体制気分を楽しんでいた人がいたが、歌っていた山本コータローは後に「ああいう場所で反戦歌を歌っている連中は本気で機動隊と戦わないよ。すぐに逃げちゃう。本気で世の中を変えようと思ってないよ」といってたり、坂本龍一は歌っている人たちの胸倉を掴んで「歌って世の中が変わるかよ」と怒鳴っていたそうだ。そういうことをかんがえると、彼らはギターを弾いて歌いながら平和なデモをやっていた人たちのように思えて、デモ行進らしき物音の後、急に警察に追いかけられて逃げ惑う姿は、違和感しかなかった。

ただ音楽を好きな人が見ればすごく面白いかも。

さて、ここからは映画の本筋から離れるので、興味のない人はすっ飛ばしてください。

主人公たち高校生が、学校内の管理がきつ過ぎるとして、校長を校長室に閉じ込めて詰問していく。私のような爺はすぐに大衆団交かと思う。が、そういう雰囲気でもない。ただ一晩中話合うだけ。たぶん空監督の意図は対立ではなく理解しあうことの大切さを表現したかったのかな。それにしては校長が自腹で買った寿司を生徒が床にぶちまけるのはもったいないなあと思った。まるで最初から対立軸の鮮明な人たちの交渉みたいだと思った。敵の情けを受け入れると交渉が不利になるとね。

坂本龍一の「音楽は自由にする」を読むと、彼が入った新宿高校では〈あとで知ったんですが、新宿高校の社研は中核派の拠点で伝統的に反戦高協が強かった。67年ごろからブントもぼちぼち出始めてきた。最初は何もわからなくて高協の白いヘルメットを被っていましたが、そのうちになんかちょっと違うな、ブントの赤いヘルメットのほうがカッコいいなと思った。〉と書いてあるので、新宿高校ストライキをやったときは政治問題を掲げていたのかと思っていたが、「音楽はー」では〈安保条約とかベトナム戦争とか、そういう一般的な問題ではなくて、ローカルな、学校の個別課題に関しての運動でした。〉と書いてある。どこの高校・大学でも個別課題を掲げながら結局は政治問題に持っていくのが、当時の政治党派のやりかたと思っていたが、そうでなかったから多くの新宿高校生から支持を受けたのかな。

この「音楽はー」で面白いのは共に戦った塩崎恭久と馬場憲治を親友としていることだ。塩崎はあの安倍内閣の時の官房長官で中学校では、ブラスバンド部で部長をしていて坂本の一年先輩とウィキペディアに載っている。ただアメリカに留学していたので戻ってきたら坂本と同じクラスになったらしい。馬場はホリプロ石川さゆりのマネージャーを務め石川さゆりと結婚した(89年離婚)人物でカメラマンでもあった。どちらにしろ音楽に関係した仲間のようで、「音楽はー」では〈大学に入ってからの友人たちのなかには、けっこう疎遠になってしまっている人も多いんですが、この高校時代の親友2人とは、今でも親しくつきあっています。〉と書いてある。晩年の坂本は環境問題などへの言動から左翼的と思っている人が多いと思うが、人間関係からみると、幅の広い考え方をする人だったように思う。こうしたことが「HAPPYEND]にも反映されているのかもしれない。