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長い噺家人生の里程標となる好著—『一之輔、高座に粗忽の釘を打つ』

2012年 10月 08日

本書は白夜書房から発行されている「落語ファン倶楽部新書」シリーズの一冊として、今年8月4日付けで発行されたもの。読み終わったのは、少し前なのだが、なかなか書くタイミングがなく、ようやく今日になって書くことになった。長い噺家人生の里程標となる好著—『一之輔、高座に粗忽の釘を打つ』_e0337777_11091519.jpg
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まず、目次から。
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はじめに
第一章 真打披露興行大初日(2012年3月21日)
第二章 五十日の全演目解説(二十四席)
第三章 感謝の日々!
第四章 われら春風亭一朝一門
第五章 春風亭一之輔伝
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「はじめに」から、本書発行の背景について、少し引用。

「本まで出すのか!?」ってごもっともです。
いや、私自身もそう思ってるんですよ。
でも、「出しませんか」と言われたもので。
「じゃマァ、出しますか」と。
基本的に、“囃されたら踊れ”という考えの下、生きております。基本、断らない。

こういう“ノリ”だったようだ。

今春、一人真打昇進披露興行を五十日間こなした一之輔だが、本書の前半は、まさにその披露興行に関する記録といえる。
たとえば、「第一章 真打披露興行大初日」の27ページから38ページまでは、鈴本の初日の披露口上の内容が掲載されている。口上の締めの部分をご紹介。

市馬 長らくご静聴頂きまして、ありがとうございます。今日はこの上野鈴本演芸場の披露の初日でございますと同時に、これから五十日続きます、長い披露興行の初日でもあるわけです。我々は一之輔の健康を祈るのみでございますが、どうぞひとつ、お客様方、この一之輔の前途を祝って頂きたく、三本締めでお願いをしたいと存じます。音頭は高座の方から取らせて頂くことに致します。
では、小三治師匠、えっ、ああ(笑)。では、馬風師匠、よろしくお願い致します。
馬風 本来ですと、小三治会長の音頭で行うんですが、ご覧の通り、だいぶくたびれております。大きな声を出しますと、おもらししてはなりません。
僭越ではございますが、ご指名でございます。私の音頭で威勢良くまいります。ではこの一之輔の前途を祝して、皆様方のご健勝、ご繁栄をご祈念申し上げて、三本締め、どうぞよろしゅう、ご唱和のほど、よろしくお願い申し上げます。
小三治 イヨーっ!
馬風 (驚いた顔で・・・・・・)
三本締めにて、口上お開き。

このパターン(?)の締めは、私が行った末広亭の4月6日の口上と同じである。
2012年4月7日のブログ

第二章は、五十日間、二十四席について、それぞれのネタに関する一之輔の想いや、誰に稽古をしてもらったのかなどが語られており、なかなか興味深い。
ちなみに、下記が、5月21日に、私がブログで紹介した二十四席である。
2012年5月21日のブログ

長い噺家人生の里程標となる好著—『一之輔、高座に粗忽の釘を打つ』_e0337777_11083998.jpg
<ネタの種類>
10 15(+5) 19(+4) 21(+2) 24(+3)

かけられた回数別で二十四席を並べると、こうなる。
□五回(1):茶の湯
□四回(3):百川、子は鎹、粗忽の釘
□三回(4):欠伸指南、初天神、明烏、らくだ
□二回(6):短命(長命)、不動坊、長屋の花見、花見の仇討、青菜、藪入り
□一回(10)):竹の水仙、雛鍔、くしゃみ講釈、鈴ケ森、蛙茶番、代脈、大山詣り、鰻の幇間、へっつい幽霊、五人廻し

その中から、初日と五十日目の大千秋楽を含め、四回かけられており、本書のタイトルにもなっている『粗忽の釘』の部分を、少しご紹介。

大事な披露目大初日の演目は、当日、仲入り頃に決めました。
選んだのは、私の師匠一朝の師匠である、五代目春風亭柳朝の十八番、『粗忽の釘』。
志ん朝、談志、圓楽と共に昭和の四天王と呼ばれた大師匠には、もちろん直接お会いすることは出来ませんでしたので、師匠一朝や先輩方のお話しか聞いていないですけど、芸人としての佇まいが江戸前で様子がいいし、噺もすごい。
初めからこの演目を決めていたわけではなくて、初日は十演目を候補として考えていました。
『明烏』『不動坊』『子は鎹』『花見の仇討』『茶の湯』
『百川』『粗忽の釘』『藪入り』『五人廻し』『欠伸指南』のどれか。
前に多くの方が高座に上がるけれど、廓噺は浅い出番でやることは少ないので、『明烏』は候補の中では強いかなと思っていました。
ですから、『粗忽の釘』か『明烏』の二つに絞っていました。
結果は、ストーリーに頼る『明烏』よりは、自分の色が出てる方がいいだろうと、『粗忽の釘』に決めました。

私はてっきり最初から『粗忽の釘』に決めていたと思っていた。持ちネタが豊富なだけに、悩んだということも言えるのだろう。しかし、『明烏』か『粗忽の釘』か、という二者択一が、何ともこの人らしいように思う。

披露興行で私が行けた二回は、末広亭の六日目が『雛鍔』、国立演芸場の九日目(5月19日)が、初日の候補十席にも入っていたらしい、『五人廻し』。第二章から、この『五人廻し』の部分を少しご紹介。

国立演芸場の大千秋楽の前日に、この日がラストチャンスだと思って高座に上がったら、ちょうど袖から見えなかった位置に、小学校一年生ぐらいの女の子がいたんですよ。
高座に上がって顔を上げた瞬間に、子供がいるってわかったんですけど、師匠のマクラを受けていろんなことを喋ったりして、「子供がいるような気がします。目悪いから、おじさんわかんないんだけど、君は子供だよね?子供なら手を挙げてくれ}って言ったら、ちゃんと挙げてくれました。
「『五人廻し』って噺をやろうと思って上がったんだけど、君はそこに座ってて、袖からこの御簾のこっち側は見えるンですよ、こっちは見えない、ちょうど君の座ってる位置はどっちからも見えないところなんだよ。ああ弱ったな」ちか言いながら、「でも自分の披露目だから好きなことやっていいですよね、みなさん」って言ったら、ワーって拍手が起きて。

もちろん、私も拍手した客の一人である。客としての当日の印象などについてご興味のある方は、私のブログをご覧の程を。
2012年5月19日のブログ

さて、会場の小学生の存在などにも目を瞑り、五十日間で、結局ただ一回の披露となった『五人廻し』は、いったい誰に稽古をつけてもらったのか・・・・・・。本書では、その謎(?)が明かされている。

『五人廻し』は二ツ目の真ん中ぐらいの頃に、圓太郎師匠に習いましたね。
圓太郎師匠はとてもクセの強い師匠なんです。もちろんいい意味で、個性が強いっていうことですよ。だから習うとそのまんまになってしまう恐れがあるんですよね。
面白いから習いたいと思うんだけど、一旦習うとなかなか圓太郎師匠のクセが抜けない。
やっと、ちょっとは自分の色が出せるようになってきたかなっていう感じです。

大師匠柳朝門下の圓太郎には、他にも数多くの噺を習っている。他には市馬からはアレ、三三からはアレなど、一之輔は、それぞれの噺を稽古してくれた師匠の名を、きっと感謝の想いで明かしているのだろう。なかでも、意外な人から稽古をしてもらった噺としては『代脈』。「へぇ~!?」と、私は驚いた。
第二章は、二十四席それぞれについて、習った師匠のことや、ネタへの思い入れなどが率直に語られていて飽きなかった。

「第三章 感謝の日々!」には、一之輔が披露興行を振り返って、エピソードや支援してくれたさまざまな人への感謝の想いが綴られているのだが、その中に私が行くことのできた5月19日のことが書かれていた。

大千秋楽前日の感動
忘れられないのは、大千秋楽の一日前の口上です。
大御所、三遊亭圓歌師匠が、
「今日で四十九日。あと一日です。毎日つき合った師匠の一朝を褒めてやってください。偉いよ。今どきはみんな休むんです」
こう言ってくださって。
ああ、ちゃんと師匠のことをわかってくれてるなあってジーンときたんです。
いくら自分の弟子だからって、他の仕事を全部断って、約三か月間、全日程を付き添ってくれるってのは尋常な気持じゃ出来ないことですから。
うちの師匠一朝は、自分の真打昇進の時に、師匠である先代柳朝師匠が入院なさってたんです。披露目の報告に行くと、あの江戸前の柳朝師匠がぼろぼろ泣いて、「行けなくてわりいな」と言ったそうなんです。
それで、うちの師匠は、「自分の弟子の時は毎日出てやろう」と心に決めていたそうです。
客席を見ると、お客様もジーンときている・・・・・・、その途端・・・・・・。圓歌師匠が、
「本来なら明日の大千秋楽にそう申し上げて御挨拶するところですが、明日私は休みますので」って。
持ってかれました。さすが、圓歌師匠。

私は、その口上について、ブログでこう書いていた。

下手から司会の柳朝、勢朝、一之輔、一朝、円歌の五人が並ぶ。
柳朝の思い入れを込めた話も良かった。勢朝のギャグも結構受けた。
最後に円歌に三本締めを柳朝がお願いしたのだが、円歌が、「締めの前に一言。この披露興行、一日も休まなかった師匠一朝は偉い!」で、私は、なぜか目頭が熱くなった。円歌は弟子の披露興行で十日位は出るこができなかった、と振り返る。もちろん、当時の円歌の人気からはあり得ることだが、一朝の健気さに、この長老も感じるものがあったのではないだろうか。
締めの前の句「手を取って 共に登らん花の山」は円歌の定番だが、その言葉までもが強く私の胸に響いた。

圓歌の言った言葉は、メモなど取っていなかったので、一之輔の本の方が正確なのだろうが、それは“誤差の範囲”とお許しを。それより、本書のこの部分を読んで、「あぁ、やはりあの時、高座と会場は一体化していたんだなぁ」と、無償にうれしくなった。

第四章でうかがえる一朝一門の何ともいえないゆるやかな連帯の話も楽しい。また、第五章では、深夜ラジオ大好き少年が、名門高校のラグビー部での挫折を経て、下校途中での寄席通いから大学入学、落研での古今亭右朝との出会い、そして卒業後に落語家になるまでのいきさつが明かされている。彼が学生時代に駆けつけた落語会のことなどを含め、興味深いエピソードが一杯詰まっている。彼が追っかけに近く聴いていた噺家とは、いったい誰か・・・・・・。それは本書を読んでご確認のほどを。

“囃されて踊った”本は、とても「粗忽」者には書けない“本寸法”の内容であり、今後ますます大きくなるであろう一人の若手噺家の、貴重な里程標になったような気がする。

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。

by 小言幸兵衛

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