鰯の青春白書『Everything / Nothing』第5回配信 (original) (raw)

私は1982年ごろから本格的に曲をつくり始めました。翌年1983年にはマルチトラックレコーダーを導入し、それから数年間の試行錯誤を経て、作詞・作曲から演奏・歌唱・録音までを、自分一人でできるようになりました。

『Everything / Nothing』は私が1986年の夏に制作した作品集です。自宅録音にありがちな内向性や歌の弱さを克服しようと考え、パンチが効いた明瞭な曲調と、はつらつとした歌い方を心がけました。完成したときは、「はじめて納得いく作品集ができた!」と思いました。

ジャケット画像で私の側にいる人物は、亡き友人、魚住隆二です。いつも挫けそうになる私をさりげなく励ましてくれた、そしてトッド・ラングレンフランク・ザッパの面白さを伝えてくれた彼に、この作品集を捧げます。(TuneCoreに提出した作品紹介より)

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ロケーションは阿蘇外輪山の鞍岳。元の写真は棺に納めた。

1. 夜のしじまに

東京で行き詰ってすごすごと帰郷して、地元の音楽短期大学に入学した私は、半年後おずおずと活動を再開した。勘をとり戻すため、手始めに前年に作っていた曲を録音してみた。久しぶりに自分の歌を演奏するのは、やはり楽しかった。ルーディメンツエチュードを学ぶストレスから解放された気分だった。そんなわけで、歌詞はネガティヴだのにサウンドはめちゃくちゃ元気という、アンビバレンツな作品が仕上がった。再生してみて私は「悪くないな」とつぶやいた。自信を持っていいかもしれないと思った。

なお、冒頭に流れる音楽は、プロコフィエフ組曲『キージェ中尉』より「トロイカ」。

夜のしじまに

ホリーズの「バスストップ」みたいなメロディーに載せると、詞の深刻さが全部すっ飛んでしまった。音楽とは不思議なものだ。これを聞いて辛い気分になるのはたぶん私だけだと思う。

2. 空の下のリベルテ

この「空の下のリベルテ」には、さまざまな影響が顕著に認められる。 ①トッド・ラングレン。「友達でいさせて」や「メイテッド」などのバラード群。 ②スタイル・カウンシル。「ユー・アー・ザ・ベスト・シング」などのアレンジ。 ③フランク・ザッパピーター・フランプトンをおちょくった曲の、主にコーラスワーク。 ④もう一つ。村山槐多の「げに君は酒とならざる麦の穂の青き豪奢」も、だ。

1985年、私はバンド活動に挫折し、東京を去ったが、そのときの感傷を歌詞に表した。脱退した仲間たちに、お別れを告げているんだ。

空の下のリベルテ

素直な心情を表した、親しみやすいバラードである。自分の思い描いていたアレンジが、ほぼ達成できたという点においては記念すべき一曲かもしれない。コーラスはやや雑だけどもね。

3. セラピー

この「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」もどきは頻繁にライブで演奏した。自由に演奏できる余地があるから、バンドメンバーが好んだんだ。

混乱気味の歌詞は前年に書いた。でも、そのときの深刻さがあまり反映されていない。まぁそれだから気楽に聞けるんだけど。本来ならもっとヘヴィーな曲調になるはずだった。

それにしてもヘタクソなギターだな。聞いてて赤面するよ(笑)。たまに嫌いになることもあるけど、ぼくはもちろん、ニール・ヤングが大好きだよ。

セラピー

セラピー

独りよがりな歌詞は、これもニールの「ア・マン・ニーズ・ア・メイド」に影響を受けたもの。現実に「今夜ぼくのため、ここにいてくれ」なんて言われた日にゃ(性差を問わず)迷惑この上ないよね?

4. 魚ノ群

元のタイトルは「女どもの群れ」※。だが、これでは昨今さすがに印象が悪いので変更した。

音楽短期大学に入ったら学生ほとんどが女性だった。私は集団が苦手なので、あまり積極的にコミットしなかった。かといって、嫌っているわけでもなかった。ただ距離を置いて、外側から眺めている感じだった。若い女性たちが眩しく映ってみえる。若年寄みたいな心境を描いてみた。

印象派ふうに、最後は覚えたての全音音階を使った。

魚ノ群

魚ノ群

※ 私はよく、文章に「○○ども」という表現を使う。「ぼくの歌どもは~」みたいに。でも決して蔑んでいるわけじゃないんだ、と2024年の配信にあたって弁解しておく。

5. ライナスの毛布

「青いスタスィオン」という流行歌を真似して作った(河合その子のファンだったわけではない)。デジタルビートにリード楽器を組み合わせた後藤次利のアレンジを参考にしたが、似てもにつかぬモノになった。しかしこのことから、意識的に真似ようとすれば模倣に陥らずにすむことを私は学んだ。

青春期特有の自意識過剰を描いた歌詞は、ひら歌AとBが少年、サビが歳上の女性という二重構造になっている。が、巧く歌いわけることができなかった。今にして思えば、サビに女性ヴォーカルを招けばよかった。 間奏のリード楽器はメロディオン(鍵盤ハーモニカ)。

ライナスの毛布

これを録音した3年後に、自分がメロディオンの製造元に就職するとは想像もしなかった。ちなみに鍵盤ハーモニカは短い唄口(マウスピース)で演奏するべきものだ。この曲のソロはホースの長い唄口を使っているから、ブレスコントロールがじゅうぶんではない。

↑ カセットテープではここまでがA面

↓ カセットテープではここからがB面

6. メイド イン USA

ビートリッシュで、明るく楽しく元気な曲だ。それ以上、語るべき事柄はあまり思いつかないな。楽器のアンサンブルはトッド・ラングレンユートピアを参考にしているが、イントロのドラムマシンによるドラムソロは不要だったかも。

歌詞はぜんぶフィクションさ。裏意味はナシ。

メイド イン USA

ほんとうにこの曲については語るべきことが何もない。や、嫌っているわけじゃないんだけどさ。ナショナル・パスタイム(国民の娯楽、すなわち野球観戦のこと)に言及しておきたかった気持ちはある。

この曲はUTOPIAやXTCをほうふつとさせるね。ぼくは『スカイラーキング』が出る2年前に、トッドとアンディが共作すればどうなるかなと夢想していたんだ。

7. 最悪の朝

夢うつつの状態を音楽で再現しようとしたが、タイトルとは裏腹に、明るさを感じる曲調になった。最悪とか先が見えないとか嘆いているけど、じつはそれほど深刻に悩んでいるわけではない。

8. けだもの

野心作だ。テンションだらけのコードをいかにポップに響かせるかに腐心している。スティールドラムを模した間奏も、ジョー・ジャクソンみたいな発声も、自分では気に入っているけど、生真面目な人びとからは不興を買った。そはやはり歌詞に含まれた「性的な暗喩」ゆえにであろう。知り合いの女性が、この歌を口ずさんでいたら、彼氏から「食事中にそんな歌をうたうな」と叱られたという。ぼくは「そんなカタブツとは別れちゃいなよ」とアドヴァイスしたっけ。まあ、そんな「ふざけた」歌です。

けだもの

けだもの

この曲も前奏にトッド・ラングレンの影響がもろに出ている。GonC→DonCという分数和音の進行は、トッドのトレードマークといってもいいくらいだ。左手はドをキープしたままで、右手をシレソ→ラレファ♯とずらすのさ。

9. 病院

御多分に洩れず、ぼくはプログレ少年で、大人になっても密かに聞いていた。とりわけジェネシスにはずいぶん影響を受けて、フィル・コリンズがフロントマンになってからのポップなアルバム群からはずいぶんヒントをいただいた。この「病院」はあちこちにトニー・バンクス的な痕跡が認められる。それは電気ピアノアルペジオや分数和音の積み重ねなんかに顕著だ。

歌声が若々しい。薄情ソングの典型だ。この歌の主人公は自分のことしか考えてない。歌の最初に断っているだろう? 「季節は春だと仮定する」と。そう、これはフィクションなんだ。実際のぼくはもう少し思いやりがあるよ。 この曲に歌われた二人がその後どうなったか気になる、という意見をもらって、聞く側はそういうふうに歌詞を捉えるのだな、と認識した。それは、そのころのぼくが、歌詞を書くにあたってまったく意識していなかったことだった。

10. プライド

イメージ先行で「プライド」という重いテーマを咀嚼していない。「要らぬプライドは捨てるべし」なのか、「決してプライドを捨てることなかれ」なのか。その両極を行ったり来たりしている感じがする。ラストで「プライド・プライド」と連呼するあたり、考えの浅さが露呈している。 と、当時は懐疑的な意見が少なくなかった。今となっては私も同意せざるをえない。ただ、これが『Everything / Nothing』をしめくくる最重要作であることに変わりはない。

一遍ユーロビートを試してみたかったんだ。リズムマシン以外すべて手弾きでがんばったよ。

プライド

プライド

認めよう、これはデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」を強く意識していると。それは歌唱法に顕著に表れている。

以上10曲が『Everything / Nothing』である。43分で終わってしまうため、ボーナストラックを何曲か入れようと検討してみたが、結局もとの10曲だけに絞ろうと決めた。それは、この10曲の並びがもたらす疾走感を損なわないためであり、その速さこそが「ひと夏」の情景を浮かび上がらせるからである。

リリースするにあたって、ボーナストラックを追加するかどうか、ずいぶん迷った。10曲では物足りないかな、これだけで判断されたくないな、とか邪気を回して。でも結局、そんなふうに思うのは自分だけだってことに気づいた。誰もそんなこと、気にかけたりはしないんだ、と。
思えばぼく自身、ボーナストラックが好きじゃなかった。例えばザ・フーの『フーズ・ネクスト』だと、オリジナルアルバムが40分前後で終わってるのに、その後1時間ものデモやら別テイクが入ってるの、異常だろ? ちゃんと「無法の世界」で終われや、っていいたくなるもん。自分がされてイヤなことを、人に押しつけちゃダメだよね。だからボートラ入れるのヤメた(Blueskyの投稿より)。

【歌詞を掲載した記事】

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

私は夏休みのあいだずっと家にこもって一日中レコーディング作業に没頭していた。たまにリュウジが覗きにくる以外は誰とも会わなかった。両親が仕事で人吉市に駐在していたため、誰にもはばからずデカい音を出せた。どのパートも途中で妥協せず納得ゆくまでやり直すことを自分に課した。そうして思い描いていたアレンジを達成できる喜びは、何ものにも代えがたかった。

そう、やたらと楽しかった。音楽を創造することの嬉しさが、このアルバムにはあふれている。だから暗い内容の歌詞の曲まで、なんだかハイテンションだ。テンポが速すぎたり、音を詰めこみすぎたりして、曲のムードがだいなしだ。が、そういう欠点も含めて、個人的には愛着ある一枚である。

さて、これをリリースする準備期間に、Mrs. GREEN APPLEの「コロンブス」PV騒動があった。私も論外だと思ったが、あのように作者の無意識が誰かを踏みつけているケースは少なくない。私自身それでずいぶん周囲に迷惑をかけた。『エブリシング/ナッシング』収録の歌どもも、今の目でみると、無邪気さゆえの瑕疵をいくつか発見してしまう。表現に遠慮がない。自分勝手で思いやりに欠ける。歌詞の稚気にイラッとするかたも少なくないだろう。誰かがMrs. GREEN APPLERADWIMPSのことを「子供っぽい感傷を歌う未熟な音楽として同じフォルダに入れた」云々と書いていたが、私のも(音楽性は天と地ほど違うけれども)「子どもっぽい感傷を歌う未熟な音楽」という点では似たようなものだ。お聞き苦しい点も多々あるけれども、そこはお許し願いたい。それでも気に入らぬというのなら、どうか今回も「静観」していてください。

Everything / Nothing

出来上がったら、カセットテープを百枚ほどダビングして配った。すると本作をどこかで聞きつけた誰かが興味を示し、「完成度は高いと思います。しかし、こんな凝ったアレンジ、どう再現するつもりですか」と書いてよこしてきた。知ったことか。私は<自分の外見を飾り有名にする道具>として音楽を捉えたことはない。録音した当時もそうだし、今回の配信もそうだ。音楽制作とは漠然としたイメージを確固としたものにするべく、ひたすら追求していく孤独な作業だ。私は24歳の夏の経験を記録として残しておきたかった。それはかけがえのない、私の青春白書であるから。

本作を唯一の理解者だった魚住隆二に捧げる。彼の63歳の誕生日なんだ、今日は。鰯 (Sardine) 2024/06/23

【参考記事】

iwashi-dokuhaku.medium.com

リュウジはいつも「またヘンなもん聞かされた」といいながら、私の歌ができるのを楽しみにしてくれていた。

medium.com

英文記事です。

【既出作品】

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

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