犬好きでなくてもワクワクさせる探偵小説♪ (original) (raw)

助手席のチェット

スペンサー・クイン 創元推理文庫

★★★★★ とっても面白い

割とオーソドックスな探偵ミステリーだが毛色が違う♪

探偵物の基本である一人称。語り部が犬なのである。

動物が語る人間模様というのは新機軸ではない。

我が国にも『我輩は猫である』という漱石先生の有名な文学があるし、

猫が名探偵というミステリーもある。

ところが犬が語る探偵ミステリーは意外に少ないそうで、

これはその数少ない犬が語る探偵物語の秀作なのだ。

とっても面白かった♪

主人公はバーニー・リトル私立探偵。

そして優秀な相棒が大型犬のチェットという黒犬だ。

バーニーは元警察官でバツイチの独り者。

チェットは警察犬になり損ねたというバツイチ犬。

このコンビはふたりとも過去に傷を負っている。

バーニーには別れた妻レダとの間に、チャーリーという男の子がいる。

息子には時々しか合わせてもらえない寂しさを抱えるバーニーである。

チェットが警察犬になり損ねた理由は詳しく語られないが、

警察犬学校卒業試験の最中に猫が飛び出し、

どうもチェットはその猫を追いかけて行ったらしい?

以来チェットは猫嫌いになっている。可笑しい♪

バーニーが扱う事件は主に浮気調査ばかりだが、

万年金欠のバーニーは仕事を断れない。

そこに失踪事件の依頼が舞い込むが、

失踪したらしいのはマディソンという女子高生だ。

らしいというのは、

マディソンが遊び盛りの女の子だからである。

遊びに夢中で連絡を忘れているのではないかというのがバーニーの見立てだ。

結局バーニーはこの依頼を受けることになるのだが、

この失踪事件には裏があって…

という探偵物である。

ストーリーテリングの面白さもさることながら、

注目すべきは、事件の一部始終が犬の一人称で語られるスタイルだ。

チェットには擬人化が施されていない。

犬そのものなのである。

ただひとつ違うのが人間の言葉がわかるという設定だ。

しかし、人語を理解すると言っても限界がある。

簡単な言葉は理解できるが、複雑な言葉や言葉の綾はわからない。

チェットは自分の名がチェットだと認識している。

そればかりか、その名をとても気に入っているようだ。

相棒の名前がバーニーだということも理解している。

チェットはバーニーを全面的に信頼しているのだ。

しかしチェットはあくまでも犬なのである。

犬の眼で観察し、犬の感性で理解する。

だからトンチンカンなことが時々起こる。

人間と犬とのギャップが生む笑いに全編が満ちている。

それが何とも微笑ましく感動的なのだ。

正直言って、

物語を追うよりも、チェットの語りをいつまでも聞いていたい♪

♥♥

では、チェットの語りがいかに楽しいかを少しご紹介しよう。

題して『チェット語録(抜粋)』

彼女はぼくの届くところへビスケットを下げた。

あわててがつがつ飛びついたら、

かわいらしさを台無しにしてしまうんじゃないだろうか?

ぼくはちょっとだけためらったが、

つぎの瞬間ーパクリ!

(P.41)

チェットは無類の食いしん坊で、

地面や床に落ちている食べ物を見つける名人なのだ。

人間は服を着ていないとすごく罪の意識を感じるらしく、

それで一巻の終わり。

(中略)

ぼくらは服なんか必要としない。それだけの話だ。

たとえば靴ーぼくが靴を履いてどうする?

上着にネクタイ? ばかばかしい!

(P.49)

チェットは、人間は服を着ていないと間抜けに見えると語る。

ルーベンはバーニーを見てから、ぼくを見た。

急に、脚に咬みついてやりたくなった。

(P.90)

チェットは気に入らない人間を見ると咬みつきたくなるのだ♪

ぼくはバーニーの笑い声が大好きだ。

わが家の庭で、猛スピードで行ったり着たりしてみせると、

バーニーはいつも笑ってくれる。

(P.92)

チェットが庭を行ったり来たりしている様子が浮かんできて微笑ましい♪

ぼくは小枝をかじっていた。

自分の息のにおいを嗅いだ。いいにおいだ。

(P.99)

これは度々出てくるが、チェットは自分のにおいが大好きである。

さて、本編の中でチェットが誘拐され酷い目に会うシーンがある。

この誘拐が伏線となり、事件解決につながるのだが、

誘拐されたチェットが戻って来る感動的なシーンがある。

バーニー! 見るからにやつれ、両目の下には黒い隈ができて、

ひどく元気がなさそうだ。

「チェット! おまえなのか……」

彼の表情がみるみる変わった。たちまち最高の笑顔になった。

彼はぼくに手をのばした。

その後のことは覚えていない。

とにかく、バーニーを押し倒し、フロアスタンドだとか、

バーニーがコレクションしている野球帽をかけてある古い帽子掛けとか、

いろんなものを倒したらしい。

ぼくらはわが家の床に転がっていた。野球帽がたくさん降ってきた。

(P.155)

バーニーとチェットがいかに信頼し合っているかがよくわかる。

思わず、こんな犬がいたらいいなぁと思う。

バーニーが女友達のスージーと飲んでいると、

チェットはいつも心配する。

飲み過ぎるなよ、バーニー。すぐにそう思った。

アルコールが登場するあたりから妙な展開になるのを見たことがあるから。

(P.208)

妙な展開とはどんなものなのか想像するだけで可笑しい♪

そして、こうして追いつめてみると、

こいつはぼくらの仲間をひどく怖がる人間だった。

この手のやつに出会うのは、いつもながら楽しい。

怖がってるのを隠そうとしたって無駄だーー

恐怖にはにおいがあるんだから。

ぼくはもう一度、やつに体当たりしたが、ちょっとだけ手加減してやった。

(P.226

恐怖にはにおいがあるというのが面白い♪

チェットは時々こうして気に入らない人間を脅かして喜ぶようだ。

ディランの笑みがゆっくりと消えた。見ていて、とてもおもしろかった。

ゆっくり消えていく笑みなんて、これまでに見たことがあっただろうか?

覚えているかぎりでは、ない。

どういうわけか、それを見ているうちに咬みついてやりたくなった。

思い切り咬んでやりたい。

(P.228)

チェットは、お茶目と言えばお茶目な犬だが、

かなり性格が悪いんじゃないだろうか?

ぼくらは金に縁がない。

もし運がよければ、どこかで財布を見つけられるかもしれない。

何度かそんなことがあったし、革の財布はいい味なのだが、

どれも中身がからっぽだった。

金を稼ぐ方法は、ほかには思い浮かばなかった。

(P.233)

私立探偵は常に金欠というのが定番で、

バーニーも御同様である。

チェットはお金が大事だと認識していて、いつも財布を探している。

もちろん、道に落ちている財布だが、革財布はいい味らしい♪

何とも涙ぐましい犬である。

バーニーを信じていれば、すべてうまくいく。

(P.253)

バーニーとチェットの関係を、この言葉が全て語っている。

さて、チェットのことばかり書いたが物語も抜群に面白いのだ。

解説によると、最初は四部作の予定だったそうだが、

本国アメリカでは15冊ほど刊行されていることから、

その人気のほどがわかる。

日本では3作目まで刊行されているが、

残念ながら現在は古本でしか手に入らないようだ。

犬好きでもミステリー好きでも、どちらでも楽しめる。

物語はそれほど入り組んではいないし、魅力的な脇役が登場するので飽きない。

バーニーが聞き込みをする相手が曲者ぞろいで面白い。

この作家はかなりのストーリーテラーである。

綺麗な古本を探してぜひ読んでください。

チェットが愛おしくなりますよ♪

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