伝小堀遠州筆「定家卿筆道」 ていかきょうひつどう (original) (raw)

藤原定家の筆道を説く一巻を、江戸初期の茶人小堀遠州(政一)が書写したもの。現在は東京国立博物館蔵。その内容は、平安末期から鎌倉初期の歌人藤原定家による印象的な文字造形「定家様」を書くためのマニュアルとなっている。「定家卿筆道」自体は歌人藤原定家への崇拝の中で生まれた偽書と考えられており、小堀遠州が書写した時代に作られたものとされる。

定家様とその継承

鎌倉初期、藤原定家が書き始めた書風、独自の特色のある字形を「定家様」という。定家様の特色は、第一に、字形を構成している線の中に細い線と太い線が入り混じっていることがある。

次に、字形が四角っぽく扁平な印象を与えるものとなっている。通常、文字は自然と右肩上がりでややたて長になるものだが、定家様は、ほぼ平らに横線が引かれ、なんとなく四角のような形になることに特徴がある。

さらに三番目として、仮名には平安期から文字を続け書する「連綿」という書き方があるが、その連綿を極力少なく書いてある。

定家自身は日記に「平生書く所の物、落字無しを以って、悪筆之一得と為す」と記しており(『明月記』寛喜三年八月十八日条)、「悪筆」を自覚しつつも誤字脱字が無く書けるというメリットも認識していた。

室町期でも「定家卿ト云フ名人ノ手跡、以外ノ悪筆也」と評価されていたが(『海人藻芥』)、一方で茶の湯で定家の色紙(小倉色紙)を床に掛けることが流行するようになる。

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このためか、戦国期以降、定家の子孫の冷泉家において定家様を復活して書く動きがみられるようになる。すなわち、冷泉為和(冷泉家七代)が定家様で書いた享禄三年(1530)九月七日付の「歌道入門誓紙」などで確認することができる。

為和の子の為益は異なる書風だったが、孫の為満から江戸期を通じて冷泉家の代々が定家様を書いている。十四代の為久は、定家の筆跡とまぎらわしくなるほどの上手であったといわれ、天皇より定家様は書かないように書風を改めさせられたと伝わる。

江戸初期には、定家様は冷泉家以外にも普及。その一人が冷泉為満とその子為頼に和歌を師事していた大名茶人小堀遠州(政一)であった。遠州が「三代集之間事」*1を定家の書風をまねながら書写したものや、歌を定家様で書いた小色紙などが残されている。

定家様のマニュアル

小堀遠州筆「定家卿筆道」は定家様で書かれた折本であり、序文と筆法を記した計11項目から成る。1−3項目は筆の使い方*2、4−9項目は点画の書き方、10・11項目は文字構成の仕方となり、内容は大きく3つに分けられる。

また巻尾には定家様で「いろは歌」や「漢数字」が記載されている。これは定家様で文字を書くための手本であると考えられている。

前述のように、この伝小堀遠州筆「定家卿筆道」は折本という形態をとっており、本文までもが定家様で記されている。このため、元来は定家様を実際に書写するための実践的な書き方を伝えるマニュアルと手本であったともされる。

また「定家卿筆道」の文章は、概念的な意義づけが見られないという特徴を持ち、用筆説明に徹している。文章は短く具体的で、文字の形(造形)を示した例も併記されている。成立時には草稿的なマニュアル本であった可能性も指摘されている。

近世初期の書物作成では、例えば『古今和歌集聞書』『闕疑抄』が草稿本・中書本・清書本の段階を経て成立している。このことから、当時は口頭伝達と書物との往還によって書物が作成されていたと考えられている。

成立は小堀遠州周辺か

「定家卿筆道」は後年、複数書写されているが、小堀遠州筆とされるものが、最も書写年代が早い。他本に認められる書き入れ注記を、序文冒頭の能書名称の箇所以外記さない。遠州の書写奥書以外の奥書・識語が全く記されないため、それ以前の伝領は知られないが、現在、最も原態に近いものと考えられている。

また現在のところ、小堀遠州を遡る来歴は確認されていないことから、小堀遠州周辺で成立したとも推測されている。

以後に書写された同系統の「定家卿筆道」には、万治三年(1660)の奥書を持つ益田本など5点があるが、異なる点が殆ど無く、巻尾に「いろは歌」等が記される点も共通。この「いろは歌」に記される平仮名文字「な」のみが抜けているという点までもが一致する。つまり、厳密に写された結果であり、直接的な繋がりが推定されている。

参考文献

定家卿筆道
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/B-1263?locale=ja

定家卿筆道
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/B-1263?locale=ja

定家卿筆道
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/B-1263?locale=ja

定家卿筆道
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/B-1263?locale=ja