Road of Revive 三章 『普きの塑像』/最終話 終わりなき戦い (original) (raw)
リイナが展開する魔力。太い糸状の螺旋がドルゾートを包んでいる。
その中心には不浄の力を放つ剣。強力なエネルギーが渦巻くたび、凄まじい光量が周囲を圧倒していく。
まるで夢のような光景に、スミスは呆れて肩をすくめた。
「……被検体35。貴様は一体誰に管理されていた。誰の管轄だった。それが未だに理解できてないようだな」
両手の双剣を構えると、今度は剣を円環していたエネルギーが双剣の魔力として引き寄せられていく。
スミスを起点に、巨大な氷が出現した。双剣を指揮棒のように操ると、集約していたエネルギーが氷の膜によって徐々に規模を縮められていく。
リイナが冷ややかな瞳でスミスを見た。
「つまらない。貴方、最高につまらない人。私を管理してた人が、私の邪魔をする気?」
「もちろん。私は責任者だ。貴様を処分するまでは死ねない」
「あっそ。じゃあ、殺してあげる!」
剣を放棄して、リイナがスミスへと迫る。
一瞬にして間合いを狭めるが、それに合わせるようアルデスが攻撃を加えた。
すぐさまリイナは反応して、両腕から黒い糸のようなものを吐き出す。剣と足が絡められ、体を拘束された。
瞬間、アルデスの剣がまるで陽光のような光を帯び始める。灼熱のような炎と光が満ち糸を全て焼き切った。その間の一瞬の刺突でリイナの胸部に一撃を加える。
「"螺天晃(らてんこう)"ッ!」
吹き飛ばされていくリイナ、そこへレヴォの紅雷が音速で追撃を放つ。
「散れ! "千絶突"!」
素早い突きが、雷の力と相まり高速で放たれていく。
リイナは対応していたが、次第に突き崩されて後退した。
「うおおおっ!」
そして、その背後へと大きな影が迫る。
「ぎゃっっ!!」
大槌が華奢な体を、一撃で吹き飛ばした。
建物に衝突し、パラパラと破片がその場に散らばる。
四人は既に、リイナを追い詰めていた。
「ここまでだ。もう終わりにしよう」
「……まだだよ。まだ終わってないよ。ここで諦めたら英雄になれないもんねっ!」
「まだそんなことをっ」
「ほら! あの子連れてきて〜! エネルギーを吸い取って、一気に行くよ!」
リイナの掛け声と共に、建物の上に人影が何人か現れる。
贋の派閥の構成員たちだ。その中に、一人探し求めていた人物の顔があった。
「リリさん!」
「アルデスッ!」
リリは黒い装束に身を包む人々に囲まれている。
そして手をかざされると、紫の霧が体内から溢れ、彼女が苦しみ出した。魔力を吸収されているのだ。
スミスの氷で弱体化させていた剣のエネルギーが、一気に膨大になっていく。その振れ幅は、既に双剣では抑制できない程に膨れ上がっていた。
「これは!! このままでは、爆発する!」
「アレを撃たせちゃダメだ! なんとかしないと!!」
「でも、もう。あんなのどうもできっこないよ!」
諦観と悲観が空気を漂い始める。本当に打つ手がなくなってしまった。あれだけのエネルギー量を霧散させる手などないに等しい。
しかし一人、その場の空気にそぐわず大笑いする者がいた。
「くっははは。ははははは!!! 流石だ……流石、と言ったところだ。被検体35。噂には聞いていたが、やはりあの"翁"の血を引く存在だったか。面白い! 被検体35! いや、リイナ! 私とまだ来るつもりはないのか!?」
「何を今更? 貴方といたら退屈なの。何回も言わせないで」
こっぴどく振られるスミス。それでも表情に張り付いていたのは、歓喜だった。
アルデスたちには意味が分からない。だがそれが裏切りに繋がる確信は全くもっていなかった。
「ならば、意趣返しだ。リイナ。貴様の計画をこの私が全て潰してやる」
「何をする気?」
「あのエネルギーを消滅させるのさ。"私諸共な"」
「なっ……スミス! まだ手があるかもしれないのに!」
「黙れ。私は私の生き方で生き、私の死に方で死ぬ。貴様らのために死ぬのではない。これは、私の選択だ」
そういってスミスはエネルギーの中心地である剣まで駆けていく。
近づくたびに体がボロボロになっていった。お気に入りの服はビリビリ。皮膚が焼けるようで、肉が今にも見えそうだ。臓器も脳も、気を抜けば一瞬でエネルギーに破壊されるだろう。
だが、そうはいかない。
剣まで到達し、それを握る。双剣が浮遊して、スミスの周りを舞った。
思えば、長い旅路だった。贋の派閥に入り、幹部の座へ上り詰めた。何より、派閥の魔王に忠誠心を見せ、それに応えることが何よりの生き甲斐でもあった。いずれ魔王に近づけるものだと思い、死に物狂いで働いた。このような終わり方ではあるが、最期まで職務を全うできるならそれでいい。派閥の不始末は、自分の不始末なのだから。
やがて最後の力を振り絞り、双剣が秘める真を発揮させる。
「"凍土縮結"」
渦巻いていたエネルギーが刹那に氷漬けにされる。街全てを氷が覆い尽くした。
そして、氷たちはスミスを起点に一気に集約し、縮小されていく。延々と思われたその縮小は、一つの塊になるまで、回転し続けていた。
コロン、と塊と剣が転がる。
澄み渡る空と、それに続く黒煙。先ほどの景色が戻ってきた。
一時の静けさがその場を満たす。
「あーあ…………………気分削がれちゃった。もうこんな街どうでもいいや」
リイナはわざとらしくそう発言し、剣の元まで移動して回収する。
おもむろに彼女はアルデスへと視線を移した。それには無垢な光はなく、完全なる敵意をもった眼光湛えている。
「貴方、面白いね。それに、あの子と知り合いだったんだ」
「知ってて連れてきたんじゃないのか」
「それはどうだろうねぇ。ただ、私は貴方と戦いたい。貴方と戦って、越えることができるのならば私はきっと、もっと英雄に近づける」
天を仰ぐようにリイナは手を広げた。
「そんなことはさせない。俺たちは君を否定する。君の行為も思想も。それは絶対に世界は許してくれないからだ。俺は必ず、君を救ってみせる、リイナ」
もう、普通の少女だとは思わない。目には目を。アルデスも敵意を湛えて、リイナを見やった。
くすくす、と再び少女らしいか細い笑い声がした。
「そうなればいいね。じゃあ、私たちは待ってるよ。あの子を取り戻したいのなら、"西部戦線の要塞跡"にきてね。私と貴方が出会ったあの要塞へ」
リイナは突如として空間に吸い込まれるようにして消滅した。贋の派閥の構成員たちも背後には存在しない。
最後の言葉。彼女はまるでアルデスとの記憶があるような口振りだった。忘れた、と言っていたあの時とは一変している。
「徐々に思い出してきてる、ってことか」
アルデスは手を握りしめ、確かな感触を確かめる。
戦いは終わった。だけど、まだやり残したことがある。
リイナ。彼女を止めなければならない。自分の全身全霊をかけてでも。これは俺だけの戦いではないはずだ。
「セレア、レヴォ」
二人へと振り向く。
ボロボロの容姿を見合って、また生き残れたことを実感した。
セレアが一歩、アルデスへと歩み寄り、大きく頷く。
「行くんだよね? さっきの子が言ってた要塞跡。……私、協力する。アルデスにはたくさんお世話になったから」
「いいだろう。俺も協力してやる。義務ではないがな」
「……ありがとう。俺はみんなのおかげで戦える」
戦いが始まり、戦いが終わる。
これは全ての前兆だ。
彼ら、彼女は乗り越えた。
大切な人の死を。大切な人たちの残したものに気づいて。
だが、現実はそうはいかない。まだ乗り越えなければならない事象はたくさんある。
だからこそ前を向く。
それが人に与えられて、定められた意思だから。
「行こう! 要塞跡へ!!」
アルデスの背中には虹の翼が、道標のように彼方を照らしていた。
普きの塑像
『終』