ダイニングルーム・ダンシング・オールナイト (original) (raw)

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娘たちが僕のことを直視できないと言う。
現在、長女が出産のために大きなお腹を抱えて帰省中であり、次女とふたりで口を揃えてそう言う。
直視できないって、直視しろよ、お前たちの父親だぞ。
もちろん、気持ちがわからないでもない。
50を超えたおっさんが、音楽のあわせて、なんだかくねくねと身体を動かしている。

たしかに、世の中には見たくないものがある。
そういえば、僕の父も70才代で社交ダンスをやっていたが、世の中で見たくないものリストのトップ10に父のダンスもかなり上位でランクインする。
たしかに。

しかし、なんだかんだと言われながら、もうお前たちの父親は走りだしている。
走り出したら、肉親や友達なら、ともかくフォローしてくれなければ困るではないか。
次女が残酷にものたまう。

うわっ! パパの踊り、アンガールズの田中そっくり!
おい、これは、アンガールズの田中くんがやっている「スケーター」というステップだ。田中くんにも似ているかもしれないが、ほら、このYoutubeの動画を見ろ。このおっさんもアンガールズの田中くんみたいじゃないか。
これでいいんだ!

妻もダイニングルームにやってくる。
さすがに妻は当事者なのですでに覚悟を固めている。
普段はノンアルコールしか飲まないのだが、今夜は正真正銘のラガーを取り出して、プッシュと開けて、半分飲んで、残りを妻に渡す。
酔っ払わなければ、さすがに娘と妻の前で、醜態をさらす勇気が湧いてこない。
テーブルを端に寄せて、マックブックの前のスペースを大きく開けて準備完了。

最初の曲は、『君の瞳に恋してる』に決めている。
そいつをYoutubeでかけて、生まれてはじめて、まず、君たちの前、人前で踊ってみせようではないか。
まだ、アルコールが充分に回っていない僕に、長女がアフロヘアの鬘を投げてくれる。
僕は寝間着の上を脱ぎTシャツにアフロヘアの鬘をかぶり、ゆっくりと「スケーター」からステップを踏み始める。

やっぱり、田中みたい!
うるさい!
ついで、「バスストップ」を披露する。
なにーそれ! 幼稚園児が機関車の真似してるみたい!
あほ!
このステップはほら、こうやって向きを変えるために踏み変えるところが、楽しくてかっこいいところなんだ!

足元で何かにあたったと思ってとっさに振り返ると、尻もちをついているのは2歳の長女の娘だ。
僕のステップを邪魔しないように踊るんだと言い聞かせて、自由にしてやる。
おれのステップをよく見て真似するんだ。
ふと気がつくと、妻のベッドで寝ていたはずのラブがやってきていて、おもちゃを相手にソファの上で踊っている。
一般的に、ラブラドールレトリバーが「踊る」ものなのかどうか知らないが、たしかにラブはピープー鳴るおもちゃを音楽合わせて噛んでいた。

いよいよ『君の瞳に恋してる』のステップだ。
あ、それ、◯◯◯◯◯(←忘れた)っていう、みんなやっていたステップだよ、と妻。
そうだろう、ほら、こうやって、いち、に、さん、し、いち、に、さん、し・・・
妻がおれさまのステップを見て、足を合わせようとしている。
そうだそうだ、そうやって、そこで手を叩いて、そうそう、それで、ここで、どんどん!って床を蹴って、90度回転する。
そうそう、そこがポイント!

【中略】

こうして、きのうの夜、我が家のダイニングルーム・ダンシング・オールナイトは更けていった。
パーティに参加する次女は、これで父の踊りを直視することができるはずだ。
そして、僕はDJのチャッキーさんに約束したとおり、みんなの前で『君の瞳に恋してる』のステップを披露する。
たぶん、妻と一緒に。