What Didn't Kill Us (original) (raw)

最近は広く聴くことよりも好きなミュージシャンを深く聴いていくことに重きを置いている。今は家主(& 田中ヤコブ)、Bialystocks、ローラズあたりを掘りたいなと思っているが、いろいろと聴き直しているのも楽しい。

市川空「Straying In Alpacas」

市川空というのはやっぱりジャズの人でありジャズミュージシャンなんだということを再確認させられた圧巻のインストゥルメンタル・ジャズナンバー。混沌と狂乱の世界を貫く堂々たるサクソフォーンの響きが印象的だった。⑧

Straying In Alpacas

ヨルシカ「アポリア」

魚豊の『チ。ー地球の運動についてー』がアニメ化され、その主題歌はサカナクションとヨルシカが務めることになった。amazarashiもあり得ると思っていたが、さすがに厳しかったか。ヨルシカの本作は7/8と4/4(表記は異なるかも)を行き来するような変拍子作品。「アポリア」という「チ。」のテーマそのままのようなタイトル(哲学的難題、ひいては解決困難な問題)を冠している割には、曲の展開も決して大きくはなく割とサッパリとした響きなのが印象的だった。空ではなく海を歌っているが、空と海はこういうとき相似形に感じられるから面白い。もちろん気球など他の要素も比喩として捉えることができるだろう。海は生命の誕生と終焉をどちらも感じさせる不思議な場所だとも思う。

サビの「あの海を見たら 魂が酷く跳ねた 水平線の色にあなたは見惚れている」という印象的なラインが、さすがヨルシカだなと。酷く跳ねてしまった魂はもう収まることはない。科学とはわれわれの到底知り得ぬ世界をそれでも理解したいと願ってしまうことから生まれる営みであり、合理的であろうとすると同時にきわめて情熱的であり信仰的なのだ。『チ。』は宗教と科学、天動説派と地動説派の「二項対立」の物語として読まれやすそうだが、そのような二項対立で割り切れないところにこの物語の本質はある。魚豊がどんな想いで本作を書いたかは存じ上げないが、地動説を信じた者たちだけが「正しかった」「勝った」物語でもない。さらに言えば、科学とは生まれては消えてゆく命のサイクルの中で、消えないもの、消させないものを繋いでいくという営みである。いま自分が納得したり満足したり、はたまた他人を言い負かしたり、この世界を分かった気になるため(だけ)に科学は存在していない。科学はこの世界に未来があることを信じ、またいつかの誰かのために遺される手紙のようなものであり、そういう意味では音楽と非常に近いのかもしれない。

聴けば聴くほどクセになり、色んなことを考えてしまう不思議な楽曲だった。今の自分には少し眩しくもあったが。⑧

アポリア

アポリア

田中ヤコブ『IN NEUTRAL』(2022)

家主の曲に救われている10月。田中ヤコブのソロにも手を出し始めたがこちらも素晴らしい。オールドポップスらしい響きも相まって抵抗感なく歌が耳に入ってくる。ポップスは日常を賛美したり希望を持たせるように終わることが多くて、別にそういう歌が悪いとは思わないのだが、「sadness club」の「悲しいことが起こってしまいそう」とか「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」の「さあ虚無と手を繋いでいこう」とか、悲しくて苦しくてつらい日常はそのままに、でも悲壮感に覆われすぎないように歌ってくれるのが家主や田中ヤコブのソングライティングの良さだと思う。「かけがえのある僕が今を生きている」と軽やかに歌いあげてしまう「今は今を生きるとき」も素晴らしいなと思った。⑩

In Neutral

Bialystocks『Quicksand』(2022)

『Songs for the Cryptids』もいいアルバムだったが、こちらも非常に素晴らしかった。ビアリストックスを聴いていると他のミュージシャンのことが思い浮かぶことがあって、Cryptidsでも「空も飛べない」にトクマルシューゴらしさがあるということに最近気づいたのだが、本アルバムの中の「日々の手触り」も三拍子、ジャズ調、ヴォーカルの伸びやかさなど色々総合して松木美定っぽさを感じたり。冒頭の朝靄灯台のせいだろうか、全体を通しでメロウに歌詞を聴かせる曲が多いという印象で、あくびのカーブの後奏など楽曲的な聴きどころも多い。ビアリストックス、好きだな… もっと細かく聴き込みたいと心から思えた。⑨

Quicksand

Laura day romance『roman candles 憧憬蝋燭』(2022)

どれだけ心が荒んでいても、井上花月の声、そしてローラズの音楽は身体の奥底までじんわりと温めてくれる感覚がある。丁寧に紡がれたアコースティックな音楽は何とも心地よい。ため息の街を泳ぐわたしは(待つ夜、巡る朝)、ついに行き先を無くして立ち竦む(リトルダンサー)。どこへ行けばいいんだろう。「あなたはいつ大人になるの?」って(孤独の足並み)、いつまで経ってもダメな自分にもう一人の自分が問いかけてくるけど、ダメな自分に今その答えを見つけられるはずもなくて、その問いだけが脳内で宙ぶらりん。今できることは何度でも何度でも聴くこと、そして祈ることだけらしい。またくだらないポエムを書いてしまった。⑨

roman candles  憧憬蝋燭

Laura day romance「fever」/「東京の夜」(2021)

ローラズを聴いていると芯を食った歌詞に圧倒されることがあるけど、「神様作のビターな世界が 振り向かなくても」「君だけは 涙の流し方を 間違えないで」はさすがに良い。爽やかなインディーロックも見事にハマっていて「fever」にはだいぶ痺れた。もう一曲は聴いているだけでもどこか冷ややかさを感じるがそこに(主人公の)愛の温もりが詰まった「東京の夜」。「君が私から何かを奪ってしまっても構わないの 私が君から何かを奪うことはしたくないの」って言葉を聞きながら、有村架純と高良健吾の顔が浮かんだ(坂元裕二『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』)。⑨

fever

fever

東京の夜

東京の夜

その他(聴き直し)

○浦上想起「遊泳の後に」(遊泳の音楽)
あまりにも漫然と聴きすぎていたなと反省している。なるほど、各曲をパッチワークのように繋ぎ合わせる曲というよりは、このミニアルバムを貫いていた隠れモチーフ(四音の音形)をさらうということだったのか。何で今まで気づかなかったんだ…

遊泳の後に (outroduction)

○松木美定『THE MAGICAL TOUCH』
アルバムの各曲のモチーフ(成分)になっている曲(?)をご本人がまとめたプレイリストを検索で見つけた。そりゃ「光線」好きに決まってるわ。

THE MAGICAL TOUCH

○君島大空『縫層』
不思議なことに、聴くたびに違う曲のことが気になって好きになる。なんだかんだ君島AL/EPの中で最近一番聴いている。

縫層

縫層

ピグマリオンがモツレクの録音をリリースするならこれを機にモツレクデビューしようと一ヶ月ほど前に決めて、今回人生初のモツレクを聴いた。ブラームス『ドイツ・レクイエム』など一部の例外を除いて大曲の合唱作品はあまり聴かないのだが、ピグマリオン×ラファエル・ピションなら聴いてみたいという好奇心で再生してみた。

大曲とは言ってもモツレクは全曲でも1時間弱で比較的手を出しやすいし、実際に聴いてみるとちゃんと聴いてみるものだなぁと思う。有名な「Dies irae」以外の曲も含め、一聴したときの明快さがまず印象的だった。これはモーツァルトの作曲の良さであるとともに、ピグマリオンの演奏の良さでもあるのだろう(多分)。他の演奏と比較してどうこう言うことはできないけれど、ピグマリオンの演奏は表現のつけ方が大胆かつ精細であり、管弦楽もそうだが声楽(合唱や独唱)の演奏でそれが顕著であると感じられた。個人的には「Introitus〜Kyrie」の段階でソプラノ独唱の圧巻の上手さ、合唱の高い表現力、管弦楽のパワフルさに一気に圧倒され、その勢いのままに最後まで聴いてしまった。

今回のアルバムはボーイ・ソプラノによる聖歌ではじまり聖歌で終わるという構成で、この聖歌が非常に良い味を出していたように思う。さらに、レクイエムの楽章間にはモーツァルト作曲のいくつかの楽曲が加えられているが、このような構成も(なぜこのようにしているのかは分からなかったが)聴いていて違和感を覚えることはなく、レクイエム以外のテクストが聴こえてくるなぁくらいの印象だった。もっと聴き込めばもっと楽しめるような気もするのだが、初めて聴いた今回もあっという間に聴き終わってしまったという感じで充分に楽しめた。


Mozart: Requiem
Pygmalion, Raphaël Pichon
Chadi Lazreq (treble), Ying Fang (soprano), Beth Taylor (mezzo), Laurence Kilsby (tenor), Alex Rosen (bass)
2024 / Harmonia Mundi: HMM902729
★★★★☆(2024/10/5)

○Links: Presto, HMV

Mozart: Requiem

眠気はあるのに眠り方がわからなくなってしまった夜に、とりあえず選んで聴いた音楽が耳から身体の真ん中あたりに届いて、眠れたわけじゃないけどなんとか心を落ち着けてくれた。これまでの人生、運良く健康に生きてこられたけど、ここ最近小さめでもちゃんとしんどい体調の悪さに苦しむ日が増えた気がするなぁなんて不毛な回想をして、余計に眠れなくなった夜、祈るように聴いた音楽。今回は冒頭からポエティックになってしまった。

電球『人工島』

ノイジーなサウンドを基調としながら、鉄道のアナウンスのサンプリングがみられるなど色んな仕掛けがあり、最近ちょこちょこ聴いているシューゲイザー系の音楽の中でも稀有な個性を持っているなと感じた。考える前に身体が反応する。こういうシューゲイザー系の音楽が耳にスッと入ってくる日があって、そういう日にとりあえずファーストチョイスで選びたいなと思える。自分の理解の範疇はとうに超えているけれど、圧倒的に良い音が鳴っていて、身体の深いところが癒される感覚があった。⑨

人工島

人工島

1/8計画『開発日記』

この良さを形容するのは地味に難しい。このアルバムを聴いたことには何も後悔するところはないけれど、このアルバムについてまともに何かを書けるほどの耳も感受性もない。ただ一つだけ、この作品は良い。一聴した限りでは、二曲のInterludeとガガーリン、(untitled)、Oversleptあたりが印象に残ってるけど、EmbarrassedとAADAも好きだったし、これはアルバム丸ごと好きなパターンだ。⑧

Kaihatsu Nikki

DYGL『Cut the Collar』

日本人のインディー・ロックバンドだが、全曲英語詞。疾走感のある曲が並んでいて、強く惹かれる感じでもなかったけど悪くもない。「Crawl」が良い感じだった。もちろん個人の好みです。⑤

Cut the Collar - EP

Hedigan's『2000JPY』

Hedigan'sの1st EP。どの曲が好きかというのは人によって分かれそうだけど、どれかしらの曲かは誰にでも刺さるんじゃないかというポピュラリティと、その一方である角度においてはしっかり尖ったことをやっている感じもある。個人的には「論理はロンリー」にいきなり痺れた。家主の「ひとりとひとり」とかもそうだけど、最近は孤独を雄弁に語る歌が刺さってしまってツラい。「サルスベリ」「敗北の作法」あたりも好みだった。⑧

2000JPY - EP

北園みなみ『promenade』(2014)

ジャズをバックグラウンドにしたポップス作品だけど、音の重ね方の巧みさ、旋律のキャッチーさ、楽曲的な構成の良さなど、職人技とでも言うべき曲が並ぶ。一曲目の「ソフトポップ」から一気に作品世界に引き込まれた。遊び心もありながら技巧的で、ルーツの多様さも感じられるし、非常に面白い。少し調べてみると、Orangeadeというバンドを組んで大沢建太郎と名前を変えたが、遅刻、ライブ出演の拒否などといった素行不良で解雇された(バンドはその後、シンリズムを迎えてconteと名前を変えた)とか、出てくる情報がいちいち尖っていて面白い(とか言っては良くないか)。この周辺、もうちょっと探ってみたいな。⑨

promenade - EP

OGRE YOU ASSHOLE『新しい人』(2019)

音も歌詞もすべてがミニマルなのが印象的。人をテーマにしているらしい本アルバム、ミニマルなモチーフの多用によって人というものが分割不可能=Individualな「個人」として存在することを示しているのかなとか、でも聴いていると境界線の不透明さというか、個人というものの確立しなさ(曖昧さ)を感じるところもあったなとか、まぁ色んなことを考えてしまった。オウガの作品世界の面白さを感じられて良かったが、この作品の良さをちゃんと分かることができた感じもしない。好きなんだけど意外と掴みどころがないというか。何度も聴いたらもう少し何か分かるだろうか。とりあえず「ありがとう」「自分ですか?」「本当みたい」は割と好み。ラストの「動物的/人間的」はシングルバージョン推し。⑧

New Kind of Man

ブルックナーのモテット4作とマルタンのミサを並べるのは意外と見かけない組み合わせではなかろうか。アルバムのタイトルも組み合わせて推察するに、ミサの合間にモテットを組み合わせることで、全体として「架空のミサ(messe imaginaire)」を構成しているということなのだろう。ミサの合間にモテットなどを演奏していくのは古楽のアルバムではよくみられるが、マルタンとブルックナーでやるのはおそらく初めて見た。演奏はフランスの合唱団Spiritoなのでマルタンは一応本場にあたる。

音質は悪くないし、サウンドも重厚。よく統率の取れた演奏でマルタンの難曲を情緒的かつダイナミックに歌い上げていた。久しぶりに聞いたけれどやはりこのミサは素晴らしい。マルタンの魅力を十分に感じられる演奏だった。ブルックナーのモテットも定番のAve MariaとOs justiに加えてVexilla Regis(WAB 51)とTantum Ergo(WAB 32)という選曲から好み。多少の粗に目をつぶれば、全体としてはなかなか良い一枚なんじゃないかと思う。

ブルックナーの周年で管弦楽はそこそこリリースもあって盛り上がっている印象を受けるが、合唱はあまりリリースされている感じはない。そういう意味で、このアルバムもあくまでマルタンがメインではあるし、周年を意識したものではなさそうだが、ブルックナーお目当てで聴いても良いかと。


Bruckner, Martin: Une messe imaginaire
Spirito, Nicole Corti
2024 / NoMadMusic / NMM112D
★★★☆☆(2024/9/20)

○Links: Presto, musicweb

Bruckner, Martin: Une messe imaginaire

フランドル楽派の作曲家ヤーコプ・オブレヒトの『ミサ・スカラメッラ』およびモテット『父の母にして娘/神の聖なる御母よ』はいずれも不完全な状態で残されていた楽曲。今回のアルバムはその二作について、ファブリス・フィッチやフィリップ・ウェラーが再構築(復元)したものを録音するという歴史的価値のある野心的な一枚。演奏もこの時期のレパートリーを専門的に演奏してきた、アンドルー・カークマン指揮のバンショワ・コンソートという男声アンサンブル。

その「再構築(復元)」がどれほど妥当なのかという判断は私にはしかねるし、オブレヒトの楽曲の特徴を言明することができるほどは知識も聴いた経験もないが、ここに録音された楽曲が圧倒的な煌めきをもって存在していることは確信している。ミサにはミサの素朴さや厳格さを基調とする敬虔さ、そして複雑かつ難解な対位法の聞き応えがあり、モテット『父の母にして娘/神の聖なる御母よ』ではミサとは一味違う、温かみのある敬虔さ、さらには対位法的にはそこまで複雑でない分、旋律的・和声的な魅力を強く感じた。バンショワ・コンソートの演奏もさすがに上手い。

アルバム全体としては、ジョスカンとコンペールの「Scaramella」や、ひそかに置かれているフィッチ作曲の現代曲もかなりいい味を出していた(後者はウェラーへの追悼作らしい)。


Obrecht: Scaramella
The Binchois Consort, Andrew Kirkman
2024 / Hyperion / CDA68460
★★★★☆(2024/9/16)

○Links: Presto, Hyperion, HMV

Obrecht: Scaramella