これは海の「にあんちゃん」だ!貧困という現実の中で若者たちが生き方を探る秀作『母ぁちゃん、海が知ってるよ』 (original) (raw)

母ぁちゃん、海が知ってるよ

基本情報

母ぁちゃん、海が知ってるよ ★★★☆
1961 スコープサイズ 97分 @アマプラ
企画:大塚和 原作:山内久 脚本:中島丈博 撮影:高村倉太郎 照明:安藤真之助 美術:坂口武玄 音楽:小杉太一郎 監督:斎藤武市

感想

■いかにも日活ならではの非常に地味な文芸映画。といっても有名小説の映画化でもなく、企画経緯には興味が尽きない。この映画の配信原盤はクレジット部分が完全に欠落していて、タイトルもクレジットも全く出ない。だから「終」も出ない。ちょっとシュールな感じがする。でも、本編自体は非常にきれいなリマスターで、日活映画のリアルなモノクロ撮影が堪能できる。撮影は高村倉太郎だし、浜辺の現地ロケ撮影とステージセットがきれいに繋がっているのはさすが。

■房総地方の貧しい漁村で、東京からやってきて後妻に入った子連れの継母(南田洋子)と暮らすことになった少年の目を通して、1年余りの間に家族の絆が築かれるさまを描く。不漁に困った父(宇野重吉)は舟を買って一本釣りにかけるけど上手くいかず、母も内職のミシンを取り上げられたりするけど、なんとかカツカツで生活している。高校へ行くために子豚を飼育する計画を実行するが、困窮した父は、売り飛ばしてしまう。。。

■その後も、この一家を大きな不幸が襲うことになり、一家離散の憂き目を見るかとおもいきや、というところがクライマックスで、しっかり泣かせる場面だけど、それほどベタベタな演出はしておらず、むしろ相当に抑制的。斎藤武市は泣かせる映画を撮る人だけど、決してあざとい事はしておらず、結構正攻法。本作も、見せ場はフィックスの長廻しで押す。継母を演じる南田洋子は、まだ少し硬いし、現場であまり粘っていないように見えるけど、主人公を演じる太田博之がとにかく元気いっぱいで、清々しい。

■漁師仲間を演じる河上信夫が絶品で、ホントに海から上がってきたばかりの漁師にしか見えない(魚臭さまで漂ってきそうだ)。食うに困って密猟に手を染める酔っぱらいの爺さんが東野英治郎で、その娘は和泉雅子という豪華さ。ちょい役で飯田蝶子まで出てくる。そうそう、本家の娘の松尾嘉代が実に可愛くて、アイドル映画のノリ。和泉雅子より可愛い。

■商船学校を目指した少年は、継母のもとで、身の丈のあった地元の漁師になることを誓う。地元の篤志家のもとで大学まで約束された境遇をかなぐり捨てて、生まれ育った地元に根を張って生きていこうと決める。経済的な理由で階級移動はならなかったけど、自分の生きる道を自分で決めたのだから、それでいいのだ。同じことは、和泉雅子に惚れていた浜田光夫も同様で、学校はやめて、沿岸漁業で生きていこうと決める。人生にはいろんなことがある。思い通りにならないことばかりだ。でも、自分の生き方は自分で決めて、なんとかコツコツやっていくのだ。それは、敗北でも挫折でもないのだ。いや、挫折には違いないけど、悩んだことや恨んだことも、あれもこれも含めて全部、海は知っていてくれるから、それでいいのだ。

■おそらく企画的には『にあんちゃん』の路線を狙ったもので、日活はあの映画のヒットと高評価がかなり嬉しかったらしい。本作もいわば海のにあんちゃんだし、翌年には『サムライの子』も製作される。完全に忘れられた映画だけど、かなりの秀作。こういう地味だけど、リアルで誠実な映画は、未来に残しておきたいので、なんとかクレジットの復元をお願いしたいな。