パリオリンピックの所感 (original) (raw)

7/26に開幕したパリオリンピック体操競技は8/5を持って幕を閉じた。
本格的に体操競技を応援し始めてから迎える初めてのオリンピックということもあり、これまでのオリンピックとは比べ物にならないくらい、かなり熱量を込めて視聴した。
遅くなったが、今大会を通じて感じたことを綴っていく。

岡慎之助の大覚醒

今大会で特筆すべき活躍を見せたのは、なんといっても岡慎之助選手。
団体総合、個人総合、種目別鉄棒で金メダル、種目別平行棒で銅メダル、計4つのメダルを獲得する大偉業を成し遂げた。

岡選手は予選から好調だった。1種目目の跳馬でトップバッターを務め、好演技を披露。以降、得意の平行棒から最終種目のつり輪まで大きなミスなく演技を終え、個人総合順位は2位だった。
金メダル獲得に大きく貢献した団体決勝の翌々日に行われた個人総合決勝。最初のゆかは、ほとんどのコースで着地を止める。あん馬、つり輪も無難にまとめ、跳馬でも着地を止め、得意の平行棒をミスなく乗り切り、暫定首位で迎えた最終種目鉄棒。上位陣が最終種目で完璧な演技を魅せる展開になったが、特に慌てることなく落ち着いて演技をまとめ、最後の着地までミスなくまとめた。最後までトップを争い、最終演技者を務めたZHANG Boheng選手が終盤の技でミスが出てしまい、点数を伸ばし切れず。最後までミスのなかった岡選手が優勝した。
そして最終日の種目別決勝。平行棒では、メダルが狙える状況で最終演技者として演技を実施。予選以降、最も完璧な演技を披露し、見事銅メダルを獲得。
続く鉄棒では全体の2番手で出場。放れ技を完璧に決め、それ以降も美しい演技を披露し着地をピタリと止めた。決勝進出者8名中6名が大過失という思わぬ展開になったが、最もミスの少なかった岡選手が金メダルを獲得した。

国内の代表選考会ではどちらかというとミスが目立つタイプで、どうしても波があるのが否めず、今大会ではいかに安定した演技ができるかが課題だと感じていた。
ところがいざ試合が始まると、初代表かつ20歳という勢いを最大限生かし、予選から最終日まで乗りに乗っている状態。大会中トータルで18演技を行い、すべてノーミスで終えた。試合を進めていく中で強くなっていくような印象があり、まさに破竹の勢いだった。
試合中、終始ニコニコしているのが印象的で、世界最高の舞台を誰よりも楽しんでいるように見受けられた。国内戦で見たクールな表情は幻だったのかとさえ感じるレベルだった。

個人的に最も印象に残ったのは種目別平行棒決勝。演技順は最後で、他の7名の点数がわかっている状況での演技となった。メダル獲得ラインの得点も決して低い点数ではなく、岡選手のDスコアを鑑みると、完璧に演技を行わないとメダルに届かない点数だった。
岡選手は平行棒を最も得意種目としているが、実業団が残している国内試合の映像をすべて確認しても、完璧な演技というのは意外とできていない印象だった。しかしオリンピックの種目別決勝で、出さなければいけない点数もわかった状況で、これ以上ない完璧な演技を披露する姿は圧巻だった。岡選手の今大会における強さを象徴した演技だと感じた。

2年前の怪我の影響もあるかと思われるが、Dスコアは他を圧倒するほど高いわけではない。橋本大輝選手やZHANG Boheng選手のマックスのDスコアと比較すると、6種目トータルで1点ほど低い。そんな中、持ち前の美しさを武器にEスコアで得点を稼ぐ戦略を執っていたが、それが勝利に結びついた。
昨今はDスコアのインフレ化が著しく、技の高難度化によって選手の体への負担が大きいことが懸念される側面があった。岡選手がこのような形で素晴らしい結果を残したことは、今後の体操競技の戦い方としても大きな意味を持つことになったと思われる。

来年からルールが変更され、跳馬以外は10技から8技へ減少されるので、今後の展開も興味深い。

種目別決勝の接戦と波乱

団体総合、個人総合どちらも白熱した試合が繰り広げられ、少し日が空いて行われた種目別決勝。序盤は手に汗握る戦いが続いた。ゆかは、0.1に満たない点差でメダルの色が変わるほど非常に僅差の戦いとなった。あん馬とつり輪は、15点を超える得点を出しても、メダルに届かないほどハイレベル。そして跳馬は、2位から6位まで0.1に満たない点差で並び、Eスコア審判一人の判定の差でメダルが決まってしまうほど、近年の試合の中でもトップクラスに超接戦となった。

そんな中迎えた種目別決勝最終日。平行棒はミスが少し目立ったが、比較的事前の予想どおりの結果となった。続く女子の平均台では、落下の演技が少し目立ち波乱といえる展開になり、その後男子最終種目の鉄棒が行われた。
直近の世界選手権2大会で金メダルを獲得した橋本大輝選手とBrody Malone選手が予選落ちしたことで、金メダル争いは混沌としていた。1人目のTANG Chia-Hung選手はその中でも一番の金メダル候補だったが、放れ技で落下。2人目の岡慎之助選手、3人目の Angel Barajas選手が大きなミスなく通したものの、4人目以降は全員が落下、もしくは着地で手がつく大過失をしてしまう大波乱となった。
体操競技男子の最後をかざる種目ということで、何か特別な空気感があったかわからないが、大過失のあった選手が二人もメダルを獲得するという稀に見る結果になった。

世界最高の舞台ならではの大接戦と、世界最高の舞台だからこその大波乱を同時に味わうことになった。体操競技の面白さと怖さを同時に感じられ、改めてミスをしない難しさを痛感した。

Dスコアの不可解な不認定

今大会はDスコアの不認定により、思わぬ展開が頻発した。

まず男子団体決勝。3点以上のリードをもって最終種目の鉄棒に挑んだ中国。
1人目のXIAO Ruoteng選手が着地でミスをした上、中盤の伸身トカチェフが不認定となり、大きく得点を落とすこととなった。のちのインクワイヤリーでスコア修正されたため、予定していたDスコアは確保できたが、一時的とはいえ日本との点差が1.5以上縮んだことは、中国側に大きなプレッシャーを生む要因になってしまった。2人目のSU Weide選手の演技前に得点修正が行われたとはいえ、大きな点差がある状況で彼がフルの演技構成に挑んだのは、この難度不認定が起因している可能性も考えられる。
XIAOは予選で伸身トカチェフが不認定になったらしいが、決勝の伸身トカチェフは難度不認定まで至る実施には全く見えなかった。予選の演技を確認できていない立場としての私見だが、予選が不認定だったから決勝も不認定としたというような安直な判定だったのでは、という疑念が浮かんでしまった。

そして大きな問題を生んだのが女子種目別決勝のゆかだ。最終順位発表時点でJordan Chiles選手は5位だったが、インクワイヤリーによってスコア修正が行われ、銅メダルを獲得。ところが、インクワイヤリー申請が規定時間を超えているという指摘が入り、それから議論が二転三転する事態に。最終的に、やはりタイムオーバーだったということで、インクワイヤリー前のスコアに再修正され、銅メダルを逃すことになった。
タイムオーバーの件は一旦置いておいて、シンプルに彼女の演技に対する正確なDスコアは何点だったのだろうか。インクワイヤリーのタイミングにフォーカスされているが、そもそも正しいDスコアが反映されてないことに対し、これまた疑念を感じてしまった。

そしてもう一つ、男子個人総合決勝のつり輪だ。橋本大輝選手と岡慎之助選手、ともに当初予定していたDスコアが得点に反映されなかった。どちらもインクワイヤリーが出され、橋本選手は得点が修正されなかったが、岡選手は修正された。帯同コーチによれば、どちらもホンマ十字にメスが入ったという見解だ。
映像を再確認したところ、確かに岡選手のホンマ十字は予選や団体決勝に比べると肩が高く、一旦不認定判定になったのも頷ける。一方橋本選手について、私見ではあるが不認定になるほど実施が伴わなかったとは言い難い印象だ。そもそもホンマ十字が不認定という判断自体、コーチ側の推測に過ぎないので、他のD難度の技が不認定になったか、もしくは複数の技が不認定となった可能性もなくはない。実際にどの技が不認定になったかは、今回に限らず不透明だ。とはいえ結果的にこのつり輪の点数が、その後の橋本選手の演技に影響したのは明らかだ。

このように、Ⅾスコアの思わぬ難度不認定によって、競技結果を揺るがす事態が複数起きた。一旦技が不認定になったとて、インクワイヤリーによってスコア修正されれば問題ないということではなく、選手のメンタルに大きく影響するのは日の目を見るより明らかだ。
個人的にはインクワイヤリーの場合、どういったDスコア計算をしているか開示してほしいと思っているのだが、相変わらず採点に関してはブラックボックスだ。専門家が行う採点に対し、素人が疑義を問うのはナンセンスだと十分理解しているが、これだけ続くと正直釈然としない。

また、不可解という点とは別で、日本選手特有のDスコア不認定も多数判明した。谷川航選手のリセグァン2と杉野選手のドリックスについては、以前から認定されるかどうかといわれていた技で、結果的にどちらも不認定となった。それ以外に、オリンピック初出場の2選手は、練習会場で一部の技が不認定になることが判明し、急な対応を迫られることになってしまった。これらはやはり国内大会の採点に問題があったといえる。

放送切り替えによるNHKの失態

東京オリンピックで起きた悲劇がパリオリンピックでも起きてしまった。

NHKはオリンピック中継中にニュースが挟まれることがあり、その際サブチャンネル(アナログ画質)に切り替わる。それ自体は一応受け入れているが、問題はチャンネル切り替えのタイミングの映像が録画されないことである。
東京オリンピックでは、鉄棒の種目別決勝でサブチャンネルに切り替わることになったのだが、あろうことか金メダルを獲得した橋本大輝選手の演技中に切り替わった。しかもよりによって、大技カッシーナを実施するタイミングにピンポイントで切り替わり、おかげで私のHDDレコーダーには、橋本選手のカッシーナの映像は残されていない。

そして今回のパリオリンピックで、前回と全く同じ状況になった。金メダルを獲得した岡慎之助選手の演技中に放送が切り替わり、しかも大技コールマンが録画されなかった。ギリギリ落下しない距離で鉄棒をつかんだコールマンが勝因のひとつだったのに、本当に残念でならない。
前回と同じく、今回も種目別鉄棒は金メダル有力種目だったにもかかわらず、2大会にわたって同じ過ちを犯したことは遺憾だ。注目競技が同時間帯に行われており、編成に頭を悩ませているのは理解するが、さすがに2大会連続で金メダリストの大技が録画されない事態は失態といえる。
サブチャンネル切り替えによって視聴者を困惑させる事態は、冬季オリンピックでも起きていたので、そろそろ何かすらの改善を望む。

後半は文句垂れる内容になってしまったが、オリンピック自体は大いに楽しめた。
無観客開催となった前回大会とうってかわって、今大会は従来どおり有観客で開催された。パリはもともと体操が人気の都市だが、選手問わず、すべての演技に対してリスペクトを感じていることが画面上からも伝わり、同じ体操ファンとして見習う点が多かった。そんな素晴らしい観客の前で、この3年間の努力を発揮するような渾身の演技をたくさん見届けられて、とても嬉しかった。

パリオリンピックに出場した選手・コーチはもちろん、大会に関わったすべての関係者様、お疲れさまでした。大変楽しい時間を過ごすことができて、いち体操ファンとしてとても幸せでした。