12 病院食 2 (original) (raw)

それでは、生の果物ならば問題はないのか。実は、これまた問題なのである。たとえばNZの代名詞、キウイフルーツ(以下キウイと呼び捨て)がでてきたとする。日本で売られているキウイは食べごろか、もしくはその一歩手前といったところだろう。少なくとも自分の経験ではそうである。NZの病院ででてくるキウイは、1週間後に食べごろになりますといったカチカチ、もしくは2日前に食べごろでしたというベロベロのようなものが多い。キウイのでてくる頻度は高いからうまくやりくりできるはずなのに、カチカチかベロベロ。ベロベロのほうは少しお酒っぽいにおいがするけれど、食感を気にしなければ甘くておいしい。カチカチは、無理です。ベロがビリビリになって、そのあとのごはんが食えません。ちなみにキウイは皮ごとゴロッとお皿にのってでてきます。

NZで売られている果物は早めに収穫したカチカチ系が多く、食べるタイミングは自分たちで判断する。酸っぱくてもカリカリが好きなのもいれば、甘くなるのを待って食べるのもいる。キウイに関していえば、皮ごとかじる気合の入った者もいる。キウイだけでこれだけのドラマがあるのだから、パイナップルやあんずがでてきたときのことも、ご想像していただけるものと思う。

それではついにNZの夜の病院食へと話を進めましょう。

クライストチャーチ・ウーマンズ・ホスピタル

ある日 ひき肉、豆、にんじん、いんげんの茶色いドロドロ、温野菜(にんじん、じゃがいも)、ゆできゃべつ、ゼリー、アイスクリーム

またある日 ビーフの茶色いドロドロ、温野菜(ブロッコリー、にんじん)、長粒米少々、チーズケーキ、ホイップクリーム

別の日 ポークの茶色いドロドロ、温野菜(グリーンピース、かぼちゃ)、マッシュポテト、ゼリー、アイスクリーム

さらに別の日 ローストビーフ、ゆできゃべつ、マッシュポテト、ローストポテト1かけ、ローストかぼちゃ1かけ、コーンポタージュ、得体の知れないタピオカ入りのジュース

オークランド・シティ・ホスピタル

ポークと賽の目のじゃがいもの薄茶色いドロドロ、温野菜(いんげん、コーン)、マイロ(ミロのことね)、アイスクリーム

これは悪意があってわざわざ「茶色いドロドロ」の日ばかりを書き出したのではない。オークランドに関しては一日分の献立しか手元に記録として残っていないが、クライストチャーチと比べてみれば一目瞭然、茶色いドロドロに野菜が付いているのが基本であること、疑いがない。肉の種類は日によって変化があり、茶色いソースはグレービーであったりカレーの風味が付いていたりと多少の違いはあるにせよ、視覚的には毎日ほぼ同じである。NZ人が中華、タイ料理、スブラキ等の舶来ものを食べるようになって久しいが、小生の16年に及ぶ観察によると、まだまだ味覚の上ではかなり保守的である。よって、宗教上の問題を抜きにして考えれば、上記のような献立なら多くの入院患者が好き嫌いをいわずに食べるのだろう。

もうひとつ特記すべきなのは、NZ人は甘いものが大好きなので、必ずデザートが付いていることである。クライストチャーチでは二種類出てくることもめずらしくない。アイスクリームはバニラ味の小さいパック詰めで、機内食としてでてくるのと大差ない。フシギなのはゼリーである。なかに果物が入っているとかではなく、やたらに固いブリブリしたゼリーである。日によって色が違うような気がするものの、ゼリーはゼリーである。中に何も入っていないんだから、病院がだす食事の一部でありながら、カラダにいいものは何ひとつ入っていないと思われる。

NZのスーパーで1ドル以下で買えるものは少ないが、そのなかにゼリーの素がある。小生の頼りない記憶によれば、90セントくらいである。ひと箱で500ミリくらい作れるのだが、お湯で溶いて冷やすだけ。容量を守って作ると日本のゼリーよりずいぶん固い。すごく赤いのはイチゴ味、オレンジ色ならオレンジ、真っ青のやつはブルーベリーであったか。カキ氷のシロップと同じく、イチゴ味といえばこの味、という味である。果汁など入っていると期待するほうが間違っている。たぶん病院のゼリーはこれである。約束されたおいしさである。よほど具合が悪くて食欲がなくても、これだけは食べるというヒトだって少なからずいそうである。

毎日同じようなものがでてくるにもかかわらず、日が経つにつれごはんを待っている自分がいるとは妻の弁で、その点小生とまったく同じである。

さて、これは病院のごはんというわけではないんだけれど、我々がオークランドに行ったときの宿泊施設についても少しふれておきたい。ワケあって2人目のムスメはオークランド(北島)で出産することになったのであるが(地元はクライストチャーチ、南島)、今日決まって明日の朝飛ぶという夜討ち朝駆け、次の日の飛行機のチケット、オークランドの空港から病院までのタクシー、病院への連絡、宿泊する場所についてはすべてクライストチャーチの病院で手配してくれた。我々が泊まったのは、ご存知のひともあろうが、その名を「ロナルド・マクドナルド・ハウス(以下RMH)」という。経営は寄付からなり、宿泊者は宿泊費を払う必要がない。が、タダならおれも泊まりたいナといって泊まれる施設ではなく、こどもが長期入院しているとか、こどもの手術のためにオークランドに宿泊する必要があるといった人たちのための宿泊施設である。恥しながら小生は自分の身に降りかかるまでその存在さえ知らなかった。クライストチャーチの病院には「どれだけいても大丈夫、追い出されたりしないから心配しないように」と申し渡されており、都合我々は6泊しました。ちなみに飛行機代、自宅から空港、空港から病院までのタクシーもタダでした。

朝一番の飛行機でオークランドに来た南島のイナカモノの我々、オドオドと玄関をくぐる。さわやかなる笑顔ですごく親切なお嬢さんに施設についてアレコレ教えていただき、なんと共同キッチンにある冷蔵庫内のものは(個人のものは名前を書いて、間違いの起こらぬよう別の冷蔵庫に保存)すべて飲食自由だそうだ。ちょっと込み入った料理を作るための食材だってあるように見える。これが一度目の仰天。部屋に入って二度目の仰天。広さは余裕で50平米超、キッチンがあって、シャワーがあって、洗濯機もある。ベッドは全部で3つ、これが似たような立地のホテルの場合、1泊300ドルでは泊まれまい。

ここでは定期的にボランティアの方々が夕食を作って、宿泊者に振る舞ってくれる。小生共のときは「NZ Blood」というところから10人体制でおいでになった。NZ BloodはNZ国内の血液を統括する政府の機関である。午後早くから仕込みを開始し、メニューはラザニア、サラダ2種、ケーキ、アイスクリーム等のデザートと多彩だ。ひとり分ずつ取り分けて定量でおしまいということではなく、好きなものを好きなだけ食えるという食べ放題方式であり、料理の並ぶ向こう側には作ってくださった面々がおられ、取り分けてもくださる。「小生おなかペコペコなので多めにちょうだい」、「おかわりほしい」などと言ってもイヤな顔をするどころかほほえみを絶やさず、「どうしてここにいるのか」などというプライバシーに関わることなど一切訊いてこない。だからといって無口なわけでもなく、世間話ならいくらでもオーケー、終わってみれば楽しい夜ごはんのひとときである。病院に行ったりRMHに帰って来たりの繰り返しで忙しく、ごはんを作る時間などあるものではなくテイクアウェイの中華などの毎日で、オークランド滞在中で唯一しっかりしたものが食え、感謝に耐えない。残念ながら小生の血液は献血するに値しないため、恩を返すことができないでいるけれど、RMHチャリティーには少しずつ寄付をするように心掛けている。

さて病院に話を戻しますが、時間になると向こうからやってくるごはんのほかに、腹が空いたらこちらから出向いていつでも食えるようになっているものもある。これは一般病棟のハナシではなくて、分娩室のあるフロアに限る。いろいろある中からよりどりみどりというほどではないにせよ、休憩室のようなところにちょっとした飲みもの、食パンとバター、ジャムなど、それにパック詰めのサンドイッチが常時用意してある。我々はそれを知らなかったのであるが、妻が出産して一息ついたころミッドワイフさん(助産婦)が「お腹減ってない?」と訊いてくれた。朝の4時かそこらで、持ってきた自前のビスケットでもくれるのかしらンと思っていたら、例のところからすごい量持ってきてくれた。どこそこにあるからいくらでも食え、ということである。

これは自分たちの経験に基づく狭い世界でのことではあるけれど、妻が入院する以前から外国の病院食に興味はあったので、忘れないうちにここに書きとめておく次第である。

2022年 8月 擱筆