「キリエのうた」(2023) “生きる”ためにうたう!岩井俊監督らしい作品だった! (original) (raw)

本作、「スワロウテイル」「リリイ・シュシュのすべて」の監督・岩井俊二&音楽・小林武史による“音楽映画”と紹介されている。いくつかの岩井監督作品を観ましたが「リリィ・シュシュ」は合わなかった、といことで劇場鑑賞を見送った作品。とはいえ岩井作品、「放っておけない」ということでWOWOW初公開時に観ました。

岩井監督が描く東北大地震を背景とした作品「リップヴァンウィンクルの花嫁」に次ぐ作品で、震災後10年の節目にあたる作品となります。「10年たっても苦しみ希望が見当たらない、こんな人たちに贈るメセージだ」と思った。

昨年は「君たちはどう生きるか」「生きる LIVING」「PERFECT DAYS」など“生きる”がメッセージの作品がいくつかありました。本作も“生きる”がメッセージで、まさにアイナ・ジ・エンドさんの歌声がこの状況にどんぴしゃな作品だと感じた。描き方は、過去と今を繰り返し、岩井監督の過去作のオマージュ映像、美しい映像と音楽で、スタイリッシュな作品になっています。

原作・監督・脚本 岩井俊二撮影監督:神戸千木、美術:我妻弘之、松浦健一、撮影:雪森るな、音楽:小林武史主題歌:Kyrie。

出演者:アイナ・ジ・エンド、松村北斗黒木華広瀬すず村上虹郎、松浦祐也、他多数。

物語は

石巻、大阪、帯広、東京を舞台に、歌うことでしか“声”を出せない住所不定路上ミュージシャン・キリエ、行方のわからなくなった婚約者を捜す青年・夏彦、傷ついた人々に寄り添う小学校教師・フミ、過去と名前を捨ててキリエのマネージャーとなる謎めいた女性・イッコら、降りかかる苦難に翻弄されながら出逢いと別れを繰り返す男女4人の13年間にわたる愛の物語を、切なくもドラマティックに描き出す。(映画COMより)

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あらすじ&感想(ねたばれあり:注意)

冒頭、帯広、雪原の中で戯れる路花と真緒里。路花(のちのキリエ)が唄うオフコースの曲「さよなら」で物語が始まる。せつない独特なアイナ・ジ・エンドの唄い方で胸に響く。一気に物語に引き込まで、ラストがこの映像と歌「さよなら」で終る物語。岩井監督の劇場用長編映画監督第1作品「Love Letter」(1995)の冒頭シーンのオマージュであり、このことで一層別れに切なさを味うと同時に、岩井監督の集大成作品ではないかと思った。

物語は3つの時代の出会いからなる。ひとつ目は2011年大阪、東北大地震直後の路花とフミ、夏彦の出会、ふたつ目は2018年帯広での夏彦と真緒里、路花との出会、みっつ目は2023年東京でのキリエ(路花)とイッコ(真緒里)と名を変えての再会。

2023 年東京でのキリエとイッコの再会を軸に 、13年間を3つの出会いで交差させ、希望の見出せない夏彦と夢が果たせない真緒里がキリエの歌で癒され、彼らの思いを背負って路上ミュージシャン路花が唄う「キリエ・憐れみの讃歌」で終る。

3 つの時代とそのエピソードが上手く繋がり、3時間という尺を忘れ、感動的なストーリーになっている。これに監督過去作のオマージュ映像に、美しい映像、音楽が添えられ、**岩井俊二ワールドに浸ること**になります。

2011年大阪、路花(矢山花)は川でザリガニを釣る男の子に誘われて遊んだ。男の子が路花ことを小学校の担任・フミ先生(黒木華)に話したことで、先生は必死に路花を探し、路花が歌う声で見つかった。しかし、言葉が出てこない。

フミ先生は路花のランドセルに記せられた小塚ろかの名前から、SNSで路花を捜す夏彦(松村北斗)を見つけた。

路花は子供食堂に顔を見せ係の人に怪しまれ、また、路上ミュージシャンの男と一緒に歌っているところを警官に職務尋問され、路花が逃げたことで指名手配されていた。

夏彦が路花に会いにやってきた

夏彦は路花の姉・希(アイナ・ジ・エンド)の恋人だった。東北大地震津波で家族を失った路花はトラックに乗せてもらい、姉の恋人で大阪の医大生・冬彦を訪ねてやってきたことが分かった。

夏彦は「震災で勉学する状況ではなくなり医大を辞め、今はボランティア活動をしている」と言い「高校時代、**盂蘭盆会の夜、希に出合い、愛し合うようになり、希は妊娠し結婚を約束した。夏彦は希の実家に招かれ路花に会い、路花は歌とダンスの上手い子だった。路花の母親と希は津波で行方不明になった。恥かしい話だが、希が子供を産むことに賛成でなく、見つからないでくれと思った自分が今でも許せず苦しんでいる**」と告白した。この話にフミは泣いた。

震災当日、希が津波で行方不明になるシーンが詳しく描かれる。

希は授業中に、大学受験に合格し実家で休んでいる夏彦に電話し、会う約束がとれ学校を休んだ。電話で会話しなから希は風呂で身体をきれいにしているとき地震が起きた。いかに大きな地震であったかが分かる映像になっている。裸の希が転げ廻る映像、ここまで描かねばならなかったか?と思った。(笑)

気分が悪くなる人がいるかもしれない しかし、津波は描かないよう配慮されている。

地震が止み、希が自転車で夏彦の家に向かうが途中で津波の発生を知り、学校に路花を迎えに走った。夏彦は携帯で必死にこれを止めた。希の声は「路花を見つけた、これからはなっちゃんと一緒だね!」と嬉しそうだった。津波に巻き込まれ、最後に発した言葉だった。冬彦は希を必死に探す映像がとても美しい!

夏彦とフミは「自分たちで面倒を看たい」と**児童相談所訪れると「戸籍上、ふたりは路花とは無関係な人、こちらで何とかします**」と路花を引き取られた。「どこに連れて行くのか」と聞くと「個人情報だから話せない、もう一次保護所に向った」とあっけない返事だった。フミは「なんの力にもなってやれなかった」と泣いて悔やんだ!

その後、夏彦は帯広の牧場で働いていた

路花は高校生となり、夏彦が帯広の牧場で働いていることを知り、ここに里親を見つけ帯広にやってきて、夏彦との再会を果たした。路花は唄うことでしか言葉を発せない。詩を書き、歌うのが好きな子だった。

2018 年、夏彦が真緒里の家庭教師となり、これが縁で路花と真緒里が出会った

真緒里はアルバイトしながら高校に通っていた。進学する気はなかった。真緒里の母親(大塚愛)はバーを営んでいた。牧場主の男(石井竜也)が「学費を出す」と母親に言い寄ったことで、母親はその気になり、「生活費も出してくれるから結婚する」と言い出す。真緒里は母親や祖母のように女であることを利用して生活するのが嫌で「自分の運命を変えた」と、東京に出たい一心で進学を目指すことにした。そこに現れたのが牧場主の男のところで働く夏彦だった。

夏彦は勉強の合間に、父の物だというギターを借りて歌って見せた。こうして親しみを感じる仲になり、夏彦が「妹がいる。ものが言えない子で君のひとつ下のクラスにいる」と明かした。真緒里は早速、図書室に出掛け、路花を見つけ出し「友達になりたい」と申し込んだ。図書館や盂蘭盆会で愛しい人に会おうというのは岩井監督の常套手段!(笑)

ある日、真緒里が夏彦を訪ねると、そこに路花がいた。路花はダンスが上手く、ギターを弾き歌も上手かった。こうして真緒里と路花は掛替えのない親友となっていった。

真緒里は大学の合格。ギターを路花にプレゼントして東京に発った 路花はこのギターでオフコースの「さよなら」を歌った。

突然夏彦のところに数人の福祉司が訪れた

「里親が激怒している」と路花を連れ出す。このとき路花は何食わぬ態度でダンスをしていた。路花は真緒里から贈られたギターを持って出て行った。これ以降、路花から夏彦には何も連絡はなかった。

2023 東京。夜、路花が路上ライブを準備していて、シルバー色のウイッグにブラウンの丸いサングラスの女性が近付き「歌って!」と求められた。路花は大声で歌った。

女性は中華店に路花を誘いメモ帳を介して話をし、路花は泊まるところがないことを知り、自分が住んでいる高級マンションに連れてきた。朝、女性が「マネージャーになってあげる。私はあなたを知っていた。真緒里の名をイッコに変えた」と言う。路花も「名をキリエにした。ギターは大切に持っている」と答えた。

イッコはキリエを誘い出し路上ライブに必要なアンプや服を揃え、マネージャーとして働き始めた。自分で唄うキリエを撮影しユーチュブで流した。イッコはサクラ聴衆となり先にお金を出し、聴衆に金を出すよう促した。(笑)こうして徐々にキリエの名が知れるようになっていった。

マンションの持ち主(豊原功補)が女を連れ込み、イッコはこの男を捨てマンションを出て、IT会社の社長・波田目(松浦祐也)のマンションの一室に転がり込んだ。

キリエはユーチューバーにも評判となり、イッコはキリエを音楽プロデューサーの根岸(北村有起哉)に会わせた。岸根の求めでキリエがアカペラで「名前のない街」を歌った。とても感動的な歌で、岸根は「そのうちレビュー」という評価をした。

いつものように路上ライブをして、イッコがある男に気付いた。その夜、イッコはキリエにマンションの鍵と携帯を渡し、姿を消した。

ギター奏者の風琴(村上虹郎)がキリエを気に入り路上ライブにつき合ってくれるようになり多くの聴衆が集まるようになった。根岸のオーディションを受けた。「前髪上げたくない」を歌った。「正式に会社に入れ」と促がされた。

キリエがマンションに戻ると波田目が「イッコは結婚詐欺で俺を騙した」と怒り、キリエに身体を求めてきた。キリエはイッコのためにとこれを許すことにしたが不発に終わった。キリエはこのマンションを出た。

キリエは風琴との路上ライブを終えての帰り、イッコのことで新宿南署員の職務尋問を受けた。夏彦が警察から連絡を受け、路花を迎えにきた。夏彦は久しぶりに路花に会い、路花が路上ミュージシャンであることを知り驚いた。ふたりは焼肉屋で再会を祝った。

キリコのライブに夏彦が加わった。ライブのあと夏彦は「希を守ってやれなかった」と路花の胸の中で泣いた。晴彦の希に対する贖罪がやっと終わった。

キーボー奏者のサザンカ粗品)がリキコに協力することになり、彼の意見で多くの楽器奏者と共演することになった。野外で演奏してうまく行くことを確認し、皆で一杯やっての帰り道、キリエはイッコに再会した。

宿なしのキリエとイッコは電車で美しい浜辺に向いここでふたりは雑魚寝した。イッコに「人生で一番楽しかったのはキリエの歌を聞いたことだ」と言った。このシーンは美しかった。特に海の波の波紋!

サザンカ、風琴ら多くの路上ミュージシャンが集まった新宿中央公園フェス

警察にフェス許可願いが出されておらず、警官とこぜり合いが続く。そんな中でフェスが始まった。イッコから「花を持って駆けつける」の連絡が入るが、一向にその姿を現さない。キリエはステージに上がり「キリエ・憐れみの讃歌」を歌い始めた。

このころイッコは花を買い会場に向かい走り始めたところで結婚詐欺で騙した男に捕まり刺さて倒れた。通りがかりの男(武尊)に助けられ走り出すが、エーテルのように消えて行った。

まとめ

ラストシーンは路花と真緒里が帯広の雪の雪原の中に並んで横たわり、路花がオフコースの「さよなら」を歌うシーンだった。路花は真緒理の死を乗り越え路上ミュージシャンとして生きていくのだと思う

この物語は路花の物語だと思ったが、タイトルはそうなっていない

監督は当初タイトルを「路上のルカ」していたがこれを「キリエのうた」と改めたと述べている。「キリエ・憐れみの讃歌」の歌詞が “希望が見つけられないすべての人に向けた歌”だからだと思う。主題歌に引っ張られた作品だった。

歌詞の一節、

こんなはずじゃなかったと嘆いた川を渡って、知ることのない明日に生まれ代っていた。歩き出しても、何度でも繰り返す。痛さにも慣れて行く、それでいいんだ。大切な人、大切な日々も見えなくなって泣いた。そのあとで宙に描いていたよ。・・・

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アイナ・ジ・エンドさんの演技も作品を引っ張った

キリエ、路花としての歌とダンス、希としての2役を演じ、さらにベッドシーンまでやってしまうという、凄い演技でした。吐き出すような個性ある歌はこのドラマに合っていた。2役を演じたことで、2023年路花と夏彦の再会にはどきりとさせられた。これが狙いだったんですかね。

夏彦と希の恋物語。夏彦は盂蘭盆会に叔父(江口洋介)が宇宙を語る家柄の息子。一方の希の父親は海で死亡(猟師)伊藤左千夫の「野菊の如き君なりき」を思いだしました。そして真緒理一家の女性に生き方、さらに言葉を発せられないキリエが不条理に犯されようとする。**女性差別を訴える作品だとも思った**。

会場使用許可を得ないでの新宿中央公園フェスで興行。無茶苦茶な設定だが、これは政治や社会制度への不満だと解釈しました。

希望が見つからない、こんなはずじゃなかったという人へのすばらしいメッセージだと思った。とても美しい映像を劇場で観なかったことを嘆いています。

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