根深きもの、それが戦争 (original) (raw)

生命科学者の柳澤桂子さんが生存中、朝日新聞に次のような内容の文章(抜粋)を書いておられた。タイトルは、「根深きもの、それが戦争」。書類を整理していたらその新聞の切り抜きが出てきた。こんな内容である。

「20世紀は、殺戮の時代と言われた。確たる根拠もなく、21世紀に入れば、平和が訪れるような気分でいたが、そうではなかった。

21世紀が始まると早々に、また殺戮の時代である。

人間は何故戦争をするのであろうか。戦争にも人間の本能が、かかわっているのだろうか。

人は類人猿の時代から、現在まで、ずっと暴力を振るってきたということは疑いの余地がない。

ムートンらによると、人はどこにいても集団を形成し、集団のメンバー同士は、特別な感情を持ち、外部の人間に対して攻撃的になる。この気質的な固定観念は、『内集団・外集団偏向』と呼ばれる。

このような偏向は、年齢、性など何についても起るが、宗教や民族中心主義という形で起こることが多く、その場合は、固定観念が時に強固になる。いったんこのような偏向に人が陥ると、自分のグループ以外の者は、人間とみなされなくなってしまう。そして罪の意識が起こらない。『内集団・外集団偏向』は、奇怪と言ってもいいほどの残忍さを見せることがある。

人間のこの性向は、戦争の場合、非常に強く現れる。このほかに大きな力を持つものは、人間の持つ誇りである。戦争に勝たなければならない、と思わせる気持ちの大きな部分が、誇りに根ざしている。」

さて、では人間という生き物はそういう生き物だとして、現実の世界で起きている現象は、「困ったもんだ」と傍観していていいのか。人間の作り出す殺りく兵器は、進歩の限りを尽くし、とうとう核兵器が登場する可能性が出てきた。かつて核戦争勃発寸前のキューバ危機があった。米ソの戦争である。それは寸前で回避された。もしあの時、核戦争が勃発していたら、戦争当事国はもちろん亡び、さらに巻き添えで他の国の人間も、自然界も甚大な被害を受けたことだろう。

この戦争状態を、どうおさめるのか、世界は、その時を迎えている。どうすればいいのか