安倍晋三に目をかけられた 中川昭一 病死ではなく他殺はただの陰謀論 精神的不調と過度のストレス 泥酔記者会見 妻は門博文と「路チュー」で裏切られ 私と同じ誕生日である 正式には生まれた年と誕生日と時間で人生が決まるよう… (original) (raw)

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中川昭一という政治家がいた。今年で亡くなって15年が経過した。G7の呂律が回らない記者会見で話題になって、その印象が強烈な政治家である。中川昭一中川一郎を父に持ち、叔父も政治家という家系に生まれた。中川一郎はエリートではなく、這い上がった典型的な豪快な政治家であった。しかし謎の死を遂げている。この点で父と子が同じ様な運命をたどるのは不思議な因縁としか言いようがない。中川昭一は父と違って秀才であった。麻布中学、高校に入学して、東京大学を受験したが落ちて、慶応大学に入学する。しかし東京大学にこだわり再受験して、合格した。次は司法試験を目指すが、不合格。おそらく中川昭一ほど頭が良ければ、司法試験など、再受験すれば、絶対に合格したはずである。おそらく本人は、法律という学問に関心がなかったのではないだろうか。中川昭一は興銀に入る。安倍晋三中川昭一を目にかけた一つの原因は同じ興銀出身であったからである。また良心が政治家であり、あと一つで内閣総理大臣になれたのに、残念ながら煮え湯を飲まされたことも非常に共通していることだ。安倍晋三の父安倍晋太郎は、人柄が良かった。田原総一朗氏は安倍晋太郎人間性を絶賛している。確かに顔を見ても、性格の良さが滲み出ている。こういう人は永田町では損な役回りをさせられるようだ。一方中川昭一の父中川一郎は「北海のヒグマ」と言われたほどの豪傑であったが、怪死をしている。安倍晋三中川昭一は不遇な父を持ったという点においてお互いに惹かれ合ったと私は考えている。派閥の論理ではなく、人間としての紐帯のようなものである。中川昭一安倍内閣では、政調会長を務めた。その後精神的に不調になり、あのG7の泥酔記者会見に到る。よほど過度のストレスを抱えていたのであろう。中川昭一と私は同じ7月19日生まれである。この誕生日に凄い才能がありながら、世間に認知されず、焼死した人物がいたり、若死にしたりする人物があまりにも多い。正確には、四柱推命という「統計的な占い」では、生まれた年と日にちと時間帯で計算するのである。「四柱推命」について論じたいが割愛する。中川昭市の妻は中川の死後門博文と「路チュー」週刊誌に報じられて話題になった。中川昭一は妻にも裏切られていたのである。中川昭一と同じ誕生日の私の人生も壮絶なものだ!