世界は今日も簡単そうに回る (original) (raw)

東京開成学校を卒業した重吉は、同じく東京開成学校で学んでいた林忠正に誘われ、パリに着いた。忠正はパリで日本美術の販売を行っており、そこの事業に呼ばれたのだ。パリは二人にとって憧れの地だった。

グーピル商会で働いているテオは、しかし、グーピル商会で取り扱うような絵画を好きになれないまま過ごしていた。それより彼は、パリで忌避されている、新興の「印象派」のような絵に命を感じた。
テオにはフィンセントという兄がいた。フィンセントも初めはグーピル商会で働いていたが、各国を転々とするうちに落ち込みがちになり仕事ができなくなる。

やがてフィンセントは絵を描くようになる。その絵は、テオの心を熱くした。「これまでに見たことがない絵」。

重吉とテオはひょんなことで知り合い仲良くなった。テオは重吉や忠正にもフィンセントの絵を見せて……

<ネタバレあり>

もう涙腺が崩壊した。後半三分の一はとにかく泣きっぱなしだった。
フィンセントの孤独さが、心臓に深く突き刺さってこれを書いている今でも抜けない。

フィンセントとテオは二人とも思い合っている。側から見たら、フィンセントがテオを一方的に搾取しているようにも見えるかもしれないが、テオはフィンセントの弟であり、親友であり、ファンであった。

フィンセントは自殺し、あと追うようにしてテオも精神科の病院で腎臓の病気をひどくして死んでしまう。

悲しすぎる。フィンセントのとてつもない孤独感。しかし、アルルで描いたような生命の躍動も心に秘めている。

もう少し待てば、絵が売れたかもしれないのに。そうすれば未来は違ったのかもしれないのに。
でもきっとそうじゃないんだろう。たとえ絵が売れたとて、フィンセントの孤独さは癒されず、むしろ一層強まったのではないかとすら思える。

どうすればハッピーエンディングの世界線に辿り着けたんだろうと思うけれど、結局おそらく無理なんだろうなと言う結論に至る。悲しい。

テオが辛かっただろうなと思う。フィンセントが自殺したのが自分の銃だったし、心のどこかでフィンセントを疎ましく思う気持ちもあったから余計に罪の意識を大きくした。フィンセントは37歳、テオは33歳で死んでしまった。二人ともわたしより若い。まだこれから未来があったのに、なんて言わない。

フィンセント・ファン・ゴッホの絵を、じっくり見てみたいと思った。テオが惚れ込んだ、忠正が見出した、そんな絵だ。

たゆたえども沈まず (幻冬舎文庫)

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手持ち金が500円しかない。明日どこかで下ろさないとならない。

— mah_ (@mah__ghost) 2024年10月18日

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今日はオットゥーンの出社日だから、カフェにでも読書に行こうかしら。

mah_ (@nagainagaiinu.bsky.social) 2024-10-18T00:25:39.633Z

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先週くらいだろうか、しつこく居座っていた盛夏が終わりようやく晩夏がきた。そして今週、ようやく秋の入り口に差し掛かってきた。カラリとした空気、少し和らいだ日差し、涼しい日陰、風が街中を駆けめぐる。気分も軽くなり、フットワークがふわふわだ。ホップステップジャンプ。それは違う。とにかく、散歩するのにうってつけの季節がやってきたということが言いたかった。

そう、なので中央線でうんしょうんしょと(乗っているだけだが)武蔵小金井まで赴き、江戸東京たてもの園に行ってきた。

www.tatemonoen.jp

↑に書いてある通り、江戸東京たてもの園は、文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示する野外博物館だ。通常の暗い美術館、博物館に少し飽きた、いや飽きてはいない、しかし少しとにかくたまには気分を変えようということで、野外博物館であるところの江戸東京たてもの園にお邪魔してきたということだ。

広い。とても。とてつもなく、広い。

三井財閥の三池の本家とか、

茅葺の農家とか(綱島家)、

万世橋交番とか、

お化粧品屋さんとか(村上精華堂)、

銭湯とか(子宝湯)、

とにかく多岐に渡った建物が移築されているのだ。うひょー。

古墳や、

縄文時代の住居跡まで。とにかく建物とそれに類するものが保存されているのだ。うひょー(しつこい)。

様々な建物が保存されているということで、さまざまな照明を見ることもできる。

レトロ照明好きにはたまらん施設だ。

そして、道にはレトロ好きにはたまらないあれこれが。

こうしたレトロなものをフィルタかけたりいじったりして変にレトロ調な写真で見るより、今の精度でさらに色も明るい写真で見るのが好きだなと思う。

そして他にも様々にリアルな建物の「中」。

くじゃくの描かれたふすま、

農家の土間、

醤油屋さんの店内、

銭湯の隅、

居酒屋さんのカウンターなどなど。

そして忘れてはいけないのが、

便所、

便所、

トイレ。
もっとトイレ見たかった(なぞな希望)。

個人的に好きだった建築物は、高橋是清邸と前川國男邸。

まず、高橋是清邸はでけぇ。

窓ガラスがおしゃれ。このガラスは明治時代のものだそう。
そして高橋是清がこのお宅にいるとき、2.26事件で押し入られ殺されたらしいです。今更ながらにRIP。

そして、前川國男邸。

木造ではあるけれど、現代的でおしゃれな外観。隣のスゴイ家かお宅探訪に出てきそう。素晴らしい。

リビングは天井が高く、照明はシンプルながらもモダンでおしゃれ、ソファと別に椅子とテーブル。この時期にしては珍しく、ダイニングとリビングが分かれておらず、本当に現代の建築と言って遜色ないほどスタイリッシュな家だった。

ということで、いろいろ語ってきたが、実際の展示はここに載せた写真の何倍も何十倍も見所がある。わたしが今日撮った写真は230枚。わかる?わかるわね?

ぜひ現地に行って好きな建物を見つけてみてもらえると嬉しい。建物好きには本当にたまらん。料金は大人400円、子供は都民なら中学生まで無料。行こう。行かない理由がない。行くのだ。

www.tatemonoen.jp

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めっちゃくちゃ楽しいおでかけだったー

— mah_ (@mah__ghost) 2024年10月13日

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せやろな

mah_ (@nagainagaiinu.bsky.social) 2024-10-12T04:04:51.280Z

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「春気限定いちごタルト事件」「夏季限定トロピカルパフェ事件」に次ぐ小市民シリーズ第三弾。

中学まで、知恵を働かせすぎて人を出し抜いて真相を見抜き、迷惑がられてしまうことが多かった小鳩常悟朗と、復讐に楽しみを見出しやはり人とトラブルを抱えてしまっていた小山内ゆきは、二人で、毒にも薬にもならない「小市民」として埋没しようと約束し、そのためにお互いを利用し合うことで納得し合っている仲だった。前作夏季限定トロピカルパフェ事件のラストで二人は袂を分かっていた。

二人は別れ、小鳩くんは仲丸十希子、小山内さんは新聞部の瓜野とそれぞれほぼ勢いで付き合うこととなる。二人とも付き合いは順調であるなか、新聞部の瓜野はクラスメイトの氷谷に手助けをもらいながら地元で起こる放火犯を追っていて……

<ネタバレあり>

仲丸さんと付き合っている小鳩くん、瓜野と付き合っている小山内さんは、二人とも物足りないんだろうなって感じがしていた。

しかし、小市民であることを全否定された小鳩くんがちょっと面白かった。人になじみ、うかず、筒がなく生きていくために小市民になっているのに、それを全否定されたって。

そして瓜野を完膚なきまでに叩き潰した小山内さん。鬼畜だぜ……あえて自分が犯人であるかのようにミスリードを誘って告発させ、その論の稚拙さを暴き叩き潰す。その理由が「キスしようとしたから」というのだから、なんかいいな。

犯人は氷谷だっていうのは、かなり序盤から分かっていたけれど、一瞬「あれ小山内さんサイコパス説あり?」って思ってしまった。まあ、レシートを挟んだ本を忘れていったあたり、「自分を犯人と思わせようとしている」のがありありで、これどう落とすんだろうとハラハラしながら読んだ。

そして最終的に、付き合うようになる小鳩くんと小山内さん。高校の間と言っているけれどこの二人の性格の悪さは他の誰にも付き合えるものではないので、一生付き合っていくしかないだろう笑

相手の性格が悪いことを知っていて、その悪さを信じて面白がって付き合うっていうのすごくいいよな。わたしの夫も、わたしの性格がものすごい悪いことをしっってて付き合ってくれて、結婚までしてくれたけどなんでだろうってときどき思う笑夫は善良で誠実で自分勝手でちょっと冷たいが、その自分勝手さがわたしも好きだから似たもの同士だ。だから気が合うんだろう、と、小鳩くんと小山内さんの二人に自分たちを重ねたりもして……

本作「秋季限定栗きんとん事件」から4年ぶり?に刊行された「冬季限定ボンボンショコラ事件」も読もうと思われるが、ちょっと今読む本が溜まっているのでまた今度に。余韻も少し楽しみたい。この小市民シリーズが終わってしまうのが、とても寂しいので、ゆっくりしてから「冬季限定」を読もうと思う。

秋期限定栗きんとん事件 上 小市民シリーズ (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件 下 〈小市民〉シリーズ (創元推理文庫)

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長犬「くれるよね?」
あげました。 pic.twitter.com/Iv1Fv2N47Q

— mah_ (@mah__ghost) 2024年10月11日

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コロナ後遺症らしい

mah_ (@nagainagaiinu.bsky.social) 2024-10-08T04:01:57.848Z

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Xで「#名刺代わりの小説10選」というハッシュタグがあり、自分も久々にポストしてみた。その作品が次の10作。

— mah_ (@mah__ghost) 2024年10月10日

これは今月というか今日バージョンであり、明日の気分によっては入れ替わるリストである。なんだけど。なんだけど、一回全部お薦めさせてほしい。

この記事のように<雑なあらすじ>と<感想>を書こうかとも思ったのだが、

2024年上半期読んで超面白かったオススメ小説7選 - 世界は今日も簡単そうに回る

なんとなくだらだら居酒屋で管を巻いてみたい気分だったので、そういうテンションで書いていきたいと思う。

↓「表示」を押すと目次が表示されます↓

好き好き大好き超愛してる。 / 舞城王太郎

舞城王太郎が初めて芥川賞にノミネートされた作品。舞城王太郎は元々メフィスト賞という講談社ノベルスの新人賞みたいな賞を受賞してデビューし、初期はミステリーを書いていた。「熊の場所」が群像に掲載され純文学にシフトし、芥川賞は受賞できなかったものの4回ノミネートされまくり、他には「阿修羅ガール」で三島由紀夫賞を受賞など。と、舞城王太郎愛が溢れて作家紹介をしてしまった。

そういうわけで本作は、舞城王太郎が初めて芥川賞にノミネートされた作品。

特殊な構成になっていて、「冒頭」「智依子」「柿緒I」「佐々木妙子」「柿緒II」「ニオモ」「柿緒III」と物語が交錯して章が進む。明言はされていないが、「冒頭」と「柿緒」が現実、「智依子」「佐々木妙子」「ニオモ」は小説家である現実パートの主人公治が書いた小説と読まれるのが一般的だ。

全体としては、恋人「柿緒」を失くした主人公治の再生の物語。再生といってもまだ再生半ばだが、それでも少し進んだ感じで物語は終わる。
当時はやっていた「世界の中心で愛を叫ぶ」へのアンチテーゼであると言われた(一部で)。

物語の軸である「冒頭」「柿緒」パート(以下「柿緒パート」と言う)は、このような印象的な文章で始まる。

愛は祈りだ。僕は祈る。

この出だしで石原慎太郎はこの小説をぶん投げたらしいが、アホだ。
この小説のトピックセンテンスはこの「愛は祈りだ。僕は祈る。」である。このことの意味を、さまざまな形で読者に問い、一つの答えを与えてくれる小説なのだ。

内容としては、柿緒を失った治が、柿緒の弟たちとのやりとりや、柿緒から残されたメッセージや、過去の記憶、自分の現在を通じて、そして明言はされていないが「智依子」「佐々木妙子」「ニオモ」という小説を書くことを通じて、少しずつ失った時間を取り戻して行くと言う物語であり、喪失と再生を描く小説としては王道の王道と言えるだろう。

何がいいか。まず文章が抜群に上手い。それから、人の死が美化されていない。死は死、それだけ。でその文字通りの「死」の意味であるとか、残されたものとして生きるためのよすがであるとか、そういうものが淡々と描かれていると言える。淡々とといっても激昂したり落ち込んだりもするのだが、そうした一人称性の強さも舞城王太郎の強みと言っていいものだろう。とにかく言葉の持つ力の強さを、一文一文から感じ取ってほしい。これが喪失と再生の恋愛小説のトップオブトップです。ぜひご一読ください。

好き好き大好き超愛してる。 (講談社文庫)

風の歌を聴け / 村上春樹

村上春樹については説明いらないですね。

この作品は村上春樹のデビュー作であり、1980年代1990年代2000年代くらいまでに中高大学生だった読書好きなら必読だった本ではなかろうか(大袈裟)。とにかく、都会的でさっぱりとしていてあとくされのない文章で綴られて行く。

この作品は当たり前のように芥川賞にノミネート、受賞、とはいかず、当時の文壇では相当嫌われたらしい。とにかくそれまでの純文学とはかけはなれた、言うなれば「ちゃらい」小説であると。
しかしこの前石田衣良youtubeで知ったのだが、当時のアメリカ文学好きなら「ああヴォネガットの系譜ね」と元ネタがわかっており、そうではあってもそれを日本に初めて持ち込んだのが村上春樹ということで「日本語でこれやるんだ、かっこいいじゃん」みたいに思っていたということだった。文体や構成自体は村上春樹の発明ではないということだが、どれだけ型を真似しても駄作は駄作になるので、ここまで傑作に仕上げたのは村上春樹の大きな力量と言えるだろう。

物語は、東京で一人暮らしをして大学に通っている主人公「僕」が、夏休みの帰省で実家に帰っているという設定で始まる。「僕」は、とある事故をきっかけに仲良くなった「鼠」とその夏を「ジェイズバー」という行きつけのバーで、ビールを飲んで飲んで飲みまくって過ごす。
ジェイズバーで知り合った女の子と親しくなり、いろいろあったり、鼠ともいろいろあったり、読者としては腑に落ちない展開もあったりするのだが、それもすべてトピックセンテンスによって回収される。これがいいたくて、こういうふうに物語を綴って来たのか、と気づく文章がきっと読んでいると見つかると思うのだが、そうなのだ。
ミステリみたいに「伏線回収」というわけではないんだけど、物語の全てを回収する一文がある(分かりやすくある)ので、そこまで読んでみてほしい。

ちなみにわたしはこんな記事を書いている。

nagainagaiinu.hatenablog.jp

もしこの作品を一読して意味がわからなかったらこの記事も読んでみてほしい。

風の歌を聴け (講談社文庫)

恋に至る病 / 斜線堂有紀

多作で有名な斜線堂有紀が放った小説。元々は電撃小説大賞の「メディアワークス文庫賞」を受賞してデビューした斜線堂有紀は、ミステリを中心に展開して来た。

本作はミステリではなくこれは何、なんなの、恋愛小説だろう、それは。大恋愛である。ということで、本作は斜線堂有紀の恋愛小説の金字塔であるとわたしは言い張りたい。冒頭にもこう書かれている。

これは僕がいかにして化物を愛するようになったかの物語だ。

そしてこんなセリフも書かれている。

そうです。景は百五十人以上の人間を殺しました。それも、自分では手を下さずに。彼女は疫病のように人を殺し、罪悪感なんて欠片も覚えなかった、化物です。僕はそんな彼女を殺しました。

そうこの物語は、直接手を下さずして人を殺した”化物”、寄河景の恋人、宮峰望を主人公にして描かれる。物語は出会いから始まり、宮峰望が景を見てきて、様々なことを通じて好きになり付き合うようになり、その力と純粋な邪悪さに慄きながら手助けをし、そして殺す。

殺し方は実際にロシアで起こった事件を下敷きにしており、実際に手を下すことのない殺人だ。それを景は一人で実行して行く。
のだが、その前に景と望の小学校編がある。景がどのようにして人々の心を掴み、操り、自分の望む世界を作ってきたのか、それの限界を感じた時にどう考えたのか。とにかく思考がサイコパスなので、読んでいて空恐ろしくなる。

すべてを知った望が最後に希望としたものはなんだったのか、それゆえに、なぜ景を殺したのか。景は実際に望を好きだったのか。

みなさんの目で判断してください!

と言いつつ、このツイートを貼り付けておきます。

斜線堂有紀はファムファタルだったりオムファタルなキャラクターが好きだと思われているけれど、どちらかというとそれで人生がめちゃくちゃになってしまってる方が好きで結果的にファタルキャラを生み出してしまいがちなだけで、子規冴昼じゃなくて呉塚要が趣味です

— 斜線堂有紀 (@syasendou) 2024年9月23日

(*子規冴昼と呉塚要は別作品の登場人物です)

恋に至る病 (メディアワークス文庫)

恋文の技術 / 森見登美彦

森見登美彦は、大学院在学中に執筆した「太陽の塔」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビュー。図書館で勤務しながら執筆を続けていたが、途中から専業に。おもに京都を舞台とし、大学生や大学院生を主人公とした作品が多く、その文章のうまさと魅力的なキャラクター造形などから人気を博している。
本作はそんな京都で活動する京都を描きまくる森見登美彦の一大恋愛エンタテインメント。いやそれは言い過ぎで、かわいい恋愛小説。
この作品は書簡形式を取っており、相手からの返事は小説に書かれずに主人公から送った手紙だけが延々と連なり、それを読者が脳内で保管して物語を作り上げて行という作品。

主人公は京都の大学院生守田一郎だが、研究室の先生の指示で石川県七尾市の研究所で研究を行っている。この主人公守田が、妹、先輩、同輩、家庭教師の教え子に宛てた手紙が十一話に及んで描かれて……ということなのだが、これめちゃくちゃ面白い。

辺鄙なところに一人置かれて友に手紙を送り、送った手紙だけが描かれるというのは太宰治の「パンドラの筺」を思い出す構成だ。実際に、主人公の照れが生み出すズレなどは踏襲しているように思う。

この作品、森見作品の中では最も好きなのだが、手紙(しかも片方から送ってるだけの)だけでこれだけ多くのことを語り、意中の人本人との手紙の交換は最後の最後まで無いのに、なのにこんなかわいい恋愛小説が仕上げられるのか、と感心する。

片側からの手紙なので、読者は出来事を相手からの手紙を脳内保管する必要がある。何が書いてあったのか、どんな出来事について書いてあったのか、何を守田に伝えようとしていたのか、などなどを読者が推量しながら読むのだ。これが楽しい。

「ああ、あそこの場面ここの!」「ここにもっていくためにこんなこと書いていたんだ」「まじか」みたいなことがラストに向けてドドっと起こり、ミステリでいうところの伏線回収、いや文芸でも伏線回収というのかわからんけど、一つの出来事、事実に帰結して行くさまが見事なのだ。

これを読んだら手紙を書きたくなること請け合いです!ぜひ読んでみて。

恋文の技術 (ポプラ文庫)

横浜駅SF / 柞刈湯葉

柞刈湯葉は、本作「横浜駅SF」がカクヨムの第1回カクヨムweb小説コンテストSF部門で大賞を受賞し、デビューした作家。元々は大学の任期付き職員だったが、任期が切れたことをきっかけに専業作家となり、結構せっせと小説を書いている印象。

本作は、ある時点を境に自己増殖し始めた横浜駅が本州全土を覆い尽くした、という世界観の中始まる。このように本州を覆い尽くした横浜駅だが、駅の中(エキナカ)に住んでいる人間の他に、駅の改札の外で小規模なコロニーを作って生きている人間もいる。ヒロトもそのような人間の一人だ。駅の中には「Suika」が無いと入場できない。なので駅の外で生まれたものは、一生横浜駅の中、エキナカを知ることは通常できない。
しかしあるときヒロトは、横浜駅から追い出された「キセル同盟」の人間から、「おれたちのリーダーを助けてほしい」と言われ、エキナカに入ることのできる「18きっぷ」を受け取る。有効期限は、利用開始から五日間。
ヒロトがこの18きっぷを利用して横浜駅に乗り込んでいくところから物語は展開して行く。

とにかく面白い。こんな着想でこんな壮大な物語が書けるのかという驚きがまずある。実際にJRを利用していると身近な単語「Suika(現実ではSuica)」、「エキナカ」「自動改札」などがうまく活用され、SFになっている。あと横浜駅の改修につぐ改修を見ていた身として、いやほんとに自己増殖があり得る(あり得んやろ)未来で面白い。
明らかになっていく「キセル同盟」、教授が言っていた「42番出口」の意味、わくわくする舞台設定。文章も読みやすく、最高だった。

はたしてヒロトの決断は正しかったのか。ただの成り行きで選ばされた未来は……それは数年、数十年が過ぎてみないと分からない。この世界はどうなっていってしまうのか。人間の手に取り戻せたのか。ぜひご一読ください。

横浜駅SF【電子特典付き】 (カドカワBOOKS)

カラスの親指 by rule of CROW's thumb / 道尾秀介

初めて読んだ道尾秀介作品。道尾秀介はサラリーマンをやりながら「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し小説家としてデビューした。その後このミステリーがすごいにノミネートされたのをきっかけに、文学賞にノミネートされるようになる。
本作は、直木賞吉川英治文学新人賞にノミネートされ日本推理作家協会賞を受賞した作品。

物語は、タケさんとテツさんの詐欺師コンビが、ひょんなことから少女一人と同居生活を送るようになるところから始まる。さらにひょんなことからさらに2人と合計5人で共同生活を送るようになる。そしてあることがきっかけで、5人が恨みを持つ相手が同一人物であることがわかり……

というストーリー。ミステリだが、ミステリ初心者でもまったく問題なく読めた。ミステリ要素に加え、人間の弱さ、強さ、感情のぶれ、ひたむきさ、いろんなことが詰め込まれており、ラストは本当に秀逸だった。一人一人の感情が深く掘り下げられているわけではないのにその痛みが苦しくなるほどわかる。そしてラストですべての伏線が回収され、すべてが、ああ、そうだったんだ、とかなしくもあるし救いでもあるし、という感じ。

過去は消せないけど、これからを生きていこうと思える。前向きになれる作品です、ぜひご一読ください。

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

パラークシの記憶 / マイクル・コーニィ

マイクル・コーニィはイングランドのSF作家らしい。元々専門職として勤めていたが、人の勧めでSF短編を書きデビュー。
日本では四作しか発刊されていないが、「ハローサマー、グッドバイ」が2008年に再訳されたのをきっかけに、2013年にはその続編である本作「パラークシの記憶」が日本で発刊された。
SF的な設定の奇抜さというよりは、人間の感情に重きを置いた抒情的な作品が多いらしく、また完成度の高さにも定評があるらしい。らしいなのはwikipediaで見ているから……。

さて本作は、前作「ハローサマー、グッドバイ」より何世代ものちの世界が舞台となっている。文明というものはあまりなく、狩猟農耕生活を送っている。集落はいくつかあり、舞台となっているのはヤムの村。村の男長の兄ブルーノを父に持つハーディが主人公となり、身近に起こった殺人と迫り来る大寒波のなぞと解決に奔走する。

ミステリとしても十分に読める作品だし、ハーディの心の成長や、村人たちや他の集落の者たちの描かれ方で人の社会ってそうだよなとかこういうところがうまくいかないんだよなとかそういうことが丁寧に描かれている。ハッピーエンディングではあるが今後への課題も、アイデンティティの問題も残されているラストである。が、読後感は非常に爽やかで、「ああ、よかった」と胸がちゃんと撫で下ろせるものとなっている。

話が本筋からズレるけど、地球人がこの星の人たちに文明を与えなかった(不干渉を前提としている。モーター車などの一部技術は提供している)のって、結局正解なんだよなと思う。技術の進歩は順を追って自分たちで獲得していかないと、持続可能じゃないんだよな。それに、多分この民族に必要なのは技術じゃないんだろうな、と最後まで読んでみて思ったりもするけど。

とにかく、話が面白い。最初世界観に入るまでが少し大変だけれど、設定が頭に入れば、本当に面白い小説なので、冒頭だけちょっと耐えて、ぜひご一読ください!

パラークシの記憶 (河出文庫)

オーデュボンの祈り / 伊坂幸太郎

大学卒業後SEとして働きながら小説を書き、本作「オーデュボンの祈り」で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞してデビュー。受賞歴としては、吉川英治文学新人賞日本推理作家協会賞短編部門、本屋大賞山本周五郎賞柴田錬三郎賞ほか。おそるべき作家である。
これだけの人なのでもちろん超有名で読書をしない人でも名前くらいは知っているだろう作家。そもそも、この記事を読んでいる人は何かしら伊坂幸太郎作品を読んでいる人が多いのではないだろうか。

本作は、コンビニ強盗に失敗した伊藤が、ある見知らぬ島で目を覚ますところから始まる。仙台から行った先にあるその島は、150年間外部との交流を持っていないという。そこで人間たちが心の拠り所にしているのが「優午」というカカシだった……というところから物語は展開していく。

島には、嘘しか言わない画家、島の法律として殺人を許された男、そして人語を解し未来を予兆するカカシ「優午」さまざまな登場人物がでてきて、その世界観に読者は少しずつ没入していく。

この島にはこんな言い伝えがあった。

ここには大事なものが、はじめから、消えている。だから誰もがからっぽだ。島の外から来た奴が、欠けているものを置いていく

村で起こる殺人、そして欠けているものとは?物語が進むにつれ、村の人たちの特性を掴んで伊藤が真実を明らかにしていく。ラストへ向けての怒涛の伏線回収はこの頃から伊坂幸太郎の得意技。

最高のラスト!ぜひご一読ください!

オーデュボンの祈り(新潮文庫)

窓際のトットちゃん / 黒柳徹子

黒柳徹子は、バイオリニストの父と専業主婦の母に育てられ、幼少期を北千束で過ごした。テレビの放送開始初日からテレビに出演し続けており、現在でも冠番組を持っているすさまじい人。

本作はそんな黒柳徹子の自伝的小説。物語は、トットちゃんが入ったばかりの小学校を退学になり、新しい学校の面接へ行くところから始まる。トットちゃんは少し個性が強く、「気になったことをすぐにやらずには気が済まない」「気になったことはすぐに訊かずには気が済まない」「落ち着きがない」「人の指示を聞かない」などの特徴があって、元の学校を退学になったのはそうした個性のせいだった。
新しく通うことになったトモエ学園は、一学年に数人の生徒、校舎は払い下げになった鉄道の車両、授業は自習形式でその日のスケジュールが終わるのなら好きな教科から始めて良い、など特徴的な学風の小学校だった。
ここではトットちゃんの個性は問題にならず、というか個性として受け止められ、トットちゃんはのびのびと生活を送ることができるようになる。

短い章、61章からなり、トットちゃんの学校生活が主たる題材。

思い出話をする(唐突)。わたしはこの小説に出てくる「トモエ学園」がものすごい好きで、自分が学校で友達にうまく馴染めてると思えなかったのもあり、とにかくトモエ学園に入りたい入りたいと思って小学校高学年を過ごしていた(トモエ学園は戦争で校舎を消失して廃校になっている)。トモエと似たように個性を大切にしてくれる中学に入り、その願いは半分はかなったが、やはり違う。学校に馴染めないわけではないのだが、友達もたくさんいるのだが、どうにも無理がつらいっていう感じで、トモエに対する憧れは尽きなかった。
今でもトモエ学園で過ごしたかったと心から思う。こんなふうに全員があるがままで受け入れ合える場って他にない。これは先生たちの、本当に尽力の賜物だと思う。それとめちゃくちゃ少人数教育だからできることで。多分無理なんだろうね。いやっていうか、人に合わせる訓練もしないと実社会では生きていけないしね、徹子は芸能界で生きていけたが。

という思い出語りになってしまったが、それほどまでに入れ込んでしまう学校が舞台の小説、ぜひご一読ください!大人になってから読んだらまた違う感想を抱くかと思ったら、「入りたい」という感想で同じでした。

窓ぎわのトットちゃん 新組版 (講談社文庫 く 10-2)

正義と微笑 / 太宰治

太宰治に説明要らないと思うので省く。

本作は、16歳の進が、将来の選択を前に悩みながら大人になっていく過程を描いた、日記形式のバキバキの青春小説。太宰治の幼少期の友人の日記をもとに書かれた作品と言われている。

日記を書き始めたきっかけとして、十六歳になったことで自分が変わってしまったと感じたことで、自分の一日一日がとても重大なもののような気がしてきたという理由を奨は挙げる。

そんな中帝大生の兄が聞かせてくれたマタイ六章の一節みこんなモットーを立てる。

微笑もて正義を為せ!

中学生活、受験、大学生活、将来の選択。大学へ進学した進は、周りに溶け込むこともできず、自分の理想的な将来を夢見る。ときには兄やその先生たちに助言を求め、その都度図に乗ったり落ち込んだりしながら、少しずつ成長していく。太宰らしからぬ、明るく希望に満ちた作品であるので「太宰」と思って読むと驚く人もいるだろう。

日記形式なので、誰に憚ることもなく不遜で傲慢で、しかし気弱になったり内省的になったりと、感情の描写の変化が面白い。説明文えでゃないため、周りの人たちが活き活きと描かれているのも良い。日記形式で進の成長過程がありありとみて取れるため、大人が読むと、微笑ましいほっこりとした気持ちにもなれる。

とにかく爽やかな読後感で、なんとなく過去の自分が少し癒される気さえするのだ。ぜひご一読ください!

正義と微笑

おしまいに

だらだらと居酒屋で管を巻く形式で管を巻いてた。どうだろうか、わたしと居酒屋で小説談義したくなったのではないだろうか?ではないよな……↓

さて、ここに挙げたのは、各作家の「最も優れてる」小説では、必ずしもないだろう。あくまでわたしが好きな作品を挙げた。また、各作家一作を原則とした。なので読んでいる人からしたら「森見登美彦なら熱帯一択だろ」とか「横浜駅SF入れるなら人間の話入れろよ」とかあると思うが、それは個人の好みの問題であると、ご勘弁いただきたい。

また小説をどんどん読んで、このリストは更新されるだろう。気分にもよるし。あくまで2024年10月10日の気分で選んだ十作なのだ。

そういうわけで、またいろんな記事を読んでみてねー。

ちょっとした感想 カテゴリーの記事一覧 - 世界は今日も簡単そうに回る

ちょっとした考察 カテゴリーの記事一覧 - 世界は今日も簡単そうに回る

などなど。

↓Xやってます↓

コーヒーのつもりでお湯飲んで「何これ薄すぎへん」とか思ってた…

— mah_ (@mah__ghost) 2024年10月9日

↓Blueskyが好きです↓

コロナ後遺症らしい

mah_ (@nagainagaiinu.bsky.social) 2024-10-08T04:01:57.848Z

bsky.app

「春気限定いちごタルト事件」に続く、小市民シリーズ第二作。

中学まで、知恵を働かせすぎて人を出し抜いて真相を見抜き、迷惑がられてしまうことが多かった小鳩常悟朗と、復讐に楽しみを見出しやはり人とトラブルを抱えてしまっていた小山内ゆきは、二人で、毒にも薬にもならない「小市民」として埋没しようと約束し、そのためにお互いを利用し合うことで納得し合っている仲だ。一見すると地味のカップルにしか見えないが、そうした思惑で二人は一緒にいる。

期末考査前のある日、小鳩くんは小市民として祭りに繰り出す。そこで小山内さんと会い、一緒に回ることに。もちろんそこには小山内さんの思惑がある。二人はただ一緒にいるということはない。あくまで利用し合うために一緒にいるのだ。

夏休み、小鳩くんはある出来事で小山内さんとの知恵比べに負けた結果、小山内さんが作ったスイーツランキングをすべて食べ歩くことに付き合うことになる。そうした夏休みを小鳩くんが送っていると、あるときマクドナルドで小学校からの友人(中学は別)の堂島健吾に出会う。健吾は、彼女の姉が薬物をやっているグループに無理やり付き合わされていているのを助ける、という至上命題を掲げ、張り込みをしているところだった……

<ネタバレあり>

読者のはるか上を行く小山内さんの謀略とそれを事後ではあるが看破する小鳩くんの知恵働き。というか事後なんだよね。出来事が起こった時点では小山内さんは小鳩くんの予測を超えている。それは、小鳩くんが小山内さんの賢しさを信頼していなかったから、ではなく、もう「小市民」であることもないことも通り越して人間として信頼してしまっていた、友達として心配してしまっていたからだろう。だから落胆も大きかったのだ。

しかしいやこのラスト……。たしかに、冤罪を押し付けたのは逸脱しているし、二人が一緒にいることでお互いに甘えが生じて全然小市民になりきれていなかったのも事実。だから一緒にいるのをやめようというのも合理的。でも寂しすぎるでしょう、このラスト。すぐにでも秋編を読み始めなければならない。ということでこの記事もここまで。そそくささささっっっっ。

夏期限定トロピカルパフェ事件 (創元推理文庫)

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フロロロロロローン

— mah_ (@mah__ghost) 2024年10月10日

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そんな僕には花の行方も見えないんだ でもそれでいいのだろう

mah_ (@nagainagaiinu.bsky.social) 2024-10-10T11:23:06.332Z

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「ある女王の死」「妹の夫」「雌雄の七色」「ワイズガイによろしく」「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」の五作からなる短編集。初出は全部小説推理。

「ある女王の死」は、最恐の高利貸し榛遵葉の死体の傍に置いてあるチェス盤から物語が展開する。刑事はそれをダイイングメッセージではないかと考えた。そして金庫を解錠し、そこにあるものを見た。この小説は、そこに至るまでの長い時間の物語。

「妹の夫」は、技術の進歩によって360光年先への有人ワープ航行が可能となった。荒城務はその宇宙飛行士として、最愛の妻琴音を地球に残し旅立った。荒城は琴音と相談し、家にカメラを仕掛けた。その画像は宇宙船にいる荒城に届く。時間差があり、音声データは無く、一方通行のコミュニケーション。ある日荒城がモニタを眺めていると、自宅に来客があった。手袋をした男と琴音がやがて口論をはじめ……。

「雌雄の七色」は、ある脚本家の元妻が残した手紙。さまざまな色(虹の色)に、元妻から脚本家への思いや起こった出来事が綴られ最後には……。

「ワイズガイによろしく」は、ギャングスタ、シャックス・ジカルロがトマトグレービーを煮詰めている場面から始まる。シャックスがキッチンにおいてあるジュークボックスを起動し、エルビス・プレスリーの"It's Now or Never"を聴いていると、突然音楽が途切れ、誰かからのメッセージが響く……。

「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」は、1970年代、ゴールデンレコードを宇宙探査機に載せるため、宇宙にいる知的生命体に伝えるにふさわしい写真を一般から募り、その選定をする委員会の様子を描いた物語。委員長であり科学者のセーガンが、まず癖のありそうな日本人の男にプレゼンをするように促すと……。

<ネタバレあり>

「ある女王の死」は妙に遵葉に感情移入してしまいそうになったが、いかんいかん多くの人間を死に至らしめた最低最悪兇悪な高利貸しだぞと。遵葉が仕事で金を貸してきたすべての登場人物のチェスにかける鬼気迫る必死さと、生駒と遵葉との穏やかな交歓とのコントラストが、物語に奥行きを与える。
極悪非道の人物がなぜか唯一心を許す存在に出会い……(その後はいろいろある)、というのは多分それほど珍しいシチュエーションではないのだが(当時のピッコロさんと悟飯みたいなね)、生駒は遵葉の苛烈な追い込みによって両親を失くしている。だからこそ遵葉は生駒に思いを重ね、近所のチェス好きばあさんとして見守って行くのだが、その捻れた関係と感情がグググっと読者の心を重くする。
遵葉が何年もかけて真壁を出し抜いたように、五越も何年もかけて遵葉を出し抜いた……はずが遵葉は過去の「封じ手」を用いて、生駒では無く五越が犯人として議論の俎上に上がるだろう仕掛けを最後に作る。これによって生駒は殺人の嫌疑を逃れるかもしれない、それはめでたしだが、いやいやそもそもこれ極悪非道な高利貸しのおばさんが身から出た錆で殺されただけやぞと思うんだが、しかしやはり綺麗に感情移入してしまい、「よしよくやった。よくできた」と拍手を送ってしまうのだ。それだけ主人公に感情移入できるということ。まあわたしがしやすいというところはあるのだが、それでもやはり斜線堂有紀の力だろう。

「妹の夫」は、熱い。宇宙と地球で時間差がある中、しかも荒城の宇宙船の翻訳機能が壊れている中、地球にいる本部の担当通信官であるドニに「琴音が殺されたが、その犯人は妹の夫である」と次のワープまでの20分の間に伝えようと試みる。二人の懸命なジェスチャー、単語単体のコミュニケーション、類推によって、ドニは荒城の家にカメラが仕掛けられていたこと、妻を殺害した犯人のことを知ることになる。そして度目の長距離ワープのあと繋いだ担当官は歳をとったドニで流暢な日本語で事件の顛末について話してくれる。熱すぎる。たった20分ではあったが二人には信頼関係が生まれ、事件が解決している(っぽい)。よき。

「雌雄七色」は、七色の手紙が、実際の順番とは逆に手紙の内容が示されて行くので、サスペンスとして逆にスリリングなものになっていた。手紙調は、近代文学を読んでいるかのような、感情の滲み出るものでしかし現代的な軽さもあってとてもよかった。このあと、潤吾は死んだのだろうか。わからない。しかし犯人ももう死んでいるのである。誰も罰せられない。罰せられるのは潤吾だけだ。そういう意味では全体の女性らしいねちねちした殺意から一転してさわやかささえあるラストであり、面白いというしかない。

「ワイズガイによろしく」は最高だった。ジュークボックスから流れてくる声=未来人が、なぜシャックスの生存にこだわったのかは明白で、それはシャックスの最後のセリフの通り。つまり未来人(シャックスの息子)は、自分の命のためにシャックスの命を守る必要があった。そのために、綿密に計画してシャックスに行動をさせた、何年にもわたって(何年も経ってるのはシャックスだけだが)。ここは循環している。
目的に向かって計画を立て粛々と実行していく(実行するようにシャックスに話す)様は、あらゆる仕事(犯罪)の計画書を書き綿密に実行してきたシャックスの子どもならでは。読んでいて気持ちいい爽やかさがあった。最高だった。

「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」は月並みな感想になるが玖水がやっぱりとてもよかった。こういう無敵のスーパーマンキャラ好きなんだよなあ、くせつよだったけど。この辺の、登場人物にやられてしまうあたり、斜線堂有紀にやられているのだよなあ。キャラが生き生きと描かれていると、それだけで楽しい。セーガンが、玖水を訝しがりながらも、玖水が次々と各人が持ち込んだ写真の謎と隠された事実を暴いて行くことが会議に資することをすぐに悟り、泳がせるところが、逆に科学者っぽいあり方だなと思った。おらんけど、科学者の知り合い。実際の選定の予選会がこんなふうに行われていたんだとしたらかなり胸熱だけれど、まあそんなことはなかっただろう。この作品を現実のカール・セーガンが読んだらどんな感想を持つだろうと思ったけれど、もう鬼籍に入られていた。そりゃそうか。

などなど。
いやー面白かった。斜線堂有紀は、短編だとこういう感じで、長編だとああいう感じだけれど、どっちをやっているときが楽しいのかね。気になる。

ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に

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— mah_ (@esttentenc) 2024年10月9日

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今回の激レアさんヤバかった。メモさえとってればもっと早く……とか言ってはダメか。

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5人の著者が「脱出」をテーマに書いたミステリー小説集。

作品は、次の5作。
阿津川辰海「屋上からの脱出」、織守きょうや「名とりの森」、斜線堂有紀「鳥の密室」、空木春宵「罪喰の巫女」、井上真偽「サマリア人の血潮」

読んでいて、わたしの中で「ミステリー」の定義がよく分かっていないなと思った、そもそもの話。密室とか殺人とか探偵とかが出てくる推理小説ってイメージだけれど、よく考えたらmysteryの意味が、神秘的なこととか謎とか怪奇っていう意味があるので、なるほどミステリー小説集だった。

どの作品もとても面白かった。

阿津川辰海「屋上からの脱出」は、友人の結婚式から始まる。その馴れ初めとなったのは、10年前に、天文部の合宿で屋上に閉じ込められてしまったことだ。なぜ閉じ込められてしまったのが、どのようにしてその密室から脱出したのか、などなど。

織守きょうや「名とりの森」は、近所にある立ち入り禁止の森「名とりの森」を探検するべく小学生のノキが森に入るが……

斜線堂有紀「鳥の密室」は、相変わらず恐ろしい設定。神父とそれにつかえる異端審問間のベネデッタは魔女裁判で多くの魔女の正体を暴き燃やしてきた。魔女と疑われるものへは拷問が行われ、最後は生きたまま釜で焼かれる。あるとき魔女と疑われたマリアが裁判にかけられ……

空木春宵「罪喰の巫女」は、某県にある籠守神社なる聖域と罪喰様と呼ばれる巫女を求めて主人公は山の中に入る。神殿には先客が4人いて……

井上審議「サマリア人の血潮」は、記憶を失ったトオルがガランとした病室で目覚めるところから始まる。自己血が輸血されている点滴スタンドの他には何もなく、外へ出ると血の入ったチューブを啜っている女に出くわし……

<ネタバレあり>

どれもとても面白かった。

阿津川辰海の「屋上からの脱出」は、合宿中に屋上に閉じ込められてしまった天文部が、どうやって屋上から脱出したのか、そもそもどうして屋上に閉じ込められることになったのか、なぜ出られなくなったのか。などなどがハルの口から語られるが、当時の時点でトリックとその失敗に気づいていたハルにはなんとなくやるせなさを感じた。否定したけれど茜先輩のことが好きだったんだろうか。それは分からない。けど、普通なら「犯人」を咎めてしまいそうなところ、飲み込んでいたんだからハルはすごい。
こういう誰も死なないミステリは結構好きだな。

織守きょうや「名とりの森」は、めちゃくちゃよかった。ちょっと舞城王太郎味のある不思議なできごとを題材にした小説で、大好物な感じだった。ノキが一年以上森の中で生き延びていたのも嬉しかったし、森に棲む者は本当に恐ろしかった。自分も森に入っているような気持ちにさせられて、大変楽しく読んだ。

斜線堂有紀「鳥の密室」は、残酷描写があり、読み進めるのが苦しいが、最後に爽快感があ……ると言っていいのだろうか。読後感がよ……いと言っていいのだろうかという感じで、最終的に捉えられた二人が密室から脱出でき、前向きな感じで終わるのだが。その前にボロ切れのようになった身体を抱えてこの先どうやって生きていくのだろうと思うと、多分長くは生きないんだろうなと思って切なくなった。が、そうだとしても抜け出すことができたころは本当によかった。

空木春宵「罪喰の巫女」は、文章が硬い。明治時代の文章みたいな感じで、最初チューニングが大変だった。内容としては、罪喰の巫女に会いたい主人公が罪もない人をぶっころして罪を作り、罪喰の巫女に会いにいき、脱出を提案する。
主人公は戦争で家族を失い、瓦礫に押しつぶされ共に閉じ込められて妹を食って生還している。戦争のことが結構絡んでくるので、あんまり不用意に何かを言うのも憚られるのだが、そんな主人公、ラスト、一読して意味がわからなくて二度読んだ。

井上真偽「サマリア人の血潮」は、主人公が逃げながら記憶を取り戻していくのがスリリングだった。カズトに感情移入してしまうのはわたしがサイコだからかもしれないが、カズトの自分勝手な話にギュッと苦しくなってしまった。自分と自分の大事なもの以外はどうでもいいくせに、自分の大事なものが損なわれたときにめっぽう弱い。そういうところだぞ、と言うのよわたしはカズトに、そして自分に。

どの作者もとても面白い小説を書く人だなあと感慨深い。また他の作品も読んでみたくなった。こういう作品集のいいところよね。目当ての作家以外の作家さんに出会えるって言う。

大変によかったです。

ミステリー小説集 脱出

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そういうわけで、また新しい趣味見つけなくちゃ。

— mah_ (@esttentenc) 2024年10月5日

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人を呪わば穴二つ

mah_ (@nagainagaiinu.bsky.social) 2024-10-06T21:19:33.652Z

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