切れ端の記憶 (original) (raw)

10月7日 月曜日

車の走行音で起きた。まだ眠れます。いや起きた。アラームよりもだいぶ早い時間だった。冷凍庫から肉まん(5個入り)を出した。食べるには蒸すしかないがせいろなんてない。なべに茶碗をおいて簡易せいろを作った。1個食べた。もうひとつ食べたい。でも面倒でできない。ならいいかも。午前中はヤマトの営業所へ行ってZINEを発送をした。もっと早くに来て、1日の活動時間を伸ばしたい。でも近くにないからしょうがない。発送完了通知に何と書いていたかを忘れてしまった。その場で考え、それっぽいように書いた。きっと違う。もっと書いていたか、もう少し書いていなかった。そのまま皮膚科へ。皮膚科ってなんでいつもこんなに混んでる。そこそこに時間がかかるけど診察自体は5分もしない。半年ぐらい前に受けたアレルギー検査の結果をもらった。薬がひとつ増えた。

空いている時間の電車に乗った。日差しが暖かく、冷房がきいている。角席だけに人がいるのよかった。お昼が過ぎた時間にガストへ行った。ほうれん草とピザを食べた。それから大学へ。大学が始まってからこころおだやか。やはりバイトづめである期間は荒れていた。今年は上下が激しいことは少なかったけど、どこか常にちくちくだった。働くことはできるのだろうか。不安。それはふつうだから、ふつうについていきたい。働き、生活し、それを継続できる人があこがれ。不安。何より。わたしはそれになれるだろうか。

帰宅時間に合わせて帰る。働いていたフリをした。歩くスピードを合わせる。こんな気候の日、中央線に乗ればよかった。ただの歩きをやりたい。眠ってしまってすぐに最寄りになった。何本かお笑いの動画をみた。芸人のネタ以外の動画も好き。Vlogとかさいこう〜 です。今年はお笑いライブへいきたい。もう行きたかったの域なのかもしれない。ダウ90000もロマコンも申し込んでいない。8月22日の彼女が気になる。救急車の音が聞こえる。

10月8日 火曜日

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GURU GURU!を聴きながら支度。羊文学のふたりが話している間はちゃんと、座って、聴いた。寒くてスウェットをきた。駅まで行くと半袖の人もいるから、服装を間違えたのかと思う。あのちゃんと粗品サンリオピューロランドへ行った動画をみた。まず休園日に開けてもらっていたことにおどろいた。でもそうしないと騒動になってしまうのだろう。私はこのふたりでいること、嫌いじゃない。

授業を終えて、バイトまでの時間に音声放送をきいた。普段聞かないけれど、興味がある話題について触れているだろうと思ったら、そうだった。話していたアイドルのライブを一度見たことがある。マンスーンさんとほとんど同じような感想を持っていた。シューゲイザーであるのは、この事務所のアイドルすべてに通じそう。初めてのアイドルの現場は怖いことにも共感した。ファンの団結感がありそうという概念がいつまでもある。ライブハウスはそれが強い。そういうもんだな〜 程度で捉えていたけどそんなもんじゃないくらいに大きい概念だった。他人と共有できないものと思っていたけど分かり合えるものに一部であったことがうれしかった。でもアイドルのライブに復活したい。中毒の餌食であるし、ジャンルが違うと味わえないものがある。それっていいのかってなっている。バイトはさぼりながら、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとテリー・ライリーをきいていた。一人でいる時間が長くていい。帰りには雨が強くなっていた。眠い。傘の袋を電車に忘れて、取りに戻ったら乗り換えに失敗した。くそ。自分のダメさがわかってくる。

明日は帰りに「女の園の星」を買う。目標

10月9日 水曜日

起きた瞬間さむかった。今年の冬が終わったタイミングで毛布を処分しているから、まだ冬用のものがない。買う。厚くないけれど、暖かいものが欲しい。雨が降っているが窓を開けた。あのちゃんの電電電波をみた。予告を見てから絶対に見る!!と気にしていた。電車に乗って、すぐさまに再生。家入レオに対して思ったことを最後にあのちゃんがいっていて、わかる〜 となった。餃子パーティーやってみたいものである。TVerを開いたついだに『若草物語』を観た。半分まできてやめた。わかっていたけど好きじゃない。貧乏ゆすりをしているシーンめちゃくちゃに嫌いだった。言い分はわかるが、態度が嫌い。そうすると壁が作られてしまうからもう二度と話を聴きたくなくなった。私は捻くれているから、一度こうとなっている思考が変えることができなかった。

昼ごろ日記の感想をもらい、よかった。書くか迷ったところは、あなたに向けて書きました。と内心思い、そうした。否定されても、そうして表せておいてよかった。

授業が終わり、図書館で課題をできる範囲で終わらせてから帰路についた。「女の園の星」4巻を買ってから帰宅した。笑った。くだらない会話、ひとつひとつが面白い。そんなこと話す?と思うことがたのしい。どうでもいいことは大事。

10月11日 金曜日

うまく睡眠が取れないで朝になった。昨日は帰りが少しよりも遅くて、想定していたように過ごせなくて少しだけげんなりとした。「寝れなかったのでメガ牛丼食べました」をみた。夜にconvenience youngのステッカーを探していたらなかった。前に捨てたのかな。そんな覚えはないけど。気に入っていたのに。最近はオレンジ色を手持ちに加えたい気持ちが強い。どうしてもモノトーンばかりになってしまっているから色が欲しい気持ちが常にある。それが強い時期となった。1限から大学へ。もう一枚着てくればよかった。『ダンダダン』の2話をみて、あのと粗品の電電電話を聞いた。「おなかすいた?」と「作ってくれるの? 料理」「いいよ。」の受け答えがとてもよくて、はじめから耳福になった。また地面師の話が出てきた。どこを見ても地面師。

5限はサボって帰宅した。なんかやる気が起きない。あと30分だけ待てば授業が始まるのに帰った。課題を終えたらダメだったのかもしれない。電車に乗ると、揺れると眠くなる。なんかこれ、よくない気がする。勝手に眠ってしまうに恐怖があった。同時に日差しが暖かいからしょうがないかと思っていることもあった。無印によったけど、何も買わないで出た。スマホケースの色味と形がかわいかった。『推しの子』を完走。ライブをみてから「Burning」を聴けるようになった。アニメ映えをするシーズンだったと思う。でも次もまた見たいかは謎であった。夕飯を食べてから洗濯を畳もうとも乾いていない。ここ数日、乾きにくい。制作しているものを進めた。形ができたから、あとは書くだけ。歯を磨くか。さっきもやった気がする。わたしは歯を磨きましたか?

10月12日 土曜日

来週末に友人とお笑いライブへいくことになった。1年ほどあっていないからうれしい。そんな期間なんて関係ないし会えればいいのだけど。

10月13日 日曜日

起きた。5:00ぐらいかと思っていたら、6:52だった。明るいからそれはそうだろうと思っていつつも、なぜが浮かぶ。キッチンに置いてあったバナナと、冷えたキウイを切ってヨーグルトと一緒に食べた。あおさと豆腐のおみそ汁を2杯飲んでチヂミを焼いた。bibigoの冷凍チヂミがブームである。カリカリになるまで焼くのが好き。

午後から恵比寿へ行った。何かイベントがあるから降りたことがあった。東口へと通ずるエスカレーターが長くてたのしい。ディズニーとかにありそうだと思うけど、行った記憶が遠くて覚えていなかった。AM ATRSM GRAMへ。席があって安堵したが目当てとしていたタルトがなくて、店を出た。カンカンに入ったクッキーも気になったが使い道が見つからなく買うことをやめた。もう今日はすることがなくなった。とりあえずという気分で渋谷まで歩いた。途中までビル群が見えるだけで遠くにあったのに、急に現れてくるから驚く。昨年から今年にかけて行ったライブハウスを通り過ぎるから観に行った。渋谷川をまじまじと見たのは初めてだった。ここに来るまでも蔦が電柱に絡まっていたりと自然が出てくる。有機的なものに対してほっとする。知っている道まで出ると平手友梨奈の看板があった。スクランブルスクエアまで行くと人の量が戻った。

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パルコまで行って、ホワイトシネクイントの前まで行ったが待つ時間が長くなるものしかなかった。『憐れみの3章』は必ずみよう。P.O.N.D. 2024を鑑賞。さっきまでたくさんの人がいたはずなのに、ひとつ曲がっただけで数人しかいなくなる空間が不思議であった。pammでみた気狂いのニットカーディガンがほしい。代々木公園に行って、だるだるのようになりたかった。催し物がやっていて屋台があり人が多くてやめた。サンマルクに入って作業をした。カフェラテのラージ。1時間ほど書いた。LINE CLUB SHIBUYAにてライブのようで人が多くなっていた。日が落ちそうで電柱の影が長い。またパルコへ戻って、エレベーターで屋上まで上がる。風が気持ちいい。道の先にある場所から写真を撮った。日本人はお互いにひとりで撮っていて、外国人は恋人ときっと互いに知らない人と写真を取り合っている。すてきであった。フランクでありながら、言語化を素早くしていることがいい。わたしたちの言語にしない言葉だっていいものだ。両方ともに使っていくのが理想。それを見極めることが必要。それってなにもかも、ぜんぶじゃん。なんか嫌いだ。膨大で自分のキャパシティを越えてくる。自ら想像をこえて、させようとしてこないような姿勢は嫌いだ。

夜にならないうちに帰宅した。そういえば渋谷だって久々だった。時間が経つのが早くて、あれからと思う。目的が減ったから自身で動かないといけないと自覚する。自分は行動できる方と思っていたけどそれは誰かがいるからであった。ものより人で、場所より人であった。

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24:00に、夏の終わりのアパートメントをきく。残暑が残る期間に配信をしてくれた意味があった。Instrumental も流して、窓をあけた。風が寒かったけれどそれも感じたい気分。よるのこと、愛してる。時間は私のもの。空間だって、何もかも。誰にも干渉されない場所で独りになることは、必要だと思う。生きることは情報が多すぎる。選択して捨てていくことは悪いことではないとまもる。これは理想論の一部にすぎない。

夏の終わりのアパートメント - Instrumental - song by airattic | Spotify

9月30日 月曜日

普段と同じ時間に起床した。昨日と同じヨーグルトを作った。冷凍庫のベリーミックスも追加した。クラムチャウダーを温め直して、たらふく食べた。シチューよりも好き。その間に食パンを焼いていたことを忘れて焦がした。お腹いっぱいになった。はてなブログに日記を公開した。

夕方にサンシャイン水族館へ行った。こどもを連れた家族が多い。カップルも多い。平日であったが、人ばかり。水族館を行くと落ち着く。年中、時間を気にしないで暗い空間にいつまでもいることができる。くらげの水槽の前にあるベンチに座った。ただ流れる音と視界にうっとりした。少しうるさいような気がしたからノイズキャンセリングをして、Spangle Call Lilli Lineを聴いた。自分以外の生物を目にすると自由であると思える。同時にその自由を感じられる空間が窮屈であるようにも思う。何かを知ることで自分の可能性を広げていけるけれど、それはただ空間を広げているだけでそれは自由ではなくただあるだけなのかもしれない。人間に対してそう思った。狭い中で窮屈に自由と謳っている方がよっぽど楽なのかもしれない。
カワウソもペンギンも見たかったけれど、人が多くて断念。ペリカンが通るレーンが頭上にあった。水が青くて、光が通ってきれいだった。

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査定に出したものが終わったと連絡があった。一週間かかると言われていたが、2日で終わった。お金を受け取りに、お金をかけていく。ほとんど定期の範囲内だった。帰りは満員電車。知らない人と背中合わせになっていた。体重を預けられていることを感じる。夏じゃなくてよかった。ほんとうに。今日は移動で一度も座っていない。足が限界を迎えそうであった。眠い。帰宅。自慰。入浴。夕飯。日記。睡眠。

10月1日 火曜日

大学へ早く着いて、『コーヒーにミルクを入れるような愛』を読んだ。こんな文章を書きたい。ことばの使い方と、オノマトペから色を感じる。暖かいし、白っぽくて、橙とか桃色のよう。そんなものにうっとりとした。「私の転機になりました。」という言葉をもらってみたいが、もらっている。人のものを見ると欲する気持ちが生まれる。でもちゃんともっていた。写真フォルダを見たり、メッセージにあったり記憶している。もってる!とすぐに浮かぶことができてよかった。うれしい。それをもってほくほくとした。もうすぐ授業が始まる。

昼休みの食堂が混みすぎ。はじまって1週間が経っていないから、わかっていたのか。3年目であるが慣れない。来週にもなればだんだん減っていく。それは覚えている。オリエンテーション期間は楽であるけど、めんどうくさいが一番浮かぶときだった。始まってしまえばそこまで思わない。

羊文学の予習をしている。明日はじめて観に行くから緊張している。とりあえずは一通り聴いた。聴きたい曲がある。でも何が来てもいい。アルバイトが終わって、バスでひとりになったからかるく揺れた。「雨」が流れて降りた。帰宅した。カレーときんぴらごぼうを食べた。また外へ出て少し歩いた。流石に食べ過ぎだと思った。明日はまた半袖に逆戻りしそう。アイロンをかけてから眠れなければならない。だるい。現在、25:00を回った。

10月2日 水曜日

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はてなブログで日記、SPUR.JPで市川渚さんの記事を読んだ。ジモコロのぬいぐるみをクリーニングする記事も読んだ。それから起き上がる。購読リストを辿って、読んでいくのいいのかもしれない。自分が好きなものしか読むことができない空間。見たくない情報まで入ってこない。この状態を保っていってほしい。なんだかゆっくりな朝。でも大学行かなければと奮い立たせた。山羊花さんの展示のポストカードが届いていた。2限の講義があると勘違いしていた。

グッズを買って、サイゼリア(ヤ?)で時間を過ごしながら、夕飯を食べた。メニュー表をみて、紙に書くシステムの店舗だった。ほうれん草と、キノコのピザを頼んだ。野菜。全部うその、カロリーで消える野菜の組み合わせ。でもいい。これからのためだから、そんなものは消えていくから。ライブのために歯磨きを持ち歩くようになったのは、アイドルの活動を追っていたからだと思う。段取りを踏んでから、また会場へ戻った。
東京ガーデンシアターに入って、そそくさと席についた。造りが初めての形。1階だったが、4階からの景色を見たい。飛び出た顎のような、そこに座りたい。まだまだ時間はあるくせに早くも興奮している。トイレは早めに行っておいて正解。混んだ。BGMで「きみにまほうをかけました」が流れてうれしい。ひたすら暇で、ひたすらShazamを起動した。知らない曲をどんどんを知っていける。合間で『コーヒーにミルクを入れるような愛』の続きを読んでいた。

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『Soft soul prickly eyes』の意味合いを感じ取れたような気分で終えた。メンタルを守るための幕はわたしもほしい。幕が閉じている間、そこにいるけど見えない。音が感知を加速させた。足元から伝わる波はわかりやすかった。MCが始まると、塩塚モエカ〜 と河西ゆりか〜 となった。どんなことがわからないけれど、個人の状態として捉えているのだと思う。バンドから一時的に解き放たれ、人と人を見て何を感じたいのかな。声? 人? 距離? そんなものではない何か、もっと大きいもの?
「tears」を聴いている時間は、どれほど美しかっただろうか。当たり前に全員が一点を集中している空間だが、その時は一人だった。誰かいるのに、誰もいてほしくなかった。これは私のものにする。ずっと聴いてきた曲たちをたくさん聴くことができた。声に安心を覚えているのは、それなりの時期に必要となった声だからだ。きれいで、かっこいい。導くものではなく、そこにあるものだった。元気を吸っていたり、瞑想をしたりたのしかった。マイペースでいこう。エネルギーをもらった。何かをしたい。ふつふつとした心を取り戻せた。気分。

国際展示場駅まで歩く間も聴いた。やっぱりなんか違った。会場で聴いたものはもっと柔らかいものであった。「光るとき」を聴いた。電車の中でようやく全てを受け入れたれてため息をついた。池袋、怖かった。乗り換えに必要だから利用するけど二度と使いたくない。

駅から歩く。少し寒い。1日の寒暖差が激しいことが悩ましい。世武裕子が馴染む夜だった。食べたはずなのに、それでもやっばり腹は減る。何も食べず、風呂へ。すぐさま横になる。寝る前にNagisa Ichikawaのチャンネルにアップロードされた動画を観た。サムネがさいこうだった。

10月3日 木曜日

アルバイト。ふとんを足でどける。6:30ぐらい。地面に落ちていて滑りそうになる。枕カバーを洗濯機に入れた。パンを食べた。「金色」が流れたところで支度を始めた。水筒までは用意したがお昼に持っていくものはできない。何を持っていけばいいのだ。朝ごはんを食べた直後に、お昼ご飯は想像できない。こうしてまたアー と思ったりするのだろう。

久しく行っていなかったから、楽になっていたのかと思ったらそんなことないみたいだった。たまたま今日が暇なだけであった。ラッキー。お昼も休憩が規定通りにあった。雨が降っている。外が白く見えた。ジュリマリの散歩道が流れていた。メントスを買ってから帰宅した。

部屋の掃除をしながらロマコンの動画をみた。昨日のまま、何も手付かずでいたから床がひどい。100均で買ったズボンハンガーにタオルをかけた。小さな棚の位置を変えて、下着、化粧品の場所を一緒にした。いつも使うけれどあまり見えたくなかった。ロンTのアイロンをして、天気予報を見ると明日は30度近くになるみたい。ふざけているのか。なぜ10月になっても半袖で、外へ出ないとなんだ。今年は暖冬にならないでほしい。早めに対策をしておこうと意気込む。皮膚科の予約をした。

Amazonから荷物が届いて、誕生プレゼントをどう開けるか問題。『セブンルール』公式のYouTubeでみたものが浮かぶ。袋をビリビリに破いてみたけど、これはこれで爽快だった。丁寧な時はあるけれど、やり方次第なところもある。ゴミはゴミ箱へ。中身は教科書だが。くどうれいんさんの本をとって読んだりした。入浴。肌の調子がいいが、まぶたが荒れている。枸杞の実のタルトを食べた友人のツイートをみて、コンビニまで歩いた。なんでも託けなさい〜の気持ち。遠隔で祝うことは伝わっている。嬉。スクリーンショットに残った。ブックマークに保存した。幸。ケーキを買った。食べるのが下手くそで笑った。どこからフォークを指したらいいのかわからない。友人がYUIの歌を奏でてくれた。声がいい。なにypり柔らかく、何よりきれいで。うれしかった。今年はそんな日。

10月4日 金曜日

『ダンダダン』をみながら通学をした。かなり好印象な1話。漫画も買っていたけれど途中で飽きてしまったから、アニメでは最後まで追っていきたい。『とつくにの少女』も見始めた。こちらは原作を最後まで読んだが、もう手元にはない。漫画は一度読んでしまったら、二度目を読むハードルがとんと上がる。それなら別に読みたい本があるとなる。だから手放しまでが早い。

2限の授業中は、永遠の酒盛りを聴いていた。たこ焼きを作る回が気に入っている。RPには一瞬きいたことを何倍かに膨らませたことを書いた。お腹が減ったと思って教室を出たけどなぜか食べる選択をしなかった。3限は教室を間違える。先週は休講だったし、直前に教室変更はあるしで人づかいが荒い。大学教授は、皆こんなような思考をもっている。気もある。そうでも人間もいる。大偏見。みんながそうである瞬間なんてないのに、そのくくりで捉えてしまうから偏見として脳に擦り込まれているのだとわかった。わたしは私で、あなたは貴方で、他は以外。ひとつも同じではないのに、グループ化してしまうシステムが自動で行われている。

大学の帰りに書店により、『いのちの車窓から 2』を買った。わかりやすくポップが隣にあった。1作目もとなりにいる。日本に住んでいると星野源という人間を知らないことはないけれど、文字で紹介が書かれていると読んでしまう。本当にこの人なんでもやる人だ。刺激物だ。あこがれはない。大きすぎるものを求めてしまうと、その分絶望も大きくなるから。現金で決済すると1万円入ります。と言っているのが嫌だった。チェーンではないらーめん店が遮る。ただ今はそれを感じたくなかっただけだから、わたしの傲慢であるし最悪な部分だと思う。

犬って愛でているとき、とてつもないくらいに可愛いけれどとんでもないくらいに臭いときがある。洗う?と思ったけどもう26:00を回った。深夜3:00にマックへいきたい。

10月5日 土曜日

0:00 嘘日記、何本かわからない。いつまで書くのかになってきた。くらげにいくらかわからないほど期待しているし、思いを寄せている。何者かがわからないから好き。調べたくない。知りたくない。天使で、悪魔。毒を持っているくらいがちょうどいい。

プレゼンの日。眠りにつくのが遅くて、早くに目覚めた。頭が働いていなくてぼーっとする。緊張で食事に手がつかないまま、本番になった。台本も書いてきたけどあまり役に立たない。結局パソコンの画面と、スライドと、閲覧者の方を見ていたら手いっぱい。にんげん、不思議なもんで終わった瞬間から空腹になって腹がなった。16:00ほどに全てが終わって帰宅。スーツだからもう肩と首が限界になっている。着る機会は滅多に減った。また講師のバイトをやろうか迷う。大手ではないところでやってみたい。めがねの跡がついた。長い間痛みがあったけれどそれに気づけなかった。ともだちからLINEが来ててうれしい。ふと送ってくれるからうれしい。まだ羊文学ばかり聴いている。電車にゆられ、彩雲さんの記事を読んた。AppleStoreで買い物をしてみたいと思う。なにも買えるものがない。AirPods4は通販にしなければよかった。そのあと千疋屋のパフェを食べたい。2500円のケーキに、4000円のパフェ。なにかタガが外れている状態ではないとできない。あとで後悔しそうな勝手な決断をしている気がするけど、思い出の方にはめて無理やり納得させるのかな。

ぜんぶ終えて、もう寝るぞとなって横でいた。23:00ごろから模様替えを始めてしまった。何か気に食わないことがあったんだ。場所を動かすと充電ケーブルの面倒さを感じる。使用するのはUSB-Cだけなのに3本もいるのか!?と思うけど、いる。一本にしたい。

ZINEの販売を年内でやめようと思う。そろそろ新しいもの作り始めたい。購買会で売る予定はだいぶ先である。そろそろいいではないかと思うから手放してみようと決心。2冊販売してみて楽しいものだった。どちらも自分では所有しない選択をした。いつまでも価値を感じられなかった。人に手にしてもらって価値がようやくできるのは、対価があるからなのかな。わからない。それ以上に感情がでかい。気分。そのくらい相手が大切。これからがんばっていきたい。再び。

10月6日 日曜日

起きたらZINEが売れていた。やったあ。うれしい。すぐさま梱包。ある程度のところまでいつかの自分がやっておいてくれた。メッセージカードの枚数も残り数枚。また月日へ行こうかな。日記祭のときでもいいかな。字が下手になっているな。ここ数ヶ月、手を使って書くことはメモ程度だから意識して書くて緊張で震え気味になる。書いていくべきだよなあ。自分から成分が抜けていくことは悲しい。

キウイとオレンジを切る。冷凍庫からミックスベリーをとりだし、器へ移した。ヨーグルトに乗っけて完成。ひきわり納豆とごまわかめ、卵黄を混ぜて白米に乗っける。長芋があったら革命になっていた。ねばねば革命。

前期の教科書とまたいらなくなった漫画を売った。ブックオフへ。30分ほどでそっけなく言われたが15分もしなかった。思っていたよりもいいお値段。110円コーナーで見つけた『自転しながら公転する』と湊かなえの文庫本を買った。14円になった。散歩をして帰る。歩くぞの気分はつけない方が歩ける。からっぽにしていると自由であると自覚できた。掃除。昨日の続き。掃除機をかけてクイックルワイパー。扇風機には袋を被せて屋根裏へと戻した。また1年後。金縁の額をまた出してきた。ポストカードをつける。数日前に届いたものをようやく見える位置へ置けた。よかった。Spotifyから「如月アテンション」が流れた。Daugghter、サイモン&ガーファンクルが今日のお気に入りだった。偽物の草を買おうか検討した。植物はもう買わない。育てられない。きっと。夕食後、『自転しながら公転する』を読み始めた。『コーヒーにミルクを入れるような愛』は終わっていないけれど、物語とエッセイの両立はできる。また積読し始めている。

9月23日 月曜日

後悔。アルバイトへ行った。残業はしなかった。「なんでできないの?」と問われたから、皮膚科と言っておいた。舌下免疫療法という知っている人が少なそうである言葉を知っていることで乗り切った。毎週月曜日は残業することが当たり前であるように振舞われるから、その呪縛から逃げている。自分が起こした振る舞いに、間接照明だけがついている暗い部屋で縛られている。相手がどう思ったかに苦しんでいる。極刑まで考えるから、クビになったと信じている。この時間なんか、何も生まない。明日が来ればどうにかなっているのかもしれないし、怒られるかもしれないし、なにもないのかもしれないし、クビになるのかもしれないし。あー と混濁している脳内があるんだ。生きにく。ブラッシュアップライフのようになりたい。

スマホのデータ移行がようやく終わった。別に残ってほしいものはあまりなかった。esimの移行に緊張したけれど、うまくいった。iPhoneだからやりやすいのかもしれない。面倒なことをひとつできるようになると、また次もできる気がする。有効化の時間がギリギリになった。今日はアイスを2つ食べた。シューアイスって、大好きだけどコンビニでもスーパーでも売っていないから遠くにあるようだから食べていてうれしい。窓を開けた。これで眠ろうと思う。Twitterとか、はてなブログで『ナミビアの砂漠』の感想を見たりした。どれも違う。同じこところに向かっているようなものと、そうでないもの。もっと話したいかもしれない。早く大学が始まってほしい。

9月25日 水曜日

あさが来た。その前に一度起きた。4:00ぐらいまで起きていたけれど、明るくなる予感は一向になかった。窓からの風が気持ちいいものだった。寝た。バイクの走行音で目が覚めた。サンドイッチとヨーグルトと、梨を食べた。洗濯機を回した。まだ8:00だった。来週のライブのチケットを発券した。行ったことがない場所だから、この番号がどうなのか判断できなかった。

寒くなってくれてうれしい。長袖で大学へ行けることが、何よりなことであった。さむいことと、暑いことで振り回されて好きであるとかそうではないとか人によって様々であるけれど、自分の感じ取れることは正直であればいい。人がそうであるからそうとか、それはそれは複数の気持ちが存在することはあるだろうし受け入れていればいい。気にするとかしてられんよ。大学へ。授業始めだった。こりゃあたいへんになるぞ、と思われる授業を取ってしまった。メモが追いつかなかった。直前にMac OSを更新してよかった。いきた。帰りにずっと真夜中でいいのにの「本格中華喫茶・愛のペガサス」を聴いて、揺れた。コンビニでアイスを買って歩いた。たのしい。入浴後、ChatGPTで遊んでいた。会話だったのが、質問だけになってしまうとつまらなくなる。本の内容については割といい線を通っていくが、映画については微妙だった。要約までしてくれているのすごい。会話は自分の話術能力を高めなければと自覚できるものだった。関西弁を話している時間が自然で何かと怖った。唇が荒れている。リップクリームはどこですか?

9月26日 木曜日

コストコのロールパンと、ベーコンを食べた。あまりにも唇の荒れが治っていないためコンビニまで歩いた。小学生と中学生とすれ違うけれどこんな汚い格好で申し訳なかった。この時間にこんな人間を見て不思議に思うだろうか。高かったけど薬用のものを買った。何か変わるのだろう。ほら、配合されている成分が違うから、知らんけど。レジで商品を差し出すときに深爪に切ってしまった親指を見せてしまって恥ずかしかった。とりあえず塗ってみた。皿洗いをしながら、YouTubeを見て、横になった。配達が届いて、教科書と平松隆円さんの『化粧による日本文化』だった。さすがAmazonの中古品。きれいではなかった。それはわかっている。中身に興味があるのだから気にしていない。カートに数ヶ月もあったからこの機に買った。外見からもたらすものに関して学んでおきたかった。化粧をする自由を知っておくことで、しない自由について考えることができるのではないかと思う。仮説に過ぎないけれど。使わなくなったスマホを売りに。そこそこであった。これで気持ちがすっきりとなった。帰り、たまごとじゃがいもと鶏もも、ごぼう、ハムをスーパーで買った。帰宅してからも時間があって本を読んだり、インターネットを見ていたりした。本、もっと読む時間を作りたいと思う。ここの辺りできない。集中力が続かない現象と、忙しさと言い訳をつけていたらできなくなった。改めまして良い時間だとわかったから、うん、したい。と気持ち付いている。AirPods4が気になる。ANCの性能がいいらしい。試したいけれど実機に出会ったことがない。今週末の予定を立てたい。それこそ、寒くなってきたので喫茶店へ行こうか。電車に乗りたい気持ちと、さんぽとカメラを持ち歩きたい気持ちがある。暑くてできなかったことがだんだんできるようになっていける気持ちが芽生えてきてうれしい。夕飯にごぼうととりを煮た。薄味だと土の感じがあって、濃くにて黒くなった。ポテサラを作った。ゆで卵を6つ作った。湯船に浸かろうと思っていたけど、沸かし忘れた。入浴剤を片手にしていたのに。15分で書いた。

9月27日 金曜日

7:00に家を出た。一限は苦しいモノではなく、ただあるだけであると捉えることができた。夏休みの間も早起きできる生活を続けていてよかった。通学中に『ブリジャートン家』を見終えた。レディホイッスルダウンに対しての考えはよかった。噂話を肯定すること、グッドサインを出したかった。最後、エロイーズがS4に出ないように終わるのかと思っていたがそんなことなさそう。彼女は結婚しなくてもいいまでもある。だからいてほしい。家族がだいすきな彼女がだいすき。CMF Phone 1 の実機がみたい。日本での販売が開始されるが、Nothingを含めてみたことがない。使ってみたいけど、決済方法が少なくて手を出せなかった。

授業が終わり『LAST MILE』、Plemium Talkのエピソード3をみた。「わからないと思うけど、私もわからない!でもOKって言ったらOKなんだと思う!」と野木さんが言ったことを話していて驚いた。「わからない」に安心を添えることができるのは、人自体への信頼であろうから関心だった。不安であろうとすることばでも、使う人にとって意味が変わる。六郎の話をするときの市川実日子さんは東海林の顔だった。その時間がとても好きで、電車であったが少しにやついてしまった。一日の終わりに、「花の塔」を聴いた。人の存在は消えてしまったとしても、その人のことは記憶として残っていく。作品の価値を左右するのは作った本人ではないし、記憶に残されているものは誰にも判断できないものだからどうしようが自由。これは、わたしの感想。何にも罪をつけたくない。

9月29日 日曜日

寝て、起きた。うわっとなって、寝落ちだったことに気がついた。お風呂に入っていなくて、歯も磨いていなくてもやもやが発生した。まだ4:00ほど。バイクの音が鳴って、まだ街が暗かった。この時間が好きだった。お風呂へ入り、歯磨きをすると目が覚めた。それでも横になった。眠ることができた。8:00になってまた起きた。冷凍庫から桃を取り出した。マスカットとキウイを切ってヨーグルトで食べた。洗濯物を畳もうとしたが乾いていない。外は曇っていて湿度が高そう。すぐれない日が続いていた。

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曼珠沙華を見に行った。毎年意識的に見に行っていることではないが、今年はなんとなく意識があった。そのため涼しくなっていくことが待ち遠しかった。移動時間がかなりかかった。川にあるものではなく、一面に感じたかった。ひともたくさんだったが、その分面積も広いので苦しくなることがなかった。赤い中に点となって白い花があったりした。アルビノみたい。彼岸花は散ることなく、枯れていく。萎んでいく姿も嫌いではなく、またそれが広がっていくのではないかと想像する。花は短命で同じものなんて二度もないけれど、また会える。そんな気がする。

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ユニクロでトップスを2着買った。服ってもうユニクロでいいのかもしれない。古着もみたいこともあるけれど、今は行ってもこれ!とひかることがない。Cで買ったパンツを履きこなせないからもう手放そうか迷っている。ウエストが緩すぎており落ちそうとヒヤヒヤしながら歩きたくない。売ってしまおうかな。オーバーサイズは好きだけど、これは違いすぎるとなってしまった。後悔。

能登での土砂崩れのニュースをみたくない。夕飯を食べながら、テレビで放映されるものが嫌になってチャンネルを変えた。見つかっていない中学生のことが気に掛かる。もうとうに見つかっていないからもう、と考えてしまう。どうすることもできないけれど、代わりにわたしがいなくなってそして生き抜いてほしい。命は平等ではない。誰かがいなくなれば、その代わりに生きる選択が自然的に浮かび上がることはないから。命とか、重いとか軽いとかそうではなくあるだけであると感じる。あってなくなって、付加価値をつけていない。そうしているから誰かいなくなっても感情的になれない。いつか、と思っている。希望はときに何よりも残酷で黒くなる。

9月16日 月曜日

「YOU&愛Heaven」から始まった一週間。職場までの道のりが空いていて、普段よりもだいぶ早くに着いた。道が空いていた。それよりもコンビニに寄っていなかったからだ。お昼を忘れた。マッサージマシンにからだを設置して、『架空OL日記』の続きを再生した。行きたいに、行きたい、行きたいと返すのはああ、そう。であると変わらない。小峰様が小峰サマーとなった。15分のタイマーがなって、ロッカーに荷物を入れてから朝礼へ向かった。

昼休み。週休6日制になった。映画『架空OL日記』を途中まで観ていた。金曜日は働こうという意思はあるのか。ひまを潰す程度に仕事をするようになっている。そんなことになったらさいこうになれる。短い、さぞ短い昼休みはあっという間であった。口に飴を入れて午後の作業へ。残業を2時間ぐらいした。あくまで、わたしはバイトなのである。だから断ってもいいし、帰っていい。そんなことはできなかった。「明日は絶対定時にしよう。」と言い合った。そうする。この言葉の前提には、「あした、出勤してやるから感謝しろ。」である。あと金をくれ。あくまでも自分が優位であると自覚したい。

21:00までにお風呂まで終わらせて、お昼の続きを見始めた。小峰様が結婚するんかい。かおりんの彼氏、現れないんかい。終わりは「?」でした。本も買ってみようかな。ふとんに横になる。なんと腹が減ってしまった。眠りにつきたい。冷蔵庫に入りたい。

9月18日 水曜日

10月から『若草物語』がドラマで放映されることをTwitterで知った。気になっている。疑いの目である。『ストーリー・オブ・マイライフ』は随一ぐらいに好きな作品。それを現代社会に落とし込むことは肯定的であるが、設定の改変をしてくるのであれば反対の姿勢である。ジョーを主軸にあってほしい。(そうなりそう。)恋愛主体になるのだろうか。ぜんぜんゆるせない。怒り。なのかもしれない。いや怒っている。原作改案するの失礼だろう。はじめて目にする人だっているのだから、納得できる出来にしてくれ。息を吸って、多く吐いた。落ち着かせる努力をした。6:00のアラームがなった。切り忘れていた。横の体制から動いていない。

午前中のうちに洗濯機を2回まわしてすぐ様に干した。かんかん照りの中であれば、2時間もあれば乾いた。なしを剥いた。すこし疲れたからだに、水分が染みる。そうこうすると外から雷の音が聞こえ、雨となった。やっておいてよかった。再び横になって『ブリジャートン家』のS3を見始めた。社交界の”固さ”にはもう慣れた。家族の付き添い方にも嫌気が絶えないけれど。だからこそ自宅でのやわらぎをよく感じて、発言を追ってしまっている。今回、かなりエロイーズの比重がすごいことになっている。大変そう。属している場所が多いから、間に入らなければならなくてきつい。でも誰よりも、今の時代にいそうと感じて好き。半分まで見終わったところで、暗くなってきたことが限界で明かりをつけた。炊飯器に残っていたご飯でおにぎりを握った。湯船に入ったのが久々でかなり気持ちいい。大きな水の安心感はどこまでもある。どこまでも着いてきてほしい。眠った。おやすみ、といえた。

9月19日 木曜日

ここにきて割と怠惰な生活を送っている。起きたのは早かったけど、予定がないとこうなるのは普段通りで、気分が落ち着いている表れでもあるからよしとした。まだ暑い。エアコンはつけると寒さを感じるけれど、窓を開けていると暑い。家電量販店に行き、スマホの名義変更を行なおうとしたけれど、キャリアを変更した日にはできないようで落胆した。スマホの手続関係はなぜこんなにもやりにくい。ぜんぶ自分だけでできるようになりたい。iPhoneを予約して、ユニクロに寄って、スーパーでお弁当を帰って帰宅した。ハンバーグと、白身魚で迷って後者にした。のり弁の誘惑には勝てない。

意味をよく理解していないで使ったいいのか?と思った言葉の意味を調べてみて、あっていたときわたしの中にいるこどもが「えへへ」と頬をほてらせているのだ。それですこし嬉しくなった。夕方にそんな気分を味わって、夜は気分がよかった。給料が入っていた。mont-bellのカバンを購入。早くに寝ていないけれど。何もできなかった。月が明るかった。「月が綺麗ですね。」そう言って想いを伝えることを、なぜ選んだのだろうか。

9月20日 金曜日

今日も、今日とて。

日雇いのアルバイトへ行った。午前中のみ働いて、給料をもらって帰路についた。ハードオフに行って、気にかけていた椅子を買った。商品名が沖縄のいすらしい... で、形が気に入ったもの。リサイクルショップのなんだがわからないけれど、直感的に気にいる商品が多くて何度だって行きたい。帰宅してから、それを置けるように模様替えをした。折りたたみの椅子をしまう。3時間ぐらいかけて終えた。先週にもおんなじようなことをしているが、家具のレイアウトを変えることが好きであるし掃除も嫌いではない。要らなくなったものがいくつか出てきたので、すぐさまにセカストへと持っていった。管理できないほどモノを所有することが苦手である。すっきりとした部屋を見てホッとした。昨日買ったものに不備があって電話があった。あちらのミスみたいだった。キャンセルしてくれて、そしてすぐにまた購入。30分後には発送されて、仕事の早さを感じた。シャワーを浴びる。冷凍庫にあったパピコを取り出して、さっそく綺麗にした椅子に座った。静かにしているとペットボトルで鳴る炭酸の音が耳に入ってきた。はじめは近くで水が流れている音だと思っていた。はあ、と息を吐いている時間が気持ちよかった。17:58、朝っぽい。間接照明を消すと、外から入ってくる色が青くて時間の感覚を狂わせた。この時間、いつまでも続いてほしい。暗くなくて、明るくなくて中間地点の様子が好きであった。いつまでも、続いてしまったらこうして感じられないのかなあ。何か好きであったりするのは、尊さがあったりしているのかもしれない。『ラストマイル』のプレミアムトーク、エピソード2をみた。源ちゃん呼び、そして「#4 ミリオンダラーガール」の話が間接的に出てきてうれしかった。21:00には歯を磨いておいた。配達済みの荷物を玄関から持ってきた。忘れていて、数時間経っていた。ミャクミャクのソフビとスマホのフィルムが届いた。

今日も、今日とて休みを謳歌中。

9月21日 土曜日

この世界、すべて嘘なんじゃないかと思う瞬間がある。何事にも疑っていいだろうし、信じてもいいのだろうし。真実の見極めとかするのに飽きてしまった。人にかかわらずなことであって、主に人だが。ことばも何も信じていないのかもしれない。ぜんぶ嘘でもいいしね。それでも覚えているようになっていた。わからない。媒体があるからなのかな。知らないし、追求するつもりもない。何事もかわすように、さらさらとした身体になってきた。

アラームの少し前に起きて、少し得したような気分。炊飯器からご飯をよそって食べた。大学へ行く支度を始める。正装で行かなければなので、一度外へ出てみると全然暑かった。今日から涼しくなるんじゃなかったのか。天気アプリを見てみたけど、一応29℃みたい。肌にペタペタと当たる感覚が好きではなかった。バスを待っている間、暑くてどうにもこれを乗り越え大学へ行っていたことが信じられなかった。電車が涼しくてさいこう。コンビニで水とグミを買った。3時間の講義を受けて、プレゼンのパワポを作るため食堂へ行った。ほとんどできていたけれど、追加しなければならないことが増えて改善して提出できるようにした。出すのは原稿ができてからでもいいかな。帰路へ。コンビニでらーめんと、サラダを手にして歩いた。19:00から荷物が来てしまうので、急足になった。ケンタッキーのあまりもあって、それも。お昼を抜いていたからいくらでも食べれた。入浴後、新しく作る名刺のデザインを考えていた。白地に箔押しをしたいが、細字には限度がありそうで難航。まあ気長にやっていく。ベッド上でやっていたら知らぬ間に眠っていて、朝になった。

9月22日 日曜日

やるせない。疲れて、寝てしまったからスマホの移行は追いついていない。家電量販店、苦手だった。親子って見ていられないけど、わたしだって親子の一員なのか。人は人を見て、育っていくのだから親ってすごいなと思う。なろうと思える志と、命を育てなければならない自覚が。mont-bellのバッグが届いた。空が綺麗で、写真として残しておいた。このスマホ、はじめての一枚となった。

9月10日 火曜日

始発の電車にのって、海へ行きたい。日曜日にそう話を聞いてから、自分も同じことをしたいと心にある。冬にしようと思う。でも海まで距離があるから、夜から行動してその足で海まで行きたい。夜明けの景色は、できるときにでも見たいのかもしれない。記憶に収めていていこう。時間がないと感じることが多くなっているから、どこまで手にできるかその選択はしなきゃなあと薄暗い中で静かに感じている。

怪我をした。まだ生傷だったものに、新しいものが追加された。足と手には傷は増えていくけれど、それでも治っていくしほとんど跡は何もなくなっていくことが不思議だった。血が出ていても、あざがあってもある程度は綺麗になっていくからなかったように思えるけど、いたいと感じたこと記憶から消えなかったりした。にしなを聴いて、運転している。「透明な黒と鉄分のある赤」が流れて、また雨が降ってきた。雷で一瞬、空が白くなった。「U+」を歌った。はやくライブに行きたい。はやく冬へとなってくれ。

帰ってきてから、肉じゃがと酢の物を食べた。豚肉だった。肉じゃが、なんの肉を入れるか論争をしたい。カレーだって。そんなくだらないことばかり話していたい。じゃがりことアイスも食べた。昨夜のApple イベントで発表を見たりした。16、いいかもとなる。そろそろ機種変をしなきゃいけない。とりあえずは今よりも軽くなるならばなんでもいい。いっそのこと、Notihing phoneでもいいけれど、Magsafeを手放したくないのだ。暗くして、『地面師たち』を見始めた。寝落ちしていた。あかりがついたままで、早い時間に起きていた。

9月11日 水曜日

目覚め、絶望感。早くて、眠くて、少しばかりだるさがあった。履修登録を完了させて、『地面師たち』を見終えた。昨夜からだったのに、もう終えた。取引先が絶望する顔が見ものだった。バイト先に電話を入れる。お昼までの用事を済ませた。待ち時間に映画のチケットを予約した。池袋へ。電車内で「W⚫︎RK」をはじめて聴いた。椎名林檎のエロさに圧巻される。エロって独立している感情。同時に感情の集合地であるとなる時もある。からだ、仕草からではなくて、単にそうだとなる場合があって、まさにそうだった。確信がないものだから、いつまでも考えられる。エロ=性欲で済ませたくないのだろう。
TOHOシネマズへ。早めについてトイレに行って。パンフレットを買った。どんどん人が入ってくる。椅子がないから、立ち尽くしている。ポップコーンを買うか、最後まで悩んだが買わなかった。なんか高い気がした。『ナミビアの砂漠』を鑑賞した。

池袋を歩いた。『地面師たち』見終わって、すぐに都内いくのたのしい。Spotifyでサントラを調べて、流して、歩く。たくさんの人を見たのが久々で、東京の街の広大さと他人への興味のなさを再確認した。電車で寝る。おじさんに足を踏まれた。こうゆう視野が狭い人間にはなりたくない。こうやって視野が狭いと決めつける人間は最低であると思う。帰り際にひどい雨にあって、全身が濡れた。それでも腹が減ってコンビニへと入った。帰宅。洗顔をしていると、泡が鼻に入って痛かった。足首のけがのおかげで歩くたびに痛い。裂けていくことがわかる。22:00を過ぎてから湯を沸かし、カップヌードルを食べる準備を行なった。今日も生きている。死んでないから。

9月12日 木曜日

あかるい。目覚めのはじめの景色がパソコンだった。電灯がついていて、カーテンから差し込む光がまだなくて。青い空に白い線が差してきて、1日の始まりを告げた。日記を書き終えた。今週のタイトルも決めた。日常に題名をつけることは烏滸がましいが。が、なんだ。その続きはなくて、単に言い切る勇気を持っていないだけだった。『ナミビアの砂漠』の感想を書いた。映画の感想を記すのは、共感と対話を求めているからだろう。ひとりで抱えていたくないぞわぞわを広げて、それを明るくしたりぞわぞわのままで終わらせたくなる。鑑賞した人と会話を交わせた。よかった。板チョコアイスを食べた。パリパリしているのが美味しかった。

「どんな人にもうっすらと羨ましく思っていると思う」に「それはあなたの美徳のひとつでしょう」と返ってきてびっくりした。そんな、と思いつつ、ありがとうとも思えた。いいな〜 が止まらない。自身の足りない部分の発見という意味もあり、それ以上に欲する。なんでもできる人間になりたい。できないことと理解していながらも、まだもがいているのだから野心があると思っている。だから羨ましいとなる。嫌いになった瞬間には、測れないほど距離をとるけどね。
自分に対して何も期待していないから、評価されたときうれしい。期待しなければ、落胆もないし少しは楽に生きていける。期待をしなくなったのではなくて、だんだんと薄れていって結果的にこうなってしまったの感覚。それはよかったとなった。他に興味が行くことになる。前述のことにもつながる。
まだ生きていたいのならば、楽でいいじゃないかの方法は自分で見つける。実践する。

退勤。無印良品でファイルボックスを買った。物色をしていると何にも興味がいかなかった。疲れているのかもしれない。夕飯が喉を通らなかったが、食べ物の写真を見ては美味しいそうと思った。餃子を食べたい。『あのこは貴族』を観ていたけど寝てしまったらしい。また明るくなって起きる。

9月13日 金曜日

たいして何もしていない日だった。3日連続で同じ朝だった。普段のアラームよりも早い時間に目が覚めて、あかるい部屋でふとんもかけずに眠っていた。気絶のような状態に近い気がする。わからないぶりに推しの動画を見た。もう気づかず時間が経っていた。2ヶ月何もしてないな。自分に落胆する。どうにもできていない。

朝ごはんを食べた。食べきれない分はラップをかけて冷蔵庫に。また横になり、スマホをみている。やることもないまま1時間ぐらい経ってふとんを外に干した。『ボーはおそれている』を鑑賞後、お昼から掃除を始めた。ボー、理解できなかった。壁のくぎ穴と、床にあった傷もパテで埋めた。スーパーまで歩いた。人がいない。すれ違うのはおじいちゃんと、おばあちゃん。入り口にあるお花コーナーでカスミソウなようなものがあって手を伸ばしたが主役はオレンジ色のガーベラだった。脇役だった。カゴに入れなかった。おなすとししとうハーゲンダッツを買った。『21世紀の女の子』を観たいが、どの媒体にもなくDVDを購入するしかなさそう。その前に『哀れなるものたち』も買っておきたい。Apple TVの決済を押せない。揚げ浸しを作った。簡単に作れるから夏の間助けられた。家にピーマンがあると思った。冷えてから食べた。日曜日は、どこかへ出かけようかな。散歩したいから、歩ける人がいないような土地へ行きたい。

9月15日 日曜日

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残業を2時間して、帰ってきて、酒とタバコと暇つぶしチャンネルを見ていて眠った。暗いうちに起きてラーメンを茹でた。明るくなってくると、窓から光が入ってくる。雲が多い中でも、届こうとしてくれている。歩いた。Spangle Call Lill Line の「an」をきいた。かみも顔も整っていないけれど、誰からも見られてないからいいやと思う。他人からの目を気にしているな。空が白くなったので帰った。汗ばんだからシャワーを浴びた。

わたしの日記本を朗読しているスペースを聴いた。タイトルに自分の名前があったからびっくり驚いた。Audibleの感想を少し挟んでくれるバージョン。日記を読まれているの「お前はこうだ!」と吊るされているよう。叫びたくなる。でももう一年近く前のことだから、恥ずかしい程度だった。それにもう覚えていなかった。緩急の付け方と声があるから、自分のものではなかった。少しずつ感想を散りばめてくれた。うれしかった。足元にいぬを置いて、すこしお昼寝。

クリームパスタを食べた。もっと麺を茹でるべきだった。友人からURLが送られてきて、『RYUTist Free Live "The bridge of promises" at NIIGATA』をみた。「ナイスポーズ」をはじめに聞けて、それから最後まで。あと3ヶ月。また終わりに対面しそうにあった。『架空OL日記』をみた。進んでいなかった。そういえば小峰様だった。わたしは酢豚のパイナップル許せない派。そして許さない派である。お昼に酢豚を食べて、退勤後に中華を食べていこうとなる。なぜと浮かんだ。ポテトフライでもあげようと思う。午後4時。

夕飯を食べてから、続きを見た。エッチな人妻がわんさかってどんな状況なんだろう。「私たちも結局、ただ誰かに背中を押してもらいたかっただけなのかもしれない。」理論よりも、感情を欲している瞬間、ある。

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山中瑶子監督作品『ナミビアの砂漠』を観た。やり場のない感情を抱いたまま現代を生きている女の子の話。

どこかの駅を移す場面から始まった。歩きながら日焼け止めを塗っていることで夏であること、時間管理をしっかりとしているタイプではない人でだらしなさがあることがわかった。

冷蔵庫からハムを取り出して、そのまま食べる動作が自分であった。あの瞬間は何も考えていなくても、あとから生きていて意味があるのかとなる。死にたいではなくて、ただ生きていることがめんどうくさい。洗顔している時も、日焼け止めを塗っている時もどうせ長くは生きないのに、がどうも頭をよぎる。タクシーのなかでゼリー?を口で渡し合う場面を、この劇場のなかで150人ぐらいで観ている状況がなにか、すごかった。はじめはエロからだったが、状況を考え始めたら恥ずかしくなったのはこっちだった。こうやって画面で起こっていること以外にも興味がいってしまう。はじめの、カフェでイチカと話をしていると、他の会話に興味が入ってしまうカナのことを理解できる。共感できた。「わかる。」に鬱陶しく感じていても、内心ではすこしうれしいこともわかる。共感。

カナは、

直感的な人であったが、言っていることと思っていることがつながっているとは思えなかった。19歳の新人の女の前では「うざ」と思いながら、何も本心ではないようだった。(自分がそう感じたからだろう。)女性が怒っている場面を見てしまうと自分の母親と重ねてしまう。嫌いだった。大声をあげて、ものを投げてくる姿が特に重なって自分を守っていくのが見ていられなかった。姿かたちは似つかないのに、こうして繋げてしまうのは”女性”という観点だからであって、そんなフィルターが自分自身にあることが嫌になった。躁鬱とわかってから、カメラが引いてくれた。画角がだいぶ変わった。カナがいる世界から、世界にいるカナ。そんなかんじ。生きていることがけだるそうなのに、病院には行って、診断は受けたい気持ちがあることが現代の人間の象であることを自覚した。

カバのぬいぐるみを買って帰ってきたところまでは楽しかったのに、それからまた喧嘩が始まってしまう。それをかっぱえびせんを食べながらランニングマシーンに乗って俯瞰して見るカナ。混乱と、理解はほぼ同時だった。カナにとって喧嘩も、楽しいことも意味のないことの繰り返しということであろう。それから脱出するから降りたのではなくて、ただ疲れたから一度思考と止めたくて降りてスタジオから出て行った。だからまた稼働する。それから降りる。繰り返しは止まらない。

カナは、魔女であった。魔の女という書き方好きじゃないな。今わたしの中の言葉ではこれが一番に考えついてしまうのも、好きではない。20代の後半になってからのカナの姿も見てみたい。

会話。

「会話をするべきだった。」自信がある彼くんがそう言っていた。理解ある彼くんは、やさしかったけど最後まで会話になっていなかった。自信ある方がお互いを高めあえるとか、2人が溶け合うとかを言っていて本当に引いた。気持ちわる。恋愛関係を結んでいたとしても、他人だろう。2人でいることは目標ではなくて、過程に過ぎないと思う。一緒にいるからって何か自然に変わることはなく、2人で変えていく。

理解ある彼くんは終始おぼついているようで、飼い主がいなくなった犬のようで苦手であった。犬のような男は受け付けられない。泣いている姿を見てカナが笑って、去っていく様子は自分でもあった。嘲笑うが正しいと思う。「あなたの意見はどこ?」彼に対しては最後まで感じていた。話せなかったのかもしれないけれど、話してくれないとわからない。あなたの意見を考えるほど、わたしは暇ではない。

カナのどんなときでも「ありがとう。」と伝えることをしていた。そんな姿は好きだった。

9月2日「他人の脳を食べたい。」

『架空OL日記』を観る。さっき駅で買った駅弁を膝下に置いて、新幹線で揺られながら。移動が好き。お米の上に乗った大ぶりのしゃけと、2切れの牛タンを三角に食べる。脂のノリがおいしい。麦飯のような物が入っていたが、そこまで気になるようなものではなかった。皮まで食べた。合間、ロマコンのタンドリーチキンを食べる動画もお供にした。窓側に座っている人が常にスマホを触っていていらいらと、むかむかが混ざったような気分になった。食べて、トイレに行っていたらすぐにも目的地。だらだらの食事で、朝ごはんを終えた。

バスと徒歩で喫茶ツツギに。よこに広がるパフェを見てみたかった。ホットケーキパフェを食べた。

f:id:nantnn:20240903092728j:imageTSUTAYAでくどうれいんさんの本を買った。べつに、特別仕様ではなく帰ってからでも買うことはできるが欲しいものであったから買った。Twitterにてくどうれいんさんが冷麺を前にして、笑顔の写真がすき。エッセイストであることはそれから知った。これから文章に触れるのだけど、心底楽しみ。紙で日記を読むことは、たのしさと同時にこの人が自身を残そうとしたことの意味も思ったりすることがある。自分以外のことに焦点を当てているとらく。いつも自分であると飽きてしまうから、時には誰かに乗り移って、なんてできたらいいのに。他人の脳を食べたい。

夜になってブックオフまで歩いた。下着と洗顔と、パジャマを忘れていたから無印と薬局にいく。セールになっていたTシャツを即決購入。さらさらとしている。目当てのものが見つからなかった。検索機でも引っ掛からなかった。MARUZENまで歩いた。小原晩さんの本と、『戦闘少女の精神分析』を手に入れた。帰宅してから、BOE OAKNER & THE CHARLEROI のライブチケットの予約をとった。ゼミのイベントとかぶっているから、そっちはてきとうな理由をつけてサボっていこうと決めた。だからそれまでは良い顔をして、別のことがあったら出て積極的にやろうとなった。モチベーションをあげつつ、段差をつけて緩やかな平坦を目指す。

スマホのロック画面を変えた。海をやめた。

9月3日「車窓にて」

横浜駅を過ぎた辺りから急に「人」の存在を感じた。窓から見えるあかりに目がいくようになった。窓から、窓を見ている。一度読んできた本を閉じた。国道か県道かに連なるチェーン店。途中から見えなくなるけど、その先を想像してみたりした。人の存在を感じる瞬間はいくつもあった。オフィスのように見える人の影、洗濯物が干したままで暗い部屋が一瞬の間に目に入った。ピラティス? ヨガ? のような形をとった人間の形も見た。ムードが漂うあかりの中でからだを動かしていた。人を近くに感じる。いっしょにいるこの箱の中にいる人は、遠くにいるよう。見えている距離は、実際に感じる距離ではないことが多くなった。どこにいるの? スマホでタイピングをして話しているとそうなる。車窓から見ているものは、どこかそんな気分。近くて、遠くて、ものすごく静か。孤独でありたくない。寂しくありたくない。

品川駅から東京駅まで知っている光景であったけど、この景色が好きであるし東京のこういう部分を覚えておきたいと思った。これから満員電車に乗り込む。さっきまで読んでいた本はどこまでだったか覚えていない。立ちながらも、自分が買っていないお土産袋を持っている。降りるべきでない駅で、これをぶちまける勇気を持っていない。

『きらめき』

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9月4日「からあげ棒」

UNIQLO:Cの販売開始が今日であると勘違いしていた。眠る前に待っていた。今回こそは手にいれる。毎回早くて、ガチな方に追いついていけない。何事にそうである。本気になれない。5:30、起床。すこし早かった。二度寝をすることはしなかった。ヨーグルトと冷凍のベリーミックス、マンゴーを食べた。いつもより遅めに出勤した。お昼に行こうとエレベーターが来るのをうつむきながら待っていると、社員の方が腕にカール状のゴムを巻いているのが目に入る。少し上に跡が残っていた。久々に見た知っている人に話しかけたら「お名前なんですか?」と言われた。「似ている人、知っているんですよね。名前忘れたんですけど」と返ってきて、絡まった。こんな時どうすればいいんだ。定時。退勤した。駅から歩くのが楽しい気温だった。駅に向かう学生とすれ違った。片手にからあげ棒、もう片手には日傘を持っていた。食べたい。からあげ棒を自分で買ったのいつだろう。衣を食べるものだと思っているから、食べなくなったのかもしれないし、自分で揚げてしまえと思うからなのかもしれないかった。というか隣の揚げ鶏の方がおいしい。

帰宅。乾いたシーツをベッドに覆ってから入浴。出てきた食事の量が多くて、無理に押し込んだら少し吐いた。気持ち悪い。外気が心地よかったから冷房を消して、窓を開けて扇風機をつけた。日食なつこの「開拓者 - 2024 mined ver.」をきく。読むことを行う。はてなブログで日記を読んでから、本を読んだ。横になった。オモコロチャンネルの生配信のアーカイブを観た。「うそでしょ。ひとりにしないで」の件でめっちゃわらった。蓮見水族館の動画も観た。何も書いていなかった。お肉が食べたい。書き物に気持ちを持っていくようすを見ることをできたことがありがたかった。自分の作品を触れている人に対して思う気持ちがとてもよかった。明日も出勤。

9月5日「夕飯、なににする?」

暇だった。定時まで働いているから給料は変わらないけど、時間があるとこれでいいのかと思う。サボっていると思われないようにたくさん歩いていた。口内炎がまたできたのか、唇に舌を反らせる。一度気になってから、頭にあった。作業が終わって掃除をしていると、何のために早くに起きて通勤して、自分の時間を使っているのか疑問だった。休みの日になると、とか思うけれど本来ならずっと休みの期間ではあるんだよな。勤務したい日は自分で選択しているから、自由にやっているつもりだった。社会の歯車が嫌とかではなく、まずそれにもなっている感覚がない。何もない空白にストレスを感じている。でもすべてが埋まっていたら、何も浮かばないだろうし何もできなくなる。満たされている状態は、想像力がなくなる。

退勤して、スマホを見たら「夕飯、何にする?」って通知があるのいいなと感じながら駐車場まで歩いた。ごはんの話をしている時間を好んでいる。今日はとりあえず帰りたいが勝った。明日はキーマカレーにしようと思った。少しだけ早くに退勤。そのあしでハードオフで、デスクライトをみた。いいものがなかった。ケンタッキーの月見バーガーを食べたい。マックのCMがいい。宮崎葵が地球さいこう〜 となるもの。Amazonでミャクミャクのソフビを予約しようと調べたら、定価では無くなっていたからやめた。いつ眠ったのかわからない。弾き語りをきいてから、気絶するように堕ちていた。あまり長い間眠れなかった。お昼寝でもしようかな。

9月6日「日和」

起きた。6:00になっていなかった。葉物のサラダと、トマトを1玉にオリーブオイルと塩で食べた。エビとアボガドのものも食べた。りんごのヨーグルトと、ベーコンを焼いて卵はスクランブルエッグにした。食べたいの気持ちがあったからいくらでも入る気がした。炭水化物は食べなかった。ソファで横になって友達とLINEで話をした。急になんだ!と思って、またいなくなるんじゃないかと怖かった。「またね。」と終わらせ、家事をした。「また」に執着している。次があることがうれしい。終わることから遠くにいたいからだろう。ばっと言いたいことを言い合って、去っていった。枕カバーとシーツを干す。夏は頻繁に干す。短い時間で乾いてくれてありがとう。と思うが、ハンガーで火傷しそうに毎度なる。どうにかしろ。となる。

ご自愛時間。ロック画面を変えた。フォローしている方の写真がとても好きで、それをそのまま使った。初めて人が撮った写真にしてみた。今週の前半に変えたばかりだったけど、それでも今のものを気に入っている。一日で幾度も見るものに、人が載っているの新鮮であった。ユニクロのサイトを更新して、列に並んだ。タックワイドパンツを購入。はじめてCでお買い物を成功。るんるんの気分。リサイクルショップでデスクライトをまだ探している。ひかるものが見つからない。500円のバッグを買った。スーパーで牛と豚の合い挽きと、カレーのルーを手に入れて帰宅。

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キーマカレーをつくる。にんじんは包丁で、玉ねぎはぶんぶんチョッパーでみじん切りにする。楽ではあるけど目は死んでいく。ひたすら水分を飛ばして、肉を入れてからも同じ工程。フライパンの前が暑い。カレールーだけであると、その味になってしまうのが嫌になってSBの黄色缶を入れた。味変わった? と思うほどの変化だった。また水気を少しとばす。食べる。大学から資料が届いて、後期の予定を立てるためにサイトを開いた。成績が出ていた。今年はやけに遅いと感じていたけれど、自分が確認していないだけだった。全て単位を取れていた。次回の履修は少ない。もうこれと同じ喜びは味わえない。ツイートにて、報告。フル単だったときだけしている。それは「褒め」が根底にあるからであろう。承認欲求。

9月7日「Flamingo」

末広がりの意味を調べた。知らないわけではなかったはずだけど、正確なものがほしかった。真っ当な幸せの文章を書けるのは、真っ当なものを受けた人のものであるとますます思う。一度でも純粋な眼差しを閉ざしてしまったら、どうにも戻れない。そんなフリ。ふりだったら、上手にできる気がしたからカッコつけた文章だって、自信をつけて書けた。もう一度死ぬかと思うほどの文章を書きたい。私はピンクと、黒を塗った文章を書きたい。絶望を抱えたポジティブでありたい。「地球儀」を流している間に終えた。

起床、出社。退勤、食事。よふかしをしてもよく起きられるな、と自分を俯瞰する。連絡取り合って、話をしていたら26:00を越えていた。少し踏み込んだこともしてみたけど、それも受け入れてくれる人でうれしくなった。やさしい。寝転んでいる状態で、友人の記事を読んだ。「達観している年下の友人」になっていた。午後の作業分のデータが飛んで、早上がりとなった。こんなこと初めてだった。最後なんて、1時間ぐらい掃除だった。これで給料をもらえるならいい。退勤。車内暑すぎる。ミャクミャクのソフビがどこにも売っていない。ウルトラマンのコーナーにあると思っていたけど、見誤っていた。のり弁を食べたかったけど、本当に腹へりが限界となって冷凍にあったパスタをレンジで温めた。眠たい。部屋を暗くしてから、少し掃除を行なって、少し早めに眠った。

9月8日「ハートを作りました。」

昨日印刷したネットプリントを読んだ。お手紙だった。自分も書きたくなる。年に一度あったらいいなぐらいのペースで手紙を書く。手紙を書いている時間が好きだが、渡す勇気がない時もあってそのままで終えた時もある。いつまでも手書きが好きって思っていたいし、言っていたい。タイピングとは、何かが違うその理由を探していたい。暑くならないうちに出て行くつもりが、10時を過ぎた。まだ寝巻き。セカストで靴と、服を売りに出した。青梅へ行った。リサイクルショップが多くて楽しい。一輪挿しに生けた花のような照明を買った。デスクライトを求めていたけど、用途に適しているからそれでよかった。

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スマホに反射した光、虹。

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部屋に戻ってきてから模様替えを。
ベッドの位置を窓際へ変え、机は遠くとなった。夏休みが中盤へとなったから大学が始まってもいいと思われる配置となった。イヤホンをつけてスペースを聴いていた。「今手でハート作りました。」と言ってもらったので、「🫶作りました。」と返事をした。片手にスマホを持っていたから、もう一方でかたちを作った。ラジオとか、スペースとか、音声メディアが大好きです。声だけで表すことがすき。限定的なもので気持ちと表情と、というか全てを外気にする。全部を与えないで、少しばかりこちらの想像で補填できるようなことを愛している。

映画の感想の扱いについて友人と話していると、共感のあり方に気づいた。わたしにとっての共感は事柄と、言葉についてのことだと思う。感情については全く同じになるはずがないと思っているから、二の次であるとなった。動作が同じなら、全て同じはちがう。感情までいっしょとは言えない。怖い。あったらいい、その程度。(今のところは)

今月の第一週は、日毎に題名をつけて日記を書いた。いつぶりのことであろうか。題名はその日を表しているけど、はっきりとはさせたくなかった。それでわかってしまうのでは寂しかったのだ。日記はわたしのものであるけれど、文字にしたらあなたが読んで完成するものであったりするのだろう。かたちあるもの、ほとんどそうなるのだろうか。