やっぱりマンガが大好き!思い弾けた小学館漫画賞贈呈式 (original) (raw)
第69回小学館漫画賞の贈呈式が、去る3月1日に都内にて行われた。式には「数字であそぼ。」の絹田村子、「葬送のフリーレン」の作画を務めるアベツカサ、「トリリオンゲーム」の原作を手がける稲垣理一郎、作画を担当する池上遼一、「逃げ上手の若君」の松井優征が出席。審査員のおのえりこ、恩田陸、川村元気、島本和彦、高瀬志帆、ブルボン小林、松本大洋も登壇した。
目次
- 芦原妃名子の死去を受け、「作家、著作権者の権利を守っていく」
- 小説家よりも、マンガ家のほうが孤独
- お新香のような存在感のマンガで、いろんな人の手助けを
- 島本和彦節は今年も、「おやおや、このセリフは深いぞ!?」
- 第1話のネームを読んで「とても美しい物語だな、描いてみたいな」と
- 「トリリオンゲーム」は「こりゃマンガだよ!」という面白さ
- 池上遼一が稲垣理一郎を思わずハグ、「最高の夜でした」
- 「本当にマンガ、大好き!」その気持ちを再認識
- 「君がやってきたことは間違ってなかったんだよ」と言ってもらった気持ち
- 画像ギャラリー(全6件)
芦原妃名子の死去を受け、「作家、著作権者の権利を守っていく」
式のはじめに、小学館の代表取締役社長・相賀信宏氏が挨拶。1月末に芦原妃名子が死去したこと、芦原が過去に2度小学館漫画賞を受賞したことに触れながら「小学館は今回の事態を重く受け止めており、なぜこのようなことになったのか、どこかの段階で止められなかったのか。二度とこうした悲劇を繰り返さないために現在調査を進めており、再発防止に努めてまいります」と誓う。また「これからも小学館は作家、著作権者の皆様に寄り添い、その権利を守っていく所存です」と続けた。
昨年までは「児童向け部門」「少年向け部門」「少女向け部門」「一般向け部門」の各部門を設けていた小学館漫画賞。現在のマンガが世代や性別を超えて広く読まれる文化となっていることを鑑み、本年より部門が廃止された。これについて相賀氏は「まだまだこれがベストだとは思っておりません。マンガ賞自体が時代に合わせて変化していくための第一歩を踏めたと捉えております」と話した。
小説家よりも、マンガ家のほうが孤独
贈呈式では各作品について審査員による講評が行われ、受賞者からは喜びのコメントが発せられる。「数字であそぼ。」について「圧勝と言っていい選考になった」と語るブルボン小林。「最初は個人的に(数学が)苦手なこともあって『数学の話か……』と思ってしまったんですが、読み始めたらギャグマンガで。全員エリートなのにいろんな方向に全員がバカで、楽しいマンガとして描かれている。でも10巻まで読んだときに、別の方向から感動が襲ってきたんです」と述懐した。「マンガの主人公って(『ドラえもん』の)のび太くんみたいな“ダメ人間”タイプや、(『キャプテン翼』の)大空翼のような最初から天才というタイプもいて、ダメ人間でスタートしても挫折の後にがんばったことで自信に満ちてきたり大成功したり、成長する主人公もいる。『数字であそぼ。』の主人公が新しいと思うのは、最初は挫折するんです。だけどその挫折感がずっと減らない。ずっと不安な顔のまま、でも数学をやめない。気づけばちゃんと次のステップに進んでいるのに、充実しているという表情がない」と解説する。「『数字であそぼ。』の主人公はどこまでがんばっても、仲間内の中では自信がない。でもなぜやめないかというと、『数学が本当に好きだからだ』と。コップの中に水滴が溜まっていたものが溢れるような感動があって、新しい“がんばる主人公の姿”を示したマンガだと思うように至りました」と語った。
また「マンガファン代表としてここで選考していますが、私の本業は小説家で、小説家の知り合いがたくさんいます。仕事柄、マンガ家の知り合いもたくさんいるんですが、小説家よりマンガ家のほうが間違いなく孤独です。マンガはヒットすることが大事で、それがやりがいになると思うんですけど、小説の世界は『評』や『賞』がとても充実していて、売れ行きや愛読者の生の声とは違う“評”がある世界です」とコメント。「小学館漫画賞はすごく大事な賞だと思います。売れ行きとも、読者の生の声とも違う、評価の言葉がすごく大事。これからも小学館漫画賞は充実していってほしいし、マンガ好きとしてマンガ家の皆さんにもがんばってほしい。マンガが好きだから、選考委員を頼まれるうちは(自身も)全力でやっていきたい」と心境を口にした。
お新香のような存在感のマンガで、いろんな人の手助けを
作者の絹田は「以前、連載作品の『さんすくみ』をある雑誌で紹介していただいたときに『美味しいお漬物の、お新香のようなマンガ』と書いてあって、私はそれがとてもうれしくて、そのような存在感のマンガを描いていけたらいいなと思ったことを覚えています」と語る。「メインディッシュでもなく、大きく(心を)揺さぶるものでもないけれども、あるとホッとする。その軽くつまめるような存在のマンガに、知らないことや意外な世界を盛り込むことで、読んでくださる方にそれらを身構えることなく楽しんでほしい」と作品に込めた思いを述べる。「現実の世界のものではありつつ、ちょっと特殊な、大多数の人はあまり知らない世界で生きている人たちを描いてきました。そういった人たちのあまり多くの人たちには理解されないであろう価値観や、それでも多くの人とは変わらない部分を持ちながら生活している様子を、マンガを通して楽しんでいただきたい。そうして自分とは大事にしているものが違う人もいるんだなあと、フラットに見つめられることで、いろんな人の手助け……というと大げさなんですけど、そのきっかけになれたらうれしい」と思いを明かした。
島本和彦節は今年も、「おやおや、このセリフは深いぞ!?」
島本和彦は「葬送のフリーレン」を講評。「ここからどうやって物語を引っ張っていくんだろうと、誰もが不審に思った第1話から出発して、まさかこれほどワクワクする展開に持っていくということにびっくりしております。構造的に考えると『今までのマンガってもうオワコンだよね!』と。『すべてのマンガは終わりました!! ここからはこれです!!』という宣言をされたような、しかもそれがワクワクするほど面白い。『ああ、もうマンガ界は2周目に入るんじゃないか』ということを考えさせられるような、鋭い批判力も込められたすごいマンガです」と評価する。
そして「キャラクターの1人ひとりがまた深く練り込まれていて。シュタルクがフリーレンをおんぶするのを代わろうとフェルンに提案して、フェルンが『えっち』と言うところがある。これはシュタルクがフリーレンという女体をおんぶするということに対して『えっち』と言ったのではなく、自分(フェルン)がシュタルク様にフリーレン様をあずけたくないという嫉妬心があって、その嫉妬心をいかに隠すかということに集中した結果、『えっち』という言葉が出てきたと思い至りまして。『おやおや、このセリフは深いぞ!?』ということを考えたときに、ほかのキャラクターの言動も深いんじゃないかと考えながら2周目を読んだんです。そうするとどれもこれも恐ろしく深くてですね、まだ明かされていないところに思いを馳せています」と熱弁。「マンガもアニメも何周も何周もさせていただいています。マンガを描き始めてから40何年経っているマンガ家の私が、未だにワクワクする物語に出会えたということが本っ当にありがたい。山田鐘人先生、アベツカサ先生、賞を獲ったからといって安心せずに!我々読者をもっともっと楽しませていただきたい!!というエールを込めて、お祝いの言葉とさせていただきます」と“島本節”を交えてメッセージを贈った。
第1話のネームを読んで「とても美しい物語だな、描いてみたいな」と
作画を務めるアベは「2018年の年末、初めて『フリーレン』の1話目のネームを読ませていただき、『とても美しい物語だな、描いてみたいな』と思いました」と振り返る。「それからしばらくしてフリーレンというキャラクターを描いてみました。その絵を山田先生が気に入ってくださり、作画をさせていただくことになったのですが、今日このような賞を受賞し、コメントさせていただくことになるとは想像していませんでした。山田先生のネームの面白さが読者の方々に伝わるように描いてきたつもりなので、多くの読者の皆様に支えられながら今日この場を迎えられたことがとてもうれしいです。本当にありがとうございます」と感謝を述べた。
「トリリオンゲーム」は「こりゃマンガだよ!」という面白さ
幼少期からマンガ好きだったという恩田陸は「トリリオンゲーム」について語る。「このマンガを読んだときに、開口一番、『こりゃマンガだよ!』と思ったんですね。これはものすごい褒め言葉で、マンガの市場って成熟していて、ジャンルも細分化されている。マンガの面白さっていうのは『こりゃマンガだよ!』っていうのが一番だと思っているんですね。池上先生がどこかのインタビューで『荒唐無稽に思えるようなお話を、絵のリアリティで支えるんだ』と話していて。そうだよね、それがマンガの面白さだよねと思ったんです」と説明。「お話はすごくスピーディーで痛快。人知れずコツコツ働いている人が報われる社会でなければいけないというメッセージもあって、閉塞感のある日本の社会を打開するヒントを与えてくれていて、エールになっているところが素晴らしい。今の時代だからこそ出てきたマンガ」と称えた。
池上遼一が稲垣理一郎を思わずハグ、「最高の夜でした」
原作者の稲垣は「前作の『Dr.STONE』でも小学館漫画賞をいただいておりまして、そのときは科学をがんばる少年という“よい子”の主人公でした。今回の『トリリオンゲーム』は汚いことをしてでも金を儲けてやろうという、どちらかというと“悪い”話なので、こういうマンガは賞には無縁かなと思っていた」と告白。「僕はもともと『ドラえもん』が大好きで、『ドラえもん』ってすごくよい子のマンガだなと思っているので、そういうマンガが好きだったんです。中学生くらいのときにはスピリッツとかスペリオールのちょっと悪いマンガに憧れて、その中に(池上遼一が作画を担当した)『サンクチュアリ』というマンガがございまして。それを読んで『悪いなあ、これ!』とゾクゾクしたんです。それで今は『トリリオンゲーム』で悪いマンガを描かせていただきまして、このような賞をいただき、ありがとうございます」と感謝を伝える。続けて「『ドラえもん』を“よい子のマンガ”だと思ったと言いましたけど、よく考えるとあれはのび太くんが悪いことをするマンガなんですよね。逆に『サンクチュアリ』を悪いマンガと言いましたけど、あれって日本をよくしていくために悪いことをするという話で。結局『evil』『good』の2極化の話ではないんですよ。『good』の中に『evil』がある、『evil』の中に『good』があるという、そういう構造のマンガでして。恐らく『トリリオンゲーム』もそういうところを評価していただけたんだなと思っております」と解釈した。
作画を手がける池上は今年で80歳を迎える。「まさかこの歳でマンガ賞をもらえるなんて夢にも思ってませんでした。これも稲垣先生が描かれる若々しい素晴らしい原作のおかげだと思っております」と感謝。また選考結果が発表される当日には、自宅近所の寿司屋に稲垣、そしてスペリオールの編集部員が待機していたという。「僕のところに担当さんから電話がかかって来まして。暗いんですよね、『もしもし……』の声が。『ああ、ダメだったのかな』と思った瞬間に『受賞しました!』なんてね、ちょっと意地悪ですよね(笑)」と笑みを浮かべながら「急遽、僕もお寿司屋に駆けつけたんですけど、玄関を開けて稲垣先生の満面の笑みを見た瞬間にワッて駆け寄って思わずハグをさせてもらいました。感極まってたんだと思います。晩年に花を咲かせていただいたんだなと、最高の夜でした」と振り返った。
「本当にマンガ、大好き!」その気持ちを再認識
「逃げ上手の若君」を貪るように読んだという高瀬志帆。「『逃げ上手の若君』は開いたときから『読んで!』という“マンガ力”というか“マンガ馬力”というんですかね、頭を掴まれて『読め!』と言われているような、すごい熱量を感じるマンガなんです」と興奮気味に説明し、「主人公は生存政略として逃げて、逃げることによってパワーが出る。これってすごく大事なことで。今の世の中って、がんばって生きてても逃げる場所なんてどこにもないと思ってしまうかもしれない。でもこの主人公の『逃げることでパワーを出す』というのは、自分の得意分野はちゃんと伸ばせば伸びるんだと。勝手な私の解釈なんですけど、私にはそういうメッセージがビンビンと伝わってきて、たまらないマンガです」と称賛する。また自身のスマートフォンの待ち受けが作中に登場する北畠顕家であることを明かしながら、「今回マンガをたくさん読ませていただいて、やっぱり私はマンガが大好きだなって思いました。マンガにしかできない表現があります。本当にマンガ、大好き! それを再認識させていただいた先生方に心から感謝させていただきます」と頭を下げた。
「君がやってきたことは間違ってなかったんだよ」と言ってもらった気持ち
松井は「この賞をいただいたという一報をもらったときに、僕の心にまず浮かんできたのは『なんで?』という考えだったんです。小学館さんの賞ですし、集英社の人間がいただくのは珍しいことで。さらに言えば集英社の中でも僕より全然ヒットしているマンガがたくさんあるからです。でも純粋に『うれしいな』という気持ちがありました。集英社の単行本の発行部数とか関係なく僕が選ばれたということは、純粋に『いいマンガである』『面白いマンガである』ということを評価されたにほかならないからです」と喜びを口にする。「歴史マンガをやるのはけっこう大変なことで。若い読者の方の中にも歴史というだけで拒否反応を示される方もいらっしゃいます。そういう方たちに少しでも届くようにと、いろんな工夫をしたり、僕が今まで培ってきた中での技術を駆使したりしてやっていて。高品質なものを作っているという自負はあるのですが『果たしてみんなはついてきてくれてるんだろうか?』というのは自分では見えないもので。さっきブルボン先生が言ってくださったように闇の中でマンガを描いている気持ちでした。その中で今回小学館漫画賞をいただいたというのは『君がやってきたことは間違ってなかったんだよ』っていうのを言っていただいているような気持ちになりました。これからも自分がマンガを描く活力になると改めて思いました」と明るい表情を見せた。