「ちはやふる -結び-」末次由紀インタビュー - コミックナタリー 特集・インタビュー (original) (raw)

末次由紀原作の実写映画「ちはやふる -結び-」が3月17日に封切られる。同作は2016年に公開された「ちはやふる -上の句-」「ちはやふる -下の句-」の続編として、「下の句」から2年後を舞台に、高校生活最後の全国大会を目指す瑞沢高校競技かるた部が描かれる。

コミックナタリーではこれを記念し、「ちはやふる」の連載開始から10周年を迎えた末次にインタビューを実施。これまでの歩みを振り返ってもらい、“富士登山で例えたら8.5合目”という現在から完結に至るまでの展望、さらには次回作で描きたいテーマまで、末次の頭の中を明かしてもらった。

取材・文 / 西村萌

途中で「どうやら、駆け足でいかなくてもいいらしい」って

──連載開始から10周年、おめでとうございます。

ありがとうございます。これほどの長期連載になるとは思ってなかったです。

──当初は、どれくらいのストーリーまで構想されてたんですか?

千早たちが団体戦で初めて全国大会に挑む4巻くらいまでですね。かるたマンガを読みたい人はおそらく当時どこにもいなかったと思うので(笑)、その先を描けるほど人気が出てくれるかどうかわからなくて。「クイーン戦までたどり着けたら」と思いながら、どれくらい細かく描いていくのかは見えないまま話を編み始めました。

──スポーツとしての競技かるたは「ちはやふる」の影響もあって今でこそ広く知られるようになりましたが、10年前は今ほど浸透してなかったですもんね。

「ちはやふる」4巻より。全国大会に出場し、かるたの聖地・近江神宮を初めて目にした瑞沢高校かるた部。

だから初期はかっとばし気味で。全国大会にせっかく出場しても千早が途中棄権してあっさり負けちゃうなんて描き方をしてるんです。でもちょうど4巻が発売された2009年に、第2回マンガ大賞をいただいて(参照:マンガ大賞2009発表!大賞は末次「ちはやふる」)。自分以外の誰かに評価していただいただいたことで、「どうやら、そう駆け足でいかなくてもいいらしい」って思えたんです。

──そこからは思い描いた通りのペースで執筆を?

はい。大きな大会を描くだけでなく、地方大会とかも省かないで、かるたをやっている子たちが出場する大会にちゃんと出させてあげたいなと。そこで1人ひとりが成長していくっていう過程を見せていけたらと考えるようになりました。でもまさか、こんなに描いてあげたい人数が増えるなんて、こんなに幅広い年代の人を描くことになるなんて、思いもしなかったです。最初のほうは当然主人公たちのことを描くんだろうと思っていたけど、描いていくうちにだんだん、その周辺の人たちも大事なんだ、そっちのほうも大事にしたい、っていうことが増えていって。すごく厚みが出たなと。

「ちはやふる」2巻より。千早に高校で一緒にかるた部を作ろうと誘われるも、すでに自分の限界を知ったつもりでいた太一は思いとどまっていた。

──「ちはやふる」は高校生の千早たちのほか、その周りのキャラクターもそれぞれしっかり掘り下げていますもんね。この人のことを描いてあげたい、と最初に思ったのは誰だったんですか?

原田先生ですね。

──2巻でかるたをやってもどうせ新には勝てないからやる意味がないと言う太一にかけた「“青春ぜんぶ懸けたって強くなれない”? まつげくん 懸けてから言いなさい」というセリフは印象深いです。原田先生はかるたに長年本気で取り組んできたからこそ、発する言葉に重みがあるというか。

原田先生は太一よりも、もしかしたら千早よりも長くかるたをやり続けそうな気がします。「まつげくんはかるたをどこかで離脱してもおかしくないけど、僕はしないからね」って思ってるでしょうね(笑)。

──(笑)。最初は千早に感情移入していたのが、作品が連載されていく間に自分も年齢を重ねていくにつれ、原田先生や千早たちのお母さんに共感する人もいそうですね。不思議とどんどん自分を重ねるキャラクターが増えていって。

そうですよね。そういう点でやっぱり、いろんな年齢の人がいつもメインのところにいたほうがいいんだろうな、と思っています。例えば次は逆に、幼い子を入れてあげるとか? 小さい子がこの人たちをどう見るかとか、いろんな目線が随時そばにあるんだよ、と示してあげられたらと。いろんな方にとって感情移入できる存在としてさまざまなキャラクターがいるのは、マンガの表現として大事なことだなと思います。

太一はずっと、「早く告白したい」って言ってたんです

──これまでを通して、もっとも力を入れて描いたエピソードはどれでしょうか?

大事だって思ったのは、やっぱり太一の告白シーンですかね。ここからまた難しい話が始まるぞ、と、勇気が必要だったのを覚えてます。

──26巻で千早への長年の思いを告げたシーンですね。結果的に太一は振られ、かるた部から遠ざかってしまいました。

「ちはやふる」26巻より。

千早はイエスもノーも言えないと太一はわかっていたはずなのに、好きな人を追い詰めて、自分をも追い詰めてしまう至極困難な道を選んでしまったなと。実はあの告白の前から、私の頭の中で太一は「早く告白したい、告白したい」ってずっと言ってたんです。でも当の本人と同じくらい、私自身も太一から千早への思いは大切にしたくって、まだ今じゃない、今じゃないとストップをかけていて。あの千早と2人きりになった部室のシーンでようやく、「わかった。今ここで言いたいんだね」と、ゴーサインを出したんです。

──以前コミックナタリーで行った「ちはやふる」の特集で、当時の担当編集の冨澤さんが末次先生の執筆方法について語ってくださいました(参照:「ちはやふる」特集、編集担当・冨澤絵美インタビュー)。末次先生は頭の中でキャラクターと個人面談をして、そこで聞いた意見をマンガに反映させるそうですね。

「ちはやふる」23巻より。

そうですね。だから新なんかも、23巻の時点では本当はまだ千早に告白させる予定ではなかったんです。でも彼と話していて、「今言いたいんやけど!」って突然言ってきて。私も「今ですか!? そんなつもりではなかったんですけど、今ですか!? ……わ、わかった」みたいな(笑)。太一とは対照的に、新から千早への告白はリラックスしてぴょいっと飛び込んできました。

──なんというか、末次先生の中でキャラクターたちは生きてるんですね。

私は自分が生み出したものだから自由自在に動かすことができる、とは考えていなくて。彼、彼女たちにも意思があると思ってるんです。すごく近い存在ではあるけど、考えている本当のところはわからない。自分の親とか子供とか、仲がいい友達みたいな距離感でしょうか。だから話を聞く余裕がなかったり、最初から描きたい方向が決まってたりすると、彼らの声が聞こえてこなくて。「ちょっと、ここに座って」「今どうしたいですか?」って耳を傾けないといけないんです。

──その作業を毎回、1人ひとり行われるんですか?

はい。普段の何気ないやりとりではない、大事な部分に関しては。「いつもは君が言いそうなことはだいたいわかる。このシーンではこんなふうに笑うよね? こんなふうに驚くよね」「でも今日は君の話をじっくり聞きたいんだ。ねえ、進路どうしたい?」という感じで。

──学校の先生みたいですね。

なんでしょう。教師とか親とか子供というよりは、友達という感覚ですね。取材をさせてもらってるというような感覚です。

──キャラクターとの会話は最初からできたことなんでしょうか。それとも描いてるうちにだんだんと?

「ちはやふる」第1話より。

不思議なことに、千早は1話目からこんな感じだったんです。新と初めて試合をするシーンで、私の中では25枚全部取られて千早が負けるという展開を考えていて。でも「いや、私1枚取りたい!」って、こっちが聞いてもいないのに言ってきて(笑)。札を取ろうと飛び出したときに、「あ、そうなんだ。君は君の気持ちがあるんだね」って気付きました。ほかの作品では、そこまで第1話からキャラが動いてくれることはなかなかないですね。その千早の意志の強さが、今でもずっと続いてるんだなと思います。