映画「曇天に笑う」特集 唐々煙インタビュー - コミックナタリー 特集・インタビュー (original) (raw)
唐々煙が2011年から2013年まで月刊コミック アヴァルス(マッグガーデン)にて連載した「曇天に笑う」。累計発行部数120万部を超える同作は、強大な大蛇(おろち)を巡る戦いの中で、使命を背負った曇一族の三兄弟が成長する物語だ。アニメ、舞台と次々に広がりを見せた本作が、主演・福士蒼汰×監督・本広克行のタッグで実写映画化され、3月21日に全国公開を果たす。
ナタリーでは映画の公開を記念し、映画の魅力をさまざまな角度から紐解く連載企画を展開中。特集第2回となる今回は、唐々煙にインタビューを実施し、「曇天に笑う」の誕生秘話から、三兄弟創出の際に参考にしたという意外なグループ、セリフの発想方法やメディアミックス作品に対する思いなどについてたっぷりと語ってもらった。また唐々煙の描き下ろしイラストも到着しているので、こちらも合わせて楽しんでもらいたい。
取材・文 / 青柳美帆子
曇三兄弟は東京03の関係性がヒントに
──「曇天に笑う」は完結後に「曇天に笑う 外伝」や前日譚にあたる「煉獄に笑う」が発表されるなど、現在もさまざまな展開が続いています。まずはシリーズが生まれたきっかけを教えてください。
もともと自分自身が三兄弟だったので、「三兄弟の話を描きたい」と思っていたんです。それとマイナスの境遇で笑っていられる人が好きということもあり、描きたいと思っていた「曇り空の下で笑っている人」というイメージと、ヤマタノオロチ伝説の「大蛇」を組み合わせたのが、「曇天に笑う」の始まりです。
──劇団☆新感線の中島かずきさんが脚本を担当したデビュー作「takeru –SUSANOH~魔性の剣より-」もヤマトタケル伝説をモチーフにした物語でしたが、神話がお好きなんですか?
「曇天に笑う」の舞台にもなっている近江は自分の地元なんですが、天狗や大ムカデなどの化け物伝説が残る山があるので、神話は子供の頃から身近にあったんです。その後「うしおととら」など、藤田和日郎先生の作品にもとても影響を受けて、妖怪退治や妖と人間が共生するお話とか、ファンタジー的な世界観がすごく好きになって。初めて原稿の形にした話もファンタジーでしたね。
──「曇天に笑う」は完全なファンタジー世界が舞台ではなく、日本を舞台にしていながらファンタジーの要素を盛り込む、というバランスで描かれていますね。
本当は日本ではなくもっとどっぷりとファンタジーの世界を舞台にする予定だったんです。ただ担当編集から「完全にファンタジーの世界を舞台にすると、読者層が狭くなってしまうかもしれませんし、もう少し身近な舞台設定に落とし込みましょう」と提案があり、そうだなと納得して舞台背景を明治時代の日本にすることにしました。
──「曇天に笑う」は普段はふざけていながらも決めるときはしっかりと決める長男の天火、そんな兄に憧れる次男の空丸、天真爛漫な三男の宙太郎と3兄弟のキャラクターが、第1話の時点でしっかりと立っていたと感じたのですが、どのようにして登場人物を考えていくのでしょうか。
お笑いが好きで芸人さんの掛け合いをよく見ているので、キャラクターはそんな掛け合いから生まれることが多いですね。「ボケ」や「ツッコミ」や「アオリ」といったキャラの立ち位置を考えて、どんな関係性になるかを決めていきます。曇三兄弟のヒントになったのは、お笑い芸人の東京03さん。天火は大ボケで、言うなれば角田晃広さん。空丸はそのボケにツッコミを入れる飯塚悟志さん。宙太郎はアオリというか小ボケというかアオっていくスタイル……の豊本明長さんです。
──他のキャラにもモデルはいるのでしょうか?
誰かを参考にするというよりは、天火との関係性から考えていきました。例えば安倍蒼世は、初めは敵対するけれど実は天火と小さな頃からつながりがあって、ライバルであり親友であるキャラクターにしよう、という形で。
──起点にしたのは主人公の空丸でなく天火なんですね。
映画「曇天に笑う」より。福士蒼汰扮する天火。
最初に物語を考えていたときには、天火を主人公にしたお話だったんですよ。ただ、担当編集から「超人的な天火を主人公にすると読者が感情移入できない」と指摘を受けて、「そうかもしれない」と気づいて。天火に追いつこうと奮闘する空丸の目から見た天火を描くことで、天火をもっとヒーローにできると思うようにもなり、空丸を主人公にすることにしたんです。読者に1番人気があったのは天火で、それは空丸視点で読んでくれた方が、天火にヒーローとして憧れてくれたからなのかなと。結果としてとてもよかったと思います。
劇中で描ききれなかったエピソードは?
──空丸はヒーローである天火の背中を見て、作品の中でどんどん成長していく主人公でしたね。唐々煙さんが「曇天に笑う」の中で、お気に入りのエピソードを挙げるとすればどれになりますか?
映画「曇天に笑う」より。桐山漣演じる白子は曇家に居候している。
天火が蒼世に弱音を吐くシーンですかね。天火はヒーローで超人だったので、抱えているものを隠しているし理解者もいなかったんですが、終盤蒼世に弱音を吐けました。天火にも弱いところがあるし、さまざまな不安を抱えているということが伝わるシーンを作れたのはよかったです。しっかり描けたなと思っているのは、白子の展開。彼の設定は最初から決めていたことでしたが、天火がいなくなったあとの空丸たちの心のよりどころになっていた分、皆さんショックを受けてくれていたようでした。本当の姿をばらしたあとの白子に対しては、読者の方に「それでも情があってほしい」と求められていたような気もしますが、そこは風魔の長として描き切れたと思います。
──逆に、「もう少し描きたかった!」というシーンはありますか?
「曇天に笑う」が6巻で完結するのは決まっていたので、最後はちょっとぎゅうぎゅうになってしまったなと……。読者の方からは、「牡丹たちのその後は?」「白子を幸せにしてほしい!」という声をたくさんいただきました。そんなお声もあって描いたのが「曇天に笑う 外伝」です。おかげで犲の過去と解散も描くことができました。泡沫はもう少し続きますが……。
──「曇天に笑う 外伝」は上中下巻の3巻構成と、本編が全6巻であったことを考えるとなかなかのボリュームでしたね。
それでも描き切れなかったという思いがあるのは、風魔一族の双子の弟について。外伝でも風魔一族のエピソードはあるのですが、兄視点なのもあって、まだまだ「弟が何を考えていたのか」は描けていないなと。今度、アニメ映画「曇天に笑う〈外伝〉~決別、犲の誓い~」の映像ソフトの特典マンガで、もう少し掘り下げて描けたらなというお話をアニメの制作サイドの方としています。
──それは楽しみです!
それから、嘉神直人についても「もう少し描けたかな」とは思っています。当初はもうちょっと救いがあるか、もしくは全然救われずに終わるか……という構想でした。ただ、話が動いていき、宙太郎との出会いや交流を描いていく中で、少し予定が変わってきて。結果的にはふんわりした終わり方になりましたが、嘉神にとっては1つ昇華できた、彼なりにいい終わりになったのではないかとも思います。
映画は「曇天に笑う」のif作品
──「曇天に笑う」はアニメ化、舞台化、劇場アニメ化など、さまざまなメディアミックス展開がされています。今回実写映画化が決定したときのお気持ちを教えてください。
映画「曇天に笑う」より。天火に稽古をつけてもらう空丸。
……ドッキリかな……?と……。
──ドッキリ(笑)。
「監督は本広克行さんです」と聞いて、ますます「あの本広さんが監督!? いやいや、これはドッキリですよね」となりましたが現実でした(笑)。そして脚本を、アニメや舞台の「曇天に笑う」でも脚本を担当していただいて、原作のことをわかってくださり、好きでいてくださっている高橋悠也さんが書いてくれているのもとてもありがたかったです。
──映画で印象的なシーンや、イメージにぴったりだったキャストは?
映画「曇天に笑う」より。劇中で行われている祭りのシーン。
オープニングの盛り上がりがすごく印象的でした。いきなり和風なお祭りのシーンから始まって、太鼓が打ち鳴らされる中で世界観が伝わってくる。さらに並行して、天火や空丸たちのワクワクするようなアクションシーンが展開される。「ここからどんな話が始まるんだろう」と期待が広がる、カッコいいオープニングだと感じました。キャストさんは宙太郎がかわいかったですね。マスコット的というか、この作品の癒しです(笑)。
──原作「曇天に笑う」の主人公は空丸ですが、映画は天火がメインになっています。
そうですね。映画は天火の視点で進む、天火が主人公のお話です。視点が変われば、物語の見え方も変わってきますし、「あのときの天火はこんなことを思っていたんだ」という映画ならではの発見があると思います。
──メディアミックスされた「曇天に笑う」は、それぞれ表現方法に違いがあると思います。先生が感じた“見どころの違い”はどんなものでしょうか?
それぞれ違う面白さがある……という言い方だと、ちょっとそのまますぎますかね?(笑) アニメは初めてのメディアミックス展開だったので、自分が考えたセリフが声優さんや監督に目の前で復唱されまくるということが最初は恥ずかしかったです(笑)。ただ、色がついて、動きがついて、声優さんたちの声がついて、音楽がつく感動がありました。「曇天に笑う」のキャラクターたちがまさに「生きている」と感じたのを覚えています。「曇天に笑う 外伝」も、本編とは違う制作になるのですが、若野哲也監督と梅原英司さんの脚本でアニメにしていただきました。かなり原作を読み込んでくださっていて。犲についてのアニメ独自の掘り下げもあって、面白かったです。皆さんと同じように「お客さん」になって観ていました。
──2015年には初の舞台化。好評を博して翌年にも再演されました。
役者さんが目の前で演じているので、「1秒1秒が流れている」のがとにかく新鮮でしたね。マンガのコマではどうしても1つひとつ描けないような表情が目の前で流れているので、「こういう表現があったのか」「あのときこのキャラクターはこういう表情をしていたのか」と発見があって。マンガ家からすると、ああやってすべての瞬間を見せることができるのは「うらやましい」と思いました。
映画「曇天に笑う」より。三兄弟の食事シーン。
──実写映画では天火視点で物語が描かれることにはじまり、犲のメンバー構成が異なっていたり、ほとんどが野盗や山賊になったとされる風魔一族の面々が序盤から登場したりと、原作やアニメ、舞台と比べるとかなり展開が異なりますよね。
映画が一番“別物”という感じがします。キャラクター性はそのままですが視点や展開が違うので、「曇天のif」というか、「新しい曇天」として楽しんでもらえるのではないでしょうか。映画で初めて「曇天に笑う」という作品を知ってくださった方は、「三兄弟」や「家族」という視点で観ていただけると、共感してもらえるエンタメ映画になっていると思います。