浅野いにお×足立和平 師弟対談! 元アシスタントが「デデデデ」の現場から学んだこととは? 新感覚グルメ人情譚「飯を喰らひて華と告ぐ」 - コミックナタリー 特集・インタビュー (original) (raw)
「飯を喰らひて華と告ぐ」は、腕は確かだが話がどこかズレている料理屋の店主を描いた“新感覚”グルメ人情譚。東京の路地裏に位置する小さな料理屋・一香軒には、今日も悩みを抱えた人々が訪れる。店主は彼らに絶品料理を振る舞いつつ、悩みごとについても親身にアドバイスをするのだが、それはどことなくズレていて……。シズル感たっぷりの調理シーンとともに、客の“胃袋掴んで心を離す”物語が展開される。2021年よりヤングアニマル(白泉社)にて連載中で、単行本1巻は8月29日に発売された。
そんな「飯を喰らひて華と告ぐ」の作者・足立和平は、かつて「おやすみプンプン」「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」などで知られる浅野いにおのアシスタントを務めていたという。そこでコミックナタリーでは、1巻の発売を記念して2人の師弟対談をセッティング。連載前から「飯を喰らひて華と告ぐ」について相談していたという足立と浅野の関係や、「変化球なマンガ」と言わしめた同作が生まれた背景に迫る。
なお取材は8月上旬に行われた。
取材・文 / 大湊京香撮影 / ヨシダヤスシ
アシスタントの中で一番技術を盗もうという意欲を感じた
──足立先生は2019年から2021年にかけて浅野先生のもとでアシスタントをされていたとお伺いしています。アシスタントになったきっかけはなんだったのでしょうか?
浅野いにお 知り合いづてに足立くんを紹介してもらいました。それまでメインで入ってもらっていたスタッフが辞めたことをきっかけに何人か新しく入ってもらったうちの1人ですね。というかそもそも足立くんって俺のこと知ってたの?
足立和平 知っ……てました。知ってたんですが……。
浅野 のちのちこの話になると思うんですけど、足立くんってマンガのことなんにも知らないんですよ(笑)。僕のことも何かで知ってる様子ではあったんですが、そんなに詳しくはなくって。当時足立くんが付き合っていた彼女のほうが僕のマンガのファンだったみたいで……。
足立 そうです、彼女は一番好きな作家が浅野さんってことをずっと言ってて(笑)。僕が浅野さんのところに行くことになったんやけどって話したら「私も連れてって! 今からマンガ描いたら行けるかな!?」って言ってました。なんでそっちがテンション上がってんの!?っていう。
足立和平
──アシスタントのお誘いが来たときはどういう心境でしたか?
足立 浅野いにお先生ってあの人ですよね? 行かせてもらって大丈夫ですか?という不安が大きかったのですが、その反面期待もすごくありました。「浦沢直樹の漫勉」で初めて浅野さんを知って以来、浅野さんのゴリゴリにリアルな絵に憧れまして。写真を使って真似して描いていたんですけど、自分じゃなかなか思うようにはいきませんでした。浅野さんの絵は背景や絵柄を含めて自分が目指している画面でしたし、それについて知りたいという思いはずっとあったので、ぜひ行かせてくださいという感じでした。
浅野 足立くんの場合は僕の技術の部分にすごく関心があるということがよくわかったので、話す内容もほかのスタッフと比べると技術寄りの話が多かったですね。アシスタントの中で一番技術を盗もうという意欲を感じていました。逆に内容的な部分は関心ないんだろうなっていう(笑)。
足立 そんなことないですよ!(笑)
──制作現場でも技術的な部分をメインに担当されていたのでしょうか?
浅野 そうですね。足立くんは自分の投稿作はありつつも、マンガを描くことに対してのキャリアがまだまだ短かったので、かなり初歩的な部分から説明していきました。アシスタント経験が多いほかのスタッフにはうち特有の描き方だけ教えていたんですけど、足立くんの場合は影が真っ黒じゃない理由みたいな、そもそも「『絵を描く』とはこういうこと」という部分から説明した記憶があります。
足立 (すごく頷きながら)本当にその通りで、僕は理屈っぽい人間なので「写真通り描けばいいんだよ」「もっとこうして描いて」みたいにふわっと言われてもあまりわからないタイプでして。でも浅野さんは理屈を言葉に出してくださるので、僕にとっては意見を受け入れやすかったです。アシスタントに入れたのが本当に浅野さんのところでよかったなと思っています。
浅野いにお
浅野 逆に足立くんは理屈で説明すればちゃんと理解してくれるのでかなり説明しやすかったです。例えば立方体の箱を描くときには、全部同じ太さの線で描いちゃいけないんですよね。マンガでは便宜的に線で描いているけど、実物には線がない。光が当たる方向は線を白く飛ばしたほうが“光が当たっている”という情報を加えられるし、影が落ちるほうは濃く描いたほうが影を強調する役割も果たす。だから光が当たっていないほうは線を太くしてほしいとか。そういう具体的な話をするとわかってくれるんですよね。
足立 その説明をしてくれた紙を覚えています。立方体の右側に簡易的な人間の顔を描いて、それ(立方体)が人間の顔やったらこう描けば立体的に見えるよねってすごく丁寧に説明してくれて。おかげさまで今の自分の画力につながっていると思います。
うちの元スタッフらしい絵柄になっている
──「飯を喰らひて華と告ぐ」を読んでいて、背景や光の当たり具合にも浅野先生と通ずるものがあると感じていましたがこういった事情があったのですね。2020年頃にはコロナの影響もあったと思うのですが、制作現場はどのような雰囲気だったのでしょうか。
浅野 アシスタント期間の後半頃になるとかなり任せられる状態になっていました。コロナ禍になってからはリモートになってしまって、複数人同時にリモートで通話しながら仕事していたのですが、通話中も足立くんは空気も読めるし、状況もすぐ理解できるタイプの人なのでそういった意味での安心感もありましたね。
足立 リモートになる前に面と向かって直接教えてもらっていたので、ある程度力をつけた状態でリモートに移れたことはタイミングがよかったと思います。最初からリモートだったらここまで来れていないので。
浅野 足立くんは、うちに来たときって背景はまだアナログだったよね?
足立 アナログでしたね、出力したあとはずっとミリペンで描いていました。途中からデジタルに移行したと思います。
浅野 そうだよね。うちでの描き方もコロナとともにフルデジタルにガラっと変わったので、デジタルで理想の絵柄を描くにはどうしたらいいかってことを説明する時期があったんです。当時足立くんはデジタルに詳しい人ではなかったのですが、最終的に一番理解していたのは彼なんですよ。機能を覚えて活かそうという意欲を感じていました。あと実践的に自分の連載に使っているので、連載始めてからより理解できたと思うんだよね。
第1話より、仕事で悩む青年に“格言”を持ってしてアドバイスする店主。
第1話より、困惑する青年。
足立 そうですね、全然変わりました。当時は自分1人のときにデジタルに触れる機会は少なかったので、実際に描いていてもわからないことがたくさん出てきて。ネットで調べてもすぐ出てこなかったり、知りたい内容に対してニュアンスが違ったりってことが多々あったんですけど、そういうときでも浅野さんに聞くと答えてくれたので、デジタルに慣れたのも親身に教えていただいたおかげですね。
──作品の制作方法にもかなり影響を与えたのですね。
足立 めちゃくちゃあります、本当に。
浅野 足立くんって最終的なスクリーントーンの処理はアミテンにノイズ入れてるの?
足立 入れてます。
浅野 あ、最終的な処理の仕方っていうのは、僕のマンガって絵に粗さやムラみたいなものを与えるためにスクリーントーンの点全部にノイズを入れてバラバラな丸にしているんですよね。たぶん足立くんは丸々うちのプリセット使っているよね。
足立 使っています(笑)。
浅野 スタッフにうちのプリセットを使っていいよって渡しているんですけど、それで本当に使ったのは足立くんだけなんですよ(笑)。
足立 今回の対談の出演依頼についてもですけど、僕は基本的に無神経なのでいろんなことをどんどんお願いしてしまうタイプでして。それこそ浅野さんが作る画面に対してめちゃくちゃ憧れが強いというのもあったので使わせてもらいました。ノイズが入る前の段階の画面も見せてもらっていたので、どっちもいいなと感じたうえで真似してみようと。
浅野 そういう意味で、足立くんは絵柄の部分に関してうちの元スタッフらしい絵柄になっているとは思いますね。
狙っていないけど真面目すぎるが故に笑える面白さ
浅野 絵柄や技術面以外でも、特に今回の連載については始まる前から何度か話を聞いていたよね。めちゃくちゃ具体的に説明していたような記憶がある。
──ストーリーや構成をですか?
浅野 連載を持つためにコンペに出している段階で、今こういうネームを考えているんだけどどうですか、みたいな(笑)。
足立 浅野さんって世間の人が感じるであろうことを手に取るようにわかっていると思っているので、今回も連載前にたくさんお話を聞いていただきました。長続きする話の方向性や、2巻3巻と出たときの未来を考えたアドバイスまでいただいて。
左から足立和平、浅野いにお。
──かなり細かな部分まで相談に乗っていたんですね。
浅野 スタッフみんなに聞かれていたら1人ひとりの時間は減っていたとは思うんですけど、実際に相談してくるのって足立くんしかいなくて(笑)。例えば古きよき1話完結のマンガが持つメリットやデメリットについてとか、足立くんは狙っていないけど真面目すぎるが故に笑えてくる部分を活かせるんじゃないかとか、けっこう真剣に考えたよね。バカ真面目なところを笑えるようにするのはギャグとしてはすごく面白いんだけど、天然でやってもそのまま受け入れられるのはたぶん難しいから。
足立 浅野さんが僕の描いた野球マンガを読んでくださったとき、僕としては至って真面目な話を真面目に描いてたつもりだったんですけど、選手が涙している場面でクスクス笑ってて(笑)。なので「真面目が故に笑える」とアドバイスをされてからは作品に活かしていこうと思いました。ただ「足立和平」って名前が知られていない状態で、この真面目さを笑っていいのかわからない雰囲気が漂う可能性もあったので、ある程度行きすぎない方向を狙っています。今はエスカレートしている感も否めませんが……。
浅野 「飯を喰らひて華と告ぐ」を読んでいて、思っていた以上に足立くんってセンスあるんだなと思った。マンガ家になりたいのはわかっていたんだけど、連載となると優等生的な普通のマンガを描いちゃうんじゃないかって心配してて。でもできあがった作品を見たら僕の心配は杞憂でした。足立くんが勉強ができるのは知っていたんですけど、普通に賢いんだなと。
足立 ありがとうございます、今の言葉ですごい救われました(笑)。
浅野 (笑)。
──浅野先生からのアドバイスの中で特に大事にしている部分を教えてください。
足立 とにかく人物を魅力的に描くことです。今は人物が少ないから大丈夫ですが、キャラクターが増えたときに彼らを魅力的に描けるかという部分は大切にしていきたいですね。例えば容姿だけではなく人として素敵だと思える人を、造形として描き分けられたらいいなと思います。とても練習が必要だとは思いますが……。
浅野 そこが足立くんの現状の弱点なんだよね。店主の内面や性格に関しては今のままでいいと思うんだけど、少しキャッチーさが足りないというか。物語に出てくるモブキャラは「笑ゥせぇるすまん」で言うところの標的の人みたいな位置でいいと思うけど、店主が喪黒福造レベルの魅力あるキャラクターになっているかどうか。そこは課題だと思っています。今後ほかの作品をやるってなったときに、見た目をちょっとでもわざとらしくしたほうがいいよってところを踏まえてしゃべりましたね。
足立 そこはすごく刺さりましたね。がんばります。