映画と働く:映画配給会社ロングライド代表・波多野文郎 (original) (raw)

1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。

第17回では映画配給会社ロングライドの代表取締役・波多野文郎にインタビュー。外国語映画の輸入・配給・宣伝を手がけるロングライドは、2023年で設立25周年を迎える。会社を立ち上げた理由や、ロングライドで取り扱う作品の基準、映画業界で活躍する秘訣を取材した。

取材・文 / 尾崎南 題字イラスト / 徳永明子

自分で何かをやるって、かっこいい

──映画配給会社の代表を務められているということは、やはり子供の頃から映画がお好きだったのでしょうか?

そうですね。特に父親の影響ですが、「映画が一番の娯楽」という世代なので、幼いときからよく映画に連れて行かれていました。当時はテレビの洋画枠が週に何日かあって、夜更かしして映画を観たりすることが日常的でしたね。

──その経験から、映画業界を志すようになったのですね。

10歳くらいで(映画が好きな気持ちの)ピークが来たんですけど、中学校に入ると音楽に興味を持つようになって、その時期は映画を追いかけていたわけではなかったんです。でもまた10代半ばから、より映画に興味を持つようになりました。「映画に関わる仕事をしたい」と思ったのはその頃ですね。

──波多野さんは、映像コンテンツ会社に就職されてから、ロングライドを起業されたそうですね。もともと起業や社長に興味があったのでしょうか?

これは今でもそうなんですけど、社長業にはあまり興味がなかったんですよ。社長がやりたくて会社を起こしたのではなくて、自分がやりたいことをどうやって実現するかと考えたときに、会社という形態が必要だった。それなら会社を作りましょう、という感じだったので、社長がやりたくて社長をしているわけではないです。ただ、それこそ10代のときにジム・ジャームッシュのようなニューヨークのインディペンデントと言われる監督が出てきたのを目の当たりにしているので、「自分で何かをやるって、かっこいいな」と思っちゃうわけですよね。そういう影響もあったと思います。

──当時波多野さんが「やりたかったこと」は、具体的に言うとどんなことだったのでしょうか?

そう聞かれると、なかなか出てこないんですよね。心の中に強いものがあったわけではなく、ぼんやりとした憧れで、映画に関する何かをやりたいという気持ちがありました。今だったら、映画のニュースサイトを運営していたかもしれないし、映画関係の出版社を起業していたかもしれません。

──確かに映画に関係する仕事ってたくさんありますよね。ロングライドの事業は映画の輸入・配給・宣伝という3本柱です。

やっぱり映画を買い付けて自分が好きな作品を日本で公開したいという思いがありました。もちろん映画を作るという道がないわけではなかったけど、現実味があるところで、自分で始められて具体的にビジネスとして回していくことを考えると、この事業内容が一番早いと思いました。もちろん、簡単な仕事ではありませんが。

──なるほど。社名の由来はなんでしょう?

これもあんまり考えてなくて。響きや、長く続けていけたらいいなというイメージで付けました。

どこか突き抜けたところがないと、埋もれてしまう

──映画を輸入してから、劇場で公開されるまでの流れを教えていただけますか?

例えば「この作品を扱いたい」と思ったら、権利を持っている人と契約しないといけないわけですよね。そこから契約業務を行いますが、無償なわけではないので、権利料をお支払いする業務があります。そうすると初めて日本に上映素材が到着します。それからは、字幕翻訳をする必要がありますからその作業が発生して、日本版が完成。そしてポスターなど宣伝の素材を作り、劇場で公開する感じですね。当然その間に、劇場さんとの交渉ごとがあります。

──ロングライドは基本的に、外国語映画を取り扱っていますね。

邦画もやりたいと思っているんですけど、なかなかお話がなく。洋画はこれまでやってきた実績があるので話が来ますが。本当に巡り合わせですから、邦画をやらない意思はないんです。ただ僕自身は洋画7、邦画3くらいの割合で映画を観ており、それは洋画と縁のある理由の1つだと思います。

──ロングライドで取り扱う作品に、選ぶ基準はあるのでしょうか?

作品力を示すときに五角形のグラフみたいなものがあるじゃないですか? 例えば、そのグラフの数字が全部大きいような作品をうちで買い付けるというのは、現実的に難しいです。だからこそ、どこかすごく凹んでいるけど、どこか飛び出しているような、そんな作品を選んでいます。飛び出しているのがどこの部分かというのは、すごく意識して選んでいるつもりです。

──個性を感じる映画ということでしょうか?

そうですね。公開本数も多いですし、いろいろな作品があるので。どこか突き抜けたところがないと、埋もれてしまうと思います。

ベルリン国際映画祭の最高賞受賞は今までで一番驚いた

──映画の買い付けについても教えてください。基本的にはオープンマーケットの入札制とのことですが、狙った作品を買い付けるにはどのような工夫や力が必要なのでしょうか。

普通の市場原理で考えると、「ビジネスになるな」と感じる作品は他社も同じように思うわけですよね。そうなると当然、買い付けの金額やこれまでの経緯がものを言ってきて、そう簡単には買えなくなってくる。ですので、競り合ってうちが他社に勝った経験はおそらくないと思いますね。そういう意味では、他社が「これはちょっと日本で公開するにはリスクがある」と考えるような作品を狙っています。また基本的にはオープンマーケットなんですけど、一度できた関係性は大事にして、優先的にお話が来るように日々コミュニケーションを取っていくという工夫はしています。

──監督と築いた関係性から、買い付けに発展することも多いのですか?

そうですね。これはよく「断れない案件」と呼んでいて(笑)。付き合いのある監督やプロデューサーから「やってくれ」と言われる場合もありますから。

──例えば、「新作が完成したから買ってほしい」というような依頼ですか?

「脚本が完成したから」という感じですかね。おそらく日本では、インディペンデントの洋画の50%以上は脚本の段階で買われていると思います。

──それは驚きました!

2月にベルリン、5月にカンヌで映画祭があります。映画祭に併設される形でマーケットが開催され、完成した作品やこれから作られる作品の発表が行われます。これから作るものを発表することで、制作資金を賄うというイメージですね。ある程度ファイナンスはされているんだけれど、それを売り出すことでより確実に作っていく。回収計画も即時でできちゃうので、このスタイルで売られるんです。ですからほとんどの場合は脚本を読んで買っていると思いますよ。もしくは編集中だったら、フッテージ映像を観て。

──限られた素材から判断しなければいけないんですね。

逆説的な言い方になりますが、「完成するまで売れていない作品は難があるのでは?」と考えてしまうんですよ。今の市場には高すぎて合わないとか、このキャストでは不安だとか、監督の前作が当たってないとか……。買い付け金額ってものによってはすごい値段になってしまうので、皆さん慎重に検討されるんじゃないですかね。

──2月には、波多野さんが共同製作として携わった「アダマン号に乗って」がベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞しています。これは予想通りだったのでしょうか?

まったく。今までで一番驚いたかもしれません。

──そうだったのですね!

ニコラ・フィリベール監督作は、「La Maison de la radio(原題)」「人生、ただいま修行中」で共同製作として参加をしていて、今回もぜひとのことだったので参加しました。とはいえ当然フランスで撮影しているので、直接うちが手を下すことはほとんどなく。企画の段階とか編集のときに意見を言うこともできますが、フランスは極めて監督の権限が強いから、「聞きはするけど」ってやつですね(笑)。ベルリンでの受賞はまったく予想しておらず、本当にびっくりでした。受賞すれば注目度は増すので、ビジネスチャンスにはなると思います。