中国ドラマ字幕翻訳の世界(後編)──現役翻訳者が「これから先の恋」「黒豊と白夕~天下を守る恋人たち~」のセリフをピックアップ&解説、翻訳の思い出も (original) (raw)
1本の中国ドラマが日本の視聴者のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。膨大な中国語の情報を限られた文字数の中で翻訳し、物語やキャラクターの魅力、世界観を届ける字幕翻訳者もその1人だ。
映画ナタリーでは翻訳者の三浦美穂と神部明世にインタビューを実施。このたびの後編では、それぞれが手がけた近作「これから先の恋」「黒豊と白夕~天下を守る恋人たち~」の1話からセリフをピックアップし、解説してもらった。さらに翻訳の思い出についても語ってもらっている。前編では2人の対談を掲載しているのでチェックしてほしい。
取材・文 / 金子恭未子
翻訳を手がけた三浦美穂が「これから先の恋」1話のセリフをピックアップ&解説
「これから先の恋」とは?
純粋な音大生リン・ジーシアオとトラウマを抱えた外科医グー・ウェイの恋模様を描くラブロマンス。ヤン・ズー(楊紫)がリン・ジーシアオ、シャオ・ジャン(肖戦)がグー・ウェイを演じた。
1話のセリフをピックアップ
①リン・ジーシアオがグー・ウェイとの出会いを回想するセリフより
原文「我一抬头毫无准备跌进你的眼睛」(wǒ yī tái tóu háo wú zhǔn bèi diē jìn nǐ de yǎn jīng)
訳文「あなたの目に吸い込まれそうになった」
<解説>
出会いの場面はシャオ・ジャン演じるグー・ウェイのきれいな目が印象的なシーンです。原文は「顔を上げた途端、思わずあなたの目にはまり込んでしまった」という意味で、中国語は「はまり込む」と能動的な表現ですが、日本語では「吸い込まれる」と受け身な表現にしています。中国語と日本語の表現方法の違いを感じて面白いなと思う部分です。
②仮病を使う娘リン・ジージアオに対して父リン・ジエングオが言うセリフより
原文「想骗我」(xiǎng piàn wǒ)
訳文「大根役者め」
<解説>
字幕翻訳には1秒4文字というルールがあって、このシーンは1秒半のセリフなので6文字に収めなければいけないところ。言葉の選択が割とうまくいったなと思っています。「想骗我(俺をだまそうとするとは)」は友達や親しい人同士の軽口に使える中国語で、日本語直訳のように詰問のイメージはありません。応用範囲は広いと思います。冗談っぽく言ってみてください。
「これから先の恋」翻訳の思い出
「これから先の恋」は、翻訳していて楽しい作品でした。主人公2人の恋愛だけではなく、友情、家族愛などさまざまな愛がリアルに描かれていて、いろいろな年代の方が共感できる、そして周りの人に優しくなれる佳作だと思います。苦労した点をあえて挙げるとするなら、中国の女性は日本の女性と比較すると強い印象があるのですが、ヒロインのリン・ジーシアオの強さを理解するのに少し時間が掛かったことでしょうか。順を追って観ていくと彼女の気持ちがわかるのですが、最初の頃はどうしてこういうことを言うんだろう?とつかめないこともありました。気持ちを共有できないと字面だけの翻訳になってしまって、作品に魂が宿らないので、理解するよう努めています。
そして、この作品のイチ押しポイントはなんといってもシャオ・ジャンです。完璧なように見えるけれど弱さもあわせ持っているグー・ウェイを巧みに演じています。思わず疑似恋愛してしまいそうな極甘ラブラブシーンもふんだん。翻訳中に何度黄色い声を上げたかわかりません。元アイドルらしからぬシーンもあるので、そういった点も楽しんでもらいたいです。
おすすめの中国語学習法
今は「みるアジア」など、原文と訳文が併記されている動画配信サイトもあります。気に入ったシーンを繰り返し観て聴いて、目と耳を慣らし、口にしてみる。そして実際にノートに書いたり入力したりしてみる。使えるフレーズをストックし、自分の文章にする。その積み重ねだと思います。
スピーキングに関しては、中国の友人と話すときには、相手が日本語でしゃべっていても、こちらは中国語でぐいぐい攻めていくこと(笑)。チャンスを見つけて、どんどん声に出していくことが大事だと思います。
「これから先の恋」
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翻訳を手がけた神部明世が「黒豊と白夕」1話のセリフをピックアップ&解説
「黒豊と白夕~天下を守る恋人たち~」とは?
ヤン・ヤン(楊洋)とチャオ・ルースー(趙露思)が共演したロマンスアクション時代劇。江湖で名を馳せる黒豊息(こくほうしょく)と白風夕(はくほうせき)が、天下をめぐる覇権争いが勃発したことをきっかけに、ともに悪に立ち向かっていく。
1話のセリフをピックアップ
①韓玄齢の還暦祝いのシーンより
原文「福如东海寿比南山」(fú rú dōng hǎi shòu bǐ nán shān)
訳文「ご健康と ご長寿を」
<解説>
年配の方への誕生祝いの決まり文句で、歴史ドラマや武侠ドラマには必ず登場します。誕生日のお祝いのシーンだからあのセリフが来るぞ! 来るぞ!と思って構えてもらえれば(笑)。聞き取れると楽しいと思います。
中国語は話し言葉と書き言葉の違いが大きい言葉で、しゃべり言葉としておかしくないものでも、そんなことは書かないという言葉も多々あります。ですから、カードや手紙に言葉を書くときになかなか出てこないこともあるんです。「福如东海寿比南山」は4文字、4文字のきちんとした表現で、現代でもカードに書いたり、実用的に使える言葉なので覚えておくと便利だと思います。
②黒豊息の家臣・鐘離(しょうり)が黒豊息と白風夕について語っているシーンより
原文「看看这江湖上到底是白风黑息 还是黑丰白夕」(kàn kàn zhè jiāng hú shàng dào dǐ shì bái fēng hēi xī hái shi hēi fēng bái xī)
訳文「黒豊息と白風夕 どちらが上手なのか」
<解説>
「豊息」と「風夕」は中国語読みだとともに「fēng xī / フォンシー」。「白のフォン、黒のシー」「黒のフォン、白のシー」のどちらの序列が正しいのかと同音の名前をかけた楽しいセリフです。どちらが上なのか下なのかという話は本編中に何度も登場しています。
「黒豊と白夕~天下を守る恋人たち~」翻訳の思い出
このドラマは架空の世界を舞台にしたファンタジーです。大東国が覇権を握っていて、その下に6州が割拠する時代という世界観の設定がしっかりあるんですが、それは現実のものではないので、日本語に置き換えて説明していかなければならない。観る人が世界観を理解して、付いて行けるように翻訳するのが非常に難しい作品だと思います。私は1話担当ではなかったのですが、1話担当の方はすごく大変だったと思います。
使っている技や力も日本語にないもの。武侠ドラマやファンタジーでは中国語にあって日本語にないものをどれぐらい中国語表現のまま許容していくかというのがすごく難しいんです。以前は広辞苑に載っている言葉しか使ってはいけないと指示されることもあって、そうなると武侠ドラマで登場する内力や軽功という言葉が使えない。でもそういった言葉なしでは世界観が描けない。中国ドラマの人気上昇に伴って、最近ではそういった表現をそのまま字幕に使用することが許されるようになってきています。「師兄」や「師姐」も以前なら「兄弟子」「姉弟子」としていたところを、最近はそのまま表記できる。このドラマの翻訳をしながら、以前よりも許容範囲が拡大しているなと感じました。
また「黒豊と白夕」は、国を思い民を愛する女性の描き方がとても魅力的です。女性たちが強く美しく、恋愛だけに生きているわけではない。チャオ・ルースー演じる白風夕以外にも何人かそういう女性が登場するんですが、みんな筋が通っていて、翻訳していて気持ちがよかったです。
あとはやっぱりヤン・ヤンがもう本当に美しい! どこを見ても隙がなくて、こんなに美しい人がいていいのかと思うぐらいで。チャオ・ルースーもとてもかわいらしいですし、この2人の組み合わせを考えた人はすごい。ご飯何杯でも食べられるような美しさだと思いました(笑)。
おすすめの中国語学習法
中国ドラマは教材としてもお薦めです。基本的に登場人物の発音は標準的なものなので、セリフを音として覚えてそのまましゃべることができれば伝わります。現代ドラマの気に入ったフレーズや、よく出てくる言い回しをシャドーイング(音声を聞いたあと、即座に復唱する学習方法)するとスピーキングのいい練習になるんじゃないかなと思います。翻訳の仕事をしているとスピーキング能力を維持するのが難しいので私も学びたいなと(笑)。
あとは、内容がある程度わかっているものを読むのはリーティングの勉強になると思います。例えば、すでに観ている中国ドラマに関するニュースや中国語で書かれたあらすじは、物語の内容がわかっているので、頭に入りやすいですよね。今はネットがあるのでそういったものがすぐに手に入る。好きな俳優さんつながりで、中国人のファンとチャットを使っておしゃべりすれば、ライティングの勉強にもなると思います。
「黒豊と白夕~天下を守る恋人たち~」
DVD‐SET1~3&レンタルDVD Vol. 1~22 リリース中
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神部明世(じんぶあきよ)
東京外国語大学中国語学科卒業後、NHKにディレクターとして入局。「中国語会話」やドキュメンタリー番組などの制作に携わり、2008年よりフリーランスで中国語映像翻訳を始める。2015年、法人化により「合同会社玉兔工作室」を設立した。担当した作品に「三国志~司馬懿 軍師連盟~」「黒豊と白夕~天下を守る恋人たち~」などがある。
三浦美穂(みうらみほ)
日本女子大学文学部史学科卒業。第二外国語で中国語を学び、その後北京に1年留学。帰国後、日中友好協会や中華系企業で社内翻訳に従事。中華系企業在職中に「大清風雲」で字幕翻訳家デビューする。担当した作品に「マイ・サンシャイン~何以笙簫默~」「これから先の恋」などがある。