ナタリードラマ倶楽部 2024年夏クールを語り尽くす(後編) (original) (raw)

イラスト / トモマツユキ

ナタリードラマ倶楽部 Vol. 10[バックナンバー]

「西園寺さんは家事をしない」「かぞかぞ」「南くんが恋人!?」で“家族とは?”を考える夏、裏の主役は杉野遥亮

「伝説の頭 翔」「錦糸町パラダイス」「マル秘の密子さん」…明日菜子×綿貫大介が語る2024年夏ドラマ後半戦

2024年8月14日 11:30 21

放送・配信中のドラマについて取り上げる連載「ナタリードラマ倶楽部」。Vol. 10となる今回も、本連載でおなじみのドラマウォッチャー・明日菜子と綿貫大介が、2024年夏クールのドラマについて語る座談会をセッティングした。

後編にあたる本記事は、7月8日以降にスタートした作品が対象。“マニアが語りたくなるクール”だという今期のドラマには家族ものの作品が多く、明日菜子と綿貫は“家族とは何か”を考えることに。さらに、女優・松本若菜のラブコメ主演への衝撃や、“ファンタジーヤンキー”への愛あふれるトークもお届けする。

取材・文 / 脇菜々香・尾崎南 題字イラスト / トモマツユキ

目次

「西園寺さんは家事をしない」で女優・松本若菜の分岐点に立ち会っている!(明日菜子)

──後編では、7月8日以降にスタートした夏ドラマを対象に語っていただきたいと思います。今期は前編で取り上げた「海のはじまり」に加え、「西園寺さんは家事をしない」「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」「南くんが恋人!?」など家族ものが多い印象です。

明日菜子 春ドラマは記憶喪失系の作品がたくさんありましたけど、夏ドラマは週初めに家族ものが集まっていますね。考察ものやミステリーなど物騒なドラマが多い今期、明るい家族ものである「西園寺さんは家事をしない」は台風の目じゃないですか?

綿貫大介 松本若菜さんがラブコメをやるっていうイメージがあまりなかったので、最初はびっくりしたんですよ。「やんごとなき一族」の“松本劇場”後はキャラが強い方向に行くのかと思いきや、政府職員や刑事、医者など意外と堅実な役が多かったじゃないですか。そこからの火10ラブコメ主演! 40代でラブコメの主演ができるのって深キョン(深田恭子)だけだと思っていたんですけど、できる人がいた……! これまでのキャリアで培った実力をまざまざと証明してくれている。もはや松本さんを見たくてこのドラマを観ています。

明日菜子 助演のイメージが強い方が主演に上がると、物足りないなと思うことも正直ありますが、松本さんはすごくパワフルなオーラがあって、これ以降の出演作品がめちゃくちゃ変わると思います。まさに我々は今、女優・松本若菜の分岐点に立ち会っている!

綿貫 そして、ここにきてBUMP OF CHICKENが主題歌を担当していることにもびっくり。日曜劇場とかじゃなくて、火曜22時のラブコメでやるんだ!と。ただ、“偽家族”っていうものにはまだイマイチぴんときていない。

※編集部注:西園寺一妃(松本若菜)の同僚としてアプリ制作会社で働く楠見俊直(松村北斗)は、1人娘のルカ(倉田瑛茉)を育てるシングルファーザー。西園寺は、火事で家を失った楠見親子を自宅の賃貸スペースに住まわせることにし、気を使わない関係になるため彼らと“偽家族”になることを思い付く。

明日菜子 西園寺さんが楠見くんの家事育児に対して「家族じゃないから手伝えない」「じゃあ“偽家族”っていうチームになればいいじゃん」と結託するのはすごくいいんですけど、実際は独身である西園寺さんの負担が増えちゃうし、彼女が生粋の“ギバー”だからどうしてもオーバーワークになっちゃうんですよね。しかも西園寺さんは楠見くんに恋心を抱き始めている状態だから、これは結局「逃げ恥(逃げるは恥だが役に立つ)」で言う“好きの搾取”なのではないかという気持ちに……。家族の固定概念を壊してほしいと思って観始めたんですけど、これは家族になっちゃったほうがいいのでは?と考えている自分がいて、どうやって着地するのか気になります。偽家族って、ドラマの題材としてはいいなと思っていたけど、実際にやってみるとこんなに難しいんですね。

綿貫 この偽家族、今のところ契約結婚もののようにそのまま本当の家族になっていくストーリーしか思い描けないんですよね。偽家族ってキャッチーで可能性のあるものなんですけど、結局恋愛結婚に結びつくだけならもったいない。もちろんラブコメは大好きだからそうなってくれてもいいんですけどね。あとこの歌って踊る料理系YouTuber(津田健次郎演じる横井和人)が(劇中で)子供にウケている理由が謎(笑)。

明日菜子 「恋の花咲く六本木~♪」ね(笑)。横井さんと西園寺さんの恋展開がありそうだけど、結ばれたとしても根本的な問題の解決にならないような気がするので難しい……。キャストは皆さん役に合っていて素晴らしいんですけど、特に瑛茉ちゃん、末恐ろしくないですか? あの一挙一動が全部ト書きにあるとしたらおっかない!

綿貫 西園寺さんが母親的ポジションになることに対して、ルカちゃんは亡くなったお母さんを思い浮かべて「パパのこと好きにならないで」と不安を口にしていましたよね。でも、西園寺さんはいったいどうすればいいんだろう。楠見くんの気持ちもまだちゃんと表現されてないし。

明日菜子 西園寺さんに対してラブになっていくのかな? 松村さんは、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」の好青年のイメージが世間的には強いかもしれませんが、楠見くんみたいにちょっとクセがあって現代人特有の複雑さを持っているキャラクターがすごくハマるんですよね。あとは藤井隆さんなど、脇を固めるキャストもいいですよね。松本さん世代だからこその友人役・野呂佳代さん、塚本高史さんとの3ショットも大好きです。

「かぞかぞ」車椅子の母の悔しさを共有する主人公にグッとくる(綿貫)

──一方で「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」は本当の家族ですが、病気や障害などいろいろなものを抱えています。どうご覧になっていますか?

綿貫 2023年にNHK BSプレミアムで放送されていたのはもちろん知っていたんですけど、地上波での放送を待っていました。河合優実さんの知名度がぐっと上がっているこのタイミングなのもいいし、ドラマは大絶賛でしかないです。

明日菜子 私はNHKオンデマンドで去年全話観ているんですけど、数年に一度の超傑作だと思います。今回また観直しているんですけど、1話から惹きつけられるものがありませんか?

綿貫 ありました! この作品の肝は、障がいを感動ポルノ的な描き方にしないこと。健常者ポジションを担っている岸本七実(河合)が、1話の最後にナレーションで「家族の死、障がい、不治の病。どれか1つでもあれば、どこぞの映画監督が泣かせてくれそうなもの。それ全部、うちの家に起きてますけど」と言っていて。難しい境遇をどれだけ明るく描けるかみたいなことをすごく意識しているし、七実の弟である草太役にダウン症の俳優・吉田葵さんを起用するなど、NHKが培ってきた精神がちゃんと息付いていて、安心して観られる。ただそこで気になっちゃうのが、やっぱりフィクションって実話に勝てないのかな?ということ。岸田奈美さんの実話(エッセイ本)を映像化しているわけで、その事実の強さが立っている気がします。まっさらな状態からこの脚本ができるとは思えないし、できたらできたで「やりすぎだ」とか言われちゃう気がします。

明日菜子 確かに!

綿貫 だからこそ、これが実話であるということがめちゃめちゃ重要な作品なんだろうなと思いました。岸田さん自体の明るさもあるでしょうけど。

明日菜子 私はこの作品が、家族というのはグループだけど、個人の集合体にすぎないということを描いているように感じました。それを体現しているのが、福地桃子さんが演じているドラマオリジナルキャラクターのマルチ(天ヶ瀬環)だと思うんです。

綿貫 オリジナルキャラなんだ! マルチ、めっちゃ好きです。

明日菜子 お母さんがマルチ商法にハマっているため、マルチは“サクセスウォーター”という高額の水を常に持ち歩かされているんですけど、彼女自体は母親の思想に染まっていないんですよね。家族は一番近い存在だけど、あくまでも"個人"だということを強調して、わかり合いたくてもわかり合えないこともあると描いている。そのテーマが、マルチというキャラクターによってより鮮明になったように感じます。そこはフィクションの妙だなと。

綿貫 一方で、家族という共同体が強すぎるとも思っていました。もっと福祉に頼れるということを描いてもいいんじゃないかと。ダウン症の弟や車椅子ユーザーである母の世話も、家族だけでやらなきゃいけないっていう見え方になってしまうと、余計にしんどく思う人も出てきちゃうかなという気がする。血のつながりは悪い方向に働く場合もあるから、七実の明るさで堂々と福祉に頼って、家族主義になりすぎないといいなとも思います。ただ、タイトルで「愛したのが家族だった」=“愛したのが先だ”と言ってくれているので大丈夫かな。

明日菜子 あとは演技のよさで忘れがちなんですけど、皆さんの関西弁がめちゃくちゃうまいんですよね。メインキャストでいうと、関西出身なのは亡くなった父・耕助役の錦戸亮さんだけでほかはノンネイティブなのに。また錦戸さんは、去年のBSでの放送と同時期ぐらいにNetflixシリーズ「離婚しようよ」の配信もあったけど、数年ぶりの連ドラなのにあの存在感はすごいなと思いました。

綿貫 これまでのキャリアを知ってるから、安心感もありますよね。家族写真のビジュアルもめちゃめちゃよかったもん。

明日菜子 悲しい場面とうれしい場面の塩梅が絶妙で、演出の大九明子さんの画面作りがすごく効いている。大九さんの作品ってライティングがうまいなと思っていて、悲しい場面も鮮やかに映して重々しくさせないから、切ないシーンでより一層胸を打ちますね。

綿貫 入院中のお母さん(坂井真紀演じる岸本ひとみ)の外出許可が出て、七実が車椅子のお母さんを外に連れ出すシーンは印象的です。七実はお母さんが過ごしやすいよう気を使っているんですけど、お母さん的には七実が一瞬お店に入って道にひとりぼっちにされたり、車椅子を押しながら街の人に「ごめんなさい、通ります」と言いながら移動する七実を見て「私って邪魔なのかな?」と思ってしまったりする。食事をするお店に向かう道中に、お互いの気持ちがすれ違うところを描いていると思ったら、席に着いた七実が「もう悔しい、今日1日ほんま腹立った」と言って泣くんですよね。「お母さんの悔しさを共有できてたのか」とぐっときて、家族なんだなって思った。

明日菜子 誰のシーンをとっても最優秀俳優賞レベルですが、特に印象的だったのは、父と娘の関係性。朝ドラとかで"ヒロインに迷惑をかけるお父さん"はよく登場しますが、「かぞかぞ」では七実がずっとお父さんに対して言ってしまった一言を後悔しているんですね。その描写もすごく新鮮に感じました。錦戸さんもこのあと出番がどんどん増えますよ。

「南くんが恋人!?」脚本・岡田惠和が描く“血縁でつながらない共同体”(綿貫)

──家族ものとしては、「南くんが恋人!?」も放送中です。内田春菊さんによるマンガ「南くんの恋人」の実写化は5回目、テレビ朝日では3回目で、これまでも細かい設定など時代によって変化がありますが、今回一番違うのは、男女逆転バージョンだということです。

綿貫 タイトルからして違いますもんね。今回の脚本を岡田惠和さんが担当するのは最適解だったと思う。連続ドラマ版第1作(1994年放送の高橋由美子・武田真治版)を手がけた岡田さんが現代版をやる意気込みを感じるし、ファンタジーが上手な方なので。

明日菜子 今回、南くん(八木勇征)が小さくなることによって、男らしさの欠如につながるのは新しい発見でした。女の子が小さくなった場合、「お人形さんみたいでかわいい」とプラスに評価されていましたが、南くんは小さくなった自分にすごくコンプレックスを抱いてる。でもちよみ(飯沼愛)はみんなの憧れである南くんと付き合ってることにもともと引け目を感じていたから、むしろ彼が小さくなったことで、初めて対等になれた気がすると思っているんですよね。

綿貫 セリフの中で南くんがちよみに「めっちゃくちゃ強くなってる」と言っていますよね。体のサイズが変わったことで関係性に変化があるのが男女逆転ならでは。また、小さくなると毎回定番としてマグカップお風呂が出てくるんですけど、この時代に女の子が入るのは受け付けられない。今回はそこも逆転でしたが、でもそれで言うと、男の子だったらいいんだっけ?とも思います。

明日菜子 この時代に「南くんの恋人」をやるなら、設定を男女逆転にするのはわかるんですけど、女の子でやっちゃダメなことは男の子でもやっちゃダメですもんね。あとは、令和版のエンディングで岡田さんが改めてどんな答えを出すのか気になります。

──お二人は過去の実写化は観たことがありますか?

明日菜子 私は直近の中川大志・山本舞香版「南くんの恋人~my little lover」を観ました。2人は幼なじみだけど険悪な関係になってしまっていて、ちよみが「南くんと仲がよかった小さい頃に戻りたい」と願ったことで体が小さくなっちゃったっていう始まりなんです。そのときはちよみがインターネット小説を書いてるっていう設定で、時代を感じた……!

綿貫 過去作も観ているはずなんですけど、エンディングの記憶がスパンと抜けていて……。令和版で印象が変わったのは、複雑な家族の設定を入れたところ。岡田さんは、意図的に血縁でつながらない、自分たちで選んだ共同体を描きたかったとラジオで話していましたが、1990年代から疑似家族的なものを手がけてきた方だから、その辺がうまい。

──武田真治さん演じる堀切信太郎とちよみも、血がつながっていない父娘ですもんね。

綿貫 そんな家族だからこそ、“お城”のくだり(※)を明るく話せるんですかね。

※編集部注:ちよみの地元にある城のようなデザインのラブホテルのこと。南くんから“お城”に誘われたちよみが、そのことを家族の前で口をすべらせるシーンがあるが、気まずくならないオープンな家族として描かれている。

綿貫 江ノ島が舞台だから江ノ電も出てくるし、夏にこのカップルが見れるのはいい! 八木さんは、「美しい彼」のキャラもちょっと捻くれているし、意外とここまで王道のさわやかな役ってなかったなと。だから普通に大きいままで恋愛しているのも見たいな。あと岡田さん脚本のドラマ「君の手がささやいている」で武田さんの母親を演じた加賀まりこさんも出ているし、室井滋さんまで見れて豪華ですよね。

明日菜子 武田真治さんは「凪のお暇」のスナックのママ役のイメージがついて、似たような役が続いたから、ここで等身大の年齢の男性を演じたことって大きいんじゃないかなと思いました。

綿貫 そして主題歌。ゆずが歌ってくれるのは本当に「ありがとう」だし、手芸部の教室にゆず太郎のマスコットとかが置いてあったから「面白いことやってる!」と思ったけど、そんなゆずに「伏線回収」という曲を作らせてしまった……。

──作らせてしまったとは?

綿貫 楽曲自体はいいんですけど、ゆずは「伏線回収」なんて言葉を知らなくていいです!

一同 (笑)。

綿貫 ゆずは何も回収しなくていいんですよ! まっすぐ歌ってほしい。近年の、ドラマが伏線を回収しなくちゃいけない流れがあることがゆずにまで届いてしまっている。これは、それを止められなかった私たちの責任でもある。

明日菜子 こんな話になると思ってなかった(笑)。視聴者が伏線回収を求めがちな風潮、断固反対ですね!