美術監督・池信孝が「パプリカ」での悔いを吐露 (original) (raw)

今敏の監督作「パプリカ」が、第3回新潟国際アニメーション映画祭のレトロスペクティブ特集にて本日3月16日に上映。新潟のシネ・ウインドで行われた上映後トークに、美術監督としてすべての今監督映画に参加した池信孝が登壇した。

筒井康隆の同名小説をもとにした「パプリカ」では、夢を犯すテロリストに立ち向かう夢探偵“パプリカ”の活躍が描かれる。主人公のパプリカ / 千葉敦子に林原めぐみが声を当て、江守徹、堀勝之祐、古谷徹、大塚明夫、山寺宏一もキャストに名を連ねた。

アニメ業界に入ろうと思ったきっかけについて、池は「1965年生まれなので、“ヤマト・ガンダム世代”なんですよね。中学3年生のときに『銀河鉄道999』を観て美術監督という仕事があることを知った」と述べる。そして「専門学校に進むことになり、コースを選ぶ際に、制作はあまり絵を描かないだろうし、かといって自分が作画で人物を描けるかというと『こいつはあかん』となり、消去法で背景コースへ進みました」と明かした。

当時のテレビアニメについて、「美術に物足りなさを感じていた」と回想する池。「単純にディテールの量が少ないものや、テレビアニメの方法論でルーティン化した背景が目に付いて、つまらないなと。絵を描くことは昔から好きだったので自分でいろいろ調整してやっていると、世の中には見てくれている人もいて、（アニメ制作会社）マジックバスの出崎哲さんが『美術監督をやってもいいんじゃない？』と声を掛けてくれた」と転機になった出来事を述懐する。

その後池は、当時アニメ制作会社のマッドハウスに所属していたアニメプロデューサー・丸山正雄の推薦により、今の初監督映画「PERFECT BLUE」に参加することに。初顔合わせの際、今は「じゃあよろしく」とあっさりした様子だったという。池は「今監督は、設定やコンテに自分の言いたいことは全部詰めてあるんだから、くどくど言わなくてもわかるでしょ、というスタンスだった」と振り返り、今がアニメーション作品に持ち込んだリアルな空間設計や小物のディテールについては「面白かったし、自分がやりたいことだった」と興奮気味に口にした。

MCのアニメ評論家・藤津亮太からは、「アニメの美術においては主線を入れないことのほうが多いが、今監督は線によって物の形や印象が強く出るほうが好きだったんでしょうか？」という質問が。池は「アニメーションの中で、キャラクターたちは線で作られた世界に住んでいる。（動かない）台や線路などは線のない世界でいい。でもその中間にある、こういう（会場内に置かれたスピーカーを指差しながら）人間が運べるもの・触れるものは、出っぱっているものとして存在してほしいのに、線がないと背景の中に入り込んでいってしまう。セルで描かれているかのような錯覚を起こさせるために、線を入れる作業を必要としていたのかなと思います」と自身の解釈を述べた。

「PERFECT BLUE」で苦労した点について聞かれた池は「（主人公の）未麻の部屋に尽きます」と回答し、「普通の生活をするあの空間が一番大変だった。全然OKが出なかったので、別のシーンの作業をしていたんですが、そこでOKが出た“線の残し方”を参考に未麻の部屋もまとめていきました」と語る。やりがいがあったと振り返る一方で、池は「次はないなと思っていた」そうで、「続けて『千年女優』の話が来たときは驚きました」と話していた。

「東京ゴッドファーザーズ」からは制作にデジタル技術を使い始め、今から「人間の手では描けない背景にしてくれ」と注文されたという池。彼は「大活躍したのは窓の表情。手で描いていくとルーティンになるし、同じようなものが並ぶことになる。それを避けるため、取材撮影した実際の窓の素材をはめ込んでなじませると、写真でも絵でもない中間の情報量を持ったものになった」と解説する。白いゴミ袋の表現については「監督の指示書がありました。ゴミ袋のレイヤーがあって、その上に今さんが作ったゴミのレイヤーを乗せ、その上に白いベタレイヤーを50％ぐらいに薄くして乗せて、しわなどをかぶせていたと思います。ゴミ袋をほぼ一手に引き受けたスタッフの方がいました」と制作秘話を披露した。

「今監督作は作品ごとにコンセプトや狙いがはっきりしていた」と話す藤津に対し、池は同意しつつも「『パプリカ』ではそれがなくなるんですよね。『PERFECT BLUE』は未麻の生活の範囲内、『千年女優』は映画の世界で白黒がベース、『東京ゴッドファーザーズ』は東京のどこかだけど、『パプリカ』にはどれがどこという手がかりがないでしょう」と口にする。続けて「最初の3作品は、自分の技術や与えられた時間・環境の中である程度やったと自負があるけれど、『パプリカ』だけは“今やればもっといいものができる”と唯一悔いが残っている」と吐露した。

今がどういう存在か質問された池は「いまだに夢に見るぐらい大きな存在。映像に対する考え方をまとめてくれた人ですね。自分が漠然と『つまらないな』と思っていたこと（への答え）を、可視化して言葉にしてくれました。また、絵を作るときに画面全体やキャラクターの動きだけでなく、前後のカットのことも考えて作るということを知ったのも、自分の糧になっています」と伝える。「いい美術とは？」という問いには、「『美術がいい』と言われないこと。“調和”は今監督も常に考えていたことだと思います」と語った。

第3回新潟国際アニメーション映画祭は、3月20日まで新潟市民プラザほかで開催中。