「明け方の若者たち」を原作者・カツセマサヒコが語る、きらめく“あの頃”に息が吹き込まれた映画化 - 映画ナタリー 特集・インタビュー (original) (raw)

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」その16文字から始まった“僕”と“彼女”の沼のような5年間を描く青春映画「明け方の若者たち」が全国で上映されている。原作はWebライター・カツセマサヒコの長編デビュー作となった同名小説。“僕”を北村匠海、“彼女”を黒島結菜が演じ、彼らと同世代の監督・松本花奈が等身大の葛藤や恋愛模様を映像に収めた。

映画ナタリーでは、原作者のカツセにインタビューを実施。小説にはなかったシーンも含む映画の感想、明大前や下北沢といったロケ地への思い入れ、マカロニえんぴつによる主題歌の裏話などを話してもらった。特集の最後には、本作の魅力を深掘りするコラムも掲載!

取材・文 / 小林千絵

カツセマサヒコ インタビュー

「原作で書きたかった」と思うシーンも

──まずは、「明け方の若者たち」映画化の話を受けたときの気持ちを教えてください。

当然うれしかったですし、驚いたというのもありますが、信じきれなかったというのが正直なところで。原作ものだと、映画化を実現するにしても何年も掛かるとよく聞くので、最初はあまり期待せずにいようと思っていました。なので、北村匠海さんのスケジュールが押さえられたと聞いたときには「本当に!? これ、本当に動き出すの!?」とすごくドキドキして。そのときくらいからですかね、「もしも本当に劇場で上映されたら」と考えられるようになったのは。「明け方の若者たち」は僕にとってデビュー作ですし、これほどありがたいことはないな、どんな作品になっても応援したいなと思いました。

「明け方の若者たち」より、左から北村匠海演じる“僕”、黒島結菜演じる“彼女”。

「明け方の若者たち」より、左から北村匠海演じる“僕”、黒島結菜演じる“彼女”。

──できあがった映画をご覧になっていかがでしたか?

大袈裟に聞こえるかもしれないですけど、ずっと鳥肌が立っていました。特に原作が忠実に再現されているシーンは、“文章で書いたことがそのまま画になっている”という状況に魔法のようなものを感じました。シンプルに「映画ってすごいな」と。一方で、どうしても原作者というフィルターが掛かり、純粋なお客さんの気持ちで観ることができない歯がゆさも感じて。小説を読んでいない人が観たらどう思うのか、その感想を聞くのが楽しみです。

──原作にないシーンもありましたが、そこはどのようにご覧になりましたか?

いくつかのシーンでは「原作でも書きたかった」と悔しさも湧くほど、素直に「いいなあ」と思いました。小説には書かなかっただけで、登場人物たちは、別の日にはこういうことをやってたんだろうなという感覚で。「あいつらは下北沢とか高円寺の町で生きていたんだ」とすごく感じました。ちゃんと息を吹き込んでもらった気がしてうれしかったです。

──特に好きだったシーンや印象的だったシーンを挙げるとしたらどこですか?

それこそ原作にないシーンですけど、“僕”と“彼女”が餃子の王将でクイズを出し合っているところとか。長回しのシーンはどれも好きでした。演者さんが“演じている”というよりも、本当に“僕”や“彼女”や尚人がいてただしゃべってる感じがして。“僕”の引っ越しを手伝うときに卒業アルバムを奪い合うシーンも、原作にはないですけど、あの3人は絶対にやってたと思う。

「明け方の若者たち」より、餃子の王将のシーン。

「明け方の若者たち」より、餃子の王将のシーン。

「実写化するなら北村匠海」の声

──「演じているというよりもただしゃべっている感じがした」とのお話もありましたが、北村匠海さんが演じた“僕”と黒島結菜さんが演じた“彼女”の印象も聞かせてください。

映画化される前、読者の方々から「実写化するなら主人公は北村匠海さんが合うと思います」という声が何度か届いていたんです。たくさんの方がそう思うなら間違いないキャスティングなんだろうなと思っていたので、北村さんで実現すると聞いたときはすごくうれしかったことを覚えています。試写で初めて観た印象ですが、小説では主人公の心情を地の文で書いているところが多いので、映画もモノローグが多い作品になるのかな?と思っていたら、そうではなくて。北村さんの“僕”は、わずかな表情の変化で心情を丁寧に伝えてくるんです。口元のちょっとした動きとか、目元の演技、そういうところに演者としての力を感じて引き込まれました。あれは北村さんにしかできないし、“僕”が北村さんでよかったと思います。

「明け方の若者たち」より、北村匠海演じる“僕”。

「明け方の若者たち」より、北村匠海演じる“僕”。

──では、黒島さんの“彼女”はいかがでしたか?

原作の“彼女”はもっとあざとい印象を抱くように書いていたんです。好きな人の懐に無邪気に飛び込んでいけるタイプというか。でも黒島さんの演じる“彼女”はもっと余裕のある女性の印象で。“僕”と近しくなっていくにつれて心をどんどん開いて、雰囲気がやわらかくなっていく。そんな姿を見て、中盤くらいからずっと「“彼女”のこと好き」と思ってました(笑)。

「明け方の若者たち」より、黒島結菜演じる“彼女”。

「明け方の若者たち」より、黒島結菜演じる“彼女”。

──“彼女”を熟知しているカツセさんをも虜にしてしまったと。

僕自身も“彼女”のことを熟知している自信はないですけど、黒島さんの“彼女”はもう満点でいいです(笑)。映像化にあたって一番の課題はヒロインだと思っていました。もちろんあの人物像に嫌悪感を示す人もいるかもしれないですが、小説を書いてる段階から、ヒロインはただの悪女にはしたくなかった。「あれだけ魅力的だったら仕方ないね」と言わせたかったんです。小説にもたくさん出てきますけど「周りからどれだけやめとけと言われても、好きなものは好き」というのはこの作品の1つのテーマなので。その絶妙なラインを、黒島さんは上手に演じてくれたと思います。