カフェ・ソサエティ (original) (raw)
青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.4[バックナンバー]
カフェ・ソサエティ
スイート&ビターな時代と思いをジャズにのせて
2019年12月27日 17:00 2
DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。第4回で取り上げるのは、日本では2017年5月に公開されたウディ・アレン監督・脚本の「カフェ・ソサエティ」だ。1930年代のハリウッドとニューヨークを舞台に、ニューヨーク生まれの青年の恋と社交界“カフェ・ソサエティ“に集う映画スターやセレブたちの虚実と熱狂を描いたこの作品の、音楽的な魅力とは。
文 / 青野賢一
ジャズエイジ
「カフェ・ソサエティ」は、1930年代のハリウッドとニューヨークを舞台にした映画である。なのだが、ひと言で1930年代といってもピンとこない方が少なくないと思うので、まずそのあたりから話を始めてみたい。
2つの世界大戦に挟まれた1930年代に突入する前に、1929年の世界恐慌があった。ニューヨークのウォール街における株価の大暴落を代表的な契機として進行した、世界規模の不況がアメリカの“狂騒の20年代”に終止符を打ち、1930年代の前半にその影を落とした。この世界恐慌による不況からの回復は、アメリカでは1933年のフランクリン・ルーズベルト大統領時代のニューディール政策を待たねばならない。
「それは〈スイート・アンド・ビター〉(甘く、にがい)時代だった」。1930年代について、評論家の海野弘は書籍「流行の神話 ファッション・映画・デザイン」でこのように述べている。“ビター”な要素としては不況、失業や犯罪率の上昇で、“スイート”にあたるのは「なんといってもハリウッド映画」(同前掲)である。「カフェ・ソサエティ」の前半部分は、まさしくこの黄金時代を迎えたハリウッド映画に関連した物語だ。
1930年代に先んじる1920年代は先に記した通り“狂騒の20年代”と呼ばれるが、別名を“ジャズエイジ”という。第1次世界大戦後、ラジオやレコード(SP盤)が普及し、1920年代にはジャズが広く聴かれるようになった。世界で初めてのトーキー作品が1927年の「ジャズ・シンガー」であったことからも、ジャズの浸透ぶりがうかがえるのではないだろうか。こうしたジャズの流行から、1920年代は“ジャズエイジ”と呼ばれるのである。1920年代から30年代に移るにあたって、廃れてしまった風俗や文化もあったが、ジャズは生き残った。「カフェ・ソサエティ」の舞台である1930年代にはいわゆるスイングジャズが流行したので、作中で聴かれる音楽もそれに依拠したものである。
ジャズ好きのウディ・アレン
ここで簡単に「カフェ・ソサエティ」のストーリーを追っておくと、ニューヨーク生まれの青年ボビー(ジェシー・アイゼンバーグ)は、大物エージェントとして成功している叔父のフィル(スティーヴ・カレル)を頼ってハリウッドに赴く。面会のアポイントを何度かすっぽかされたものの、フィルのもとで働くこととなったボビーは、フィルの秘書ヴェロニカ、愛称ヴォニー(クリステン・スチュワート)に惹かれてゆく。ヴォニーは、作中のナレーションを借りれば「美人で愛らしく 街の誘惑にも毒されず 名声や興行成績にも無関心」であり、金やゴシップを求めてハリウッドの社交界に群がる多くの人とは明らかに違っている。ボビーはヴォニーのそんなところに魅力を感じているのである。ところがヴォニーはフィルと不倫関係にあって、結果的にフィルは離婚してヴォニーと結婚。傷心のボビーはニューヨークに戻り、ギャングである彼の兄が経営するナイトクラブの支配人となって、そのクラブを政治家や金持ち、セレブリティ、裏社会の大物が集う見事な社交場に発展させた。そのナイトクラブでボビーは、ヴェロニカ(ブレイク・ライヴリー)という女性と出会う──。「カフェ・ソサエティ」は、ボビー、ヴォニー、ヴェロニカそれぞれの甘美な気持ちとほろ苦い思いが交錯し、それらが時代と相似形を描く作品なのだ。
深夜にボビーがヴェロニカとともに訪れるジャズクラブでは、カルテット編成のバンドがリスニング向きのジャズを奏で、これから親密になるであろう2人のムードをうまく表現している。その一方でボビーが支配人を務めるクラブにはダンスミュージック的性格を有しているビッグバンドのスイングジャズが鳴り響き、享楽的なイメージだ。同じジャズでもこのような使い分けをしているのはお見事。1930年代はビッグバンドが中心ではあったものの、スモールコンボの演奏も行われていたということで、そのあたりの歴史も織り込み済みなのは、ジャズ好きのウディ・アレンらしいところだ。作中では、ベニー・グッドマン、カウント・ベイシーらの当時の音源に加えて、ニューヨークで1970年代から活動しているジャズミュージシャンのヴィンス・ジョルダーノ率いるオーケストラNighthawks Orchestra、ピアニストのコナル・フォウクス(映画「ミッドナイト・イン・パリ」の音楽にも名を連ねる)の演奏による新録のスタンダード曲もあり、その現代的なサウンドは時代もの作品を我々の心にすんなり溶け込ませることに一役買っている。サウンドトラックだけを聴いても楽しめるのは、そんなところからかもしれない。
「カフェ・ソサエティ」
日本公開:2017年5月5日
監督・脚本・:ウディ・アレン
出演:ジェシー・アイゼンバーグ / クリステン・スチュワート / ブレイク・ライヴリー /スティーヴ・カレルほか
配給:ロングライド
発売・販売:KADOKAWA
価格:DVD 3800円 / Blu-ray 4700円 (共に税抜)
青野賢一
東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。
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