「千本桜」投稿から10年、黒うさPは異例すぎるヒットの中で何を感じていたのか (original) (raw)
ここ数年のボカロカルチャーや、自身の近況についてもインタビュー
2021年10月22日 20:15 8
大正ロマンを感じさせる独特な世界観と、キャッチーな和風のメロディで支持を集め、多くの人々に歌い継がれているボカロ曲「千本桜 feat.初音ミク」。2011年9月17日に黒うさPによってニコニコ動画に投稿されたこの曲は、その後にシーンの外側へと爆発的な勢いで拡散し、当時のボカロブームを代表する楽曲になるにとどまらず、「誰もが知る名曲」と言っても過言ではないほどの国民的な1曲となった。
この曲が投稿されてから10年が経ったことを受けて、音楽ナタリーでは黒うさPへのメールインタビューを実施。「千本桜」のヒットについて改めて振り返ってもらった。
文 / 橋本尚平 質問作成 / 倉嶌孝彦
「千本桜」大ヒットの前後の経緯
2004年に同人音楽サークル「WhiteFlame」を発足させてネットを中心に活動し、2008年にニコニコ動画へのボカロ曲の投稿を開始した黒うさP。同年投稿の「カンタレラ」が早くもヒットを記録し、翌2009年にはWhiteFlameとして全国流通アルバム「君のいる景色」をリリースするなど、この時点ですでに人気ボカロPの仲間入りを果たしていた。「千本桜」のような和風のサウンドアプローチは、当初から「白雪~sirayuki~」「紅一葉」「虹色蝶々」といった楽曲にも見られていたが、そうした音楽性は自身のルーツにもともとあるものではなかったそうで、本人はそのことについて「学生時代は友人たちとThe Beatlesやブルース、J-POPを中心にコピーして遊んでいたので、ジャンルの幅を増やしたのは音楽活動を始めてからでした」と説明する。
「千本桜」がどのようにして作られたのか聞くと、黒うさPは「最初はいつも通り、次はどんな作品を作ろうかと構想して、イメージとラフを作って絵師さんとバックボーンを固めていました。なので特別なことはしていないんですね」と回答。のちに記録的な再生数になるこの曲だが、投稿直後の反響はいつもとまったく変わらなかったそうで「『10万再生いくといいねー』とみんなでSkypeで話していた記憶があります。自分の中では自信作でも微妙な評価だったり、どうかなあと思うものが受け入れられたり、そういう経験は多いので先は読めなかったですね」と当時の状況を振り返る。
これまで数え切れないほど多くの人々に歌われ、演奏されてきた「千本桜」。投稿後、黒うさPはそれらをほとんどチェックしていたという。
「それが楽しくてやっていた面もあるので。もちろんとてもうれしかったです。自分はニコニコ動画を始める前の同人時代から似たような活動をしていて。その頃からカバーしてくれた方の音源は聴いていましたし、今でも古いHDにファイルがあると思いますよ(笑)」「ガチなカバーももちろん好きですが、替え歌や演奏系の、自分の想像の上を行く作品がやっぱり印象深いですね。あとは学生の皆さんが学校のイベントで演奏しているような、たくさんの方が参加しているものとか。そういうのがとてもうれしかった記憶があります」
そういった“歌ってみた”“踊ってみた”“演奏してみた”などの二次創作はとどまることなく増え続け、まらしぃがTOYOTA「AQUA」のCMソングとして演奏したピアノカバーや、和楽器バンドによるカバーなどもそれぞれ人気を獲得。2015年の年末には「NHK紅白歌合戦」で小林幸子が歌唱曲に選んでおり、完全に“お茶の間でもおなじみの曲”となっていた。
また投稿動画のイラストを手がけた一斗まるが執筆した「小説 千本桜」シリーズは累計35万部を超えるヒット作に。この小説の世界観をベースにしたマンガが連載されたり、ミュージカルや超歌舞伎が上演されたりと、「千本桜」はいち音楽の範疇を超えてもはや社会現象となっていた。
ここまで自分の曲がヒットしているのを実感した出来事として、黒うさPは「散歩途中に小学校とか商業施設から『千本桜』が聞こえてきたり、通りすがりの方が口ずさんでいたりしたこと」を挙げている。黒うさPのもとには投稿から10年が経った今も、「いい曲をありがとう」というメッセージが世界中から届いているという。
ボカロシーンの垣根を越えて「千本桜」の人気が広がっていく状況を、作者である黒うさPはどのように受け止めていたのだろうか。
「正直、最初はよくわからなかった部分が多いです。大きなお話をいただくようになって、実際にテレビなどで流れて、やっと実感できたというか。創作の輪が広がっていくのは、いち作家としてはとてもうれしく、純粋にありがたく思いました。二次創作が増えることで楽曲が作者の手を離れて大きくなっていくというのは、作家冥利に尽きるのではないでしょうか」
なお、ヒットした理由について自分でどう分析しているのかを聞くと、黒うさPは「後付けでしか言えないのが正直なところです。計算や理屈ではなく、時代の流れや運によるものだったと思っています」と答えた。
突然大ヒットを飛ばしたアーティストが、その後に「これを超える曲を作ることができるだろうか」という重圧を感じるというのはよく聞く話。しかし黒うさPは当時そういったプレッシャーは感じていなかったそうで、「個人(同人)発表でノンタイアップの曲がここまでヒットするのは異例すぎるので考えないようにしました」と現状があくまで特殊なケースであると認識し、自分のペースを崩さずに「音楽自体をやめるまでは、結果はどうあれ自分の一番を作り続けよう」と心がけていたと語っている。
ヒット後はやはり楽曲制作のオファーなどが増たものの、「千本桜」の作者というパブリックイメージにとらわれず多様なジャンルの楽曲を制作。そのとき黒うさPの中には「自分自身が縛られるのは違うなと思っていたので、あまり気にせずに」という考えがあったという。
「未発表のボカロ曲を、機会があれば出せればなと思っています」
ここ数年、ボカロP出身のアーティストが次々に活躍し、ボカロをはじめとしたネット上での音楽シーンが再び隆盛していると言われている。いち早くボカロシーンからのブレイクスルーを果たした黒うさPは、この状況に対して「新しいプラットフォームができたり、VTuberさんのような新しい活動形態が登場したり、コライトによる楽曲制作が増えたりもしている中で、ボカロPが活躍しているのは自然な流れだと思います」とコメントし、若いクリエイターについて「ソフトなども安価になったので参加する敷居は低くなりましたが、それと同時に、若い方は吸収力や柔軟性が素晴らしいので作品のレベルも当然上がっていきます。クリエイターにとっては大変なことも当然多いですが、総合的に見れば選択肢が多いとも言えるので、今はとてもいい時代ではと思っています」と私感を述べた。
ちなみに黒うさPは現在も時間があるときにニコニコ動画をチェックしているそうで、最近印象に残った動画について「10周年のアニバーサリーデーに公開された動画はコメントアートがすごくて。やっぱりニコニコのこういう雰囲気はいいな、と思いました(笑)」と話している。
「この10年は本当に激動の年月だった」と振り返る黒うさP。96猫に楽曲提供した「星の光が届くまで」が2018年11月に発表されたのを最後に、現時点まで作品の投稿はなく、SNSなどの更新もすべてストップしている。現在は何をしているのだろうか?
「最近は裏方仕事が多いですね。名前を出してないものもありますし。アーティストとして前に出るよりも、お手伝いするほうが好きなんです。あとは、人生の半分くらい?を過ぎて、ふと半生を振り返って……『この道を選んでいなかったらやりたかったこと』とかを考えちゃって(笑)。『あの勉強もしたかったし、あれもこれも……』と悩んじゃった時期もありましたね」
とはいえ、現在もまったく楽曲制作をしていないわけではなく、未発表曲が溜まっている状況だという。これらの曲については「ボカロで発表する機会があれば、出せればなと思っています」と意欲を示している。
今年11月21日には千葉・舞浜アンフィシアターで「千本桜」の誕生10周年を祝う音楽イベント「千本桜10th Anniversary Festival 大胆不敵なハイカラ革命!」が開催され、12月には収録曲すべてが「千本桜」というコンピレーションアルバム「10周年記念アルバム ALL THAT 千本桜!!!」が発売されることも決定。投稿から10年経った今もなお、この曲は多くの人々を惹き付けている。
黒うさPから戻ってきたメールインタビューの回答には、最後に編集部や読者に向けて、こんなメッセージが記されていた。
「今回このような場をいただきありがとうございました。そして、また10年後も……『千本桜』がどこかで流れていれば幸いです!」
千本桜10th Anniversary Festival 大胆不敵なハイカラ革命!
2021年11月21日(日)千葉県 舞浜アンフィシアター
<出演者>
亜沙 / +α/あるふぁきゅん。 / Ayasa / うみくん / 小林幸子 / まらしぃ / and more
MC:百花繚乱 / 藤田咲