岸田繁(くるり)の音楽履歴書 (original) (raw)

岸田繁(くるり)の音楽履歴書。

アーティストの音楽履歴書 第46回[バックナンバー]

岸田繁(くるり)のルーツをたどる

父から影響を受けたクラシック、夢中になった「ドラクエ」、いつしか好きになっていたロック……系統のない濃密なリスナー遍歴が生み出した音楽性

2023年4月28日 17:30 50

アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回は岸田繁のルーツを探る。1996年にくるりを結成し、同バンドで活躍する一方で、ソロ名義では映画音楽のほか、管弦楽作品や電子音楽作品なども手がける岸田。そんな彼の音楽遍歴とは?

取材・文 / 大谷隆之

「なんか心が気持ちいいなあ」音楽は自分だけが知ってる喜びだった

実家の近くに、チンチン電車が走ってたんです。真夏の暑い日に、職員さんが車庫の軌道敷に水を撒いていて。おじいちゃんか誰かに連れられて、それを見ていたのを覚えています。京都の市電が廃止されたのが昭和53年9月なので、僕が2歳半くらいの頃かな。たぶんそれが、僕の中で一番古い記憶ですね。

父親がクラシック音楽好きで、休日はよく家でLPレコードを聴いていました。ベートーヴェンとかチャイコフスキーとか、わりと王道のやつです。クラシックだけじゃなくて、ジャズやハワイアンもちょこっとあったのかな。子供の手が届かない場所に置いてあったので、こっそり聴いたりはできなかったですけど。休みの日に好きな感じの曲が流れてくると、なんだか得した気分でうれしかった。ただ、親父にリクエストするという発想はなかったんです。音楽というのは、自分の意志とは無関係に“降ってくる”もんだと。幼い頃はなぜかそう思い込んでいました。この感覚は、今もちょっと残っているかもしれません。

特にスコット・ジョプリンの「ジ・エンターテイナー」はお気に入りでした。20世紀初頭のアメリカで流行した、いわゆるラグタイムミュージック。映画「スティング」の劇中で流れるあの楽しげなピアノ曲です。途中で「タタタ、タタタタン、タタタ、タタタタン」と半音ずつ下がっていくんですけど、あのフレーズを聴くたび「なんか心が気持ちいいなあ」って思っていた。彼は、当時としては珍しい黒人の作曲家で。すごく大ざっぱに言うと、クラシックとジャズをクロスオーバーさせた人なんですよね。その意味では、のちのくるりの音楽性とつながってると言えなくもない。もちろん当時は、そんな歴史的経緯はまるで知りませんでした。でも子供って感覚が全開じゃないですか。たぶん、どこかで影響は受けてるんだと思います。

音楽の原体験でいうと、通っていた幼稚園に佐藤先生という方がいらっしゃいまして。その先生のピアノも好きでした。合唱のときとか、間奏でちょこちょこっとアドリブみたいなのを弾くんです。「ジ・エンターテイナー」と同じで、それも毎回「気持ちいいな」と思って、ワクワクしながら待っていました。でも、誰かに話したことはなかったです。むしろ気恥ずかしくて、人にはあんまり知られたくなかった。これもやっぱり自分だけが知ってる喜び、だったんですかね。音楽に対しては、常にそういう気持ちが強かった。

めちゃめちゃハマッた「炎のキン肉マン」のワンフレーズ

小学校に上がると、たまにクラシックのコンサートにも連れていってもらうようになりました。父が広告関係の仕事をしていたので、チケットが手に入りやすかったんでしょうね。年末になると京都市交響楽団が「第九」(ベートーヴェンの「交響曲第9番」)の定期公演をやるんです。トータル70分以上あるので、子供には少々長かったけど。クライマックスの大合唱はやっぱり好きでした。あのハーモニーの気持ちよさは、僕の原体験として大きい気がします。あと、終演後は飲み屋さんみたいな店に行って。おでんを食べさせてもらえたんですよ。それがまたうれしかったです(笑)。

学校では、わりとおとなしい子だったと思います。野球も好きだったけど、フィジカルに自信がなかったし、楽器ができたり歌がうまいわけでもなかった。誇れたのは昆虫とか魚獲りに詳しかったことくらいですね。マニアックな知識をいっぱい持ってましたから。たまに目立ちたいときにはわざと服を脱いだり、泥団子を作って食べてみたり(笑)。周囲からは、ちょっとヘンな子って思われてたかもしれませんね。

小学校時代で覚えているのはアニメ「キン肉マン」の主題歌です。あまりテレビは観ない家庭でしたけど、とにかく流行ってましたからね。一般的には「キン肉マンGo Fight!」のほうが有名ですけど、「炎のキン肉マン」という主題歌もありまして。「さあ お遊びは ココまでだ」というサビの折り返し部分に、めちゃめちゃハマったんですよ。小学2年生とか、3年生の頃かな。もう長らく聴いていませんけど、ちょっとしたアレンジが響いたんですかね? カセットテープを買ってもらって、繰り返しよく聴いていました。

でも、だからといってアニメソング全般に興味が広がったわけでもなかったです。佐藤先生のピアノと同じで、「さあ お遊びは ココまでだ」のパートだけが深く心に引っかかった感じでした。いつもだいたいそうなんです。音楽のジャンルとかスタイルには、実はそんなに興味がなくて。具体的なフレーズだったり、響き、音色などにギュッとつかまれることが多いですね。曲作りも基本的にはそこから始まります。構成とか構造から入るのではなく、まず気になる音のピースなりフレーズの断片があって、そこからイメージを広げていく。逆に言うと、その種が見つからない限り、なかなか完成しない。数分間のポップスを書くときも、数十分の交響曲を作るときも、そこは変わらないですね。

ハナタレ小僧、「ドラゴンクエスト」に夢中

5年生のとき、大きな出会いがありました。RPGソフトの「ドラゴンクエスト」です。うちはファミコンがなく、MSXというパソコンやったんですけど、もう夢中で遊びましたね。時期で言うと、2作目の「ドラゴンクエストII 悪霊の神々」が出た頃かな。叔母がゲーム好きだったので、夏休みになると泊まりに行ったりして。で、ゲームにのめり込んでいるうちに、バックで流れる音楽も大好きになったんです。すぎやまこういちという作曲家の名前を意識したのは、もう少しあとですね。最初は「なんや好きな感じの曲ばっかりやなあ」みたいな、漠然とした感じだったと思います。

よく知られた話ですけど、当時のファミコン音源ってビット数が限られていて。同時に鳴らせる音が3つしかなかったんですが、すぎやま先生はその制約の中で、ものすごいバリエーションの楽曲を作られてるんですよね。しかもその裏側には、クラシックからジャズに及ぶ豊かな音楽的素養とテクニックが隠されていた。例えば冒険の中で、誰もいない幽霊船に入って宝を探すシチュエーションがあるんですが、そこのBGMには12音技法という現代音楽の手法が使われてたりするんですよ。シェーンベルクとかストラヴィンスキーなんかが用いた、いわゆる調性から自由な音楽。そんなマニアックな技法を、小学生のハナタレ小僧が我を忘れて聴きまくってるなんて、考えてみればすごいことです。

2005年に大阪芸術大学の特別講義で、一度だけすぎやま先生と対談させていただきました。その際、ご本人が「ドラクエの舞台は中世ヨーロッパ風だから、音楽も古楽から近現代までのクラシックを参照した」とおっしゃっておられた。確かに勇壮な序曲はワーグナーを思わせるし、お城のシーンは宮廷のバロック音楽っぽいBGMになっています。カジノや酒場では本場アメリカのジャズ風の音楽が流れるし、不気味なシチュエーションになると現代音楽にグッと接近する。そういう豊かで複雑な世界が、8ビットの限られた音で見事に描かれているわけです。当時はわからなかったけれど、これって本当にとんでもない仕事だと思います。いわば西洋音楽の優れたダイジェストを、ゲームに没入しながら全身で感じられたのは、本当に貴重な体験でした。

当時、オーケストラ用に編曲された「ドラクエ」のサントラ盤も買ってもらい、何度も聴いていました。それがきっかけで「こういう音楽をもっと聴きたい」と思うようになって。幼い頃に家で流れていたクラシック音楽を今度は自分で探すようになりました。それから約30年後、ご縁があって僕自身もシンフォニーを手がけるようになります。2016年12月、京都市交響楽団が「交響曲第1番」を初演してくれました。そうやって自分でオーケストラの曲を書いてみると、改めてすぎやま先生の才能に打ちのめされるんです。クラシック音楽が見事に咀嚼されていて。どれを聴いても日本人にしっくりくる旋律が、とんでもなく完璧なアンサンブルで表現されています。明治以降、山田耕筰とか滝廉太郎のような作曲家が、西欧音楽を日本的な風土に根付かせる努力を重ねてきました。その延長線上に、すぎやま先生もおられたと思う。僕にとってはどうやっても超えがたい巨人みたいな存在です。

思い返してみると、その時期には「ドラクエ」以外にも、いくつかエポックメイキングな出来事がありました。まず、サンタクロースが家にCDラジカセを届けてくれた(笑)。そこから自分でもCDを買うようになって。最初に選んだのがカラヤンの指揮する「第九」と、グリーグ作曲の「ペール・ギュント」。ジョン・ウィリアムズの映画音楽集もよく聴きましたね。両親が映画好きで、月に3、4回は劇場に連れて行ってもらってたんです。その頃、子供が楽しめるハリウッド映画の劇伴ってジョン・ウィリアムズ作曲のものが多かったでしょう。それこそ「インディ・ジョーンズ」シリーズとか。すでに「ドラクエ」経由で、オーケストレーションの醍醐味に目覚めてましたから。ああいうオーセンティックな劇伴もいいなあって思っていました。

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