鈴木京香「dress-ing」特集 藤井隆インタビュー|30周年で歌手デビュー レーベルヘッドの熱意と使命 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー (original) (raw)

「記念品を作っていただけませんか?」

──藤井さん、早見優さん、レイザーラモンRGさん、椿鬼奴さんとSLENDERIE RECORDが面白い人選でリリースを続けている中、次のアーティストが鈴木京香さんというのはえらく驚きました。

ははは(笑)。それはよかったです。

──そもそも、これまでプロとしては音楽活動をやってこなかった鈴木さんのCDを出すという構想はいつ思い浮かんだんですか?

京香さんとは去年の夏、「大人のけんかが終わるまで」という舞台でご一緒させてもらったんです。日本全国いろんな劇場を回ったんですけど、カーテンコールでお客様から拍手をいただいたとき、京香さんがニコって笑う、その表情がすごく好きで。カーテンコールって、ドラマだったり映画だったり、そういうところで彼女を知った方にとって、京香さんが「目の前にいる」と実感できる瞬間でもあるんですよね。

──役柄を演じているときとは違う自然な表情がそこで出てくるわけですもんね。

そうです。そのお顔は舞台を観に来てくださった、限られた人しか見ることができないものです。それからある日、京香さんとお話しする機会があったんですけど、「平成元年デビューなので、2019年で30周年なんですよね」とおっしゃって。そこで記念となるようなグッズが欲しくなったんですね。

──確かに音楽アーティストのファンはライブや記念グッズを享受する機会が当たり前のようにありますけど、役者さんに会える場所は舞台に限られているし、音楽シーンのようにいろんなグッズを作る文化はないかもしれません。

そうなんですよ。舞台の物販には、京香さんに関するものはパンフレットしかなくて。京香さんのデビュー30周年を記念したオリジナルの扇子やハンカチですとか、なんでもいいので購入できるものがファンのひとりとして欲しいと思いました。お話をしたのがもう少しで千秋楽を迎えるタイミングで、京香さんに「私たちファンのために何か30周年の記念品を作っていただけませんか?」とお話して。そこからいろんな案を出して、その1つとして「CDはどうでしょう」と提案したんです。

──「記念品が作りたい」という思いを発端に、自身のレーベルであるSLENDERIE RECORDの活動とアイデアがうまく結びついたわけですね。

はい。そのときは「いやいやいや」という感じでお聞きになられてたんですけど、お話したその日の夜にホテルの部屋で企画書を書きました。それで京香さんに企画書と、楽曲を提供してもらおうと思っていた冨田謙さんやDÉ DÉ MOUSEさん、tofubeatsさんの楽曲をお渡ししたんですね。それで何日か経ったあと、「私は石橋を叩いて渡るほうですし、叩いて終わっちゃうこともあるので、あんまりこういうことは簡単に言っちゃいけないと思うんですけど……やってみます」とお返事をくださって。

──なるほど。

藤井隆

もう小踊りしました。その日から周りには当面内緒で進行していたんですが、本格的に制作を始める段階になってようやく、僕が長年世話になってる会社の人に報告したら「お前誰と何やってんねん」と驚かれまして(笑)。でも「京香さんの30周年なんだから、お前だけのことではないし、きちんとファンの方に届けるようにしなさい」と話してくれまして身が引き締まりました。京香さんには歌唱だけでなく作詞も手がけていただけて、今回自信を持って多くの方に手にとっていただきたいと思う作品になりました。京香さんのデビュー当時からのファンの方だけでなく、お若い京香さんのファンの方にも聴いていただきたいです。だからこそ、このCDについて広めないといけないんですね。特にお渡し会は満員にしたいんですけど……どうしたらいいですかね?

──鈴木さんのファンはもちろんですけど、参加しているメンバーのファンや、鈴木さんのことはよく知らないけど音楽的にピンとくる人もたくさんいると思いますし、まったく心配ないと思いますよ。

ありがたいです。実は、長年応援しているファンの人にとってはお節介なことをしてるのかもしれない……と感じている部分もあって。けれどもそういう方にこそ、なんとかお越しいただけないかなと思っているんです。差し出がましいですが、舞台でもなく、ロケ中でもない鈴木京香さんに「実際に会える」という夢は叶いますよ、ということをお伝えしたいんです。

──CDのお渡し会となると、予約で支払いを済ませても、発売日にはCDを受け取ることができないわけですよね。

そうなんです。お渡し会まで我慢していただくことになるのでそこは申し訳ないです。しかもレコードショップの販売システム上、本当はこんな売り方できないんですよ。それを許してくださったお店やスタッフの皆さんには感謝しています。だからこそ、会場いっぱいにファンがいる、という状態にしたいんです。時間帯も、遠方の方でも朝イチで移動してくださったらなんとか間に合うよう、その日のうちにお帰りいただけるよう考えました。

──「なんとなく一度本物に会ってみたい」みたいなライト層も集まると思うので、むしろキャパとしては足りないぐらいだと思いますよ。

たくさんのファンの方にお越しいただきたいです。もちろん音楽好きな方にも聴いていただきたいですし、作家先生方のご尽力もあって、絶対楽しんでいただけるものができた自信もあります。歌だけなら配信リリースという方法もあったんですけど、配信はよくわからないという方もいらっしゃると思うので、京香さんのことが好きな方に絶対知っていただきたくて、CDというフォーマットを選んだんです。

──音楽CDというフォーマットで鈴木さんの“記念品”を出したかった。

はい。ブックレットに掲載されるお写真も夢のある、素敵な作品を新津保建秀さんに撮影いただいたので、ぜひ手にとってもらいたいです。

藤井隆のイメージするサウンドで「お掃除がはかどりました」

──思い付いたその日のうちに企画書と楽曲制作者の既存音源を送ったとおっしゃっていましたが、つまり冨田謙さん、DÉ DÉ MOUSEさん、tofubeatsさんという人選もすぐに浮かんだということですよね。藤井さんの中で「この3人の音楽性は鈴木さんの歌声に合う」という予感があったのでしょうか。

ありました。それにお三方でしたら、もし変更してほしい部分があったとき「すみません、こうしてください」とか「違うんです、こうなんです」と言いやすい関係でもありますので。

──ある程度親密な関係性があって、作品に関して意見をキャッチボールができる人がよかったと。

藤井隆

はい。特に自分の作品でもお世話になっている冨田さんの存在は大きいです。今回の制作を引き受けてくださったとき、冨田さんは電話で相談して4、5時間後くらいかな。「こういうのはどう?」ってさっそく曲を送ってくださったんです。冨田さんのおかげですごく早く話が進みました。冨田さんには京香さんと私のお兄さん的存在でいてほしかったのです。好みをお伝えしたり気分をすくい上げてくださいました。一方でDÉ DÉさんは多少やんちゃなことをしても「かわいいから許しちゃおう」と思ってもらえるような内容、tofubeatsさんはすごく挑戦的でありつつ聴きやすい、抜群のバランスで新たなミックスを仕上げてくださいました。

──結果的にお三方のサウンドと鈴木さんの歌声はバッチリハマっていると思います。

よかったです。京香さんは「すごく素敵な声をしているな」とずっと思ってましたから。うれしいです。

──サウンドの方向性で言うと、例えば大人なムードの歌謡曲やジャズなんかも鈴木さんの雰囲気に合うかなと思ったのですが、鈴木さんが打ち込みのダンスミュージックを歌っているという驚きもこの作品にはあると思うんですよ。

おっしゃる通りで、いわゆる大人なムードの方向性はあると思うんですが、私の頭の中には最初からダンスミュージックが流れていまして、弾けるシャンパンの泡の映像が浮かんでました。レーベル立ち上げ当時に宇多丸(RHYMESTER)さんが「SLENDERIE RECORDはダンスミュージックレーベルですよ」と言ってくださったので、「これでいいんだ」と思いました。

──事前に渡したお三方の既存音源に対して、鈴木さんはどんな反応でしたか?

「すごく新鮮です」とおっしゃってくださって。

──ご自身がそういったダンスミュージック、クラブミュージックを歌うということを、すんなり受け入れられたのでしょうか。

「え?」「私に歌えますかね……?」とか、そういうお話はなかったです。むしろ「お掃除がはかどりました」とか、すごく前向きなお言葉をいただきました(笑)。