米津玄師1万5000字インタビュー|4年間の旅の先 たどり着いた失くし物の在処 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー (original) (raw)
米津玄師が8月21日にアルバム「LOST CORNER」をリリースした。
「LOST CORNER」は2020年8月発表の前作「STRAY SHEEP」以来、4年ぶりに完成したオリジナルアルバム。NHK連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌「さよーならまたいつか!」をはじめ、スタジオジブリの宮﨑駿監督作「君たちはどう生きるか」主題歌である「地球儀」、ゲーム「FINAL FANTASY XVI」テーマソングの「月を見ていた」、テレビアニメ「チェンソーマン」オープニングテーマの「KICK BACK」、映画「シン・ウルトラマン」の主題歌「M八七」など、この4年間で発表された数々のヒットソングはもちろん、今夏公開の映画「ラストマイル」主題歌「がらくた」を含む新曲9曲が収められている。
全20曲という大作となった新作アルバムのリリースに際し、音楽ナタリーは米津に取材し、作品が完成に至るまでをじっくりと聞いた。「壊れていてもかまわない」という言葉が重要なキーワードになったという「LOST CORNER」。そこには米津自身のどんな思いがあったのか、1万5000字のロングインタビューで紐解く。
取材・文 / 柴那典写真 / 奥山由之
「いや、これまずいよな」の真意
──アルバム、素晴らしかったです。おそらく、一般的には「ヒット曲がたくさん入った豪華アルバム」みたいな売り文句になると思うんですけど、聴いた印象としては聴き手に1対1で届くようなアルバムになっていると思いました。
ありがとうございます。
──アルバムの全体像のイメージが浮かんできたのはいつ頃のことでしたか?
本当なら去年のうちにアルバムを出すつもりだったんです。ただ、去年はツアー(「米津玄師 2023 TOUR / 空想」)とか「月を見ていた」(6月リリース)とか「地球儀」(7月リリース)とかいろいろあってちょっと時間がないから、1年延ばそうという話になったんですね。でも、延ばせば延ばすほど、その間にも世に出ていく曲、タイアップ曲がどんどん増えていく。で、気が付いたら「STRAY SHEEP」(2020年8月リリース)からの4年間ですごい曲数が溜まっていて「いや、これまずいよな」と思って。
──まずい、というのは?
アルバムの中に未発表曲が2曲とか3曲しかないと、けっこう寂しいんですよね。聴いたことのない曲がちゃんと既発曲の間に挟まってこそのアルバムだと思うし。自分が音楽に対して完全なるリスナーだった頃は、そういうアルバム曲が欲しかったなという気持ちをいまだに覚えていて。なので「どうしようかな、これ」と思ったんです。従来自分のアルバムの曲数は14曲とか15曲、またはそれ以下なんですけれど、それだとまさに自分が「寂しい」と思っていた新曲2、3曲のアルバムになってしまう。それはしたくないと思って。なので、とにかく曲を作るという。
──まず曲をたくさん入れようという思いがあった。
理想としては、収録曲の半分が新曲であるということを掲げていました。CD1枚に収まるのか?という問題もあって、結局そこには届かなかったんですけれど。
壊れていてもかまいません
──既発曲はほとんどがタイアップ曲で、世の中的にも米津さん自身にも大きな意味のある曲が並んでいる。そのことはアルバムを制作するうえでのビジョンと何か関係したりしましたか?
「次のアルバムはこういうふうにしよう」という明確なビジョン、向かうべき道筋みたいなものはほとんど設定していなかったんです。でも、去年「地球儀」を発表し終えたタイミングで、明確に今までと何かを変えなきゃいけないという気持ちになった。そう感じたときに、じゃあどうするかな?と。その思いは「がらくた」という曲と密接に結び付いてくるんですけど。
──というと?
“がらくた”ってすごくいいなと思っていて。というのも、廃品回収車がすごく好きなんですよ。軽トラか何かで、「こちら廃品回収車です。テレビ、パソコン、家電製品、なんでも承っております」という録音された声を流しながら街を走る。あれが謎に好きだったなと思い出して。その呼びかけの中に「壊れていてもかまいません」という言葉があった。子供の頃から、それがなんだか含みのあるものに感じて、強く印象に残っていたんです。抑揚のない声で「壊れていてもかまいません」と言うのが寂しげにも聞こえるし、「そんなこと言うなよ、壊れてないほうがいいじゃん」と言いたくなる感じもあるし、同時に懐の広さも感じる。すごく感じ入るものがあるなって、ずっと覚えていたんです。で、「がらくた」という曲を作っているときに、「壊れていてもかまいません」って、もしかしたら自分にとってものすごく重要なテーマなんじゃないかと改めて考え、向き合ったんです。今までの活動を踏まえても、これからどう生きていくかという面でも、自分の根本にある何かと似通った性質を帯びているんじゃないかという感じがして。そこから先は「壊れていてもかまいません」というワードを念頭に置きながら曲を作っているようなところがありました。だから、明確にアルバムをこうしたいとか、こっちに行こうというのはなかったんだけれども、できあがったあとに聴き返してみたら、図らずも方向性みたいなものが共通しているアルバムになったんじゃないかなとは、現時点では思っています。
──「がらくた」は映画「ラストマイル」の主題歌ではあるけれども、それ以上に自分自身にとってすごく大事な曲になった。
そうですね。「がらくた」は「ラストマイル」の主題歌として書き始めましたけど、これ、別の曲が1回ボツになっているんです。その曲はもう少し映画をなぞるというか、映画に対して過不足ない形で表現するならこうなんじゃないかと思って作ったもので。でも「こういう感じじゃない」ということになった。前の曲はひんやりした都会を感じるようなものだったんだけれど、そうじゃなくて、もう少し優しさとか温かみを感じるようなものをという話になって。そこから作り直す作業に入るわけですけど、「やることはやったな」という感覚がどうしても自分の中にあったんです。
──そうだったんですね。
そのタイミングで、自分の友達が精神的にすごく落ち込むことがあったんです。すぐにその友達に会いに行ったんですけど、そのときの体験や見たり聞いたりしたことが自分の中にすごく大きく残って。会ったときにはもう落ち着いていて、普通に話は通じる状態だったんです。そいつが自分は今どういう状態かという話をしてくれたんですけど、その中に「自分は壊れてない」という言葉があった。みんなそういう目で見てるけど、自分は全然壊れてないんだ、いたって正常、ただちょっと正直になっただけなんだと言っていて。それに対して自分は否定することもなく「そうなんだ」と受け入れて帰ってきたのですが、あとあと「壊れてちゃいけないのだろうか?」と、どうしても疑問に思うところがあって。もし仮にあなたが壊れていたとしても、私は昔とは違うあなたを許容するだけだし、そもそもそういうふうに連続して変化していく状態に向き合っていくのが人間のコミュニケーションじゃないかと自分は思っているので。ただ、壊れているという烙印を押されたものに対する社会の冷たさは重々理解できるので、難しいところではありますが、「壊れてたってかまわないよ」と言えたらよかったのかなと今なお思うんです。それが「壊れていてもかまいません」という、さっき話した廃品回収車の話につながってくるんですけど。
失くしたものを探しにいこう
──映画は試写で観ましたが、最後に主題歌が流れるのを聴いて感じたのは「ここを射抜くんだ」というか、この登場人物のこの思いが曲になっているんだという驚きでした。米津さんとしては、曲が仕上がって、映画の主題歌として「がらくた」が最後に流れるのを聴いたときの感触はどうでしたか?
どうなんでしょうね。観てくれる人たちがどう思うかというのは自分にはわからないし、それは観た人が決めることだと思います。ただ、映画とリンクする部分はちゃんとあるはずだと思うんですけど、やっぱり個人的な体験が大きいので。「これでよかったのかな」という思いは、どうしても頭の中によぎってしまう。客観的に観られない状態ではありましたね。
──この曲ですごく印象的だったのが「30人いれば一人はいるマイノリティ いつもあなたがその一人 僕で二人」という歌詞でした。過去の曲にもマイノリティとしての意識が表現されているものはあったと思うんですが、直接的な表現として聴いたときに胸がつかまれる感じがありました。このフレーズに関してはどんな思いがありましたか?
30人というのは、学校のクラスってそれくらいだよなという思いもあって。「何万人に1人」とか「何十人に1人」とかって誰しも一度は聞いたことがある表現だと思うんですけど、子供の頃「どこにいても、何をしていても自分がその1人なんじゃないか」と思っていたことを覚えているんです。趣味が同じだったり共通点があったり、近い視点で生きていると思っていても、そう思えば思うほど、些細な相違が大きく見えたりする。分かち合える人なんてこの世にいないんじゃないか。そういう昔から感じていたこととか直近の体験をギュッとまとめたらこういう表現になりました。
──「がらくた」では「どこかで失くしたものを探しにいこうか」と歌っています。このフレーズにはアルバムの全体像や、「LOST CORNER」という表題曲とのつながりのようなものも感じるんですが、そのあたりの意識はありましたか?
あったと思いますね。カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」という小説がとても好きで、その中でもロストコーナーにまつわる描写がとても好きなんです。ノーフォークという土地を意味する「ロストコーナー」という言葉には「忘れられた場所」とか「遺失物取扱所」みたいな意味合いがあって。物語では子供たちが、ノーフォークについて「あそこって、遺失物取扱所なんだって」と茶化していて。
──小説の中では、イギリスのノーフォークという街を、寂れた、誰も行かないような「イギリスの忘れられた場所」と授業で教えられたというくだりがありますね。そこから子供たちの間で「遺失物取扱所」とのダブルミーニングで呼ばれるようになった。
誰も行かないもんだから、授業で紹介されたときも写真すらなかったという。そういうところも含めて、想像力を働かせるような作用があったんだと思います。子供たちが成長していく間でなんらかの救いみたいな形になっていく。失くしたものは、今はなくなっているかもしれないけど「大丈夫、あそこに行けばきっとあるはずだから」という、そういう精神的な支えになっていく。そうやって変容していく感じとか、実際そこに行っていろいろなことが起きるというのも含めて、すごくいい作品で。「失くしたものを探しにいこう」というのは、そこから影響を受けて出てきた言葉だと思います。でも、その時点でアルバムのタイトルを「LOST CORNER」にしようとはまったく思っていなかった。直接的な影響を及ぼしたということで言えば歌詞に留まるかもしれないですね。