東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.9 (original) (raw)

東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.9

東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.9[バックナンバー]

玉田さん、お元気ですか?

索引「音の鳴る機器(危機) / ダメ出し / 玉田氏」

2024年6月28日 19:00 2

辞典とは、言葉や漢字を集め、一定の順序に並べ、その読み方・意味・語源・用例などを解説した書(「広辞苑」より)。1960年代に小劇場と呼ばれる演劇シーンが立ち上がってから約半世紀超、小劇場を愛する演劇人や観客たちが独自の文化を形成してきた。「東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典」では、小劇場で使用されるさまざまな演劇用語を、岸田國士戯曲賞受賞作家の東葛スポーツ金山寿甲が新たな角度で解釈。今回は、開演前の場内アナウンスでおなじみの「音の鳴る機器(危機)」、演出家が行う「ダメ出し」、金山と親交の深い「玉田氏」こと玉田企画玉田真也について解説する。

まえがき

演劇には演劇用語がある。医学には医学用語があり、数学には数学用語があり、哲学には哲学用語があるのと同様である。そして、医学を怪しむためには医学用語を、数学をせんさくするためには数学用語を、哲学をもてあそぶためには哲学用語を知っておいた方がいいように、演劇とおつきあいするためには演劇用語を知っておいた方がいい。

……というまえがきから始まるのは2003年に出版された別役実著「うらよみ演劇用語辞典」です。小劇場には小劇場用語があります。小劇場とおつきあいするためには小劇場用語を知っておいた方がいいですし、知っておいていただくことで望まないおつきあいをしなくても済むのかと思います。

索引「音の鳴る機器(危機) / ダメ出し / 玉田氏」

・音の鳴る機器(危機)

開演前の場内アナウンスで、「携帯電話や時計のアラームなど、音の鳴る機器は電源からお切りください」というのを毎度のことお聞きいただいているかと思います。お客様のご協力に演劇関係者として感謝申し上げます。

しかし、手持ちの全ての音の鳴る機器の電源を切ろうとも鳴ってしまうのがお腹の音です。静寂なシーンの中で響き渡る「ぐぅ~」というお腹の音。そこは狭く簡素な小劇場の会場です。帝国劇場のように敷き詰められた毛足の長い絨毯が吸収してはくれません。生理現象なので致し方ないと思いつつも、皆様も近くの席から鳴るお腹の音で舞台への集中力を削がれたという経験もおありかと思いますし、逆にご自身がお腹を鳴らしてしまい肩身の狭い思いをした経験もおありかと思います(犯人探しみたいにキョロキョロ見てくる人とかもいたりして)。お腹を鳴らさないために食事を済ませてから観劇すると今度は眠気に襲われますし、お腹を鳴らしても影響がない、常に爆音が流れている東葛スポーツのような演劇はそれはそれで趣味ではないしと、お客様も何かと気苦労が絶えないかと存じます。

僕個人に関しましては、観劇前に食事はとりません(これは僕が就寝前に一日一食のみ食事をとるという生活リズムなだけで、観劇中の眠気がどうのこうのとは関係ありません。つまり、観劇によって生活リズムを変えられたくないということです)。ですから、上演中にお腹を「ぐぅ~」と鳴らしてしまうことも少なくありません。

先日、「全国学生演劇祭」という大学生が行う演劇コンクールの審査員をさせていただいたときの話です。とある大学の上演のとき、一番端の席に座った僕の隣に、出場している大学生のご家族らしき一団が座りました。僕の隣がお父さんで、その隣にお子さん2人を挟み、一番奥にお母さんという並び順でした。上演が始まり少し経つと、僕の隣に座るお父さんのお腹が鳴り出しました。それに誘われるように僕のお腹も鳴り出しました。次第に2人のお腹は共鳴しあうように鳴り続け、やがて舞台は終演をむかえました。客電がつくと、お母さんと子供たちから「お父さん、お腹の音がうるさいよ!」と当然のようにクレームが入りました。するとお父さんは、「ごめん、ごめん。お腹空いちゃってさ」と僕の分の罪まで全て1人で被ってくれたのです。「いや、半分は隣の人の音だよ」などと一切の言い訳もせずに。奇しくもこのとき上演されていた舞台の内容が、「わかってくれない親世代」みたいなものをテーマにしていたのですが、僕には「親世代を一括りにするな。お隣さんのように素敵なお父さんもいるじゃないか」と思えてなりませんでした(審査に私情は挟んでおりません)。演劇祭の最後に、出場した大学生の皆さんたちと懇談する機会があったので、僕は「もっと音響の音は大きく出しましょう」と、僭越ながらアドバイスさせていただきました。

・ダメ出し

“ダメ出し”とは、主に演出家が俳優に対して改善を促すために行うことですが、演出家至上主義になりがちな演劇界にとって、この“ダメ出し”がパワハラの温床になっているケースも少なくありません。“ダメ出し”というワードからしてネガティブこの上ないということで、昨今では“ダメ出し”というワードは使わずに、“ノート”とか言い換えたりしている団体もあるそうです。しかし、いくらワードを言い換えたからとて、そこで行われていることにハラスメントが含まれていたのでは意味がありません。

そこで僕も考えてみました。演劇界も、世に倣って代行業者を入れるべきではないでしょうか。会社を辞めたいと思ったときに、本人に変わって退職の意思を会社に伝えてくれる退職代行のように、演出家がダメ出しを伝えるときにダメ出し代行にお任せするのです。演出家と俳優の間に第三者を入れることで、お互い感情的にならずに円満に事が進められると思います。しかし、演劇をかじった連中がこの代行業者を興すとなるとあまりいいことにならなそうなので(権力を笠に着て、説教までする万引きGメンみたいになりそうで)、ここはあえて門外漢である業界最大手の退職代行モームリさんに兼務してもらうのがいいと思います。モームリさんのホームページを見ますと、正社員の場合は2万2000円、アルバイトの場合は1万2000円で退職代行を請け負ってくださるそうです。これに従って、商業演劇の場合は2万2000円、小劇場演劇の場合は1万2000円でダメ出し代行を請け負っていただけたら、相場に合致するように思います。

・玉田氏

日常的にラップを作っていると、あるワードが出るとそれに対して韻を踏める言葉を探してしまう癖がついてしまいます。“ダメ出し”の項を書いていたら“玉田氏”という言葉が思い浮かんでしまったので、ここでは玉田企画の玉田真也さんについて書いてみます。

まずですが、僕は玉田さんが大好きです。どこが好きかと言うと、心理描写を突き詰め、こじらせているような作品をやっておきながら、当のご本人がとても健やかであるところです。チェルフィッチュの岡田利規さんもそうなのですが、お作りになる繊細な演劇のイメージとは違い、ご本人は至って健康的であるところに素敵さを感じてしまいます(ちなみにお二人共、辛気臭くなることなく、実に気持ちのいいお酒の飲み方をされます)。

玉田さんとの初対面は、「テアトロコント」という企画でご一緒したときで、演劇とお笑いのグループが何組か出演して最後にアフタートークを行うのですが、僕は玉田さんに対し、てっきり内向的でろくにしゃべりもしない人だろうと決め込んでいたのですが、お笑い芸人を向こうに演劇人らしからぬ社交感とトークスキルを発揮した玉田さんに、完全にイメージを覆されました(こういう場に担ぎ出された演劇人は、全くしゃべらないか何かしゃべって場を困惑させるかのどちらかなのですが、玉田さんは演劇人にあるまじきスマートさでした)。それから僕の主宰する東葛スポーツにも俳優として出演してくださったりと、友好的な関係を築かせていただいています。

ちょうどコロナ禍に差しかかるころ、玉田さんに出演いただく予定だった公演が、小屋入り前日に公演中止となってしまいました。僕は主宰として、少額ではありますが稽古に参加していただいた費用をお支払いしたいと出演者の皆さんに持ちかけました。すると玉田さんは、「僕はいらないです。また公演できるようになったらそのときに」とおっしゃり、受け取っていただけませんでした。ドラマや映画の脚本でもお忙しい玉田さんとは、それからあまりお会いできていません。この場をお借りして玉田さんへ。

玉田さん、お元気ですか? 僕は玉田さんに借りが残っています。どこかの機会でお返しさせてください。できれば演劇の借りは演劇で返したいです。LINE変わってないですか? また連絡します。

金山寿甲 プロフィール

脚本家・演出家。演劇ユニット・東葛スポーツ主宰。ラップやサンプリングなどヒップホップからの影響と、俳優が本人役で出演するなどリアルとフィクションが交錯する作風が特徴。2023年、「パチンコ(上)」で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。

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