松本幸四郎らが京極夏彦の世界立ち上げる「狐花」 (original) (raw)
「八月納涼歌舞伎」が、去る8月4日に東京・歌舞伎座で開幕した。
第一部では、山本周五郎の小説を原作にした人情喜劇「ゆうれい貸屋」、元NHKアナウンサーの山川静夫が原案、西川右近が作・振付を担った舞踊劇「鵜の殿様」が上演される。「ゆうれい貸屋」では、桶屋としての腕は確かだが仕事もせず酒に溺れ、女房のお兼に逃げられた弥六と、そんな弥六に惚れた美しい幽霊・染次の物語が展開。弥六と染次は、恨みを晴らしたい人に幽霊を貸し出す“ゆうれい貸屋”を思いつき……。今回は、坂東巳之助、中村児太郎、中村勘九郎が、それぞれの父である坂東三津五郎、中村福助、中村勘三郎も演じた弥六、染次、屑屋の幽霊又蔵を初役で勤める。なお、福助が作品の監修を担当する。「鵜の殿様」は、本年2月に福岡・博多座で行われた「二月花形歌舞伎」で初演された作品。初演と同様に、松本幸四郎、市川染五郎親子がそれぞれ太郎冠者と大名に扮し、おかしみあふれる舞いを披露する。
続いて第二部には「『梅雨小袖昔八丈』髪結新三」「『艶紅曙接拙』紅翫」、第三部には「『狐花』葉不見冥府路行」がラインナップ。ステージナタリーでは、第二部と第三部の模様をレポートする。
勘九郎が髪結新三を初役で勤める「髪結新三」では、主人公の新三が、材木問屋の白子屋の美しい一人娘・お熊(中村鶴松)をかどわかし、身代金として大金をせしめようと企む姿が描かれる。莫大な借金を抱える白子屋は、結納金目当てにお熊に婿を取ろうとしていた。しかしお熊は、店の手代忠七(中村七之助)と恋仲のため、縁談を受け入れられない。その話を盗み聞きしていた新三は、忠七に「お熊を私の家に隠せば良い」と駆け落ちを提案。忠七は、新三の親切そうな口ぶりに、つい話に乗ってしまうが……。
相手を唆したりおべっかを使う場面では、勘九郎は新三を、耳障りのよい言葉をペラペラと重ねるが目は一切笑っていない、“よくしゃべるが底知れない男”として立ち上げる。可愛がっている自身の子分・カツこと下剃勝奴(巳之助)と談笑しているときですら緊迫感を漂わせるが、そんな新三の悪の色気が観客を魅了する。しかし、新三が長屋の家主・長兵衛(坂東彌十郎)にやり込められ、劣勢に立たされてしまうと、年相応の若者らしい悔しさをあらわにし、愛嬌をにじませた。また彌十郎演じる長兵衛から「ぎゃあぎゃあうるせえな」と煽られると、勘九郎が「ぎゃあぎゃあうるさかったのは、うちの親父だよ」と、自身の父である勘三郎を思わせるセリフを返す一幕も。それに彌十郎が相好を崩し「俺は、ありゃあ好きだったよ」と返すと、会場は拍手で包まれた。
続く「紅翫」は、華やかな舞踊劇。富士山の山開きでにぎわう、浅草の富士浅間神社には、巳之助演じる庄屋銀兵衛、児太郎演じる団扇売お静、中村福之助演じる朝顔売阿曽吉、中村虎之介演じる蝶々売留吉、中村歌之助演じる大工駒三、染五郎演じる町娘お高、中村勘太郎演じる角兵衛神吉といった若者が集まり、踊りを披露している。と、江戸で評判の遊芸を見せる紅翫を呼ぶことになり、坂東新悟扮する虫売りのおすずに続き、中村橋之助扮する紅翫が登場。お面を使った踊りで、橋之助は重なったお面を素早く弾くことで、表情を鮮やかに変えてみせた。また紅翫が、「一谷嫩軍記」の熊谷直実といった、芝居に登場する人物になりきる場面では、身体を回転させるごとに愛らしい子供、色っぽい女性、か弱い老人と、老若男女を踊り分け、観客を沸かせた。
第三部「狐花」は、ミステリー作家・京極夏彦が脚本を手がけた歌舞伎作品。本作では、京極の「百鬼夜行」シリーズの主人公である“京極堂”こと中禅寺秋彦の曾祖父・中禪寺洲齋が生きる江戸時代を舞台に、美しい青年・萩之介の幽霊事件の真相に、洲齋が迫るさまが描かれる。25年前、呪詛を生業とした信田家の一族郎党を皆殺しにした上月監物(勘九郎)、的場佐平次(染五郎)、近江屋源兵衛(市川猿弥)、辰巳屋棠蔵(片岡亀蔵)の4人は、今も事件が公になることを恐れていた。そんな中、上月の娘・雪乃(中村米吉)が、すでに死んだはずの男・萩之介(七之助)に一目惚れをする。萩之介の幽霊は、上月家女中お葉(七之助)の元にも現れていた。的場はこの幽霊騒動を解決するため、武蔵晴明神社の宮守の洲齋(幸四郎)を屋敷に呼び……。
劇中では、曼珠沙華の花が咲き誇る荒れ地で、七之助扮する萩之介と幸四郎扮する洲齋が対峙する場が、たびたび登場する。暗闇の中、曼珠沙華の花の赤と、白い狐の面を被った萩之介の白、黒い紋付袴を着た洲齋の黒が浮かび上がり、その美しい光景が、物語の哀しさを暗示する。幸四郎は、上月らの前では、洲齋を掴みどころのないひょうひょうとした男として、どこかコミカルに演じるが、萩之介の前では、彼の命を助けたいという切実さをセリフににじませ、洲齋の人間味を表現。七之助は、すべての女性を魅了する魔性の男・萩之介を、その美貌で説得力を持って演じる。勘九郎は、すべてを意のままにしたい傲慢な上月を、貫禄のある立ち居振る舞いで表した。
初日を観劇した京極は「小説は書かれていないところこそが大事。読者が小説の行間や紙背をいかに生み出すか。一方で、歌舞伎を含めた演劇というのはそこをどう作るか。舞台づくりは役者さんと舞台を作られるみなさんに全幅の信頼をおいて一任していましたので、本日拝見して、見事に小説の行間を埋めて紙背を描いてくださっていたと思います」とコメントを寄せた。「八月納涼歌舞伎」は8月25日まで。
ステージナタリーでは、「狐花」の特集を展開中。京極と幸四郎が対談し、「狐花」の魅力を語っている。
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「八月納涼歌舞伎」第一部
2024年8月4日(日)~25日(日) ※公演終了
東京都 歌舞伎座
スタッフ
一、「ゆうれい貸屋」
原作:山本周五郎
脚色:矢田弥八
監修:中村福助
演出:大場正昭
二、「鵜の殿様」
原案:山川静夫
作・振付:西川右近
出演
一、「ゆうれい貸屋」
桶職弥六:坂東巳之助
芸者の幽霊染次:中村児太郎
弥六女房お兼:坂東新悟
魚屋鉄造:中村福之助
娘の幽霊お千代:中村鶴松
鉄造女房お勘:市川青虎
爺の幽霊友八:市川寿猿
屑屋の幽霊又蔵:中村勘九郎
家主平作:坂東彌十郎
二、「鵜の殿様」
太郎冠者:松本幸四郎
大名:市川染五郎
腰元撫子:市川笑也
腰元浮草:澤村宗之助
腰元菖蒲:市川高麗蔵
「八月納涼歌舞伎」第二部
2024年8月4日(日)~25日(日) ※公演終了
東京都 歌舞伎座
スタッフ
一、「『梅雨小袖昔八丈』髪結新三」
作:河竹黙阿弥
出演
一、「『梅雨小袖昔八丈』髪結新三」
髪結新三:中村勘九郎
弥太五郎源七:松本幸四郎
手代忠七:中村七之助
丁稚長松:中村長三郎
下剃勝奴:坂東巳之助
お熊:中村鶴松
家主女房おかく:中村歌女之丞
車力善八:片岡亀蔵
加賀屋藤兵衛:市川中車
家主長兵衛:坂東彌十郎
後家お常:中村扇雀
二、「『艶紅曙接拙』紅翫」
紅翫:中村橋之助
虫売りおすず:坂東新悟
朝顔売阿曽吉:中村福之助
大工駒三:中村歌之助
角兵衛神吉:中村勘太郎
町娘お高:市川染五郎
蝶々売留吉:中村虎之介
団扇売お静:中村児太郎
庄屋銀兵衛:坂東巳之助
「八月納涼歌舞伎」第三部
2024年8月4日(日)~25日(日) ※公演終了
東京都 歌舞伎座
スタッフ
「『狐花』葉不見冥府路行」
脚本:京極夏彦
演出・補綴:今井豊茂
出演
「『狐花』葉不見冥府路行」
中禪寺洲齋:松本幸四郎
萩之介 / お葉:中村七之助
近江屋娘登紀:坂東新悟
監物娘雪乃:中村米吉
辰巳屋番頭儀助:中村橋之助
辰巳屋娘実祢:中村虎之介
的場佐平次:市川染五郎
上月家老女中松:中村梅花
辰巳屋番頭仁平:大谷廣太郎
信田家下男:松本錦吾
雪乃母美冬:市川笑三郎
近江屋源兵衛:市川猿弥
辰巳屋棠蔵:片岡亀蔵
雲水:市川門之助
上月監物:中村勘九郎
※中禪寺洲齋の「齋」は、上部中央が「了」が正式表記。
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