7月は歌舞伎座で会いましょう 十三代目市川團十郎、早替りで魅せる!「星合世十三團」の華やかな衣裳13着の秘密に迫る - ステージナタリー 特集・インタビュー (original) (raw)
目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。7月上演の「七月大歌舞伎」では、昼には「通し狂言『星合世十三團』」、夜には「千成瓢薫風聚光『裏表太閤記』」と、それぞれスケールの大きい演目が上演される。
ステージナタリーでは、市川團十郎が13役を早替りで勤める「星合世十三團」を、“衣裳”の側面から紹介。團十郎に歌舞伎衣裳への熱い思いを語ってもらったほか、衣裳の管理・制作から公演当日の早替りまで、衣裳に関することをまるっと担当する松竹衣裳のスタッフに、13役それぞれの衣裳の注目ポイントを聞く。また、さまざまなアーティストやクリエイターに歌舞伎座での観劇体験をレポートしてもらう企画「歌舞伎座へ」では、NHK大河ドラマ「光る君へ」で藤原道兼を演じるなど舞台と映像でひっぱりだこの玉置玲央が、「六月大歌舞伎」昼の部を観劇した。
取材・文 / 川添史子撮影 / 須田卓馬
衣裳から見る「星合世十三團」
義太夫狂言の傑作「義経千本桜」をベースとし、源義経をめぐる人間模様を、エンタテインメント性溢れる演出で描き出す「星合世十三團」。個性的な登場人物全13役を團十郎が早替りで見せていくのが大きな見どころ……というワケで、今月のステージナタリーは役と共に次々と変化していく衣裳に注目。まずは市川團十郎に、衣裳への熱い思いを語ってもらった。
市川團十郎が語る“歌舞伎衣裳”
日常着としての着物がほとんど見られなくなった昨今、おそらく皆様が想像している以上に、日本文化における着物に対する意識や状況は日々変化しています。それに伴い材料も職人さんの数も減り、舞台衣裳を1つ作るにしても、希望の色や理想の質感を出すことが、本当に難しい時代になってきました。例えば、「菅原伝授手習鑑 寺子屋」の松王丸の衣裳は“雪持の松”(雪の重みに耐える笹の葉のように、本心を隠して耐え抜く心を表す)と言われるデザインを基本に、演じる俳優によって異なる色や意匠のものがあります。成田屋は黒綸子地に雪待松と鷹。技を凝らした豪華な手縫いの刺繍が施されています。晩年の父(十二世團十郎)は「将来、ここまでのものが作れなくなるかもしれない」と危惧し、約20年前、膨大な製作費と時間をかけたものを未来に向けて新調しました。そうした衣裳をわれわれと衣裳さんが大切に保存し、舞台でご覧いただく──つまり歌舞伎衣裳には、多くの人の努力と苦労と情熱が詰まっているわけです。
今作ではそういった大事な衣裳を惜しみなくどんどん着替えていくわけですから、ある意味とても贅沢な行為を目撃いただくこととなります。着物1枚、帯や紐1本にもさまざまな文化的背景や技術、ストーリーが詰まっています。源平を生きた人々のドラマと一緒に、衣裳の物語も感じていただければうれしいですね。
13着がズラリ「星合世十三團」衣裳の注目ポイント
ここからは、多彩な衣裳をそろえるだけではなく、早替りでも大活躍の縁の下の力持ち、松竹衣裳の担当スタッフさんにそれぞれの特徴やポイントを教えてもらう。歌舞伎衣裳は、人物の性格や身分、演じてきた役者の工夫、そして職人技がぎゅっと詰まった宝箱。これを押さえておけば、物語もわかりやすく、より特別で深い観劇体験になること請け合いだ。
記者会見で展示された、「星合世十三團」で市川團十郎が着用する13着の衣裳。
左大臣藤原朝方
源頼朝&義経兄弟の不仲を利用し、さらに挑発し、天下を狙う悪公家。悲劇の原因を作る腹黒い人物。
市川團十郎扮する左大臣藤原朝方。(撮影:永石勝)
衣裳point!
胸の中央に縫い取られた龍の刺繍は“獅噛(しかみ)”と呼ばれています。スケールの違う悪役の衣裳ですね。直衣(貴族の平常服)に龍が付いていたら、「一番悪い人だ!」と思ってください(笑)。
左大臣藤原朝方の衣裳。一番目立つ部分に“獅噛”の刺繍が。(撮影:ステージナタリー編集部)
卿の君
悲劇の運命を辿る義経の正室(北の方)。亡き平清盛の義弟・平大納言時忠の娘で、それを正室に迎えたことが頼朝と義経の仲にヒビを入れることに……。
市川團十郎扮する卿の君。(撮影:永石勝)
衣裳point!
同じ舞台に登場する赤い着物の静御前と色が重ならないよう、今回は鴇色(ときいろ)(淡いピンク)の振袖で典型的なお姫様の拵えです。帯は両端を長く垂らした振帯で、着物と同様四季の花の織物生地です。
川越太郎
頼朝から、義経に謀反の心があるか見極めるよう命じられた武将。
市川團十郎扮する川越太郎。(撮影:永石勝)
衣裳point!
長袴で武士の正装ですね。年長者の役なので落ち着いた雰囲気の色味になっています。
武蔵坊弁慶
義経腹心の家来。軍平の首を引き抜いて天水桶に放り込み、芋を洗うようにかきまわすなど、大暴れの剛勇ぶりを示す逸話を数多く持つ。
市川團十郎扮する武蔵坊弁慶。(撮影:永石勝)
衣裳point!
上半身は、成田屋の定紋“三升(みます)”を格子にした“六弥太(ろくやた)格子”(八代目市川團十郎が「一谷武者直土産」岡部六弥太役の衣裳で使用したのが語源)に牡丹が付いた“THE 成田屋”の拵えです。黒いビロードに大きく縫い取られた金色の刺繍は弁慶であることを示す輪宝の柄。
着肉って?
衣裳の下に着込む肉襦袢“着肉(きにく)”。隈取りのあるものは、血管のどこに線を描くのか、勢いある筆づかい、顔の隈取りとの調和など、コツがてんこ盛り。元は代々専門に製作していた職人さんがいたが、跡継ぎがおらず廃業。松竹衣裳が新たな部署を作り、その貴重な技術を引き継いだ。「生地は昔のメリヤス素材を使っていて、現代の伸縮性のあるものとも違う特注品です。難しいのが身体とのフィット感。ブカブカするとしわが寄ってカッコ悪いですし、公演中に変化した体型にも合わせないといけません。細かな調整をしています」
弁慶の衣裳。手と足の“着肉”に注目!(撮影:ステージナタリー編集部)
渡海屋銀平実は新中納言知盛
源氏に復讐心を燃やし、壮絶な最期を見せる武将。状況によっていろいろな衣裳に変化していくので、そこにも注目!
市川團十郎扮する渡海屋銀平実は新中納言知盛。(撮影:永石勝)
衣裳point!
平家ゆかりの紋である浮線蝶と、破れ立涌(2本の波線が向かい合う模様)が銀の絹糸で縫い取られた狩衣。下には銀の鎧を着込んでいます。本来狩衣に合わせる袴は(裾を紐で絞る)指貫ですが、(裾が広がった)大口にアレンジ。美しい白色を保つため、公演中のメンテナンスも念入りです。後の血糊の衣裳は別物で着替えています。
知盛の衣裳。白に銀糸が映える。(撮影:ステージナタリー編集部)
入江丹蔵
平家の敗北を告げる知盛の家来。後を追ってきた武者を道連れに海へ身を投げる。
市川團十郎扮する入江丹蔵。(撮影:永石勝)
衣裳point!
海と縁のある役に使われる、アイヌの織物アットゥシ(厚司)を腰に巻いています。大坂手甲という拵えで、青地にたこ絞りの柄(背中を見ると、まさにたこが足を広げているような模様)、足に巻いた脚絆と下がりのセットになっています。
入江丹蔵の衣裳。背中をよく見ると……タコ!(撮影:ステージナタリー編集部)
主馬小金吾
主君の妻子、平維盛の北の方・若葉の内侍と六代君を守るため、大勢の追手相手に勇敢に戦い討死する悲劇の若者。
市川團十郎扮する主馬小金吾。(撮影:永石勝)
衣裳point!
東絡げ(着物の裾を両わきにからげて帯に挟む着方)で黒の着物に、浅葱色の襦袢です。着付けの上に勝色の合羽を着て帯に上締めもした旅の拵えです。