紅ゆずるが上方の笑いに真っ向勝負、進化した姿をご覧あれ!大阪松竹座「アンタッチャブル・ビューティー」 - ステージナタリー 特集・インタビュー (original) (raw)
元宝塚歌劇団星組トップスターで大阪府出身の紅ゆずるが、大阪松竹座でのハートフルコメディ「アンタッチャブル・ビューティー ~浪花探偵狂騒曲~」に主演。本格的な稽古を前にコロナで中止となった彼女の主演作が、約1年半ぶりに幕を上げる。
宝塚歌劇団在団時代から、コメディセンスに長け、退団後も華やかな容姿と人の良さ、内面から放たれる陽のエネルギーで、さまざまに活躍している紅。「私のことを面白がってくれている」と感じたという脚本は、稽古休止期間中に改訂されてパワーアップし、迎え撃つ紅も新たな進化を遂げたとか。地元・大阪で真っ向から“上方の笑い”に挑む紅に、その思いを聞いた。特集後半ではそんな紅と舞台を作る共演者たちが意気込みを寄せる。
※2022年9月20日追記:9月18日から24日までの公演は新型コロナウイルスの影響で中止になりました。
取材・文 / 大滝知里撮影 / 井川由香
紅ゆずるインタビュー
次は「久しぶり!」からいきたい人見知りの紅ゆずる
──昨年4月に予定されていた「アンタッチャブル・ビューティー ~浪花探偵狂騒曲~」が、約1年半の時を経て上演されます(参照:紅ゆずる、「アンタッチャブル・ビューティー」上演決定に喜び「パワーを爆発させたい」)。再びの挑戦に向けて、今の気持ちをお聞かせください。
今回の上演が決まった時点で、脚本家から作曲家、スタッフの皆さんまで「せっかくやるんだったらより良いものを」と、一から作って、なおかつレベルアップしたものをお届けしたいという熱い思いがありました。私にとってこの作品は、宝塚歌劇団退団後の初主演作として上演されるものだったんですが、当時は“直後”だったなという感覚で。でも、少し時間を置いたことによって自分の中の男役から抜け出せたと思うので、役にブレーキがかからない状態で挑めるかなと。“スカートをはくのもドギマギ”みたいなところがあったので(笑)。このポスター撮影のときも、「スカートはいてるキャア☆」みたいな自分がいたんですよ。
「アンタッチャブル・ビューティー ~浪花探偵狂騒曲~」ポスター画像
──そうだったんですね(笑)。
でも、今はそうではなくなったので。役をリアルに作るというところで、自分にとってしがらみがない。そこはすごく大きいかなと思います。
──前回は数日間お稽古をされたそうですが、そのときの思い出などはありますか?
当時は、出演者はほとんど大阪人なのに東京で稽古するっていう、不思議な状況でした。最初に東京でお会いしたということもあるかもしれませんが、私自身、初対面って実はあまり得意ではなくて。自分では“人見知り”と言ってるんですが、人との距離を取るところがあるんです。全然信じてないでしょ?(笑)
──いえいえ。でも、パブリックイメージと離れているなと思いました。
皆さんとようやく目を合わせてしゃべれるようになったときにお稽古が終わってしまった。役のご相談もまだできていませんでしたし、自分でも内にこもっていた部分があったので、次にお会いしたときは「久しぶり!」という感じでいけるかなと思っています。
──出演者には三田村邦彦さんをはじめ、内場勝則さん、松島庄汰さん、末成映薫さん、松永玲子さん、江口直彌さんと、前回のキャストがまるっとそろいました。
本当に奇跡だなと思います。これだけ豪華な出演者がいたら、1人か2人、5人か6人……7人か8人くらいは「無理」って言うかもしれない。でも、皆さんが「やりましょう」と言ってくださったのは、すごくうれしいなあと思います。
紅ゆずる
3.14159…これが円周率というものです、ではない大阪の笑い
──今回は、地元・大阪での主演舞台です。紅さんにとって“アットホームな場所”だという大阪松竹座で主演を担うことは、ご自身の中ではどのくらい大きなことなのでしょうか?
大阪人の俳優だったら、絶対に立ちたい舞台だと思います。ホームグラウンドというか、大阪のど真ん中ですもん。そこで公演をさせていただくのは、ものすごく名誉なことだと思います。東京喜劇にも出演させていただきましたが(参照:三宅裕司率いる熱海五郎一座の延期公演が開幕、紅ゆずる「ギャグを思いっきり」)、東京喜劇と関西の上方の喜劇は、笑いのテイストが全然違うと思います。東京喜劇は内容ですごく攻めていくというか、笑いのオチまでがとても緻密に組まれている。
──詳細な設計図がある笑い、ですか?
そう、お客様を笑わせるためのスイッチを何個もオンにしていくような感じです。大阪の人は喜劇に触れて過ごしてきた方が多いと思いますし、もともと持っている気質がとっても面白いので、フィーリングが効くんだと思います。例えば「円周率言ってみて?」と言われたら、大阪では「3.14なんちゃらかんちゃら」でオッケーだけど、東京だと「3.141592653589……」と全部言って「これが円周率というものです」みたいな(笑)。それくらいの違いがあるように思います。話がそれましたけど、そんな大阪にある松竹座は私にとって昔から近しい存在で、「今、松竹座ではこういうことがやってるらしい」という話もよくしていましたし、うちの父も“すぐそこ”の感覚で「松竹座行ってくるわ」と言っていました(笑)。身近な、大好きな劇場に立たせていただけるのはとても光栄なことだと感じています。
──宝塚歌劇団在団中、大阪松竹座で歌舞伎などを観に行っては「違うジャンルの舞台に勇気をもらっていた」と取材会でおっしゃっていましたが、大阪松竹座によく立つ方などから、舞台上の雰囲気を聞くことはありましたか?
はい、よく聞いていました。松竹座がコロナ禍で1度休館になって、再開するときにトークショー(参照:紅ゆずるトークショーを大阪松竹座で、綺咲愛里・柚希礼音らのビデオメッセージも)に出演させていただいたのですが、松竹座のスタッフさんってびっくりするぐらい温かいんですよ。すごく気さくに話しかけてくださって。そのときに、松竹座に立つときのアドバイスも実はいただいていたんです。あと、「舞台と客席がものすごく近いからね」と松本幸四郎さんからお聞きしていました。前回は花道を使えなくて、それを幸四郎さんに伝えたら「えー! 花道が良いのにい」とおっしゃっていて。「そうなんだあ」と少し残念だったんです。俳優としても、花道があるのとないのでは違うんですよ。今回は花道を使った演出になるそうなので、とても楽しみです。
紅ゆずる
ミュージカルで吉本で松竹?ジャンルレスが生む力
──劇中で紅さんは、大阪・ミナミの商店街にある探偵事務所へ、「探偵になりたい」とやって来る、素性の知れない女・本間カナを演じます。探偵の見習いをしながら商店街の人々と関係性を築いていくカナは、どのような人物ですか?
カナは人のことが好きで、人のために動くことのできる女性なんですが、過去に傷つくことがあって、それが彼女の人生の足かせとなってしまっています。そういう役ってだいたい“暗い人”として描かれるんですけど、カナは言わないとわからないぐらい、明るい女性なんです。これは大阪松竹座でやるからこその主人公の在り方だなと思いました。上方のど真ん中で上演する舞台の主役が暗かったら、たぶん誰もついて来ないから。とはいえ、過去の出来事が間違いなく彼女の核になるので、バックボーンをしっかりと作っておかないといけないと思っています。皆さんのお役については、三田村さんが“こんな姿、観たことないかも”っていう感じです。
──三田村さんが演じる探偵事務所を営む武智五郎は、意外性のある人物なんですか?
そうですね……。
──……では、紅さんが三田村さんにもともと持っていた印象は?
かんざし削ってる(テレビドラマ「必殺シリーズ」)。または、上沼恵美子さんの隣にいらっしゃる(笑)。
──(笑)。そのイメージではない、と。
とってもダンディなことには変わりないのですが、ご本人の持つ温かさや大きさみたいなものが武智五郎にリンクされる反面、「カナがなぜ探偵になったのか?」というきっかけとなる人物なので、最初はカナにとっては異物なんです。“読めない人”でもあるんですけど、最後にはカナを浄化するところまで持っていってくれる。過去を持つカナの最大のキーパーソンかもしれないと思っています。
──本作では歌あり踊りありアクションあり、そして七変化ありと、さまざまな見どころが用意されています。
要はジャンルを問わないということですね。大阪の良さは綺麗にまとまってないことだと思っていて。綺麗にまとまると面白くない。もちろん、まとまっている物語の素晴らしさも知っていますが、互いがチグハグしているように見えて、実は1人でも欠けたら成り立たないという絶妙なバランスで仕上がっているのが、大阪のコメディの良さ。「これ何、ミュージカル?」とはならず、「歌もあったけど、踊ってもいたし。これ吉本? でも芝居やんな。え、松竹!?」みたいなことになる(笑)。細かいことは考えずに、「めっちゃ楽しかったね!」で終われるので、皆さんの心に残る場面が多くなるのではないでしょうか。
──七変化では男役時代の技術も発揮されるとか。
あははは! いや、それが集大成と言われてしまったらどうしようもないですが、経験として生かせたらと思います。多彩なジャンルの方が集まっているからこそ、いろいろな化学反応が起これば良いなと思っています。
スベったら絶対拾ったる、トップスター時代の覚悟
──この作品は、紅さんが宝塚歌劇団を退団されてから初めての主演舞台として予定されていたものですが(参照:紅ゆずる、退団後初の主演舞台に意気込み「来てよかったと思える舞台に」)、退団後という意味で、東野ひろあきさんの脚本から“エール”を感じた部分はありましたか?
とても私のことを面白がってくださった脚本だなと思いました。言い換えれば、「あ、絶対にコメディできる人やな」って思われた感じがするくらい(笑)、お笑いというものを突き詰めた大ベテランの方々の中で、真ん中にいさせていただきつつ、客観視して私を面白く動かしてくれるコメディなんです。「できるかなあ?」ではなく、私のことをわかってくださったうえで、お芝居の中に笑いが織り交ぜられています。
紅ゆずる
──紅さんは宝塚歌劇団時代、RAKUGO MUSICAL「ANOTHER WORLD」をはじめ、抜群のコメディセンスをさまざまな作品で発揮されていました。相手役の綺咲愛里さんも関西の出自でお笑いの素養はお持ちかと思うのですが、紅さんとのコメディの掛け合いではどのような反応をされていましたか?
宝塚歌劇は、ものすごく上下関係があるので、舞台上ではそれを打破しないと、対等な芝居はできないなといつも思っていました。上下関係を重んじて舞台のマナーを守りつつ、俳優として自分がやるべきことはきっちりやるという意識をみんなに持ってもらいたくて。なので、綺咲も“遠慮してやらない”ということはなかったと思います。
宝塚歌劇ではコメディの作品数がそれほど多くないんですよ。そのせいか客席で笑いが起きたときに「笑われちゃった」と感じてしまう子もたまにいて。そういう子には「すごいよ! 笑ってもらえたんだから!」と必ず伝えていました。私は星組でコメディを多くさせていただいていたので、コメディが苦手な子はたまらなかったでしょうけど(笑)、新たな宝塚歌劇というのも私は良いと思っていましたし。「ANOTHER WORLD」では綺咲に限らずみんな「スベったらどうしよう」という思いが常にあったみたいです。私も大きなことを言って、内心はビクビクしていたのですが、とりあえずみんなを舞台の上に乗せて、面白く持っていくために、「スベったら絶対拾ったるから」と言っていましたね。約80人分の笑いがスベることを全部予想して、私がいる、みたいな。
──カッコいい……。
とまあ、余裕があるように見せて、心の中では「ヤバっ……!」と思っていましたけど(笑)。
紅ゆずるからのお願い、それは客席に座る者の使命
──そんな紅さんの「アンタッチャブル・ビューティー」での姿にますます期待が高まりますが、楽しい要素が盛りだくさんのこの作品に、観客としてはどのような心持ちで臨めば良いでしょうか。
はい、よくぞ聞いてくれました。エンタテインメントに対して大阪の人は「何を観せてくれるの? ハイ、笑わせてちょうだい」という感じでは観にいらっしゃらないと思うんですけど、いらっしゃるお客様はもちろん大阪の人だけじゃない。なので「ディズニーランドに行く」くらいの気分でお越しいただきたいです。ディズニーランドって「ミッキーに会いに行く!」とか「このショーが観たい、この乗り物に乗りたい」って、自分たちが楽しむために行くところ。「よおし、めっちゃ楽しむぞ! 元を取るぞー!」という気持ちで、来ていただけたらなと思います。コメディで何が一番大事かというと、お客様の笑い声なんですね。今はマスクをしていますけど“紙1枚、されど1枚”で、もちろん出演者への掛け声はNGですけど、笑えるところではどんどん笑っていただきたいんです。それが間になり、良い効果を出すと思うので。
──では、作品の一部になった気持ちで伺います。
とても重要な、一部というか「主役はお客様か?」くらいの勢いですから。客席からの笑い声はすごく大切なので、お客様は「よおし今日も『アンタッチャブル・ビューティー』、公演してやっかな!」くらいの気持ちで(笑)。皆さんの入る場所が楽屋口じゃないだけで、劇場の正面から楽屋入りする気持ちでお越しいただければうれしいなと思います。