冬眠前に食べまくっても平気なクマ、糖尿病予防の手がかりを発見 (original) (raw)
冬眠前に食べまくっても平気なクマ、糖尿病予防の手がかりを発見
インスリン抵抗性の上げ下げにかかわる8つのタンパク質を特定
ハイイログマは体重360キロほどまで成長する。写真は米ワシントン州立大学のクマ飼育施設「WSUベア・センター」で飼育されているハイイログマ。(PHOTOGRAPH BY ROBERT HUBNER, WASHINGTON STATE UNIVERSITY)
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1日に何万キロカロリーも食べて体を太らせたあと、ほとんど動かずに数カ月間を過ごす。もし人間がこんな生活をすれば、健康状態は最悪になるだろう。ではなぜ、ハイイログマ(グリズリー)はそんな生活をしても糖尿病にならないのだろうか。科学者たちを長年悩ませてきたこの疑問が解かれつつある。
米ワシントン州立大学の研究者たちは、ハイイログマ(Ursus arctos)でインスリンの効き具合(抵抗性)をコントロールできる遺伝子的な仕組みがあることを示す手がかりを発見した。2022年9月21日付けで学術誌「iScience」に掲載された論文によると、この結果はヒトの糖尿病の治療に活かせる可能性もあるという。
インスリンはほとんどの哺乳類がもつホルモンだ。例えば肝臓や筋肉、脂肪細胞が、エネルギー源である血糖を取り込む入り口の鍵を開けるような役割をもっていて、体内の血糖値のレベルを調整する働きがある。
しかし、血流に大量の血糖が入り込むと、やがて細胞がインスリンに抵抗を示すようになる。つまり、インスリンがあっても十分に働かず、細胞が糖を取り込めなくなるのだ。
これが、心臓発作、脳卒中、失明などにもつながる2型糖尿病の主な原因のひとつだ。米国人のほぼ10人に1人、およそ3700万人が2型糖尿病を患っている(編注:日本の厚生労働省の平成28(2016)年国民健康・栄養調査では「糖尿病が強く疑われる者」が約1000万人に達し、平成29(2017)年患者調査によると糖尿病の総患者数は推定328万9000人に上る)。
だが、どういうわけか、クマはヒトと違ってインスリンの抵抗性をコントロールできる。まるでスイッチのように、オンとオフを切り替えられるのだ。
その仕組みを解明するため、研究者らは米ワシントン州立大学のクマ飼育施設「WSUベア・センター」にいる5〜13歳の6頭のハイイログマを使って、さまざまな時期の血清を採取した。さらに、脂肪細胞も採取して培養した。論文の著者の一人で同大学の博士研究員であるブレア・ペリー氏は、「この方法により、完全に成熟したクマではできないような実験もできました」と話す。(参考記事:「糖尿病を操るイルカ、人間に応用可能か」)
血清と脂肪細胞を組み合わせて違いをあぶりだすこの実験から、クマが遺伝子的にインスリン抵抗性をコントロールしている秘密を、8つの主要なタンパク質にまで絞り込むことができた。これらはクマの生態において独特な役割を果たしており、単独でまたは連携して冬眠中のクマのインスリン抵抗性を調整している。
ヒトとクマの遺伝子は大半が共通しているため、この8つのタンパク質の働きが解明できれば、ヒトにおけるインスリン抵抗性についても、より多くのことが明らかになるかもしれない。
ハイイログマの1年
ハイイログマは、米国西部、カナダ、アラスカの一部地域に生息する。このクマの1年は、活動期、過食期、冬眠期という3つの時期に分かれている。春から夏にかけては、食事や交尾、子育てなどをして過ごす。そして秋になると過食期に入る。「ほぼ全精力を、できる限りたくさん食べることに注ぎます」と、ペリー氏は説明する。
この時期のハイイログマは、冬に備えるため、毎日最大2万キロカロリー相当の食事をとり、最大で1日あたり3.6キロほど体重を増やす。
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