「原爆の父」オッペンハイマーは本当に後悔していた? (original) (raw)

「原爆の父」オッペンハイマーは本当に後悔していた?

核開発への情熱から一転、戦後は水爆反対へ、どんな人物だったのか

才気あふれる理論物理学者だったJ・ロバート・オッペンハイマーは、米ニューメキシコ州に創設されたロスアラモス研究所の所長に任命され、米国の核開発を率いた。(PHOTOGRAPH BY CORBIS HISTORICAL, GETTY IMAGES)

才気あふれる理論物理学者だったJ・ロバート・オッペンハイマーは、米ニューメキシコ州に創設されたロスアラモス研究所の所長に任命され、米国の核開発を率いた。(PHOTOGRAPH BY CORBIS HISTORICAL, GETTY IMAGES)

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科学の新発見は好奇心を刺激し、未知の現象を解明し、時には世界をより良い場所にしてくれることもある。しかし、その発見をもたらした科学者が、後にその功績を悔いることになったとしたらどうだろう。

この疑問が、米国で7月21日に公開されたクリストファー・ノーラン監督作の映画『オッペンハイマー(原題)』の中心的なテーマになっている。この映画は、「原爆の父」として知られる米国人科学者のJ・ロバート・オッペンハイマーと、彼が率いたロスアラモス研究所での原子爆弾開発計画を描いたものだ。オッペンハイマーは、自らの功績が核の時代をもたらしたことに対する良心の呵責に、生涯にわたって苛まれたという。

伝説的な物理学者であったオッペンハイマーは、本当に原爆を世に送り出したことを後悔していたのだろうか。真実は、核兵器の背後にある科学のように複雑だ。そこで、誕生から原爆に疑問を抱くようになるまでの、オッペンハイマーの軌跡をたどってみた。

天才児からマンハッタン計画まで

ジュリアス・ロバート・オッペンハイマーは、1904年、織物の輸入業で富を築いたドイツ系ユダヤ人移民の息子としてニューヨーク市で生まれた。米ハーバード大学で優秀な成績を収め、わずか3年で卒業した後、英ケンブリッジ大学とドイツのゲッティンゲン大学で理論物理学を学び、23歳で博士号を取得した。

「オッピー」という愛称で呼ばれていた若きオッペンハイマーは、ほどなくして当時の最も偉大な科学者たちと肩を並べるようになる。彼の学術研究は、量子論を発展させ、中性子星からブラックホールに至るまであらゆる予想を立てた。科学以外にも学ぶことに貪欲で、サンスクリット語や宗教などを学び、様々な進歩的運動にも関わった。

1941年に米国が連合国に加わると、オッペンハイマーは、極秘で原爆を開発するマンハッタン計画への参加を要請される。すると、その幅広い知識と熱意に加え、他の科学者たちと良好な関係を築きながら周囲に刺激を与えられるオッペンハイマーの能力は、上司たちを感心させた。1942年、米陸軍は、原爆の実験を行う機密研究所の所長にオッペンハイマーを抜擢した。

原子爆弾開発の舞台となったニューメキシコ州のロスアラモス研究所で働く技術者たち。(PHOTOGRAPH BY CORBIS HISTORICAL, GETTY IMAGES)

原子爆弾開発の舞台となったニューメキシコ州のロスアラモス研究所で働く技術者たち。(PHOTOGRAPH BY CORBIS HISTORICAL, GETTY IMAGES)

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ロスアラモス研究所とトリニティ実験

研究所の場所は、まだ決まっていなかった。そこで、米国南西部をこよなく愛し、ニューメキシコ州に牧場を所有していたオッペンハイマーは、同州サンタフェに近い私立の男子校、ロスアラモス・ランチ・スクールの敷地を研究所とすることを提案した。間もなく、学校はロスアラモス研究所として生まれ変わり、オッペンハイマーはその所長に就任した。当初は数百人のスタッフで始まった研究所だったが、後にそれは数千人にまで膨れ上がった。

当時最高峰の科学的頭脳を集めたオッペンハイマーは、常に人々を激励し、鼓舞することも怠らなかった。「あらゆる決定的な場に同席し、知的アドバイスを与えていました」と、物理学者のビクター・ワイスコフは後に振り返っている。その存在が「情熱と挑戦への独特な雰囲気」を作り、世界初の核兵器製造につながる科学的発見を連鎖反応のように次々と生み出していった。

1945年7月16日、オッペンハイマーと研究所の科学者たちは、ロスアラモスの南に設けられたトリニティ実験場に集まっていた。これからここで、世界初の核実験が行われる。緊張の瞬間だった。「ガジェット」と名付けられた原子爆弾が、人類の未来を形づくることを、その場にいた人々は理解していた。

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