田中仁彦「ケルト神話と中世騎士物語」(中公新書) ローマ帝国が入る前のケルト文明。民族は消えたが記憶は中世騎士物語に残った。 (original) (raw)

そういえばヨーロッパのことは、ゲルマン民族の大移動から世界史に登場するのだが、それ以前のことは知らなかった。高校の教科書には載っていなかったので記憶がないはずなので、本書でおぎなうことにしよう。

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そうすると、考古学的な証拠からすると太古には巨石文明があった。エジプトのピラミッド建設以前にストーンヘンジほかの遺跡を大量に残した民族だ。彼らはかなり前(紀元前5-7000年より前?)に滅んだ。文字を持たなかったし、民族が滅亡(あるいは同化)したので口頭伝承も残っていない。そのあとに、ヨーロッパのかなりの地域に拡がったのが、ケルト民族(本書では彼らが巨石文明を滅ぼしたとされている)。イギリス諸島からフランス北部、ドイツ南部からドナウ川沿いのブルガリアルーマニア、イタリア北部、イベリア半島などに進出した(現在の国名で書いた)。彼らは遊牧を主とした部族社会(数百人程度)を作った。それ以上の社会を作るには、森が広すぎ、農業生産性が低かったためだろう。

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長い間、ヨーロッパの森を支配していた民族であるが、ローマ帝国が大きくなるころに衰退する。ローマ帝国に併合されたり、ゲルマン人に同化したりして、紀元1-2世紀にはアイルランドスコットランドウェールズ、コンウォール、ブルターニュ(フランス北部)のくらいまでに縮小する(書かれていないが、スペイン北部のたとえばバスク地方もケルト文化の影響が残っている)。

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イングランドゲルマン民族系のアングロサクソン系がはいって王国を作り、周囲を圧倒していったので、ケルト民族は政治的文化的なマイノリティになる。ケルト民族は独自の宗教観、自然観を持っていたと思われるが、宗教の要請で無文字であった。しかし、ケルト文化の一部は残る。それはキリスト教布教でこの地(イギリス諸島)にはいった宣教師がケルトの口頭伝承をおもしろがり、文字に起こしたからだ(入ったのが東方のギリシャ正教系だったので異文化や異教に寛容であったためらしい)。修道院に保存された物語は筆写されて残り、12世紀以降には世俗文学として王族や貴族(ことに女性)に読まれるようになった。
という歴史を抑えたうえで、本書にはいる。主題はケルト文学と中世騎士物語。キリスト教の修道僧が残したケルトの物語では「メルドゥーンの航海」「聖ブランダンの航海」「聖パトリックの煉獄」などが有名。最後の「煉獄」は1200年ころに書かれ、その100年後のダンテ「神曲」に影響しているという(思い返せば、中世のゲルマン民族が残した物語はとても貧弱だったから、これらが相対的に目立つのだろう)。本書によると
・テーマは来世観。ケルト民族は輪廻転生(仏教的な内容ではない)を信仰している。上の物語の主人公も他界・異界を旅して帰還するという輪廻を体験する。

ケルト民族の異界は地上から旅していける遠方(海の上の島が多い)にあるが、途中「妖精の丘」や地下に行くことがある。「妖精の丘」は巨石文明の遺構、地下はケルト民族が滅ぼした巨石文化民族とされる。彼らは滅ぼされたのちに神(地下に住むもの、小人)とされた。

ユングの神話学や集合的無意識は、ケルト神話や中世物語を読み解くよいツールである。

本書では19世紀末からのケルト幻想文学のことは書かれていない。それは別の本で補完しよう。とはいえ思い返せば、自分はイギリス幻想文学のうちケルトファンタジーは挫折してばかりなのだった。ジョージ・マクドナルド、アーサー・マッケン、イェーツ、ダンセイニ、トールキンなど。うーむ、どうしよう。
デイヴィッド・リンゼイ「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)-1