鴨川おくまんだ通信 (original) (raw)

入力したのは 赤穂義士 討ち入り 浅野内匠頭 大石内蔵助 吉良上野介

歌の種類の指定は 歌謡曲

赤穂義士の話は知っているようだが、吉良が読めない。歌の種類を無視している。もうすこしこのAIを飼いならす必要がある。

2024年1月19日 千葉県御宿町立御宿小学校で同校創立150周年記念行事として「学校寄席」が開催された。この寄席は文化庁の学校派遣モデル事業の一つで、公益財団法人「落語芸術協会」が公演前日に舞台装置一式を小学校体育館に設営し、公演当日には協会傘下の落語家、講談師、曲芸師など6名を派遣するという段取りで実施されたものである。

学校寄席当日は児童、教員、父兄、近隣の町民約250名が会場に集まり、大変賑やかな祝賀イベントとなった。行事一覧を次表に示す。

1.講談ワークショップで講談の話し方を学んだ

当日9時50分、受け入れ校・御宿小学校 新島淳子校長の挨拶で公演がスタートした。第1部は講談のワークショップで、講談師の神田紅先生(日本講談協会会長)が直接児童に講談を教える対話型の講義であった。

手渡された1ページの資料を教材にし、戦国時代の武士の名乗り「やあ やあ 遠からん者は音にも聞け・・・」を読み、論語の1文「子曰く学びて時にこれを習う・・・」を読んで講談独特の発声と張扇叩き法を教わった。低学年の児童には難しい文章であったにもかかわらず、全員が大きな声で反復練習をした。児童のすばらしい語り口を聞いて私は感動した。

ほどなく紅先生が児童に呼び掛けた。「舞台に上がって実演したい人いますか?」驚いたことに児童が次々挙手して、ぞくぞく登壇する!各15人の4組、合計60余人が舞台の上で声を張り上げ論語を読んだ。とても立派な講談朗読で観客一同大いに感銘した様子であった。この場面をyoutubeに上げたのでご覧いただきたい。

youtu.be

2.第2部は3人の児童の講談発表

10分間の休憩の後、公演第2部は代表児童3名の講談発表であった。6年生男子2名と女子1名、それぞれが講談を一席ずつ語る。題は「一休さん」、「宮本武蔵」、「静御前」。代表児童は12月から練習を始めたということだが、初めての出演とはとても思えない見事な出来栄えであった。

3.第3部は本物の寄席、講談師・落語家・曲芸師の登場

第3部では落語芸術協会所属のプロ芸人が登壇した。講談師・神田紅佳が「力士越の海」、落語家・三笑亭可龍が「初天神」、曲芸師・鏡味正二郎が「大神楽」、それぞれの芸を児童に披露した。いずれも児童にはとても分かり易かったようで、会場は拍手の連続に渦巻いた。

トリ役(寄席最後の出番)の神田紅先生はこの学校寄席のために創作した講談「五倫黌物語」を語った。この物語は御宿町に古くから伝わる小学校再建の民話を講談化したものである。

明治27年台風によって倒壊した御宿小学校の建物を村民全戸が一日5厘の日掛け預金で蓄えた3万円を使って見事再建したという民話である。その話に感激した当時の日本陸軍トップの黒田善治少将が「一日五厘で建てた学校だ。厘は孟子の五倫に通じる」としてこの学校を五倫黌と命名、ご自慢の腕前で五倫黌と記された扁額を彫って校長に贈呈「この学校から仁義礼智信を備えた子供がたくさん育って、わが国のために尽力してくれる。有難いことだ」と述べたという物語である。

何事も国や県に頼み込む現代の国民とくらべ、昔の村民は手弁当で社会奉仕する自主独立心が強かったことを示す話である。ちなみにこの扁額は歴代の校長室の壁に飾られているが、本日の行事のため校長室から運び出され、舞台の右に飾られていた。

あっという間に2時間の行事が終わり、興奮冷めやらぬ児童や観客が会場を後にした。実はこの講談会にはおまけが付いた。この学校講談の10日後の2月27日、NHKラジオ深夜便にゲスト出演した紅先生が芳野アンカーとの対談で御宿小学校寄席の話をされたのだ。「ワークショップの児童たちが、習ったばかりの難しい論語を大声ですらすら読んだのに驚いたし、かわいかった・・」「いかにも五倫黌の児童らしく素直な気持ちで論語を習い、素晴らしい出来栄えであった」と語って下さった。その録音を次に示す。

ラジオ深夜便▽ミッドナイトトーク・御宿小1.mp3

4.なぜ御宿で学校寄席を開催したのか

3年前の2021年の秋、文化庁から発表された学校寄席の公募公告がきっかけで、私は御宿町学校寄席プロジェクトの企画案を作り、御宿町町議会議長・土井茂夫氏に提出した。この案に賛同された土井氏はそれを御宿町および近隣のいすみ市勝浦市大多喜町教育委員会に持ち込んで下さり、さらに2021年11月24日御宿町石田町長室で、教育関係の方々を前に私の企画案を説明する機会を作って下さった。

この説明会で分かったことは、講談という話芸を学校関係の方々にしっかりと理解してもらうことが必要であるということであった。その一歩として地元の方々に本物の講談を聴いていただくことにし、2022年1月12日午後1時から「神田紅佳講談会」を地元の名刹最明寺の大ホールで実施することにした。その講談会のポスターを以下に示す。

コロナ下での開催で定員は50名であったが、会場には町議会議長、教育長、中学校長、小学校長、教育課長、公民館長など教育関係者のみなさんが出席され満席であった。

この講談会がきっかけになって、創立150周年事業として「布施小学校・御宿小学校学校寄席」開催への道のりが開かれた。文化庁への申請手続きを終え、7月5日文化庁から事業実施校決定通知が届いた。事業名は「学校における地域活性化のための文化芸術子供鑑賞・体験事業」事業制作団体は公益社団法人落語芸術協会。その学校寄席のポスターを以下に示す。

5.なぜ児童たちは紅先生の語りに引き込まれたのか。

漢字の読めない1年生を含め60余人の児童が登壇して大声で論語を読みこなしたのを見て私は驚いた。御宿の児童たちは紅先生の語り口、声の響きの魔法に引っかかったとしか言いようがない。実は・・私も同じ魔法にかかった講談好きの一人であるのでそのことを述べたい。

電子機器の技術者として米国で働いていた私が、講談に関心を持つようになったのは、親友の米国人がさかんに日本語の喋りを真似るのがきっかけであった。声として聴く日本語の面白さ、心地よさに興味を持つようになった。これが日本の話芸を幅広く聴きたい・学びたいという願いに繋がっていった。22年間住んだ米国から東京に帰り、その後3年間都内の話芸劇場通いを続けた。2011年には講談教室「神田紅塾」の塾生となり正式に講談教育を受け始め、今年でもう14年になる。御宿の児童たちと同じように私も紅先生の語り口、声の響きの魔法に取り込まれている。技術者としての私にはこの魔法の正体が何であるかが気になるところである。一昔前、1/f揺らぎが心地よい声に関係するという話があって、本気になって調べたが、よい結果は出なかった。最近になってAI技術で心地の良い声の魔法を解き明かそうとする動きが始まっているようだ。御宿小の児童が紅先生の声のとりこになった科学的な仕組みに繋がる話ではないかと興味津々である。(終わり)

ここでは先日神田紅NHK深夜便で語った「津田梅子物語」をとりあげ、日本語の講談→文字起こし→字幕作成の自動化の事例を示す。

原文は2024年8月11日NHKラジオ深夜便の放送番組である。30分の講談を録音し、シンガポールベンチャーAurisAI社の字幕づくりシステムに入力した。10分くらいで処理が終わって校正用ターミナルが出た。作業は同音異語の訂正が大半である。番組はラジオ放送であったので講談師の動画は出ない。隅田川の静止画に字幕を入れて日本語の部分は終わり。引き続いて英語化処理を行う。英語版校正用ターミナルが現れるが、翻訳は日本語独特の表現に基づく誤り、例えば主語がないとか、曖昧表現とかでありここを修正してやると、翻訳は瞬時で終わり完璧な仕上がりになった。ちなみにChat GPIの出現で古典や歌舞伎など難解のの文章も問題なく翻訳できるようになったと言っても良いのではないか。

AurisAIの字幕編集ターミナル

この結果を観客用ディスプレー画面にして作業は終わりである。

津田梅子オーディオ原版PCT画像付き.mp4_ja (4).mp4

ボストンに昨年末できたベンチャー企業”SUNO”はAIで作詞、作曲がうまいということなので、ためしに講談をやってもらった。神田陽司の得意技、お客が注文するお題4つを入れた講談を創作。お題は「凧揚げ」「餅つき」「羽根つき」「お正月」、楽器は三味線、こと、尺八と指定

「へー」うまいものだ。音声合成のモデルに英語訛りがあるものの、なかなかの出来栄えである。レベルの低い芸人はAIに置き換わることになるだろう。

「英語で講談を語ることはできるのか」のシリーズの最後に登場するのはシアトルの気象学者J.W.博士ご夫妻である。学生時代からの友人である。日本国際賞の授賞式の帰途都内のレストランで会食する機会があった。
同席の友人に促されて夫妻に「私の趣味はKodanだ・・、13年間紅教室に通っている、講談の英語化を5年くらいやったがさっぱりうまくいかない。Chat GPTなどによって言葉の壁は無くなったが、講談独特の1人芝居文化を英語圏の人に理解させることはとても難しい」と私から講談文化PRの難しさを述べた。

これに対してJ.W.博士ご夫妻は反論、「英語圏にも一人芝居文化がある、おまえたち講談関係者のPRが足りないのではないか」とズバリのコメント!話が盛り上がったところで時間切れ、再会を約してこの会場ではお開き。翌日30枚の写真と私の創作講談ビデオ「武士の商法」を送るとすぐに博士から返事が来た。
以下ChatGPTが博士からの手紙を翻訳したもの:
「私たちはあなたの講談ビデオを見て、とても楽しみました。字幕はとても良かったです。それらは十分に短く、私が物語を聞きながら同時に読むことができ、物語の内容を十分に把握するのに十分な情報を含んでいます。また、物語に内在するユーモアの一部も伝えています。これはあなたの人格に合っています。私たちは日本の語りのスタイルにかなり馴染んでいます。なぜなら、私たちは大学院生だった頃にハーバードで開催された黒澤映画祭から始まり、多くの映画を観てきたからです。私は先週の食事体験について書いた短編小説を添付します。成功した場合、先週の他の夕食についても1〜2つの物語を書いてみようと思います。それを友人に配布するのに適していると思うかどうか、お知らせください。」
添付で送られてきた彼自作の短編小説は「東京物語・ふぐ料理」という題がついた1500字の力作、日本の落語的なオチまでついた面白い作品であった。ところで私の字幕ビデオに関して有意義な反応してくれたのはこのご夫妻が史上初めてでありました

左から3人目がJ.W.博士、右端筆者

2か月かかって返事をくれたカリフォルニアの友人起業家B.T.博士の説明を聞いてみよう。「お前のビデオを5回見た。感心したのはその(つまりKodanと称するものの)フォーマットの簡単さだ。とくに張扇は気に入ったよ。

お前はワシにこの講談を聞いて内容が分かったかどうかと聞いているので、ここで答えよう。「商売をするということは卑しいことではなく、名誉なことだ。商売が成功するためには関連する人全員に何か価値ある良いものを与える事業計画が練られていないといけない。昔の武士がやっていた「ワシが勝ってお前が負けた」というやり方は商売では通用しないという内容だろうな。

おお!B.P.博士は3方良しの精神をこの講談から感じたのだ。ここまで話が分かってくれた英語圏の人物がいるというだけで私は満足した。

それにしても「講談はこのようなシンプルフォーマットで話ができるのか」という彼の一種の違和感は気になるところである。前回の起業家G.B.博士もそれに似た違和感を感じているようだ。

有名な講談師が英語字幕付き講談をyoutubeで発表している。そのことを北カリフォルニア最大の邦字新聞が取り上げたにもかかわらず、現地ではほとんど話題にもなっていないということらしい。講談という日本独特の話芸を英語圏にも広げられないかと考えている私にとってはこの話題も気になることである。

この数か月私は自作講談「藩を助けた武士の商法」に英語字幕を付けて、米国の友人たちに送り続けた。返事がすぐに返ってくる人もいたが、2か月かかる人、いまだに返事をくれない人といろいろある。英語圏の一般人にとって、講談という話芸は関心をひく話題ではないということのようである。

私の英語字幕付き講談youtubeを観て、メールで感想を送ってきた2人の友人の話をしたい。まずG.B.博士のケースを説明しよう。彼は投資銀行家であり、スキーをはじめとするスポーツ愛好家である。だから私は講談ビデオと一緒に東京都が東京オリンピック用に作った寄席紹介ビデオも添付した。彼は寄席ビデオの中の「紙切芸」にとても強い興味を示した。しかし落語も講談もほとんど興味を示さなかったが、私の講談ビデオの中で自分の得意範囲である「武士のベンチャー企業創設」の部分には多少の共感を示した。しかし、もっと聴きたいとは言わず、「お前さんが民話の語り術をマスターした事実に祝意を述べたい、大事な文化遺産を継ぐということをやっているのだからな」と言っただけであった。
次に大企業の研究者S.R.博士の場合を述べる。彼は「お前さんの話をenjoyしたぞ!」と言った後、「実はワシも知人を集めてオンライン・トーク会をやっているのだ」と彼の主催しているzoom会議に話が集中した。事例として「アインシュタインの相対性原理の解説」を添付してきた。見るとこれが面白い。30名くらいのご近所さんを中心としたzoom会議では、彼の解説トークとそのあとのご近所さんとの討論トークがとてもスマートに収められていた。

https://www.youtube.com/watch?v=6ac1mVtgFC8

「どうだ、このように活発な議論を起こすような講談でないとだめなのだぞ」と言われているような感じであった。つまりオンライン講談の後、聴衆との討論を入れた講談会をやればよいと言っているようである。結局S.R.博士が言いたいことは一方通行の講談よりも双方通行の講談会の方が面白いよということなのだろう。

講談の国際化を進めたいと思っている私にとっては、講談文化をぶち壊しにする談議に発展してしまって、予想もしない展開に当惑している。