その2 違法性の承継(司法試験論文試験 令和6年 刑事系科目・第2問・設問1) (original) (raw)

具体的に検討していきます。

個人的な見解では色々思うところがある事案ですが、あくまでも試験戦略上の整理としてご理解ください。

1.職務質問に付随する所持品検査の記述量

出題趣旨や採点実感が、「前提として触れるべきだが、多くの答案は不十分であった」などなど指摘する可能性はあるのですが、時間や他の論点との関係で記述のバランスには留意するべきでしょう。

問題文で、

いきなり本件かばんのチャックを開け、その中に手を差し入れ、その中をのぞき

込みながらその在中物を手で探った。

とありますが、これは(ほぼ)捜索に見えます。

百選88事件と比較しても、胸ポケットを触れるなどした段階を踏んでもいません。

昭和53年9月7日判決(百選11版・88事件)や、昭和53年6月20日判決(百選11版・4事件)は、中身を取り出す行為が適法になる可能性を否定してはいないようですが、88事件の調査官解説は「本判決は、具体的状況の如何によっては、本件のような態様の所持品検査の許容される場合のあることを前提としているが、実際上、凶器又は危険物所持の疑のある場合のほかに、許容されることはほとんどないのではないか、と思われる」(調査官解説p396)とまで言っています。

若干の論証は必要かもしれませんが、他の論点との関係上、

・所持品検査は違法

とした上、

・令状主義の精神を没却するような重大な違法かの考慮で手厚く論じる

という点に力を入れるべきと思います。

身も蓋もありませんが、ここを違法にしなければ、答案が先に進まないという問題もあります。

2.先行する手続きの違法性の検討

(1) 職務質問の検討

問題文の1項に「職務質問を開始」、3項にも、「Pは、甲に職務質問を実施した経緯に関する捜査報告書…を作成」と「職務質問」という言葉が書かれているので、前提として記述は必要かと思います(古江頼隆「事例演習刑事訴訟法(第3版)」のP45以降も参考になさってください。)。

「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」ですが、

甲は、覚醒剤の密売の拠点とされていた情報のある「本件アパート」201号室から出てきた人物から、封筒を受領し、カバンに入れていることからして、当該人物から覚醒剤を購入したと疑うことは合理的である。

といった整理になるかと思います。

(2) 職務質問に付随する所持品検査の検討

明文の規定はないが、警職法2条1項を根拠に職務質問に付随して行うことが可能と指摘した上、

「所持品検査は、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であるが、捜査に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度で許容される」という、昭和53年6月20日判決(百選11版・4事件)の枠組みによるほかないと思います。

ア 所持品検査の必要性

甲には覚醒剤取締法違反の前科があった

甲が異常に汗をかき、目をきょろきょろさせ、落ち着きがないなど、覚醒剤常用者の特徴を示していた

ことから、甲が覚醒剤を所持している嫌疑が更に高まったので、所持品を検査する必要性はあったといえそうです。

イ 緊急性

いきなりその場から走って逃げ出したので、放っておくと(覚醒剤を捨てるなどの)罪証隠滅行為もあり得たわけですから、緊急性があったといえます。

法益侵害の程度

もっとも、甲の承諾のないまま、いきなりカバンのチャックを開け、手を差し入れ、その中を覗き込みながら、在中物を手で探った行為、とくに書類を手で持ち上げてまで探した行為は、「ほぼ捜索」であり、プライバシーを高度に侵害する行為です。

エ 相当性

甲が逃げ出した後も、「何で追い掛けてくるんですか。任意 じゃないんですか。」と言ったが、Pは、「何で逃げたんだ。そのかばんの中を見せろ。」といったあとに、「いきなり」手で探っているわけなので、もう少し説得してもよかったのではないかと思います。その意味で、相当であったとは考えづらいところです。

3.補足

(1) 捜索か?捜索に類するものか?

既に申しあげたとおり、これは「捜索」ではないか?という感覚はあり得ます。

「捜索」であれば無令状の強制処分なわけですから、(3)ア~エを検討する必要はないと思います(古江頼隆「事例演習刑事訴訟法(第3版)」47頁参照。川出敏裕「判例講座刑事訴訟法(捜査・証拠編)(第2版)」第2講・Ⅱ・2・エ参照)。

昭和53年6月20日判決判例解説p216は、「捜索に至らない程度の行為」に関し、「一応の目安としては・・・証拠物の発見を目的としてするような態様のものであってはならず、所持品が何であるかを確認するにとどまるような行為と考えてよいのではないか」としています。

この整理に関しては、上述の文献で川出教授が疑問を投げかけているように、区別がつきづらいところですが、判例の理解としてはこの辺りが限界でしょう。

なお、最高裁平成7年5月30日決定(刑集49巻5号703頁)は、「警察官4名が車内に乗り込んで、懐中電灯等を用い、自動車の座席の背もたれを前に倒すなどして丹念に車内を調べた事案」であり、「捜索に等しい」と評価しているところ、任意処分とした整理する見解もあれば、捜索とした事案であると整理する見解もあります。

この辺りが限界事例と考え、本件を「捜索」か「任意処分か」検討してもよいと思います。

覚醒剤を探す目的だったのではないか?バックを開示して一瞥するにとどまらず書類の下まで探しているのであるから「捜索」ではないかという気はするものの、「本件封筒があったカバン内側のサイドポケット」内部まで探しているわけではないので「覚醒剤所持の嫌疑を有する者に対し、所持品を確認するために行った行為」という整理は不可能ではないように思います。

本件は、Pは、覚醒剤の密売拠点から出てきた人物から甲が本件封筒を受けとり、本件かばんに本件封筒を入れる場面を目撃しているので、「本件封筒を確認するために行った行為」と引き付けることはあり得そうです。

また、「捜索」とすると問題文の事情(主に(3)ア~エの事情)を使いきれなくなるので、その視点からの引っ掛かりもあります。

もっとも、主に(3)ア~エの事情は、捜索に当たり違法としたうえで、違法収集証拠排除法則の、違法の重大性で検討できる事情でもあるでしょうから、一度事情を整理してみると良いと思います。

いずれにせよ「捜索」と結論付けて所持品検査の検討を終えるのは、試験当日の判断としては勇気がいるのではないかと思います。

(2) 判例の考慮要素

「所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度で許容される」というのは、要件をどう検討すればよいか読みづらいかもしれません。

判例のあてはめも個別に検討しているようには見えず、答案上は難しい判旨と思います。

今回は判旨の言葉を個別に抜き出して検討しましたが、要は、

・必要性(事案の重大性、嫌疑、罪証隠滅のおそれなど)

・相当性(侵害される法益、代替手段の有無など手段の選択の適否など)

に集約される場面なので、自分なりの整理が必要と思います。

(3) 分量

丁寧に検討すると、やはり2のような分量になります。

ただ、この問題では

捜査報告書②で、

「Pが本件かばんの中に手を入れて探り、書類の下から同注射器を発見して取り出したことは記載されていなかった。」

事実の評価を聞きたいことは明らかですから、分量のバランスには注意が必要です。